19、地獄のデート①
面白過ぎて堪らない。
ルシアンに出会ってから面白いことが多いが、過去最高値を叩き出している。
馬車に乗ってからずっと、ヴェルナレット嬢の視線が、ジュールに固定されている。
意地でもルシアンを見ないようにしているのが丸わかりである。
一方、ルシアンは気にした様子もなく、いつも通り窓の外に目を向けている。
(まったく……この坊ちゃんは……)
今朝、ジュールは唐突にルシアンに呼び出された。
どうやら姉君以外の女性と出かける事実に、本番一時間前にようやく気づいたらしい。
『服は何がいい?』と真顔で訊かれた。
これが皆の憧れ”銀の君”の正体かと思うと、笑えてくる。
事前に仕入れていた”アイボリーのドレス”の情報から、同じような系統の服を選んでやった。
そうして、ルシアンと一緒に待っていると、慎重に階段を降りてきたヴェルナレット嬢が、よそ行き仕様のルシアンを見て、愕然とした表情を浮かべた。
最高の滑り出しだと思った。
ビシッと決めているはずなのに、それを喜びもしない令嬢を初めて見た。
ルシアンはルシアンで、ヴェルナレット嬢を褒めもしない。
(……まぁ、褒める要素は正直無い。ドレスは似合って無いし、顔も中の中。でも僕なら可愛いぐらいの一言は付け加える。それが礼儀)
ルシアンは女性を褒めるという概念をどこかに置いてきている。
褒めたら褒めたで面倒なことになるので、仕方ないと言えなくもない。
さて、そんな二人が馬車に揺られたところで、何が起こるのか。
……いや、何も起こらない可能性も高いな、と密かに興味津々でいたのだが――
ヴェルナレット嬢の視線が、不自然なまでにジュールに向けられている。
向かいの席はルシアンだというのに。
(ルシアンと同じように窓の外でも見ていればいいのに)
どういうわけか、その思考には至らなかったらしい。
でも、これで終わりでは、つまらない。
「ヴェルナレット嬢、せっかくですから、ルシアン様にお聞きになりたいことなど、ありませんか?」
親切心という皮を被ってヴェルナレット嬢に話しかければ、彼女は瞬きを繰り返してから、ギギギと音がしそうな感じでゆっくりとルシアンの方を見た。
その視線を受け止めているルシアンは、微笑むでも、表情を緩めるでもなく、ただまっすぐに彼女を見ている。
ちなみにマルグリットはジロリとジュールを睨んでいる。
「聞きたいこと……」
ヴェルナレット嬢は、ぽつりとつぶやいた後、あ、と声を漏らした。
なにかあるらしい。
視線が馬車の中を彷徨い、それから、先ほどよりもよほど強くルシアンを見据えた。
「あの、契約のことなんですけど!」
膝の上でスカートを握りしめているところをみると、どうやら言いにくいことなのだろう。
それでもヴェルナレット嬢は続けた。
「悪女契約じゃないですか?……このお出かけも、悪女として噂を立てる必要があるんですか?」
(おもしろすぎるだろ……)
一体何がどうなって、そんな契約にすり替わったのか。
契約書には”悪女”の一文字も書かれていない。
「悪女……契約?」
さすがにルシアンも面食らっている。
「はい。クレヴォワール侯爵子息様は、ご当主になりたくないんですよね」
「あ……ああ」
はっきりと言われ、馬鹿正直にルシアンは頷いた。
(意外と押しに弱かったりするんだよなぁ……)
「で、悪女の私と契約したんですよね?」
ヴェルナレット嬢の隣でマルグリットが絶句している。
「それは……」
さすがにルシアンも、そうだと頷くのは憚られたのだろう。
答えを返すことができずにいる。
しかし、ここでそのままでは面白くない。
「さすがですね、ヴェルナレット嬢。その通りですよ」
「おい!!」
慌てるルシアンと、今にも物を投げつけそうなマルグリットを無視し、ジュールは話を進める。
「ヴェルナレット嬢の協力があると、ルシアン様は大変助かります」
にこりと微笑めば、ヴェルナレット嬢の瞳がきらりと輝いた。
「わかりました!今日一日、頑張ります……でも、何をしたら……」
仕事を与えると生き生きするらしい。
ルシアンの美貌に怯えることもなくなり、というか、ルシアンを完全に無視し、視線を斜め上に固定させたまま、真剣に考えている。
「散財はするとして……」
うんうんと考えている。
ルシアンはその様子を唖然と眺め、マルグリットはヴェルナレット嬢の腕を掴み揺らし、なんとか現実に戻そうとしている。
しかし、ヴェルナレット嬢は止まらない。
「あ!」
ポンと手を叩いた彼女は、とても得意げな表情だった。
「お店にいらっしゃる男性の方々にお声がけをするっていうのは、どうでしょうか?」
にこにこと笑っている。
名案だと信じて疑ってすらいない。
「ヴェルナレット様、それは……」
マルグリットが慌てて止めに入る。
もちろん、邪魔はさせない。
ジュールはルシアンへと狙いを定めた。
「ルシアン、君も賛成だろう?」
「……いや……しかし……」
「挨拶ぐらいなら、クレヴォワール侯爵家の婚約者としてギリギリのラインだと思うし、その方が君の瑕疵に繋がりやすいだろう?」
ルシアンが脚を組み替え、顎に手を当てて真剣に考えている。
その麗しい姿を、目を逸らすことなく見つめているヴェルナレット嬢。
(……面白いなぁ)
やがて、ルシアンは決断した。
「まぁ、挨拶ぐらいなら……」
やっぱりちょっと馬鹿だよね、と思いながら、ジュールはこの先の展開に思いを馳せた。




