16、銀の君、純度九十パーセント
ヴェルナレット嬢はソファに座らされていた。
上に羽織っているのは、どうやら外出用のコートらしい。
(……他に無かったのか?)
きっちりボタンが上まであり、中は見えない。
(いや……見たいわけじゃなくて。それが正解という意味で)
コートは分厚いため、体の線は見えない。
腰回りの細さは……そうじゃない。違う。
上から見下ろしていると、視線が勝手に彼女の体の線を追いそうになり、許可も取らずに向かいのソファに座った。
……顔が良く見える。
先ほどと同じく、そばかすに視点を合わせてみるも、話をするのだから、それはおかしいと気づいた。
少し短めの前髪のせいか、瞳がよく見える。
夜の少し薄暗い灯りの元だと、あの菫色は濃くなる。
アメジストのような、深い色合い。
「……あの?」
ジッと見つめすぎた。
後ろで笑っているジュールの気配を感じる。
(……おまえは、笑いすぎだ)
若干イラっとしつつ、顔を見に来たわけではないことを思い出し、本題に入る。
「君の使っている化粧品を、使用人たちに売って欲しい」
そもそもの発端は、マルグリットが神妙な面持ちで『ヴェルナレット嬢の化粧品を買いたい』と嘆願してきたことだった。
ヴェルナレット嬢が持ち込んだ化粧品は質が高いらしいのだが、王都では取り扱っておらず、そのため、彼女と交渉することになった。
「……え? 私の使っている化粧品?」
驚きで目を真ん丸にしたままのヴェルナレット嬢が、ルシアンを見て、それからマルグリットを見る。
マルグリットはその視線を受けて、コクリと頷いた。
(……ん?……妙に馴染んでいないか?)
彼女が来てからそんなに経っていないのに……?
不思議に思いつつも、ヴェルナレット嬢の返答を待っていると。
「いいんですか!?」
状況を飲み込んだらしい。真ん丸だった目がきらきらと輝く。
「いいも悪いも……」
「嬉しい!!お買い上げありがとうございます!!あ、領地にお手紙書いて、ベルモンさんにもお願いして……」
「……ベルモンさん?」
「はい!ベルモンさんはベルモン商会の商会長さんで……あ、男性だ、お手紙書いちゃいけない!?」
嬉しそうにはじけていた表情が、一瞬にして悲し気に変わる。
「……いや…?」
そういえば異性との付き合いを禁ずるって書いたか。
……そういう付き合いではないんだが?それとも、そういう相手なのか?
「それなら、ベルモン商会の商会長さんにはルシアン様がお手紙書けばいいんじゃないですか?」
連れてきた甲斐のあるジュールの提案に、ヴェルナレット嬢の顔がまた、きらきらしたものになる。
「ああ!!そうですね。ありがとうございます。お願いできますか?」
「……ああ」
『うわーい』と子供のように喜ぶヴェルナレット嬢は立ち上がって、くるくると回っている。
(……大丈夫か?)
コートの裾がふわふわと揺れ、足元は見えている。
(……素足なんだが?)
見てはいけないのに、ついつい目が奪われる。
くるくると回る、ワルツとは違う無邪気な動き。
「あの!!定期購入にします!?」
「……定期購入?」
踊るのをやめたかと思うと、ぐいっとルシアンに近づいてきた。
ふわりと石鹸の甘やかな薫りが鼻をかすめて、妙に心拍数が上がる。
「はい!あ、でも最初はお試しがいいですよね。みなさんが気に入られるとは限らないですし」
「……そうですね。わたくしとサビーヌとクララは定期購入でもいいと思いますが。あ、あと数名サビーヌたちから借りて使用している者たちもいまして、彼女たちも欲しいと言ってましたから」
「そしたら、明日にでも定期購入と、お試しの人の数をそれぞれ教えてもらえれば」
「よろしいのですか?」
甘やかな薫りが遠ざかり、今度はマルグリットと楽し気に話している。
「もちろん!お買い上げいただけて嬉しいです!!……そうだ!ハンドクリームもあるんです。こちらもお勧めです」
「まぁ……どうしましょう」
「それも、お試し用にお渡ししますね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ嬉しいです。ベルモンさんも喜んでくれるわ~」
マルグリットとヴェルナレット嬢が二人揃って、ルシアンを見た。
「「ありがとうございます!!」」
女性二人の圧が強い。
だが……にこにこと笑うヴェルナレット嬢に、否は返せないし、返すつもりもない。
「……ベルモン商会の連絡先を」
「はい!今、お渡ししますね」
机の前に座り、引き出しを開け、何も見ずにスラスラと書き始める。
「どうぞ!」
小さな紙に綺麗な文字が並んでいる。
インクの墨で指が少しだけ汚れてしまっている。
気になって、つい触れれば、
「……あの?」
深いアメジストの瞳が、不思議そうにルシアンを見ていた。
「……いや、汚れてしまったなって……」
「ああ……こんなのすぐに落ちますって!あ、優秀なインク落としも売ってるんですよ?」
強欲なヴェルナレット嬢は、宣伝が得意なようだ。
「……そうか。それもベルモン商会で?」
「はい!うちの領地はベルモン商会で成り立ってます」
ポンと得意げに胸を叩く。
(……なんだろう。悪女ってこういうのだったか?)
そもそも悪女とは?
彼女はなんと噂されていたのだろうか?
男遊びが激しい。
散財をする。
(……確かに異性とは付き合いがありそうだ)
ベルモンさん、ベルモンさんと無邪気に言っている。
「……ぼっちゃま」
「ん?」
「婚約者とはいえ、触れすぎです」
マルグリットの指摘に、彼女の指に触れたままだったことに気づく。
「……申し訳ない」
手を離して謝れば、ぶんぶんと頭を左右に振っている。
「いえ、お買い上げいただいたのでこれぐらいなんともないです」
なんだか返しがおかしい気はした。
だが、少しだけ色づいた頬に気を取られ、ルシアンはその違和感を手放した。




