11、悪女、天然百パーセント
朝食はセラフィーヌ様のありがたい提案に従い、部屋でのんびりと食べた。
昼食も同じようにお願いすると、そちらも許可が下りた。
(……これなら、わざわざあの重いドレスに着替えなくてもいいのでは?)
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、さすがに部屋に閉じこもるわけにはいかないだろう。
やることがなくなってしまったミレーニアは、唯一の“仕事”である悪女契約について考えることにした。
ライティングデスクの前に座り、引き出しから取り出した契約書へと、改めて目を落とした。
1.両家の名を汚すようなことはしてはならない
2.異性との付き合いは禁ずる
3.侯爵家の私費の使用は認める。月の上限は五百万リア
4.婚約者としての義務を果たすこと
5.契約は最長二年とする
(……ずっと目を逸らしてきたけど)
五百万リアという文字。それは、ミレーニアにとって、あまりにも現実味のない数字だった。
(これだけあれば……領地をどれだけ整備できるんだろう)
復興中のヴェルナレット領では、まだまだ直さなければならない場所が無数に残っている。
壊れたままの橋、凸凹の道、ひび割れたままの教会の壁。倉庫の数だって全然足りていないし、水路だってもっときちんと補修したい。
それに、魔樹の生育に必要な土だって買い替えたいし、魔石狩りの道具だって増やしたい。何より、討伐隊のみんなのお給金や装備を整えてあげたい。あ……警備隊のみんなにだって……!
――ダメだ。考えれば考えるほど、いくらでも使い道が出てくる。むしろ五百万リアでも足りないくらいだ。
(もう……全額、領地につぎ込んでしまいたい)
なんとか横流しできないだろうか、とつい本気で考えてしまう。
そんなミレーニアの耳に、ノックの音が響いた。
「あ、はい!」
契約書を引き出しの中に仕舞い、レネがいないので自らドアを開ける。
顔を出したのは、侍女頭のマルグリット様。
なぜか鋭い目でミレーニアを見た後、部屋の中をぐるりと見渡された。
“よく見たいのかな?”と思い、ミレーニアはそっと体を横にずらして視界を開けた。
すると、マルグリット様の目が大きく丸くなる。
(……あれ?違った?)
どうしたらいいのか分からず、首を傾げると、コホンと咳き込まれた。
(……風邪かしら?)
埃っぽいのかもしれないと、窓を開けようとした瞬間――
「ヴェルナレット様」
「はいっ!!」
鋭い声で呼ばれ、その場で足を止める。
「仕立て屋が来ていますが、こちらに案内されますか?それとも応接間に?……ただ、応接間ですと大きな鏡がございません」
「……仕立て……屋?」
「ええ」
「あの……なんのために?」
マルグリット様は再び、コホンと咳を出す。
「あ、埃はお体に良くないですもんね……! 今すぐ窓を開けますから、ちょっと待っててください!」
「え?」
「でも急に開けたらかえって埃が飛ぶかも!!……どうしましょう。あ、お部屋の外でお話すればいいのか」
「いえ……あの」
なぜか慌てているマルグリット様の背中をぐいぐいと廊下へ押し出して、そのままパタンと部屋のドアを閉めた。
(ん、これなら大丈夫ね)
「で……なんでしたっけ?あ、そう!仕立て屋!!」
思い出したものの、やっぱり意味は分からない。
「……ルシアン様が仕立て屋をお呼びになりましたので」
「えっと……何のために?」
マルグリット様は、なぜか頭痛をこらえるように額に手を当てた。
「セラフィーヌ様が『ドレスが必要』と仰せになりましたので」
「……ルシアン様ではなくて?」
「う……」
レネから“厳しい侍女頭”と聞いていたけれど、マルグリット様は、どこか様子がおかしい。
(もしかして体が弱いのに無理してる?)
「あの……私のことでしたら大丈夫ですので」
(気を遣わせてはいけないわ。私のことなど放置して、自分の体を優先してほしい)
なんとか伝えようとしたのに――
「……とにかく、今から仕立て屋をこちらへ案内しますので」
「あ……はい」
「大人しく、お部屋でお待ちになってください」
体が弱いはずのマルグリット様に、ずいぶんと強い力で部屋の中に押し込まれる。
ミレーニアはよく分からないまま、部屋で仕立て屋を待つことになった。




