第68話 派閥争いは続く
千尋は倒れ伏す二人の派閥の王を見下ろして、悠々と告げる。
「言っておくけど、そっちの確認不足だぜ? 二人とも」
自分をあくまでも『保護するか利用する相手』と考えていた者たちに対する、勝利宣言を。
「アタシは一度も、『二人だけで争え』なんて言ってない。『派閥を持つ者たちで決着を付けよう』って言ったんだ。その証拠にほら、アタシは最初から決闘の結界内に居ただろ?」
傷一つない完全勝利。
まさしく超越者に相応しい状態。
しかも、千尋はそれを超越の力ではなく、策略と奇襲でやったのだから、勝ち誇るだけの資格はあるだろう。
たとえ、コロッセオの観客席から、「わぁ、出ました、千尋の悪くて良いところ」やら「卑怯な行動を躊躇わない凄さってあるわよね」など、親友から呆れた視線を向けられていたとしても、それは変わらない。
「……お、俺たちの戦いを間近で見たいと言っていたのは?」
そんな千尋へ、ボロボロのアーサーは体を起こしながら、疑問を投げかける。
「ええ、見たかったですよ? だって、間近で見た方が、お二人の余力とか、手の内とかわかるじゃないですか」
「ぬ、ぬぅ。だが、お前はそもそも派閥を――」
「アタシたちは学校中の生徒から三英傑と呼ばれています。これって、一種の派閥ですよね? 派閥じゃなくても、決闘の提案をする前に、アタシの中で派閥にしました。名前は『反逆派』。存在する派閥全てに喧嘩を売って、とりあえず戦いを挑むことがモットーです」
「そんな馬鹿な!」
アーサーによる、本日二度目の驚嘆だった。
どうやら、この秩序の王は、この手の搦め手にあまり強くないタイプらしい。
「く、くくくっ! いやぁ、やられた、やられた! これは僕たちの完敗だと認めるしかないねぇ、アーサー!」
一方、上機嫌なのが、同じく千尋に嵌められたはずのイオスだ。
「僕たちの慢心を突く形で、上手く嵌められてしまったよ! 嬉しいね! 春頃にはまだひよっこだった子が、ここまで成長するなんてさ! やはり、人間は素晴らしいよ!」
「いや、イオス。お前がそういう展開が大好きな妖怪なのは知っているが、流石に、一年生相手に完敗は不味い――」
「いいんだよ、アーサー」
渋面のアーサーに、イオスは満面の笑みで言う。
「いいんだよ、元々は学生の寄り合いみたいなものだったんだからさ、派閥なんて。僕たちだって『王』なんて仰々しく名乗っているけど、所詮は猿山の大将に過ぎないだろ? だから、小さな世界を支配していた二人が、大きな世界からやって来た一年生に叩きのめされて、身の程を思い知らされる――――そんな無様で笑える終わり方でもいいじゃないか」
「…………むぅ」
吹っ切れたようなイオスの笑みは紛れもなく本物だ。
強がりでも虚勢でもなく、本気でイオスはそう思っている。
そして、アーサーも何か感じ入るものがあったのか唸り声を上げて。
「確かに、な。お前の言う通り、元々はそんなものだった。いや、そんなもので良かったのだ。王など名乗らず、ただの猿山の大将……『番長』と呼ばれていた時代のまま進めれば、それでよかったのかもしれない」
悔恨の思い出を語り始めた。
「最初はただの自警団だった。ただ、知り合いを守るための組織だった」
「僕の場合はまぁ、外れ者たちが集まっただけの集団かな?」
「それがいつの間にか、より多くのことに手を伸ばし始めた」
「多くなりすぎたんだよね、人数。そうなると、僕らもそれなりの名前が必要だったわけだ」
「「――――そして、敵が居た」」
ぐぐぐ、と満身創痍でありながらも、二人の王は立ち上がる。
勝者に目を向けず、敗者同士で睨み合う。
「俺は」
「僕は」
「お前が」
「君が」
「「気に入らない」」
そして、互いに思いっきり拳を交差させて。
「うぐっ」
「んぎゃ」
ほぼ同時に倒れ込み、仰向けにコロッセオの天井を仰いだ。
「…………満足しました?」
そんな二人のやり取りを、勝者である千尋はどこか不思議そうに見守っている。
「いくらかは、だ」
「そこそこね? 続きは卒業してからかなー? あ、それはそうと、この場に於ける勝者の千尋ちゃん。君が通したい意見って何なのさ?」
「あー、それは今から考えます」
「「えぇ……」」
なお、ここまでやらかしていた千尋は実のところ、その場のテンションのみで動いており、深い考えなど皆無だった。
しいていうなら、何か先輩たちの言うとおりにするのが癪に障る、という理由ぐらいだ。
まさしく、反逆派のトップに相応しい理由だろう。
「あ、それじゃあ、アタシが勝ったってことで、二人の派閥はアタシの周りに集まる不審者の排除をお願いします」
「承った」
「了解だよー」
「「で、他には?」」
「他に?」
ただ、千尋は相変わらずの経験不足。
奇襲で派閥の王二人を倒すことは出来ても、政治的な力では二人の足下にも及ばない。
「鈴木。今ならある程度の意見は通るぞ? 他に何か言うことはないのか?」
「そうそう。ちゃんと言うべきことは言った方がいいよ? その場のノリでも、君が反逆派なんて派閥を立ち上げちゃったんだし」
「えー、特に何もありませんよー? 派閥もどうせ、アタシがこの場だけで勝手に言っているだけですし。どうせ、三日後にはアタシ自身も忘れますって」
だからこそ、呑気に勝者の権利を早々に打ち切ってしまったのである。
「そうか」
「ははは、そうかもね?」
二人の派閥の王に、『口止め』をすることも無く。
●●●
千尋が派閥の王二人の殴り合い青春を見届けた翌日。
「こんにちは、千尋さん。単刀直入にお願いするんだけど、僕を君の派閥に入れてくれないかな?」
早速、千尋の派閥に入りたいと願う者が現れた。
しかも、頼み込んできた相手は、派閥闘争などとは無縁そうに見えるビリーだった。
「ええと、それは全然構わないんですけど……ビリー先輩、アタシが派閥を作ったって話、どこに誰に聞きました?」
「え? 僕が登校して来た時には既に、学校中の噂になっていたけど?」
「あははは、なるほどぉ」
千尋は引きつった笑みで納得する。
どうやら、派閥の王のどちから、あるいはどちらとも昨日の腹いせなのか、別の目的があるのか、千尋が派閥を作ったという話を学校中に流したらしい。
これは口止めをしなかった千尋の甘さが招いた自体である。
そのことを千尋も理解しているのか、ひくひくと頬を痙攣させつつも、怒声は口に出さない。出す資格がないと知っているからだ。
「……ふぅー。アンガーマネジメント……六秒後に殺す……」
「え、何? 怖いんだけど、千尋さん!? やっぱり、僕が図々しく頼み込んだのがまずかったの!?」
「あ、いえ、ビリー先輩は全然関係ないことでブチ切れていました」
「そ、そうなんだ、よかった……いや、よくはないだろうけど」
戸惑うビリーの様子に、千尋は自制心を取り戻す。
自分自身に怒るのは後で。
今は、曲がりなりにも派閥のトップとしてやるべきことがある。
「それはそうとビリー先輩」
「うん?」
「どうしてまた、アタシの派閥なんぞに? 知っているかどうかわからないですけど、アタシの派閥は、他の全ての派閥に喧嘩を売るようなモットーですよ?」
「ああ、いや、知っているよ? うん、知っているからこそ、君の派閥に入らないといけないというかね?」
ビリーはなにやら気まずい表情を浮かべた後、ぎこちない笑みを浮かべて説明する。
「ほら、僕の兄さん、マイク・ロングスティア。革新主義者に協力した罪で捕まったわけじゃない?」
「あっ」
「僕としては……ロングスティアの家としては、革新主義に寄った思想を持っていないことを証明しておかないと、今後の諸々に問題が生じるわけでね? そのことを証明するために、僕は革新主義者たちの思惑を防いだ、君の派閥に所属しておいた方が良いんだよ。『あれはマイク・ロングスティアの独断であり、ロングスティアの家は革新主義者たちに協力する意思はない』ってね」
ビリーの語る話は、思いの外生々しく、けれども切実な想いが籠っていた。
本当に、その場の思い付きで作った派閥程度で受け止めてもいいのか、悩むほどに。
「あの、ビリー先輩。アタシは――」
「千尋さん、ごめん。そして、ありがとう」
「へ?」
「僕の兄さん……ううん、あのクソ兄貴が馬鹿をした所為で、君の友達を傷つけてしまった。それは本当にごめん。謝っても許されることではないと思うけど、それでもごめん。ごめんなさい。本当に申し訳ない」
そんな、思い悩む千尋の前で、ビリーは背筋を正した姿勢から、礼儀正しく頭を下げた。
「いや、いやいやいや! ビリー先輩は何も悪くない! というか、悪いわけがない!」
「だけど、僕の家族のことだから」
「それでも! 駄目! 謝るのは駄目!! あ、そうだ! 派閥のトップとして命じます! 悪くないのに謝らないでください!」
「ふ、ふふふっ。そうだね、そうだ。うん、わかったよ」
千尋は割と親しく感じている先輩から頭を下げられるのが居心地悪く、肩を掴んで、ぐいぐいと無理やりにでも頭を上げさせる。
まるで、子供みたいな強引さに、ビリーは苦笑しながらも、それを受け入れて顔を上げた。
「じゃあ、最後に…………ありがとう、鈴木千尋さん。多分、君が居たおかげで、うちのクソ兄貴は最後の一線を越えることなく、戻って来られたから」
顔を上げたビリーの表情はもう、苦笑ではなくなっていて。
「――うん! それはありがたく受け取っておきます!」
千尋もまた、応じるように満面の笑みを浮かべた。
ただ、千尋が笑みを浮べられていたのは、ビリーの来訪までだった。
「鈴木後輩。二大派閥……否、木っ端も含めた全ての派閥を敵に回すという、その大言壮語。実に素晴らしい。願わくば、この私もその足下に加えさせてくれ」
「ノエル先輩???」
「おっとぉ! ノエルが入るなら、このオレも入らせてもらうぜ! 理由は、闘争が大好きだからだ!!」
「クロス先輩???」
ノエルを筆頭に、次々と訊ねて来る超人たち。
千尋と知り合いである二人以外にも、ぽつぽつと他の学年から超人たちが参加を表明して。
「うっす。魔王の件で色々やらかしたから、校長から罰として、無償でお前の警護に着くように命じられて来たぜ」
「ピエール先輩!? あ、とりあえず一発殴りますね!!」
「ごふっ!?」
最終的には、ついこの間――千尋の感覚では――戦ったばかりの傭兵すらも派閥へ加入して来たのだから、学校中は騒然となった。
それもそのはず。
千尋を含めた三英傑。
更には、学校の中の超人、そのほとんどを加入させた反逆派は、今や、二大派閥すらも上回る戦闘力を有しているのだから。
「……え? ひょっとしてアタシ。この問題児の集まりみたいな人たちを御さないといけないの? 派閥のトップとして?」
そして、騒ぎ立てる多くの生徒たちとは裏腹に、思った以上に責任重大な役割となってしまった己の愚かさに、しょぼくれた顔で黙り込んでしまったのだった。
なお、一週間後には開き直って、問題を起こしそうな超人たちを先んじて殴りに行く、『超人ぶん殴りツアー』を開催するのだが、それはまた別の話である。




