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菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない  作者: 星見蒼


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12、地獄の報告会

「お帰りなさいませ」


いつも通り、アルマンとマルグリットの二人がルシアンを出迎えた。

アルマンに外套を預けながら、マルグリットには帰りが遅くなったことを謝る。


「食事はどうされますか?」

「食べてきた。料理長にも謝っておいてくれ」

「……気にされなくても良いのですけれども?」

「姉上に殺される」


そう返すと、マルグリットが柔らかく微笑む。

少し後ろを歩いていたジュールが、ぶふっと笑った。

ルシアンはジュールを軽く睨んでから、今日一日気にかけていたことを、さりげなく切り出した。


「で、どうだった」

「……何がですか?」


マルグリットのこのかわし方はわざとなのか。アルマンと同じで、どこか読めないところがある。

仕方なく、言葉を継いだ。


「仕立て屋はどうだった?」


するとマルグリットは一瞬だけ顔を曇らせて、


「いつも通り、すぐ来てくださいました」


何事もなかったかのように返されるが、そんなわけはなさそうだ。


「……詳しい報告は、部屋で訊いた方が良いか?」

「いえ……そうですね。一応、報告はいたしましょう」


(……なんだ、そのもったいぶった言い回しは)


不穏な空気を感じつつ――

ルシアンはアルマンとマルグリットを従え、自室へと向かった。



◇ ◇ ◇



ルシアンの自室の隣にある書斎。

書斎と自室は続き部屋になっており、扉ひとつで行き来ができる。


アルマンとマルグリットが書斎へ入り、最後にジュールが扉を閉めた。


ルシアンはソファに腰を下ろす。

向かいにアルマンとマルグリットが並び、ジュールが静かに飲み物の準備を始めた。


「何があった?」

「……何があったといいますか……」


マルグリットにしては珍しく、言い淀んでいる。

それを助けるつもりなのか、ジュールが問いかけた。


「ドレスは何着買われたんですか?」


「予定通り三着です」

「……予定通り?」

「はい。今回はルシアン様とその婚約者様の私費ではございませんので」

「は?」


それは聞いていない。


「セラフィーヌ様の私費から出ております」

「……いや、待て。なんでそうなる?」

「セラフィーヌ様からの指示です」


文句の一つも言いたいが、おそらく当主代理として命じたのだろう。

そうなると弟とはいえ口出しはできない。不満ではあるが、黙るしかない。


「……で?」


ソファの背もたれに両腕を広げ、脚を組んで、ブラブラと揺らす。


「……子供」


ジュールがローテーブルの上に紅茶を並べながら、ポツリと呟いた。


「聞こえてる」

「さすがの地獄耳」

「……聞こえるように言っただろ。ついでに菓子も頼む。あの棚に入ってるやつだ」

「はいはい。お子様には甘~いお菓子ですね」

「……俺は甘すぎるのは好きじゃない」

「はいはい」


ジュールの、宥める気などないだろう「はいはい」を聞きつつ、改めてマルグリットに視線を向ける。


「それで、問題があったのか?」

「いえ……その……問題はなかったと言うべきか……それとも、あったと言うべきか……」

「……なんでもいいから報告してくれ」


「はい。それでは……」



マルグリットが頭を下げ、そして彼女の口から聞かされたのは――



「コルセットをしていない!?」

「へぇ~、道理でちょっと形がおかしいなぁって思ってたんだけど、やっぱりね」

「やっぱり?お前は分かってたのか?」

「……わたくしもそう思っておりましたが」


マルグリットの淡々とした肯定に、ルシアンはアルマンへと視線を向ける。


「分かるものなのか?」

「……坊ちゃま、そこは分からなくて良いかと。女性の体をそこまで不躾に眺めるものではありません」

「僕は一瞬で分かるから」


話が相変わらず脱線しそうになるのを、マルグリットがコホンと咳払いをして止めた。


「報告を続けてもよろしいですか?」


若干の圧を感じながら、ルシアンは頷く。

マルグリットはジロリとジュールを睨んだのち、言葉を続けた。


「用意されたドレスを前に、何を選んだらいいのか分からない様子でして」

「……慣れているんじゃないのか?」

「ん~、今まで贈り物だけで過ごしてたんですかね?」

「あぁ……そういうことか」

「ご自身の体型を理解されていないようでして」

「……どういうことだ?」

「分かりやすく言えば、ドレスに対してご自身の体型がどう反映されるのか、まったくもって理解されていません」

「全然分からない」

「あ~……あれだ。自分が背が高いことは分かってるけど、どのドレスがちょうどいいのか分からないんだ」

「その通りです」


(……どういうことだ?)


「ですが、お金を使うのは好きなようでして」

「……っ!!」

「懸命に計算されていました」


(計算?)


「月五百万リアとお約束されたんですよね?」


ルシアンは無言で頷く。


「並んだドレスのひとつひとつの金額をお訊きになりまして……もっとも金額の高いもの三着をお選びになりました」

「なるほど」

「ですが、」

「ですが?」

「結局、お体に合いませんでしたので、合うものの中で最も高いものを三着」

「……いくらになったんだ?」

「二百万リアでございます」

「……待ってくれ!姉上の私費とは聞いていない!!」

「そのあたりはわたくしどもからは何も言えませんので」

「あと」

「……なんだ」

「正直、ヴェルナレット嬢にお似合いではございませんでした」

「……そうか」

「なのに、高いというだけであの三着をお選びになるのは、まったくもって理解できません!!」

「それなら、どうして止めてくれなかった」


(……頭が痛い)


ルシアンのお金ならいくらでも……は言い過ぎだが、とにかく使ってくれて構わなかったのだ。

一応上限は決めたが、多少オーバーしても問題ない程度には余裕があったのに。

それが姉上の私費から出ているなど……冗談じゃない。


「お止めしました。それなのに……」


――五百万リアもいただいているのです!


「物凄い情熱でした」

「……」

「レネにもヴェルナレット嬢をお止めするように、お願いしたのですが」


――レネ、五百万リアです!!


「そう仰るばかりで、レネにも無理でした」


マルグリットが大きくため息を吐く。

アルマンがその横で頭を左右に振った。

ふたりの目が、痛いものを見るようにこちらに向けられている。


(俺の金なら良かったんだ。それで別に……)


「とにかく、姉上には俺の方からも報告しておく」

「……ええ、お願いします」


マルグリットが申し訳なさそうに頭を下げるが、そもそもは自分が結んだ契約のせいだ。


(……これは、姉上の嫌がらせなのだろうか?)


五百万リアの私費利用を勝手に許した自分への。

そうとしか思えない。


「……ジュール」


先ほどから後ろを向いて肩を震わせている。

笑っているのは明白だ。


「ん~、なにかなぁ?」


こちらを見る気はないらしい。

背中を向けたまま、楽しそうな声だけが返ってくる。


「お前はどこまで予想してた?」

「……え~……何も予想できなかったよ。だから面白過ぎて……」


くくっと喉元でくぐもっていたそれが、堪えきれずにはじけ、部屋に笑い声が響いた。


「あ~おかしい……こんなに面白いことになるなんて……」


声を上げたことで観念したのか、ジュールはこちらを向く。目には涙まで溜めて笑っていた。


「君に相応しい婚約者じゃない?」

「……どういう意味だ!!」


睨んでも効果などあるはずもなく“おかしいおかしい”と繰り返している。


「とにかく。お金が好きなことは分かった」

「……申し訳ございません」


マルグリットがまた頭を下げたので、そうじゃない、と声をかける。


「今後は俺と彼女の私費以外を使わせないようにしてくれ」

「はい……ですが」

「なんだ!」

「セラフィーヌ様からは靴と宝飾品を買うようにも言われていますが……」

「まずは俺が婚約者として買う。そう言えば納得する……はずだ……いや、待て。そういう名目で今回の分も俺が払えば?」

「……申し訳ございません」


今度はアルマンが頭を下げた。


「すでにセラフィーヌ様名義で切られております……」

「姉上め~!!」


向こうの方が何枚も上手だ。後手に回れば取り返しはつかない。


「とにかく、次からは全部俺。いいな」

「はい」


さすがに二人とも姉上の私費を動かしたいとは思っていないらしい。気を付けてさえいれば、今後は大丈夫だろう。


アルマンとマルグリットが深々と頭を下げてから、部屋を後にする。

残されたのは、まだ笑っているジュールのみ。


「……楽しそうでいいな」

「え?ん。ほんとルシアンは飽きないよ」

「……いや、俺じゃないだろう?」

「君ってきっと面白い星の元に生まれたんだよ」

「……お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「銀の君」

「……馬鹿にしてるな」


くくっと笑ってジュールがソファに座る。

テーブルのお菓子に手を伸ばし、口の中に放り込んだ。


「ん~、甘いね~」

「……何がしたいんだ」

「甘くて美味しい」


にこにこと笑うジュールを見ているだけで、疲れてきた。


「それ食べ終わったら帰れよ」

「はーい。お疲れさま~」


ジュールはソファに腰掛けたまま、ぶんぶんと手を振ってルシアンを見送っている。

マイペースなジュールを相手にする余裕は、もう無い。


続き扉で私室に入ると、服も脱がずにベッドへと倒れこむ。


「あ~…無理だ……」


今更ながら、契約婚約などした自分を呪った。


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