第67話 混沌の王
「いいかい? 千尋ちゃん。立場が人を形作るのさ」
イオスは虚空から椅子を取り出し、我が物顔で会話に参加し始める。
「どれだけ君が強固な自我を持っていようが、それは秩序派閥の王となった瞬間、型に嵌る。アーサーの意図に沿うかどうかはさておき、間違いなく影響を受けてしまう。良くも悪くもね? それを覚悟の上で君がアーサーの後継者となるのならば僕も止めないのだけれども、どうにも、そうではないみたいだ」
同じく、虚空から紅茶の入ったカップを取り出し、優雅に一口。
この場の異物であり、家事妖精たちからは露骨に敵意を向けられているというのに、まるで意にも介さずにイオスは言葉を続けた。
「やめときなよ、千尋ちゃん。つまらないぜ? 一年生の内から型に嵌るってのは」
「…………むぅ」
イオスの忠告に、千尋は唸り声を上げる。
そもそもの話、アーサーとイオス、両名と千尋はさほど親密ではない。
それどころか、ほぼ初対面だったり、ちょっと会話したことがある程度の関係性だ。
だというのに、勝手に後継者に据えられそうになったり、まるで親しい友人みたいに話しかけてきたりと、千尋としてはあまり面白くないのが現状だ。
「つまり、イオス先輩。千尋が後継者になると、貴方が――いえ、混沌派閥が不利になるから止めて欲しいと?」
そして、そんな千尋の面白く無い気持ちを代弁するかのように、フレイヤが鋭くイオスへ問いかける。
「あはははっ! そうそう、その通り!」
しかし、フレイヤの言葉の刃を、イオスは両手を広げて歓迎した。
「もちろん、善意の忠告じゃないよ? 打算さ、打算! だって、僕はアーサーとは違って、どちらかと言えば悪人だからね!」
心底楽しそうに笑みを深め、言葉を切り返す。
「だけど、だからこそ僕は、千尋ちゃんが秩序派閥の後継者とならないのなら、何だって協力するつもりだぜ? 例えばほら、僕の『お友達』に頼んで、僕の卒業後も、色々と君の面倒を見てもらうことだってね?」
打算があるからこそ契約は真摯にやるとばかりに、何の後ろめたさもなしに提案する。
「混沌派閥に入らなくていい。君は自由だ。ただ一つ、秩序派閥の後継者にならないと約束してくれれば、僕たちは君に何一つ強制しないとも!」
さながらそれは、悪魔の真摯さだった。
悪を為すと宣言しておきながら、契約を遵守する者。
容易く信頼は出来ずとも、用途によっては信用できる。
そのように思わせてしまうだけの魔性が、イオスにはあった。
「何一つ強制はしない。だが、部下がやらかした影響で鈴木に迷惑がかかるのも知ったことではない。更に言えば、鈴木のことを『取引相手』だと吹聴して、その影響力を上手く使おうとしておるだろう? この狐め」
だが、それに惑わされないのが、秩序の王だ。
「耳当たりの良い言葉に気を付けろ、鈴木。この狐は契約は遵守するが、契約外のことはいくらでも策を弄してくる」
「おやおや、酷い良い草だねぇ? まるで、僕を悪人みたいに」
「先ほど、自供していただろうが」
「あははは、実は人じゃなくて妖怪なんだけどね!」
覇気を纏うアーサーに、けらけらと笑うイオス。
「やれやれ、どちらもろくでもなさそうだわ」
「千尋。いざという時は、魔王の力を使ってでも離脱しますからね」
派閥の王二人の争いに、警戒を高める三英傑の二人。
――――混沌。
まさしく、状況は混沌と呼ぶに相応しいものになっていた。
「さぁ、楽しくなってきたねぇ」
混沌の王、イオスが望むままに。
「…………」
千尋は考える。
秩序と混沌。
どちらに与するべきか。
それとも、両方の提案を蹴るべきか。
この状況で何をどうすればいいのか、千尋は考えて。
「――――止めだ」
考えた結果、考えることを止めることが最良であるという答えに辿り着いた。
「ふむ?」
「へ?」
千尋の声に、二人の派閥の王は振り返る。
宿敵よりも先に、超越者たる千尋の変化に注目する。
「止めだ止めだ止めだぁ! はい、割と馬鹿の癖に、物事と真面目に考えすぎるのは止めだ! アタシはこれから! アタシの感情に従う!」
「「あっ」」
混沌と化した場を切り裂くように叫んだ千尋の声に、親友二人は『始まった』と言わんばかりの顔になった。
状況は進むが、嵐の如く何もかも巻き添えにして、酷いことになることの予兆を感じ取った顔だった。
「クグロック先輩! イオス先輩! 話し合いじゃあ、全然何も進まない! だったらもう! やるしかないだろ!」
「「何を?」」
「決闘だ!!」
奇しくも声を揃えた宿敵同士に対して、千尋は元気よく言い放った。
「派閥を持つ者たちの決闘だ! 誰が意見を通すのか! その権利を競って戦うんだよ!!」
原始的なほどにシンプルで、どんな時代にも採用されることがあるような、非常に暴力的な解決方法を。
「……ふっ」
「……ははっ」
そんな千尋の言葉に、アーサーは朗らかに、イオスは不敵に笑って。
「「――――上等だ!!」」
二人は共に、頭のネジを外して、その馬鹿げた提案に乗ることにした。
卒業前に一度ぐらいは、思いっきり喧嘩をするのも悪くはないと。
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じゃららららら。
鎖の音が、地下のコロッセオに響く。
「鈴木。卒業前の記念として、教えておこう」
鎖を手繰るのは、秩序の王たるアーサー。
まるで糸を操る蜘蛛の如く、アーサーは自在にその鎖を操っている。
「俺の固有魔法は【禁縛】だ。この鎖で縛った者は、俺の意志によってあらゆる行動を禁じられる。捕縛特化の魔法だ。俺はこれで、過去に火竜を縛り上げたことがある」
そして、その鎖の先には、蜘蛛の巣の如く展開された鎖に縛られ、宙に浮いているイオスの姿が。
「つまりは、俺に一度捕まった時点で、学生レベルの魔術師ならば敗北は決定づけられている」
圧倒的だった。
アーサーは決闘が始まった瞬間、刹那の間に固有魔法の鎖を具現化。
イオスに対応する暇もなく縛り上げ、宙に吊るしてあらゆる抵抗を禁じたのである。
まさしく先手必勝。
疾風迅雷の勝利だった。
「もっとも――」
「あはははははっ!」
ただ、アーサーは理解している。
イオスという曲者と五年間ずっと争って来たアーサーは知っている。
混沌の王であるイオスが、この程度で敗北するわけが無いのだと。
「またそれ!? ワンパターンが過ぎるんじゃないかな!? アーサー!」
哄笑を響かせるイオスは既に、鎖に囚われていない。
いつの間にか、アーサーの背後を取る形で脱出に成功している。
否、恐らくは最初から捕縛などされていなかったのだろう。
何故ならば今、鎖が捕えているのはアーサーの上着だけになっているのだから。
「んなっ!? あの人、いつの間に!?」
二人の決闘を結界の内側という、間近で見ていた千尋は、その奇術の如きイオスの脱出に瞠目する。
千尋は超越者になったとはいえ、未だに経験不足が否めない魔術師だ。
故に、最高学年でありながら派閥の王である二人のやり取りは、ある意味で値千金の経験値となっていた。
「知らないのか? 将棋のプロも定石を辿る。何故ならば、それが強いからだ」
「だけど、決闘は将棋じゃないぜ?」
「知っている。だから、『駒を増やす』ような無法も可能だ」
じゃららららら。
増える、増える。
アーサーの手の内から、まるで湧き出る水の如く鎖が増え続ける。
それは蛇の如く地を這いまわり、やがてコロッセオ全ての地面を網羅した。
「しらみつぶしと行こうか」
「はいはい、塩過ぎてつまらない対応ありがとう――――でも、僕は最後までエンタメを意識させてもらうよ? だって、観客付きだからね、今回の戦いは!」
縦横無尽に鎖がイオスに襲い掛かる。
けれども、イオスは全く慌てず、優雅にさえ見える仕草で指を鳴らして宣言を一つ。
「【即席悪法:虚実混在】」
宣言した瞬間、イオスの姿がコロッセオ中に幾つも現れた。
「「「さぁ、どれが本物だ?」」」
けらけらと笑いながら、幾人ものイオスはその手に青白い炎を灯す。
「鈴木、説明しよう。あれはイオスの固有魔法【即席悪法】だ。そちらの【魔王儀典】と似ていて、固有魔法を作る固有魔法なのだが、あれは文字通りの即席。一度作ったものはその場で消費され、二度とは作れないという制限がある」
波のように蠢き、イオスたちを飲み込まんとする鎖の塊。
それらをイオスたちは、青白い炎で消し飛ばしていく。
「だが、奴はそもそも高度な幻術の使い手。固有魔法を使っているように見せかけて、そうではないというパターンと、普通の魔術を使っているように見せかけて、固有魔法を使っているパターンもある。イオスとの戦いに於いて、目に見えるものだけに警戒するのは悪手だ。やるのならば、常に自身の感覚を狂わせる幻術をレジストしながら、全方位に面攻撃をするといい。そうすれば、流石のイオスもまともに戦わざるを得ない」
鎖の塊と青白い炎。
二つの力は拮抗し、互いを飲み込まんと喰らい合っている。
「ちょっとぉ!? 僕の攻略法を千尋ちゃんに教えるのは止めてくれる!? あれでしょ!? いざという時、僕が敵対した場合に備えているんでしょ!?」
「当然だろう?」
「じゃあ、僕も言うけどね! 千尋ちゃん、こいつに頼みごとをする時は、クソ高いケーキを持っていくと良いよ! 甘味に弱いから、当社比三割ぐらい対価を安くしてくれるから!」
「お前、卒業まで隠しておきたかった俺の弱点を!」
「ばぁーか! 同学年は大体全員知っているんだよ、そんなこと!」
「そんな馬鹿な!?」
だが、二人の戦いはそれで収まらない。
「くっ、秩序派閥の王たるものが、賄賂で天秤を揺らがせるなど!」
「いや、その分かり易い弱点があるからこそ、支持率が今まで高かったわけで」
鎖と炎の拮抗だけは無い。
ミネルヴァ魔法学校に通った年月の分、様々な魔術を、手を変え品を変え、次々と繰り出して、互いの手札を消費させていく。
それはさながら、最高のマジックショーのようで。
「わぁー!」
千尋はその様子を、目を煌めかせながら眺めていた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、ふぅ……」
数十分に及ぶ戦いの末に、両者はボロボロに傷ついていた。
いかに結界の効果で生命が保障されているとはいえ、疲労困憊と言ってもいい状態まで追い詰められるのは、互いが派閥の王だからこそ。
学内に存在する超人すら及ばぬ、派閥の王。
「いい加減、終わりにするぞ、イオス」
「それはこっちの台詞だよ、アーサー」
その王同士の激闘は今、疲労困憊でありながらなお、最後の魔力を振り絞った一撃に賭けられた。
全てを燃やし尽くすような青白い炎。
幾重にも鎖を束ね、編み上げられた一本の鎖。
それらは決闘が始まってから、かつてないほどの威力を持って衝突して。
「はい、隙あり!」
「「は?」」
この機会を待っていた、と言わんばかりの千尋が振るった、【黒化武装:籠手】による一撃で、二人纏めて吹き飛んだ。




