第70話 春休み
これにて一年生編は終了です。
次回から二年生編が始まりますが、諸々プロットを書かないといけないので、大体一か月ぐらいのお休みになります。気長にお待ちください。
決して広くない個室だった。
壁は防音防弾の素材に、魔術を封じる結界の印を刻まれている。
「お久しぶりです、マイク先輩」
「やぁ、元気そうで何よりですよ、後輩」
そんな部屋――面会室の中で、千尋はマイクと向かい合っていた。
透明な板を一つ、境界線として挟んだ上で。
「そちらの居心地はいかがですか? 噂によれば、一昔前の脱獄映画みたいなノリの治安だという話もありますが」
「問題ありませんよ。ここにぶち込まれる者は大抵、落ちこぼれの出来損ないですからね。曲がりなりにも魔術学校の優等生だった俺は、さほど苦労する立場にありません。少年法が適用されない、一部の例外たちは煉獄ではなく特殊牢獄の方に行くみたいですし」
「ふっ、思っていたよりも優雅に過ごしていて何よりです」
「…………いや、ここだけの話。割とマジで、魔術学校に通っていた時よりも、命の危険が少ないというか、治安がマシというか」
「ミネルヴァ魔法学校って、獄中よりも治安が悪かったんですね」
被害者と加害者。
騙された方と騙した方。
されど、後輩と先輩。
千尋とマイクは様々な因縁があれども、概ね平穏に言葉を交わし合っていた。
「それはそうと後輩。今日はどうして、俺に会いに来たのですか? 正直、俺のことなんて顔も見たくないと思っていましたが」
「まぁ、マイク先輩の所業は許していません。学校を裏切ったことは確かですし、ヒカリを陥れたことに関しては半殺しにしてやりたい気分です」
「ここでやると君が問題になってしまいますからね。俺が刑期を終えるまで待っていてください。その時に是非とも」
「…………やりませんよ。貴方の自己満足には付き合いません」
「ははは、それは残念」
本当に残念そうに言うマイクに、千尋はため息を一つ。
「今日は、ビリー先輩とアーサー先輩から手紙を預かってきているだけです。二人とも、家や立場の事情で、直接面会には行きづらいみたいでしたので」
懐から、丁寧に封をされている手紙を二通、取り出した。
「………………う、恨み言だと思いますか? 後輩」
「中を改めていないので、さっぱりわかりません。一応、呪殺の心配はありませんよ?」
「うううぅ」
すると、マイクは頭を抱えて、その巨体を縮こまらせるように苦悩する。
「正直、色んな意味で読みたくはありません……いえ、読みたい? どちらか、もう、俺自身にもよくわからない……ただ、ここで受け取り拒否は許されないのでしょうね?」
「そりゃもちろん」
苦悩するマイクとは裏腹に、千尋は満面の笑みだ。
ちょっとした意趣返しが成功して、気分が良いらしい。
「わかりました。是非とも受け取らせてもらいます」
「よろしい」
千尋が持ってきた手紙は、相応の手続きの元、即座にマイクの手元に転送される。
「…………まったく」
マイクはその手紙の感触を確かめると、少し言葉を湿らせた。
涙は流れない。
その資格が無いと、本人が断じているが故に。
「さて、アタシの用事はこれで終わり。後はゆっくりと手紙でも読んで――」
「後輩。レイゼの取り調べはどこまで進んでいますか?」
だが、それでもこの二通の手紙は一つの罰であり、一つの救いだった。
だからこそ、マイクは口を開く。
「大分話が変わりましたね、マイク先輩。取り調べだったら順調という話ですが?」
「ああ、順調でしょうね。奴は語る情報を惜しまない。ただ、その情報は膨大であり、精査するにも時間がかかる。そして、その内に――――レイゼがまだ語っていない情報が起爆する」
「……いや、でも、取り調べをする魔術師もプロでしょう? そんなミスをするとでも?」
「確かに、『緊急性の高い情報から話せ』という命令はするかもしれません。レイゼもそれに素直に従うでしょう。だから、起爆するのは『起爆するかどうかわからないけど、そういうことが起こったら面白いな』という情報。しかも――」
マイクは少し言いよどんだ後、覚悟を決めたように告げる。
「世界規模の起爆だ。ワールドエネミークラスの何かが、出現する可能性がある」
「それは、具体的には?」
「わからない。具体的なことは何も。恐らく、その計画を仕掛けたレイゼですら。だが、だからこそ、レイゼから尋問で情報を受け取ったとしても、何の意味も為さない」
「やっかいな愉快犯過ぎる」
「奴ならば政治犯とか言いそうですがね」
値千金の忠告だった。
特に、最強の魔術師の弟子である千尋に伝えたことで、『もしも』の災厄が起こった場合でも、被害者は格段に少なくなったことだろう。
何故ならば、千尋の師匠であるクロウは、今までその手の災厄を幾度も屠って来たのだから。
「それと、こちらも警告しておきます。これはあくまでも俺の予想に過ぎませんが、レイゼが以前に語った話ならば、そろそろ【創造の白】であるシロナが復帰してくるでしょう」
「うげぇ」
「努々油断しないように」
マイクの忠告は、正しく千尋の命を救うものであった。
何かの意趣返しのように笑顔での忠告であるが、それでもありがたいことに変わりない。
「精々、死なないように気を付けますよ、マイク先輩」
「ああ、それは本当にお願いします。君には、出所後の俺を半殺しにする約束があるのですからね」
「約束していませんが!?」
面会室での二人のやり取り。
それは奇しくも、意図せずして、学校の先輩と後輩が交わし合う冗談のようだった。
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「弟子よ。予定が何も無ければ、今日は私について来てくれ」
春休みの初日。
千尋は今日も今日とて、朝から鍛錬に励もうとしていたが、その前にクロウから呼び止められた。
「うん? もちろん、お付き合いしますが、本日はどこへ?」
「『地球世界』だ」
「ええと、アタシの里帰りは一週間先だと思っていましたが?」
「そうではない。ただ」
クロウは言葉の途中、しばらく固まったかと思うと、何度かの瞬きの後、平坦な声で答えた。
「たまには弟子を労うのも、師匠の務めだと思い出しただけだ」
「…………ふむ?」
師匠であるクロウの言葉に、千尋は首を小鳥のように傾げた後。
「つまり、デートですか!!?」
肉食獣のようにらんらんと目を輝かせた。
「デートではない。ただ少し、街の中を歩いたり、私の行きつけの店を紹介したり、映画を見に行ったりするだけだ」
「デートだ! 半分は冗談のつもりだったけど、本当にデートだ!」
「デートではない」
否定の言葉を繰り返し、クロウは大きくため息を吐く。
「成人を優に超える男性は、十三歳の少女とデートはしない。そういう行為が起こった場合、私は牢の中に自ら入るべきだろう」
「えー、師匠のモラリストぉー」
「モラルの無い人間よりはマシだ」
「でもでも? 師匠もアタシも超越者なのに、国家の法律を遵守するんですね?」
「当然だ。よりよい生活を過ごすため、社会の一員として、法を守ることは当然のことだ、我が弟子。軽々と法を越えるようになってしまった超越者の末路は、無残な死か、あるいは最悪の超越だぞ?」
「……むー」
不服そうに頬を膨らませる千尋。
そんな千尋に、クロウは仏頂面のまま、言葉を付け足す。
「だから、本当に大切な時以外、軽々と法を越えるものではない。普段から法を守らぬ者の逸脱ほど、白けるものはないのだから」
別に、型に嵌れというわけではない、と。
「はいっ! 不肖、鈴木千尋! 師匠のお言葉を胸に刻みました!」
「よろしい」
「法を越えるのは、アタシが師匠をメロメロにしてからにします!」
「よろしくない」
途端に上機嫌になった千尋は、鼻歌交じりに転移魔術を発動。
外出のため、相応の服を選びに行った。
「まったく。シロナの脅威が迫っているかもしれないというのに、肝が太い弟子だ」
そんな千尋の即断即決に、クロウは嘲りではない笑みを浮かべていた。
「ふむ。しばらくぶりに来たが、ここの雑貨店は相変わらず、良い物を仕入れる。ほら、弟子よ。このマグカップなど、今では人間国宝として活躍している人物の習作だぞ?」
「はい、師匠! 全然わっかんないです、良し悪しが!」
「なるほど。では、こちらの西洋人形はどうだ?」
「あ、綺麗」
「大事にすれば持ち主に加護を与え、粗雑に扱えば持ち主に呪いを与える代物だ」
「魔道具の一種!!」
「地球世界にも、こういうものが流れ着くので、良く観察するといい」
千尋からすれば意外なことに、謎の物品が集まる雑貨店を筆頭として、クロウは様々な遊びスポットを知っていた。
「弟子よ。無理強いするつもりはないが、魔術師ならばテーブルゲームの一つでも嗜んでおくといい。高名な魔術師ほど、この手の頭脳遊びに嵌っているからな」
「はい、師匠。ちなみに、アタシへのおすすめとかありますか?」
「『マジック・ザ・ロウ』というカードゲームが最近の流行だぞ?」
「…………あの、アタシが生まれる何十年も前からのカードゲームなんですけど? 最近?」
囲碁や将棋、チェス。
あるいは市販のボードゲーム。
そして、古今東西のカードゲームが集まる、遊戯の専門店。
都心の片隅にあるような、隠れ家的な名店なども。
「弟子よ。この店は、私が知る限り、世界で一番美味しいオムライスを出す店だ」
「すっごいハードルを上げて来ますね!? 昼食前に! えっと、何か歴史ある名店とかに見えないというか、ここ数年に出来た洋食店って感じなのですが?」
「つまり、最新最高のオムライスということだ」
「えー、本当ですかー? アタシとしては、でっかいホテルの中にあるレストランとか、何十年も続いている老舗の店とか、そういうところが美味しくて高いってイメージがあるんですが」
あるいは、一口食べただけで、千尋が思わず「美味しすぎるぅっ!」と感涙してしまうほど、美味しいオムライスを出す新進気鋭の洋食店など。
「さて、映画だが。弟子よ、何か見たいものはあるか?」
「ええと、師匠。アタシは一年間ぐらい、ほとんど魔術修行ばかりで、そういうエンタメの流行から完全に取り残されているので、話題の作品とかさっぱりです、はい」
「む、それはいけないな。いいか? 強くなるためにひたすら邁進する。鍛錬を繰り返す。これは悪いことではない。勤勉は素晴らしいことだ。だが、伸びきったゴムは容易く弾ける。たまには『遊び』を知り、余裕を蓄えなければ」
「ええと、つまり?」
「今回は、私が話題の新作アニメ映画を紹介するとしよう」
「師匠、新作アニメ映画とかチェックする人なんですね?」
「『地球世界』にアニメという文化が誕生したころから見守っているからな」
「スケールが違い過ぎる」
あるいは、話題の新作アニメ映画など。
一般的な娯楽も含めて、クロウは様々な分野へと手を伸ばしている趣味人の一面もあった。
これは、弟子の千尋としては意外である。
常に仏頂面で、最強の座を悠々と守り抜くクロウの姿は、隙の無い毎日の鍛錬から生み出されるものだと考えていたのだ。
「弟子よ、今はわからなくていい。この世界にある全てが、学びなのだ。鍛錬以外にも、強くなる手段は数多とある。そして、『強くなることが必ずしも正解ではない』という時も存在する。強くなるにも思考停止ではなく、常に何のため、誰のために強くなるのかを考えていなさい」
「はい、師匠。ところで、この服、アタシに似合うと思いますか?」
「弟子よ。どこから、そんな布面積が少ない服を持ってきたのだ? 返してきなさい」
「えー、師匠を悩殺できるかと」
「生憎、その手の欲望は、とっくの昔に枯れ落ちている。何歳だと思っているんだ、私を」
「いや、いやいやいや! さっき、師匠が言っていましたよね!? 世の中を楽しむことが大切みたいなことを! だったら、枯れたとか、そういうのは無しだと思いまーす!」
「未成年の少女を預かっているというのに、そんなふしだらな真似ができるか」
「師匠。アタシのストイックさの原因は多分、師匠に影響されたからだと思いますよ?」
最後に、クロウと千尋は共に着る服を探しに、様々なブティックを巡る。
魔道具でも何でもない服を、それでも、おしゃれという楽しみのために探し回る。
かくして、超越者師弟の春休みの一日は過ぎていく。
この一年の中では、比較的穏やかに。
されど、いずれ来る台風の前の凪のように。




