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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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19/70

19、地獄のデート①

面白過ぎて堪らない。

ルシアンに出会ってから面白いことが多いが、過去最高値を叩き出している。


馬車に乗ってからずっと、ヴェルナレット嬢の視線が、ジュールに固定されている。

意地でもルシアンを見ないようにしているのが丸わかりである。

一方、ルシアンは気にした様子もなく、いつも通り窓の外に目を向けている。


(まったく……この坊ちゃんは……)


今朝、ジュールは唐突にルシアンに呼び出された。

どうやら姉君以外の女性と出かける事実に、本番一時間前にようやく気づいたらしい。

『服は何がいい?』と真顔で訊かれた。

これが皆の憧れ”銀の君”の正体かと思うと、笑えてくる。

事前に仕入れていた”アイボリーのドレス”の情報から、同じような系統の服を選んでやった。


そうして、ルシアンと一緒に待っていると、慎重に階段を降りてきたヴェルナレット嬢が、よそ行き仕様のルシアンを見て、愕然とした表情を浮かべた。


最高の滑り出しだと思った。


ビシッと決めているはずなのに、それを喜びもしない令嬢を初めて見た。

ルシアンはルシアンで、ヴェルナレット嬢を褒めもしない。


(……まぁ、褒める要素は正直無い。ドレスは似合って無いし、顔も中の中。でも僕なら可愛いぐらいの一言は付け加える。それが礼儀)


ルシアンは女性を褒めるという概念をどこかに置いてきている。

褒めたら褒めたで面倒なことになるので、仕方ないと言えなくもない。


さて、そんな二人が馬車に揺られたところで、何が起こるのか。

……いや、何も起こらない可能性も高いな、と密かに興味津々でいたのだが――


ヴェルナレット嬢の視線が、不自然なまでにジュールに向けられている。

向かいの席はルシアンだというのに。


(ルシアンと同じように窓の外でも見ていればいいのに)


どういうわけか、その思考には至らなかったらしい。


でも、これで終わりでは、つまらない。


「ヴェルナレット嬢、せっかくですから、ルシアン様にお聞きになりたいことなど、ありませんか?」


親切心という皮を被ってヴェルナレット嬢に話しかければ、彼女は瞬きを繰り返してから、ギギギと音がしそうな感じでゆっくりとルシアンの方を見た。

その視線を受け止めているルシアンは、微笑むでも、表情を緩めるでもなく、ただまっすぐに彼女を見ている。

ちなみにマルグリットはジロリとジュールを睨んでいる。


「聞きたいこと……」


ヴェルナレット嬢は、ぽつりとつぶやいた後、あ、と声を漏らした。

なにかあるらしい。

視線が馬車の中を彷徨い、それから、先ほどよりもよほど強くルシアンを見据えた。


「あの、契約のことなんですけど!」


膝の上でスカートを握りしめているところをみると、どうやら言いにくいことなのだろう。

それでもヴェルナレット嬢は続けた。


「悪女契約じゃないですか?……このお出かけも、悪女として噂を立てる必要があるんですか?」


(おもしろすぎるだろ……)


一体何がどうなって、そんな契約にすり替わったのか。

契約書には”悪女”の一文字も書かれていない。


「悪女……契約?」


さすがにルシアンも面食らっている。


「はい。クレヴォワール侯爵子息様は、ご当主になりたくないんですよね」

「あ……ああ」


はっきりと言われ、馬鹿正直にルシアンは頷いた。


(意外と押しに弱かったりするんだよなぁ……)


「で、悪女の私と契約したんですよね?」


ヴェルナレット嬢の隣でマルグリットが絶句している。


「それは……」


さすがにルシアンも、そうだと頷くのは憚られたのだろう。

答えを返すことができずにいる。

しかし、ここでそのままでは面白くない。


「さすがですね、ヴェルナレット嬢。その通りですよ」

「おい!!」


慌てるルシアンと、今にも物を投げつけそうなマルグリットを無視し、ジュールは話を進める。


「ヴェルナレット嬢の協力があると、ルシアン様は大変助かります」


にこりと微笑めば、ヴェルナレット嬢の瞳がきらりと輝いた。


「わかりました!今日一日、頑張ります……でも、何をしたら……」


仕事を与えると生き生きするらしい。

ルシアンの美貌に怯えることもなくなり、というか、ルシアンを完全に無視し、視線を斜め上に固定させたまま、真剣に考えている。


「散財はするとして……」


うんうんと考えている。

ルシアンはその様子を唖然と眺め、マルグリットはヴェルナレット嬢の腕を掴み揺らし、なんとか現実に戻そうとしている。

しかし、ヴェルナレット嬢は止まらない。


「あ!」


ポンと手を叩いた彼女は、とても得意げな表情だった。


「お店にいらっしゃる男性の方々にお声がけをするっていうのは、どうでしょうか?」


にこにこと笑っている。

名案だと信じて疑ってすらいない。


「ヴェルナレット様、それは……」


マルグリットが慌てて止めに入る。

もちろん、邪魔はさせない。

ジュールはルシアンへと狙いを定めた。


「ルシアン、君も賛成だろう?」

「……いや……しかし……」

「挨拶ぐらいなら、クレヴォワール侯爵家の婚約者としてギリギリのラインだと思うし、その方が君の瑕疵に繋がりやすいだろう?」


ルシアンが脚を組み替え、顎に手を当てて真剣に考えている。

その麗しい姿を、目を逸らすことなく見つめているヴェルナレット嬢。


(……面白いなぁ)


やがて、ルシアンは決断した。


「まぁ、挨拶ぐらいなら……」


やっぱりちょっと馬鹿だよね、と思いながら、ジュールはこの先の展開に思いを馳せた。

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