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第8話 身の程を越える覚悟

 食堂での決闘騒ぎの後。


「だ、駄目ですよ、千尋! 決闘なんていけないのですよ!? しかも、相手はあのフレイヤ・カーライルだなんて……っ!」

「ごめん、ヒカリ。こればっかりは止められない。アタシは師匠の弟子として、師匠の侮辱には立ち向かわないといけないんだ」

「でもぉ! フレイヤは【赤】を継承するカーライルの一族ですよ!? 『天球世界』有数の名門貴族の家ですよ!? その中でも、歴代最高の天才という噂で! 入学時点で既に、『魔術師名』もありますし! 派閥の色を名乗るだけの実力も持っています! つまり、もう相手は卒業生クラスの実力者なのですよ!?」

「……魔術師名? 派閥の色?」

「えっ? そこかですか!? ねぇ、魔術名もわからずに決闘に乗ったんですか!?」

「うん」

「馬鹿ぁ! 千尋の馬鹿ぁ! 今すぐフレイヤに頭を下げて決闘を撤回するのですよぉ!?」


 当然の如く、千尋は心配を通り越して怒りモードに突入したヒカリに叱られていた。


「魔術師名は、魔術師が自分の名前から呪詛を受けないために名乗る仮の名前……というか、仕事用のペンネームみたいなものです」

「へぇ」

「大体は師匠筋から、弟子が半人前程度の実力になったと見なしたら送られる風習ですね」

「師匠から名前を貰える……なにそれ、素敵」

「そして、これも昔からの風習なのですが、魔術師の派閥は色を名乗ります。これは、魔術を授けた原初の魔術師三人が、原色の色彩をコードネームにしていたことが…………ええと、要するに! 一人前になると所属している派閥の色を名乗れるのです! つまり、フレイヤはカーライルという名門貴族の中でも、一人前と認められるほどの腕前の持ち主なのですよ!」

「つまり?」

「勝ち目はゼロです!」


 半分キレながら伝えて来るヒカリの言葉。

 その意味を、実際のところ、千尋はよく理解していた。


「わかっている。わかっているよ。今のアタシが、あのフレイヤに勝てないことぐらい。嫌というほどよくわかっている。でも、それでも――――あそこで噛みつかなければ、アタシは今後一生、師匠の弟子を名乗る資格は無かった! 意外と優しい師匠はそんなことは言わないと思うけど! アタシ自身の魂が、その資格を認められない!」

「……そっか。千尋にとってこれは、譲れない戦いなのですね? たとえ、負けるとわかっていても」

「ああ、そうだよ。だけど、最初から負けるつもりでは挑まない。幸い、決闘の日時は一週間後。それまでに何とか対策を――」

「負けたら相手の使い魔になるって、『天球世界』的には屈辱を通り越して、ちょっと変態な感じの罰則ですけど。それでも、師匠のために戦うと……ご立派ですよ、千尋」

「えっ?」

「まぁでも、フレイヤも冗談というか、負けたらそれぐらいの屈辱を与えてやる、という意味でしょうし、本当にはやらないと思いますけど。だって、そうなったら使い魔になった方だけではなく、使い魔にした方も大分変態っぽく……」

「えっ? あの、ひょっとしてアタシ、無知に付け込まれている感じの状況なの???」


 ヒカリが怒る意味、戦わなければならない理由。

 それらを千尋は理解していたが、『天球世界』の常識や、負けた場合の罰則に関しては全然知らなかったので、状況は『戦わなければいけない』から『何が何でも勝たなければ』というものに移り変わって行く。

 千尋は平凡な少女。

 当然、公衆の面前で屈辱を通り越してちょっと変態な感じになる罰ゲームは御免なのだ。




「弟子よ。フレイヤ・カーライルとの決闘は、今の君には無謀だ」


 魔法学校での授業が終わった放課後。

 いつも通りに修練場でクロウと修行を始めた千尋だったが、早速、事情を説明すると、クロウが淡々と駄目出しをしてきた。


「無謀は覚悟の上! それでもアタシは挑みます!」

「……今の君にも分かり易いように例えると、だ。フレイヤ・カーライルは幼少の頃から鍛錬を重ねて、若干十二歳でプロになった天才スポーツ選手だと考えなさい。そんな相手に対して、君は始めてから一か月も経っていない身の上で、その天才スポーツ選手に勝負を挑もうとしている。大体、今のフレイヤ・カーライルと君では、これぐらいの差がある」

「うわぁ」


 しかも、『地球世界』出身である千尋にもわかる例えで、きっちりと戦力差を指摘してくるのだ。

 流石の千尋にも、今のフレイヤとの彼我の実力差を嫌というほど思い知ってしまう。


「悪いことは言わない。決闘は撤回すべきだ。このまま戦ったとしても、勝敗の問題以前に、相手に失礼になる」

「う、ぐ、ぐぅう」


 理解はしている。

 千尋もクロウに言われずとも、理解はしているのだ。

 勝てる勝てないの問題以前に、同じ土俵に上がれていないのだと。

 身の程知らず、極まりないのが今の自分なのだと。


「嫌、です!」


 それでも、千尋はクロウの忠告に抗った。


「アタシは嫌だ! 嫌です! 師匠が、師匠が侮られたまま、何もしないなんて!」

「私のことなら気にする必要ない。いかに名門とはいえ、子供の戯言で傷つくような名誉などは持ち合わせて――」

「アタシが! 嫌なんです! 師匠を侮辱されたまま、何もしないアタシのまま生きていくのが、嫌なんです!」


 我儘だった。

 子供なりのプライドがあると言えば聞こえがいいが、それでも根底にあるのは我儘だった。

 どうしようもない実力差の相手に、それでも屈したくないという反骨精神だった。


「そうか」


 弟子の必死の叫びに、クロウは一言、いつもと変わらぬ無表情で頷いた後。


「勝ちたいか?」


 静かに、けれども力強い響きの問いかけを投げた。


「勝ちたいです!」


 そして、千尋もそれに即座に応じる。


「期限が一週間となると、今からだと地獄の修行になるぞ?」

「構いません!」

「本当に地獄だぞ?」

「頑張ります!」

「私の育成プランなら、一年後には無理なくフレイヤ・カーライルを越えることも可能だが、それでも?」

「今! 今、勝ちたいんです!」


 クロウの問いかけと、千尋の応答。

 そのやり取りはしばらく続いて。


「わかった。ならば、精々覚悟を決めるといい。己の身の程と共に、地獄を乗り越える覚悟を」


 やがて、観念したようにクロウは千尋の我儘を受け入れた。

 額に手を当て、深々とため息を吐きながら。



●●●



「いざ邯鄲にて宿を借り、夢幻を枕とする。されど、夢幻は現に通じる」


 クロウが何か呪文めいた言葉を唱えると、修練場の景色が一変した。

 無機質で広い空間があるだけの修練場から、どこかの霧深い山奥へと。


「わぁ!? 師匠、これは幻術ですか!?」

「幻術と異界化の合わせ技だ。この空間内で起こる不都合な変化――怪我や老化は幻として無かったことに。けれども、都合の良い変化――成長に関しては現として持ち帰ることが可能だ」

「おおっ!」

「この異界の内部であれば、時間が進む速度をいくらか調節可能。まぁ、今回は最初の利用だから、精々十倍程度で留めておくか」

「師匠、それはつまり、一時間が十時間になるということですか!?」

「そうだ」

「師匠、それはつまり、いつもよりもたっぷり師匠と一緒に居られるということですか!?」

「そうだが、修行に集中しなさい」

「はいっ!」


 意気揚々と頷く千尋。

 その表情から、これから本当に地獄の修行が始まることを理解しているのか探るのは難しいだろう。

 故に、クロウはさっさと本題へと入った。


「弟子よ。魔術発動のプロセスを詳しく説明しなさい」

「はい! 体内でオドを練って! 体外にあるマナを吸い込んで! カルピスを作るみたいに、良い感じに混ぜ合わせたら、それを使って魔術を発動させます!」

「そうだ。基本的に、どんな魔術師であったとしても、マナよりもオドの方が魔術の行使に適している。何故ならば、自分の体内で作った魔力だからだ。だが、よほど大量に魔力を持っている人間でもなければ、オドだけで魔術を行使してしまえばすぐに魔力切れになってしまう。故に、体外に多く存在するマナを取り入れ、オドと練り合わせることで『それなりに使いやすい魔力』へと変換する。このオドとマナの混ぜ合わせる効率を上げることが、ほぼ全ての魔術師にとっての命題であると考えていいだろう」

「基本的に、魔術師は魔力がたくさんあるほど凄いことが出来るってことですね!」

「ああ。だが、あくまで基本的だ。魔力がたくさんあっても、使い過ぎれば『焼き付き』があるのだが、それはまた今度にしよう」


 ヴォン、とクロウは己の眼前に真っ白な長方形の盾を出現させる。


「盾の魔術。魔力操作の延長線上に存在する、基本中の基本の魔術だ。弟子よ、この盾の強度が上がる条件は?」

「はい! 魔力を込めれば込めるほど、頑丈になります! 後は、盾の範囲が狭ければ、その分だけ強度ががっつり上がります!」

「よろしい。では、身体強化でこの盾の魔術を殴ってみなさい」

「はいっ!」


 千尋はクロウの言葉に疑問を持たない。

 即断即決。

 魔術師見習いを始めて一か月にも満たないとは思えぬほどの速度で、自身の肉体を強化。更には、魔力によって殴る拳を籠手の如く保護。そのまま、全力を込めて真っ白な長方形を殴り抜く。


「――っとぉあ!? 固い! この盾の魔術、物凄く固いですよ!? 流石師匠です!」


 だが、盾は揺るぎない。

 一時的にプロボクサー級の衝撃が叩きつけられたにも関わらず、真っ白な盾にはひび割れ一つ入っていない。

 この事実に、千尋は流石師匠だと尊敬の視線を向けて。


「私の予想ではあるが――――この強度が、フレイヤ・カーライルが展開する盾の魔術の『最低限』だ」

「……へっ?」


 クロウからの無慈悲な真実の開示により、千尋の目で絶望の色で染まった。


「さ、最低限……最低限ですか、これで!? あの、アタシ、全然、その、傷つけることも出来ないのですが!?」

「分かり易いだろう? 実力差が」

「これ以上なく! で、でも、なんでこんなに差が……こんな強度、相当魔力を注ぎ込まないとできないはず……オドが凄く多い?」

「恐らく、単純計算でオドの生成量は、君に比べてフレイヤ・カーライルは七倍ほどだ」

「うへあ」


 七倍。

 仮にスポーツで例えるのなら、筋力そのものが七倍の差があるようなもの。

 人間とゴリラほどの違いもあるのだ。

 普通に考えれば勝てるわけが無い。


「加えて、君よりもフレイヤ・カーライルの方が魔力の変換効率が高いだろう」

「うぐ」

「そして何より、カーライルの家は『精霊術』に適した家柄だ。弟子よ、精霊術とはどんな魔術だ? 学校で習っただろう?」

「あ、はい。ええと……自分のオドを精霊に与えて、良い感じに働かせる魔術、ですよね?」

「そうだ。この精霊術の利点は、普通に魔術を発動させるよりも遥かに少量のオドで、精霊が同じ結果を発生させることだ。これにより、カーライルの家の人間は、普通の魔術師よりも遥かに潤沢な魔力を扱える」

「うわぁ」

「無論、欠点として、精霊は『生きている魔法』であるが故に、精霊の気分次第で同量の魔力でも結果が異なるという不安定さだが……カーライルの家が色を名乗ることを許したのだ。既に、フレイヤ・カーライルはその欠点を克服していると考えていいだろう」

「ああうあ」


 クロウは淡々と言葉を重ねる。

 説明する。

 千尋が勝てない理由を。


「全てに於いて、フレイヤ・カーライルの方が上。決闘では傷一つ付けられず、完封負けを食らう可能性が濃厚――――ここまでが前提条件だ」


 だが、それは諦めさせるための言葉ではない。


「弟子よ。まずは、最低限の盾を貫くための修行を始めるぞ。予告していた通り、地獄だ。覚悟しろ」

「――はいっ!」


 絶望を並べた上で、それを越えろと弟子を奮起させるための言葉だった。




「…………あの、師匠」

「なんだ?」

「この修行なんですけど……ええと、凄く地味では?」

「ああ。魔力操作の精度を上げるための修行は、基本的には精神統一のための座禅だ。これ以上の効率は無い」

「…………地獄の修行とは?」

「これから先、地獄のように退屈な時間が続くぞ?」

「あ、はい」


 ただ、それはそれとして、散々覚悟を要求された修行の始まりは、肩透かしながらも確かに地獄の退屈さを感じるという、地味極まりないものだった。

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