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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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17、悪女の決戦前夜

「ふ、ふふ~ん」


ここ数日、ミレーニアは浮かれていた。

クレヴォワール侯爵家の侍女たちによって、ぎゅうぎゅうとコルセットを締め付けられる苦行さえも、一時の修業の時間だと思えるぐらいには(実際にそうなのだが)、浮かれている。


「ご機嫌ですね~」


就寝前、いつも通りミレーニアの寝具を整えに来てくれたレネ。

ミレーニアはその手を取って、ダンスをするかのようにクルクルと回る。


「だって、だって!!」


明日はとうとうベルモンさんが来るのだ!!

正式な契約が結ばれるであろう、その前夜。

興奮が止まらない。収まらない。

浮かれまくりだ。


「もしかしたら、王都でひと儲けできるかもしれないのよ!」


これがきっかけで王都に販路ができるかもしれない。

そしたら、領地の生産物を王都でも売ることができるかもしれない。


ミレーニア史上、最高の功績ではないだろうか。


「良かったですね」


レネの手を繋いだままベッドに倒れこむと、やわらかなクッションがふたりをやさしく受け止めてくれる。


「……ん。良かった」


領地を離れた自分は、もうあの土地の為に何もできなくなってしまったと思っていたのに。

――まさか、こんなチャンスが舞い込むなんて。


「ルシアン様々だわ」


月の光を集めたような、神のような侯爵子息様は、いまやミレーニアにとっては神様だ。

いや、神様以上だ。


だって神様は、何もしてくれない。


こんなふうに思ってはいけないって。

お母さんに知られたら、怒られてしまうけど。


――神様に感謝の気持ちを忘れてはいけないわ。

みんなを見守ってくださっているのよ。


そう、言うけれど。


それならどうして、お母さんは……

私を生まなくてはいけなかったのか。


ミレーニアは、もう幼い子供ではない。

母が父に愛されていないことを知っているし、母が父を愛していないことも知っている。


誰に何を言われなくても、分かる。

簡単に分かってしまう。


「お嬢さま?」


ぼぉーっと。いつも通りぼおっとしてしまった。

そんなミレーニアにレネが声を掛けた。

だから、口の端を持ち上げて、目を細める。

笑っているように、みせる。


「また、領地のことを考えていたんですか?」


ぼぉーっとしていても、領地のことを考えすぎたと言えば、みんなが笑ってくれる。ミレーニアに優しくしてくれる。


寂しいなんていっても、困らせるだけで。

こんなの嫌だといっても、悲しませるだけ。


分かっているから、ミレーニアは、ぼぉっとする。


「ふふ。だって、あの化粧品が稼働に乗ったら……ああ、稼働に乗りすぎたら困るんだった。人手が足りない」

「大丈夫ですよ。侯爵家の皆さまぐらいでしたら、そんなに量は多くなかったですし。むしろ教会のみんなに仕事が回ってちょうどいいぐらいじゃないですか?」

「ん……そうね。最初から飛ばさなければ大丈夫。そのためにも、お試しからはじめることにしたんだし」

「え?……親切心からじゃなかったんですか?」

「失礼ね!!もちろんお試しの方がいいかなぁ?っていう優しさです!!……でも後で考えてみたら、領地の生産スピードを合わせるにもちょうどいいなって思ったの」

「さすが、お嬢さま」


褒められてミレーニアは調子に乗る。

ごろごろとベッドの上を転がる。

ごろごろしても全然痛くない。というか、やわらかすぎてごろごろしづらい。


「ベルモンさんにも久しぶりに会えますね」

「そうなのよ!楽しみだわ!!」


ルシアン様はベルモンさんにすぐにお手紙を書いてくださった。

そうして、ルシアン様とベルモンさんの予定がちょうど合う明日に、正式契約を結ぶことになった。

このお屋敷に来てくれるのだ。

ただ――


「ベルモンさんに会う前に、ドレスを買わなきゃいけないなんて」

「仕方ありませんよ。お嬢さまに合うドレスがひとっつも無いんですから」


責めるような目で見られて、ミレーニアは視線を逸らす。

セラフィーヌ様の私費で買ってしまった三着のドレスは、ミレーニアには似合っておらず、その格好でベルモンさんに会うわけにはいかないらしい。


(……別にいつものワンピースでいいのに)


そうは思うが、さすがに侯爵家の婚約者として相応しくないことは分かる。

この豪華なお屋敷で、あのワンピースはあまりにも不釣り合いだ。


「……どうして、あんなドレス買っちゃったんだろう」

「一番高いからでしたね」

「ううう……それもセラフィーヌ様の私費で。ありえないわ!!」


後悔してもしきれない。毎朝、ドレスを見せられるたびに凹む。


「明日はちゃんと似合うドレスを買ってきてくださいね」

「もちろん……って、レネは付いてきてくれないの?」

「まさか!わたしはメイドですよ」

「うそ~……むりぃ」


ひとりで王都のドレス屋に飛び込むなんて無理。

どんなところなのか想像もつかないのに。

領地の可愛い木造のお店とは絶対違うはずだ。


「でも、ほら、ぼっちゃま……じゃなかった、子息様もご一緒ですから」

「……え? そんなの聞いてない!!」


ガバッとベッドから体を起こすも、スプリングが良すぎて、バランスを崩して、また倒れこむ。


「え?そうなんですか?ご一緒されるんですよ。マルグリット様から聞きましたから間違いないです」

「待って……無理。ひとりでドレス買うより……う……いや、どっちも無理!!」


あの美貌のルシアン様と一緒になんて勘弁してほしい。

隣になんて並びたくない。並ばせないでほしい。

できれば一歩後ろ、いや、五歩ぐらい後ろを歩きたい。


愕然としているミレーニアとは裏腹に、レネが胸元で手を組んで、うっとりとした表情を浮かべている。


「いいですね~。あんな美男子とデート!!羨ましい~」

「いつでも代わるわ」


ポンとレネの手を叩くと、「いえ、結構です」と断られる。

羨ましかったんじゃないの?

話が違うのでは?


「ああ……ベルモンさんとなら、いくらでもデートするのに……」


懐かしいふっくらとしたお腹を思い出す。

ミレーニアが右も左も分からなくて、困らせてばかりでも、優しく教え諭してくれたベルモンさん。


「……お嬢さま、さすがにそれは……」

「だって!!ベルモンさんの方が安心するもん」

「それは、そうかもしれませんけど……っていうか、それはデートではなく商談です」

「……うう……嫌だよ~……ルシアン様とデートなんてイヤ」

「なんて贅沢な!!……一周回って、悪女らしく思えてきましたよ」


”悪女”という言葉に、ミレーニアは反応した。


「……え?悪女らしい?」

「だってそうじゃないですか、他の男とのデートの方がいいだなんて」

「たしかに!たしかにそうだわ!!」


レネの発言にミレーニアの沈んでいた気持ちが浮上する。

契約通りの”悪女”に近づけたのかと思うと、なんだか嬉しくなったのだ。


「ふふ!!明日は完璧な悪女になってやるわ!!」

「そうです!その意気です」


レネによって踊らされていることに、ミレーニアは気づいていなかった。

ミレーニアもレネも方向性を何か間違えたまま、明日へと気合を入れたのだった。

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