第7話 炎のお嬢様
「では、ワタクシと貴方の名誉を賭けて決闘しましょう。そうね、負けた方は勝った方の使い魔として契約する、という内容はいかが?」
「望むところだ!」
「ああ、もちろん、ワタクシはとても優しいので、這いつくばって前言を撤回するのならば、負けた後でも契約は取り消しにしましょう」
「はぁん!? 舐めるなよ、このお嬢様め!!」
なんでこうなった?
などと、後から頭を抱えたくなることは、誰しも何度か経験があるものだ。
そして、後悔するとわかっていたとしても、どうしようもなく譲れないからこそ、このような馬鹿をやってしまうのだと、鈴木千尋は十二年の人生で理解している。
そう、コミュニケーションは割と得意な方ではあるけれども。
それはそれとして、割と喧嘩っ早い人間なのだと。
事の始まりは、少し前。
千尋とヒカリが共に、校内の食堂で昼食を取っていた時まで遡る。
「……あのさ、ヒカリ」
「はい、何ですか? 千尋」
「あんまりさ、こういうこと言うのはどうかと思うんだけどさ」
「はい」
「ろくにお金を稼いだことのない身の上で、こういう文句はどうかと思うんだけどさ」
「はい」
「…………この食堂、ご飯がその、あの、あんまり美味しくないよね?」
「はい、そうですよ?」
「はい、そうですよ!?」
千尋は何日か食堂を利用した結果、満を持して溜め込んでいた文句を吐き出していた。
「千尋。このミネルヴァ魔法学校の校長はね、本が好きなのです」
「そりゃあ、うん。図書館が魔法学校になっているぐらいだから、それぐらいは予想していたけれども?」
「だから、この魔法学校の予算の八割は本に使われています」
「偏り過ぎぃ!?」
「流石に、講義に必要な物品や、教員に対する給与は相応に払っているみたいですけど、その代わり、それ以外の部分のグレードがちょっと残念になっているのです」
「……つまり、この食堂のご飯があんまり美味しくないのも?」
「うちの校長が『食事はとりあえず、栄養が取れで吐き出すほど不味くなければそれでいい』と考えているが故の弊害ですね」
「うへあ」
ヒカリの説明に、思わず顔を顰める千尋。
幼少の頃から母親に連れまわされた結果、千尋の料理に対する許容範囲は広い。
最悪の最悪、我慢すればウジ虫の料理だって黙って食べて栄養に出来る。
しかし、それは『可食』というだけであって『美食』からは程遠い。
千尋は美味しい物が好きだった。
別に、グルメを気取っているわけでは無い。それでも、毎日の食事が楽しみにカウントされない生活は、千尋にとって結構な負荷になるのは事実だった。
「い、嫌だ……これから五年間の魔法学校生活の食事がこれなんて……か、革命……食堂に革命を起こさないと……」
「千尋、そんな物騒なことしなくても、私が料理を作ってあげますよ?」
「へ? いや、いいの? そういうの」
「食事の質を気にするタイプの先人が居まして、その人たちの抗議活動により、事前に申請していれば一定金額までの食材と調理場の利用が可能になったのです」
「既に、革命は為されていた!?」
「革命というか、妥協って感じですけどねー?」
自炊可能。
この事実は、千尋にとって希望の光となった。
何せ、この食堂のメニューはどれも微妙に美味しくない。
千尋が作った方がまだマシ、というレベルの味なのである。
ただし、何故かカレーだけは『まだ食える』水準に達しているため、食堂を利用する生徒のほとんどはカレーばかりを食べているのだが。
「私、これでも料理は得意なのです。和洋中、なんでもござれですよ?」
「それは素直に凄い。アタシはサバイバル飯とか作れないから」
「え、いいじゃないですか、サバイバル飯!」
「そう? じゃあ、交互に料理当番を回して行く感じで――」
料理自慢するヒカリに、楽しげに今後の料理当番の予定を組む千尋。
その様子は、食堂のあまり美味しくないメニューの洗礼を受けている新入生たちの中で、ひと際輝いていた。
「あーっ、天原じゃーん」
目立っていた。
だからこそ、二人の会話に口を挟むように、招かれぬ客が二人。
「地味だから気づかなかったけど、アンタもミネルヴァに来てたんだ?」
「つーか、誰よ、そいつ? アンタの友達?」
紫と緑。
日本人離れした髪色の少女たちが、顔見知りのようにヒカリに近づいてきた。
「ぴゃあ、え、あう……」
すると、ヒカリは人見知りを発揮して千尋の背後に隠れてしまう。
その様子に、二人の少女は機嫌を損ねたように舌打ちした。
「はぁ、またそれ? 別に、私たちはアンタをいじめに来たんじゃないんだけど?」
「そうそう、普通の世間話に来ただけ」
「アンタまだ、ポーションなんてダサいの作ってんの? とか」
「緊張し過ぎてゲロ吐いてたゲロ子が、他人の飯を作れるの? とかさぁ」
少女たちは明らかに敵意を持ってヒカリに言葉を投げかける。
けれども、ヒカリは「ううぅ……」と唸るだけで何も言い返さない。
「――――お前ら、表に出ろ」
故に、千尋が二人の少女に応答した。
最初から不良漫画の主人公のように、ブチ切れた状態で。
「は? いきなり何――」
「お前ら二人は、アタシの友達を侮辱した。許せない。だから喧嘩だ。オッケー?」
「いや、オッケーも何も――」
「アタシは暴言なんて野蛮な真似はしない。上品に拳で語ってやるよ」
「こっわぁ!? 目がマジなんだけど!?」
千尋は平凡な少女である。
大体の人間とはコミュニケーションを交わせる社交的な人間である。
それはそれとして、海外を渡り歩いた経験から、和を以て貴しとなす日本の感性よりも、『舐められたらぶち殺す』を良しとする荒んだ価値観も持ち合わせているのだ。
従って、この言葉は全てが本気。
たとえ、この件で学校側から処罰が起きようとも、我を通す気満々である。
「あ、あの! 千尋、気持ちはありがたいけど、入学早々問題は――」
「ヒカリのためじゃない。アタシは、アタシの理屈のために、今からこの二人を殴る!」
「そ、そんな――じゃあ、わかりました! 妥協して、今から私もこの二人を始末します! 毒薬で!!」
そして、止めようとしたヒカリも木乃伊取りが木乃伊に。
いつの間にか装備した、毒々しい色で満ちた試験官を携えて戦闘準備。
「「……っ!」」
これには二人の少女も困惑した。
二人の少女からすれば、『いつもの嫌味』を言うだけのはずだったのだ。
だというのに、手痛いどころか、ボコボコにされそうな反撃を受けそうになっている。
二人の少女は『天球世界』出身ではあるものの、戦闘技術は会得していない。
まともに喧嘩をしたこともない、単なる一般層の子供に過ぎないのだ。
明らかに場慣れした拳の構え方の千尋と、毒液を構えるヒカリには勝てない。
「だ、誰か!」
「風紀委員は!?」
周囲に助けを求めても、そろそろ理不尽慣れしてきた他の新入生は退避済み。
その他の生徒たちは、まるで風物詩でも見ているような感覚で、その場から退避するまでも無く食事を続けている。
この食堂に満ちる空気が、二人の少女が床に沈む末路を望んでいる。
もはや、この場の流れを変えることは困難極まりないだろう。
「騒がしいわ。一体、何をしているの?」
故に、この場に介入した者の声は、場の空気などを一瞬で焼き払うかのような覇気に満ちていた。
●●●
「ふ、フレイヤだ」
「フレイヤ・カーライルが動いたぞ?」
「【赤】の受け継ぐ一族……まさか、こんな些事に動くのか?」
今まで興味本位で事の成り行きを傍観していた生徒たちは、戦慄の声を漏らした。
だが、それも無理は無いだろう。
怒る千尋と、それに同調するヒカリに怯える二人の少女。
その間に割って入ったのだ、赤髪の少女――――一年生の中でも群を抜いた実力を持つ、フレイヤ・カーライルなのだから。
「た、助けて、フレイヤ!」
「この二人が! いきなりブチ切れて暴力を!」
二人の少女は、天から垂らされた蜘蛛の糸に縋るかのように、フレイヤに情けない声で懇願を始めた。
すると、フレイヤはこの二人の少女と面識があったのか、応じるように視線を合わせる。
「ユカコ、ナジミ、最初から、正直に事情を話しなさい」
「「うぐっ」」
紫髪の少女――ユカコ、緑髪の少女――ナジミは揃って声を詰まらせ、まるで親に叱られたように肩を落とした。
「わ、私が天原の奴を馬鹿にしました……ポーションはダサいって」
「ユカコ」
「は、はい」
「貴方はどれだけポーションが作れるの?」
「……えっとぉ、ポーションは作るのが面倒だから苦手でぇ……」
「自分に出来ないことを出来る人間を、貴方は馬鹿にするの?」
「…………わ、私が愚かでした、はい」
「謝る相手はワタクシではないでしょう? それと、ナジミも」
「私はシンプルに食事中に言うことじゃない侮辱をしました。今から土下座決めます」
「今、貴方の土下座に価値は無いわ。後日、改めて菓子折りを持って詫びに行きなさい」
「はい、わかりました」
先ほどまで性悪と呼んでも過言では無かった二人の少女、ユカコとナジミは、フレイヤの言葉に従い、深く頭を下げてヒカリに謝罪する。
「馬鹿にしてごめんなさい」
「侮辱してごめんなさい」
「……え、ええとぉ? まぁ、関わって来ないなら、許します? うん」
そのあまりの素直な様子に、ヒカリはとりあえず千尋の影に隠れながら謝罪を受け入れた。
かくして、一触即発だったはずの空気は、フレイヤの登場によってあっさりと霧散してしまったのだった。
「ふぅん……まぁ、なんだか釈然としないけど、無駄な喧嘩をしなくて済んだか」
場が闘争の空気ではなくなったからか、千尋は構えを解いて脱力する。
喧嘩っ早い自覚はあるものの、取り立てて暴力や戦闘が好きというわけでもないので、戦わないのならばそれに越したことは無い。
そして、あっという間にユカコとナジミを反省させたフレイヤの手腕は目を見張るものがあった。あれがカリスマというものなのかと、千尋は思わず感心してしまったのである。
「ええと、フレイヤ。喋ったこととか無かったけど、仲裁してくれてありがとう――」
「愚者の判断ね」
「は?」
故に、素直な気持ちでお礼を言おうとした千尋だったが、それを遮る形でフレイヤの冷たい言葉が紡がれた。
「決闘委員会を介さぬ私闘は罰則の対象よ。仮に、友を侮辱されたのであれば、まずは決闘委員会へと報告。その後、正式な場で決闘を行い、侮辱を撤回させるべきだったわ。貴方がやろうとしていたことは、単なる感情任せの暴走に過ぎない」
「ほ、ほ、ほぉおおおお……そ、それはそうだねぇ……ごめんなさいねぇ……アタシが、馬鹿だったよぉ……教えてくれてありがとう……」
ざくざくざく、と冷たい刃で刺されるようなフレイヤの指摘。
それを受けながらも、どうにか千尋は己の短気を押さえつけていた。
何せ、フレイヤの指摘は全て事実。
あの時の行動は単なる暴走。しかも、それに友達であるヒカリも付き合わせてしまったのだ。仮にその場は良くても、後から悔いるようなことになったかもしれない。
全て事実で、反省すべきことだ。
だから、千尋は荒れ狂う己の感情をどうにか口から内側に押し留めて。
「――――平凡」
見た。
こちらの底を測るかのように、覗き込むフレイヤの瞳を。
何もかもを焼き尽くした後に積もる塵灰の如き、灰色の瞳を。
「やはり、平凡ね。どれだけ観察しても、平凡な域を出ない程度の素質しか感じない。あの方が弟子に選んだ理由がさっぱりわからないわ」
フレイヤは鋭く、隅々まで千尋を観察し、当然のように告げる。
「悪いことは言わないわ、鈴木千尋。貴方、あの方の弟子を辞めなさい」
千尋にとっての逆鱗を。
内部で荒れ狂う激情が、一瞬にして消し飛ぶほどの強烈な地雷を。
「超越者の弟子を務めるという苦行は、平凡な貴方にはあまりにも――」
「うるせぇよ、赤の他人」
それは善意からの忠告だったのかもしれない。
あるいは、何かしらの意図を持った挑発だったのかもしれない。
だが、そんなことは今の千尋にとってはどうでもいいことだった。
「アタシを侮辱するのは構わない。アタシが平凡な素質しかない人間なのは、アタシ自身も良く理解しているから……だけど! アタシにあの人の弟子を辞めろというのは! それは! アタシだけじゃなくて、アタシを認めてくれた師匠への侮辱にもなる!! それを許せるほど、アタシは器がでかくも無ければ、ヘタレでもない!!」
吠えるように叫ぶ千尋に、フレイヤは笑った。
嘲笑ったのではない。
燃えるような闘志の発露を感じさせる笑顔を浮かべたのだ。
「なるほど、ならばどうするの?」
「決闘だ! お前の言った通り、決闘できっちりとケリを付けてやる!」
「よろしい。その『挑戦』、フレイヤ・カーライルが受けて立ちましょう」
そして、話は冒頭へと戻り――――千尋の無謀な挑戦が始まったのだ。




