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第64話 超越の代償

 千尋がクロウと共に検証した結果、【破邪の銀】に関して、以下のことが判明した。


 まず、【破邪の銀】は、千尋が邪悪とみなした対象にしか通じない。

 それ以外の対象に使っても、何の干渉もすることは出来ない。

 逆に、邪悪とみなした対象に関しては、かなりの特攻と応用が可能。

 魔剣や寄生生物に対象が乗っ取られていた場合、乗っ取っている原因のみを排除。

 また、【銀】の特性上、呪いには絶対的な優位性を持つ。

 クロウが用意した、世界で一番呪詛を扱うのが得意な魔術師が作り上げた呪具。それを千尋は銀の剣で紙切れの如く切り裂いたことから、実質、千尋に通じる呪いは存在しないことになる。この事実だけで、千尋が将来、魔術師として路頭に迷う未来は皆無となった。


 そして、燃費と肝心の副作用。

 千尋は他の超越者の例に漏れず、力のリソースはほぼ無尽蔵。そもそも、魔力をエネルギー源としていないので、これに関しては魔術師としての検証は意味を為さない。

 ただ、無尽蔵の力を振るう際、超越者として未熟な千尋は、その余波で肉体を損壊させてしまう。その今回を無意識に補おうとして、【銀】が肉体を浸食するという悪循環が起こってしまっているのだ。

 つまり、千尋は格上の邪悪な敵と戦う際が、一番反動を受けやすい。

 副作用によって、『超越存在』への変貌が大きく進行してしまう。

 故に、師匠であるクロウは一つの決断をした。


「弟子よ。護衛に付けていたルーの制限を一つ解除する。上手く扱うように」


 そう、世界崩壊クラスの銀狼であるルーに、本来の力の何割かを戻すという決断を。

 これは、クロウにとって苦渋ではあるものの、弟子に対する期待を込めた決断だった。


「弟子よ、いいか? どれだけルーと親しくなろうとも、最後の一線は引いておくべきだ。奴はどこまでいっても、『世界を喰らう存在』だ。善悪の問題ではなく、そういう生き物なのだ。無論、奴なりに忠義を尽くそうとはするだろうが…………それでも、万が一の時は、君か私が主として処断しなければならない」


 今の千尋ならば、世界崩壊クラスの力を取り戻したルーへの対抗策がある。

 そう信じての言葉だということは、千尋は理解していた。


「やれるな? 我が弟子」


 だからこそ、確認の意味が込められた問いかけに、自信たっぷりの笑みで応えた。


「はい! 断ります!!」


 満面の笑みで、クロウからの期待をぶった切ったのである。


「…………その心は?」

「いや、だって普通に嫌ですよ。ルーさんは護衛だけど、長い間一緒に暮らしているわけだし。今更、そんな相手を殺す覚悟なんて持てません」

「ならば――」

「だから、殺さずになんとかして見せます」


 戯言でも、理想論でもなく、本気の言葉だった。

 本気で綺麗事を成し遂げんとする者の目だった。

 そして、実際に綺麗事を成し遂げたことがあるからこその笑みだった。


「超越者と成り果てた君に、今更、可能かどうかなど問わない」


 クロウは悪人面を更に凶悪に歪め、冷徹な視線を己の弟子に向ける。


「だが、その対価を払った時、悲しむのは君に寄り添う友だぞ?」

「うぐっ」


 師匠からの指摘に、千尋は図星を突かれたように笑みを崩した。

 何せ、千尋は三か月ほど意識不明で眠っていたばかり。

 ヒカリとフレイヤに泣かれて、散々叱られたばかりなのだ。

 いくら、心の中では上手くやれると思っていたとしても、舌の根の乾かぬ内に馬鹿をやらかす予定を入れることなど出来ない。


「わ、わかっています、師匠……それは重々承知です」

「……」


 本当か? と言葉に出さずに問いかけて来るクロウの視線。

 それを振り切るように、千尋は腹の底から声を上げた。


「だから! 次はもっと上手くやります! 一人でやろうとせず! 最初からたくさんの人に助けを求めます! たくさんの人に助けてもらえるように、日頃の行いを良くします!」


 現実を知ってなお、それでも理想に近い最善を求めるのだと。


「どれだけ善行を重ねようとも、裏切られるかもしれないぞ?」

「裏切られたら、ぶん殴ってから事情を聞きます」

「そもそも、君の強さに周りが付いていけないかもしれないぞ?」

「無理やり引っ張って行きます。大丈夫、アタシの友達ならそれが出来る」

「――――いつか、君自身の強さが大切な者を傷つけるかもしれないぞ?」


 クロウの問いかけの中には、真実があった。

 長い間、最強の魔術師として君臨し続けているクロウだからこそ知る真実があった。


「それでも」


 だが、最強の弟子はそれでもクロウの視線から逃げない。


「アタシは求め続けます。強くなります。友達を作ります。だって、それがアタシだから」


 傲慢に、自分勝手に、鈴木千尋は己の在り方を師匠に告げる。


「そうか」


 果たして、クロウが千尋の言葉を認めたのか、それはわからない。

 何故ならば、クロウは肯定も否定もせずに。


「ならば、私は君がどこまで鈴木千尋であり続けられるか、見届けることにしよう」


 僅かに目を細めただけだったのだから。



●●●



 超越者としての力を持ちながら、自分自身を変えずに生きていく覚悟を決めた千尋。

 けれども、超越者となった代償は決して軽くない。

 三か月という治療期間のおかげで、千尋はある程度人間に戻れたが、それでも体の何パーセントかは【銀】に置き換えられてしまっている。

 これを取り除く手段はない。

 たとえ、世界最強の魔術師だろうとも、千尋が為した超越の結果をなかったことになどは出来ない。

 故に、千尋は背負って行かなければならない。

 超越者という力を。

 真理を越えた者としての業を。


 ――――ただ、それはそれとして。


「千尋。次の授業は祈祷術ですよ? ほら、早く体育館に移動しましょう」

「う、うん……それはそうなんだけどね、ヒカリ?」

「はい、何ですか?」

「………………近くない?」


 千尋は現在、背負った力と業云々とは別ベクトルに、その代償を支払うことになっていた。


「近いですか?」

「うん、近い。だって、朝からずっとアタシにくっ付いているよね? 流石に授業中は離れているけど、それ以外の時は腕を組んで来るよね?」

「はい」

「いや、はいじゃなくてね? あの、別に嫌じゃないよ? 嫌じゃないけどさ? 流石に、トイレに行く時までくっ付いてくるのはやりすぎだし。一緒の個室に入ろうとしてくるのはどうかと思うし。うん、そうだね。ヒカリのことを考えて、はっきりと言うね? 離れて?」

「嫌ですが?」

「嫌ですが???」


 具体的に言うのならば、ヒカリが傍から離れなくなっていた。


「だって、千尋は目を離すとすぐに無茶をするではありませんか」

「そ、そりゃあ、そうだけど? そうだったけども! でも、アタシは幼児じゃないんだぞ? これでも魔王を倒して、お前を救った超越者なんだぞ?」

「その事実を聞いて、余計に心配になりました」

「どうして!?」

「千尋は馬鹿が付くほどのお人よしです。以前よりも自信と力を付けたということはつまり、以前よりも増して、多くの人を助けようとすることでしょう」

「えー、流石にそんなことしないってー。アタシはヒーローじゃないしぃ」


 またまたそんなご冗談を、と言いたげに笑う千尋に、ヒカリは渋面を作る。


「千尋。既に二回ほど世界を救っている人間の言葉ではありませんよ、それは」

「いや、いやいやいや? あのね、ヒカリ。アタシはこの世界に来て気づいたんだけどね? 意外と皆、世界救ってるって」

「馬鹿」

「ごほっ。短い罵倒と共に肘を叩き込まないで……流石に本気ではないけどさぁ。でも、師匠とか他の凄い魔術師とかを見ているとやっぱり、世界を救うのってそんなに珍しくないと思うぜ?」

「……はぁ。どう思います? フレイヤ」


 千尋があっけらかんと言う言葉に呆れ、ヒカリはフレイヤに話を振った。


「やれやれ」


 ヒカリからのパスに、フレイヤは映画俳優の如く露骨に肩を竦めると、至極当然だと言わんばかりあの態度で言葉を紡ぐ。


「千尋。それは流石に、貴方の環境がおかしすぎるわ。普通の人間はそんな、バトルアニメみたいな周期で世界を救わないわ」

「ふぅん。そうなんだ」

「そして、忘れているようだからもう一度言うけれども、千尋――――貴方、三か月ほど意識不明で眠っていたのよ?」

「うぐっ」


 痛いところを突かれた、と千尋は顔を歪める。

 そう、三か月である。

 一年の四分の一である。

 その期間、千尋は意識不明であり、友達を筆頭として、周囲に多大な心配をかけたのだ。そのことを引き合いに出されてしまえば、千尋としては何も言えない。


「ヒカリなんて、毎日毎日、貴方の隣ですすり泣いていたのよ? そのことを思えば、少しぐらいくっ付かれても仕方がないと思うけれどね?」

「はい。それはもう、おっしゃる通りです……」

「ちなみに、フレイアは毎日色んな魔導書を漁って、少しでも千尋を目覚めせるために思考錯誤を重ねて、時々私と一緒に泣いていましたよ?」

「ヒカリ」

「別に隠すことはないでしょう、フレイヤ。というか、貴方も一緒にくっ付けばいいのに」

「…………そこはほら、私までくっ付くと千尋の迷惑になるから」

「そう? 私はそうは思いませんけど。ねぇ、千尋?」


 千尋に視線が集まる。

 親友二人が、何かを期待するような、甲斐性を見せろ、と言うようなジト目を向けて来る


「うぐぐ」


 この状況で、常人の感性を持つ千尋が、二人の頼みを断れるだろうか?


「わかったよ。ほら」


 否、断れるわけが無い。


「「わぁい」」


 従って、千尋は観念したように両手を広げて、二人の親友はそこに収まるように抱き着いた。

 これが後々、同学年の生徒たちから『三英傑が唯一可愛らしかった時期』と言われる期間の始まりである。




「断られなくてよかったですね、フレイヤ」

「そうね、ヒカリ」

「断られていたら、授業のノートを見せるのを躊躇うところでした」

「溜まりに溜まった課題の手伝いもね」


 ただ、それはそれとして。


「…………あ、あの、二人とも? ひょっとしてなんだけど、あの。補講以外にも、三か月寝ていた分の諸々って溜まっていたりする?」

「安心しなさい、千尋。私たちは見捨てないわ」

「元々、千尋はやればできる人ですから。私の特性ポーションを飲んで、知能の限界を解放すれば、山盛りの課題なんてすぐ終わりますよ」

「あ、ありが、とう、二人ともぉ……」


 千尋が三か月寝ていたことに対する代償を本格的に支払うのは、これからなのだが。

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