20、地獄のデート②
(……挨拶……紛れもなく挨拶……)
マルグリットは、呆れるべきか、安堵すべきか悩んだ。
答えを求めて視線を向けた先では、坊ちゃまが目を真ん丸にしていた。
綺麗なアイスブルーの瞳が、人前でここまで広がるのは珍しい。
その後ろでは、ジュール様が肩を震わせている。
セラフィーヌ様が以前愛用していたドレスサロンは、休日ということもあり、ちらほらと人がいた。
ヴェルナレット嬢はサロンに入るなり、ぐるりと店内を見渡した。
それから、すっと背筋を伸ばして、男性のもとへと歩いていく。
――こんにちは
――え? あ、はい、こんにちは……?
ひとりに声を掛けたかと思えば、すぐに次の男性へと向かっていく。
蝶のごとく、ひらりひらりと、サロン中を歩き回る。
挨拶された相手側の困惑など、お構いなしに。
……悪女というよりも、奇妙な淑女になっている。
「ルシアン、あのままでいいの?」
ジュール様は笑いながら、ヴェルナレット嬢を指さした。
(……ご自分で煽ったくせに)
その図々しい態度にイラっとするものの、坊ちゃまを動かしてくれたことには感謝したい。
我に返った坊ちゃまは、ようやく動いた。
サロンの奥にまで行ってしまったヴェルナレット嬢を呼び戻すために、歩き出す。
途端に、サロンの空気が変わる。
色鮮やかなドレスの波に、坊ちゃまの長い銀の髪が揺れ、その優美な姿に、訪れている客のみならず、店員たちもため息を零している。
皆が見守る中、坊ちゃまがヴェルナレット嬢の隣に立った。
その事実にほっと安堵しつつ、マルグリットは今もまだ笑い続けているジュール様に声を掛けた。
「……ジュール様」
マルグリットは、馬車に乗ってからずっと我慢していた。
「いやいや、面白いねぇ」
全然反省していない。
……そうでしょうとも。
なにせ坊ちゃまの従者になった理由が『面白そうだから』だ。
坊ちゃまはどうしてこんな男を従者に据えているのか。
「ほらほら、いつまでもここにいていいんですか?」
そう言って、目線で坊ちゃまたちの方を示す。
ヴェルナレット嬢は坊ちゃまが近づいてきたことに気づき、距離を置こうとしている。
(……あの方も、おかしいわ)
日々接していれば、人となりは見えてくる。
ヴェルナレット嬢は、まっすぐな方だ。
真っすぐに、真っすぐすぎるぐらいに、突き進んでいく。
「あ~、お呼びのようですよ?」
坊ちゃまの視線がマルグリットに向けられた。
マルグリットが覚えている限りでは、坊ちゃまがドレスサロンに行かれたという記憶はない。
……どうすればいいのか分からないのだろう。
「あまり苛めないでくださいね」
「坊ちゃまを?」
ジュール様から坊ちゃまたちへと視線を戻す。
マルグリットたちを待っている二人の間には、確かな距離。
それを詰めようとは、どちらも思っていない様子。
ただ並んでいるだけ。
並んで、二人して困ったように、こちらを見ている。
「……おふたりとも、ですよ」
「さすが悪女だね。鉄壁のマルグリット様まで陥落させちゃうんだから」
肩をすくめてみせるジュール様をジロリと睨みつけ、マルグリットは二人のもとへと向かう。
坊ちゃまの目が、きちんとヴェルナレット嬢を見るように。
見れるように。
少しでもその手助けをするために。




