第69話 卒業式
騒乱が日常となっているミネルヴァ魔法学校でも、流石に卒業式は厳かに行われる。
――――そんなわけが無い。
「いくぞぉ、お前らぁ! 最後のお礼参りじゃあ!!」
「「「応っ!!!」」」
五年かけて磨き上げた魔術を携え、数人の卒業生が徒党を組んで襲い掛かる。
対象はもちろん、教師。
しかも、保険医などの非戦闘員ではない。
契約術の教科を担当とする教師、ヘルメス・アースガルドだ。
「まったく、お前らは最後まで変わらないな」
ヘルメスはその端正な美貌に苦笑を浮べつつも、伝説の鎧を纏う、騎士型のリビングデッドを召喚。一切手加減無く、襲い掛かる卒業生たちをボコボコに打ちのめして行く。
このような光景が、卒業式が始まる前から多発していた。
そう、ミネルヴァ魔法学校の卒業式とは、ずっと前の慣習により、卒業生たちの大暴れが終わってから行われることになっている。
教師陣及び、有志の在校生などはこの時、暴れ回る卒業生を打ち倒し、いち早く卒業式を始めようとする。
この二つに分かれた陣営の争いこそ、ミネルヴァ魔法学校の風物詩の一つとなっているのだ。
「やれやれ、野蛮極まりないぜ、先輩方」
そんな闘争の渦を、千尋たち三英傑は少し離れた場所から眺めていた。
「別に、卒業してからでも個人的に会いに行って、決闘を挑めばいいのに」
「決闘を挑むことは否定しないのね、千尋」
「どこかの誰かと友達になったきっかけがそうだからね、フレイヤ」
「ふふふっ。さて、どこの誰かしらね? そんな馬鹿みたいなことをする奴は」
しかし、千尋とフレイヤの顔に、闘争に身を投じる卒業生たちを嘲る色は無い。
むしろ、どこか羨むように、懐かしむように、その光景を眺めている。
「二人は混ざらなくていいのですか?」
そんな二人へ、ヒカリは特に他意は無い、純粋な疑問を投げかけた。
「アタシが動くと、派閥の人たちが動いても良い免罪符になっちゃうから」
その疑問に、千尋が苦々しい顔で応える。
今や、千尋の反逆派という派閥は、戦闘力では他の二大派閥と同等と称されるほどに大きくなってしまったのだ。
そして、その旗頭は超越者たる千尋である。
千尋が安易に動かなければ、他の派閥に所属する生徒――特に、周辺被害の大きい戦闘をやらかす超人たちを自重させることが出来るのだ。
ならば、立場ある人間として、千尋はこのお祭り騒ぎに参加するわけにはいかない。
「千尋が行かないのなら、ワタクシも行かないわ。だって、楽しくないもの」
従って、主人の都合と合わせるタイプの使い魔であるフレイヤも、この場は動かない。
千尋の傍に侍り、淡々と卒業式が始まるまでの時間を待ち望んでいるのだ。
「千尋。イオス先輩の言葉にもあったけどさ、あんまり自分で自分を肩に嵌めるのは良くないですよ? 派閥なんてその場のノリでやったものですから、一番上が好き勝手やって、後は尻ぬぐいさせる程度がちょうどいいのです」
「ヒカリ、魔王の価値観過ぎるって」
「ご安心ください。これは私の素の価値観です」
「全然安心できない」
わいわい、きゃいきゃい、と姦しく千尋たちは呑気に雑談に花を咲かせていたのだが、そこに踏み入る無粋者――あるいは勇者が一人。
「すまない。ここに反逆派筆頭、鈴木千尋殿はおられるだろうか?」
その勇者は卒業生の男子だった。
そして、藍色の髪のイケメンだった。
ちょっと腰に日本刀を下げているところは減点要素だが、千尋としては『顔が良いなぁ』と感心したくなる類のイケメンだった。
「はい、アタシが鈴木千尋ですが?」
故に、千尋は普段より三割増しにきりっとした表情で迎えた。
別に移り気というわけではない。
千尋は相変わらず、師匠であるクロウへの初恋に夢中であるが、それはそれとして、顔の良いイケメン相手には態度が甘くなる女子なのである。
「貴殿が彼の『破邪の超越者』か――――美しい」
「ぴゃっ!?」
そう、初対面のイケメンに美しいとか言われてしまえば、ちょっと赤面する程度には乙女なのである。
なお、その様子を親友二人が『もうオチは分かった』と言わんばかりの顔で眺めていた。
「以前から貴殿の噂は耳にしていた……このような場で言うことでもないかもしれない。だが、是非とも、卒業前にこの想いを告げたいと思っていたのだ」
「そ、そそそそ、それは、つまり!?」
「ああ、是非とも我が思いを受け取って欲しい」
「い、いややいやいや! 気持ちは嬉しいですけど! アタシには好きな人が――」
しゃらん、と淀みなく鞘から刃が抜かれる音が一つ。
見ると、千尋の眼前で、イケメンが抜き身の日本刀を中段に構えていた。
「噂に名高き、【破邪の銀】の超越者! 鈴木千尋殿! いざ、尋常に勝負!!」
「ああもう! こんなのばっかりぃ!!」
先ほどとは違う理由で顔を赤くしながら、千尋は日本刀を持ったイケメン卒業生と戦い始める。
「おい、千尋が戦い始めたぞ!」
「そうか、卒業生もこの場においては、いわば派閥の一つ!」
「だったら!」
「そうか! 殴りに行ける!!!」
「…………千尋後輩は巻き込まれただけだと思うが、まぁ、これも機会だ」
そして、千尋の開戦をきっかけに、反逆派も卒業生討伐に参戦。
今年の卒業式前の『大暴れ』は、歴代最短記録で収められることになったのである。
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「卒業証書授与。これより、名前を呼ばれた者は封印を解除するので、大人しく壇上に上がりなさい」
千尋は特等席で、粛々と進む卒業式を眺めていた。
否、正確には見下ろしていた。
「さ、寒い……流石に肉体の八割が氷漬けは寒い……うう、校長先生なら氷の温度を調整する、なんて矛盾は余裕でこなせる癖にぃ」
高々と掲げられた氷の十字架。
その中心に、処すべき罪人の如く氷漬けにされていたのである。
校長であるヒルダによる、手づからの封印術。
これを受けることは、卒業生在校生も含めた誉れだ。
何せ、『そうでもしなければ止まらない』と教師陣から判断されたという証拠なのだから。
故に、この氷漬けの封印を受けた者たちは、この卒業式に於ける一種の英雄であり、その英雄たちが座する場所だからこそ、『特等席』などと呼ばれているのだ。
「千尋ちゃん。一流の魔術師を目指すなら、体温管理ぐらいはさらっとやらないと」
なお、千尋の隣には、混沌派の王であるイオスも同様に封印されている。
「封印されている状態だと、オドを動かせないじゃないですか」
「そこはほら、外気のマナに干渉して上手くやるんだよ」
「オドを動かさずに、マナに干渉? 普通に毒を飲むようなものでは?」
「普通ならね? でも、千尋ちゃん。今の君の肉体は普通じゃない。多少のマナが入ろうとも、無毒化させて上手く操れるよ?」
「…………むー?」
「あははは、君は超越者の癖に、魔術のセンスが平凡!」
「わかり切っていることではあるけど、一応怒りますね? 何だと、この野郎」
氷漬けにされながらも、ぎゃあぎゃあと騒がしく言い争いを続ける二人。
その肝の太さに、それぞれの派閥に所属する者たちは『やっぱりやべぇわ、あの人は』と畏敬を改めていた。
「おい、お前ら。あまり騒がしくすると、意識ごと封印されるぞ?」
そんな二人にストップをかけたのは、やはり同様に封印されているアーサーだった。
「あはー、秩序派の王の癖に、僕たちと同様に封印されている人に注意されてもねぇ? というか、良かったの? いつもなら、教師陣と一緒に暴れる卒業生を鎮圧するのに」
「…………ふん。最後の馬鹿騒ぎを押さえつけるほど、俺は野暮ではない」
「だよね。うん、訊かずともわかっていたけど、一応ね? なんだかんだ、君たち秩序派が法だけを順守する私刑集団に成り下がらなかったのは、君のカリスマのおかげだろうし」
「それを言うならば、混沌派が無法を働く不良の集まり成り下がらなかったのは、お前が色々と手を回していたからだろう?」
「…………くくっ」
「…………あはっ」
二人の派閥の王は、憎まれ口を叩きながら笑い合う。
まるで、互いに五年間の労いでもしているかのように。
「案外、仲いいですね、お二人とも」
「「まさか」」
ただ、それはそれとして。
「僕らは卒業後も、相性悪いから何度でも争うだろうね。僕は『妖魔連合』の方に合流するだろうし。君はあれでしょ? 例のところ」
「そうだな。俺は『魔狩り部隊』に所属することになった」
「魔の権利を主張する者と、魔を狩る者。水に油ってもんさ」
イオスとアーサーが互いに手を取り合うことなどはあり得ない。
それほどまでに、この二人の気性は合わないのだ。
「僕は混沌とした世界が好きだ。善も悪も混ざり合って、その中で輝くものにこそ価値がある」
「俺は秩序の敷かれた世界を守護する者。秩序という防壁の中にこそ、人々の幸福は存在する」
理解し合えない人間は居る。
当たり前に居る。
言葉は同じであっても、相手のことを知っていたとしても、互いの価値観を共有できない。
そんな人間関係は別に珍しくもなんともないのだ。
イオスとアーサーと同じく、この学校の中にも、どうしても馬の合わない天敵同士として、互いに警戒を向けている者たちも居るだろう。
「だから、僕は僕の好き勝手に動くさ。その末路が、自業自得の破滅になろうとも」
「いいや、破滅は来ない。俺は、俺の目の届く者たちを守り、秩序の鎖で縛るからだ」
「…………前々から、本当にどうしようもないね、君は」
「それをお前が言うか?」
だが、それでもこの二人は、最後の最後に折り合えていた。
理解し合えずとも、妥協し合える程度の線引きを見つけたのである。
「まぁ、こんな奴が僕の宿敵だからね。早々に死ねないわけさ。精々、こいつの固い頭を苦悩で柔らかくしてあげるよ」
「お前は本当にほどほどにしろ?」
「ほどほどで君の凝り固まった思考は柔らかくならないだろう?」
互いに気に食わない。
間違いなく宿敵。
されど、それでも、殺し合うほどではなく、どうしようもないものとして利用し合う。
そんな、友情にも似た、奇妙な繋がりが二人の間には会ったのである。
「……もうちょっと、早く起きればよかったかな?」
千尋はイオスとアーサーのやり取りを見て、今更ながらに失った時間を惜しんだ。
なんだかんだ立ち上げてしまった派閥のトップとして、この二人の背中をもう少しだけ眺めていたいと思ってしまったのである。
「調子に乗り過ぎた場合、お前の頭を縛り上げるからな?」
「あははは、やってみなよ、この野郎」
いつか来る卒業の時、この二人のように笑える結末を迎えるために。




