第59話 切り札は友情
「アタシが来たからにはもう大丈夫! 現状把握もろくに出来ていないけど! でも、とにかく大丈夫だから! そう、ヒカリから貰った魔道具の性能があれば、私は無敵――」
『《耐久度が限界に達したため、安全に自壊します。【巨神武装】解除》』
「あっ、アタシの無敵タイム終わっちゃった」
壊れた校舎の瓦礫に立つ千尋は今、タイミング悪くガーディアンの力を失った。
だが、それをガーディアンの不足とするのは些か酷だろう。
「…………まったく、後輩の覚醒に、魔王転生者が良くわからないことになっているし。想定外だらけでやってらんねーぜ」
何せ、ガーディアンを纏った千尋はついに、ピエールの妨害を蹴り破り、こうして友の窮地に間に合うことが出来たのだから。
「依頼主がしくじった場合、逃げることは許可されているんでね。さっさと退散させてもらうさ…………ああ、校長。ちゃんと後で出頭するから、今は勘弁してくれ」
とはいえ、この場から一瞬にして逃げ出す程度の余力は残しているあたり、ピエール自体は足止めに全力であっても、本気ではなかったのかもしれない。
傭兵の本領は、殺し合いの戦場にこそあるが故に。
「さぁ、ヒカリ! 何やらやばいオーラを纏っていそうなヒカリ! 一体、何があってそうなったんだ!? 一から全部説明してくれ!」
なお、千尋の意識はヒカリに向けられているため、ピエールの動向など眼中に無い。
精々、邪魔しないのなら勝手にどこかに行けば? 程度である。
足止めされたことに怒りは感じるものの、千尋はこの状況で優先順位を間違えるほど愚かではなかった。
「鈴木千尋、下がりなさい!」
「おい、一年生、あぶねぇぞ!? 俺と一緒に非戦闘員ゾーンに来い!」
「…………ああもう、あの子はまったく!」
魔王と化したヒカリに向けて語り掛ける千尋――当然、そんな暴挙を許す教師は居ない。
教師陣は先ほどよりもよほど必死な顔で、慌てて生徒である千尋を回収しようとして。
「皆さん、待ってください」
その行動を、教師としてごく当たり前の行動を、校長であるヒルダが制止した。
「魔王の様子がおかしい」
ヒルダの視線の先にあるヒカリ――魔王は、言葉の通り、先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。
「……ぐ、う。な、なんだ、貴様……千尋……我は……やめろ、出て来るな……うるさい、私の体……おのれ」
苦悶の表情を浮かべながら身を捩り、ぶつぶつと独り言を吐き出している。
まるで、己の内側で、体が張り裂けんばかりの戦いが繰り広げられているかのように。
「好機です。どうやら、鈴木千尋の姿を見たことにより、魔王の中にある天原ヒカリの意識が浮上して来たようですね。いずれ初代魔王の意識が掌握し直すでしょうが、それまでの間は御覧の通り、隙だらけ」
その隙を、あまりにも致命的な動揺を、ヒルダは見逃したりはしない。
「私が先陣を切ります。皆さん、私に続いて魔王に集中攻撃を」
従って、下されたのは冷徹なる攻撃命令。
魔王を確実に滅ぼすための一手である。
「校長! 今なら――」
「あの子自身の願いであり、契約です。全力で屠るために攻撃をして、それでも殺し切れるかどかわからないのが魔王という存在……手心を加えることは、あの子への覚悟を侮辱することだと思いなさい」
「……っ!」
教師の一人、保険医が抗議するように声を上げるが、直ぐに黙らされる。
低い可能性に賭けて、生徒一人を取り戻すために多大な犠牲を支払うのか?
最悪、被害が学校内では終わらない可能性があるというのに、それを見逃すのか?
何より、天原ヒカリという少女に殺戮をさせてしまうのか?
数多の正論が重しのように、保険医の口を黙らせたのだ。
故に、教師の時間は終わり、魔術師の時間が来る。
「我が【黒】よ」
そう、鈴木千尋という魔術師の時間が。
「勝手に話を進めるなよ、校長先生」
千尋は【黒】を纏わず、膨大なる流体として周囲に展開させる。
「ヒカリはアタシが正気に戻す」
「鈴木千尋さん、これは私とあの子との契約です。この学校に入学する時、万が一にでも魔王と成り果てたのならば、可能な限り早く、魔王を滅ぼすという――」
「お笑い種だぜ、矛盾の魔女」
冷たく言い放つヒルダに対して、千尋は反骨精神丸出しの笑みを返した。
「あの、一人にするとネガティブにずっとうじうじしているような奴の言葉を真面目に聞くなんてさ。教師の役割っていうのはこういう時、『何を馬鹿なことを!』って横っ面を殴ることじゃなかったのか?」
「……貴方ならば、それが出来ると?」
「愚問だ!」
無謀であり、傲慢な言葉だった。
根拠なんて欠片も無い、単なる子供の言葉だった。
「アタシはヒカリの親友だからな!」
だが、それはこの場に居る者のほぼ全てが、冷徹な最善策よりも信じてみたくなるほど、熱い思いが込められた言葉だった。
「ヒカリをどうにかするなら! アタシが死んでからお願いするぜ!」
千尋は捨て台詞を吐いて、答えも待たずに飛び出す。
苦悶に揺れるヒカリの下へと一息に飛び込む。
「…………貴方が死ぬ前に、【最強の黒】が来てしまうでしょうに」
そんな千尋の背中を、無謀なる若者の背中を、ヒルダはどこか眩しそうに見送った。
最悪の事態が起こりうるその時だけは、誰が何と言おうとも自分が手を下すのだと、冷徹な覚悟だけは揺るがないままに。
●●●
勝機はある。
千尋は苦悶の表情を浮かべるヒカリを見据えて、即座に行動を開始した。
「【形状変化:雷】」
千尋がクロウから継承した【黒】は、あらゆる魔術を塗り潰す。
それがたとえ、魔王の呪いであったとしても。
「よくわかんないけど! 多分! 大体! 魔術と魔力を止めれば、暴走も止まる気がする!」
千尋の直感は正しい。
現在、ヒカリが暴走しているのは、初代魔王による呪いの影響が大きい。
そして、初代魔王は己の魂に魔術を用いて怨嗟を刻み込んでいる。従って、千尋の【黒】が当たりさえすれば、ヒカリを蝕む呪いは止まり、とりあえず暴走は収まるだろう。
「――――四番」
当たりさえすれば、の話だが。
「……鈴木、千尋。千尋。お前、貴方、は、良い奴、だけど、馬鹿だ、です」
千尋が放った黒雷は、ヒカリの肉体に的中しなかった。
何故ならば、ヒカリは黒雷が放たれるよりも前に、自らの両脇に金属の柱を地面から生やしたからだ。
「消却の【黒】に、形状を付与した。だから、属性が、寄る。雷の性質も帯びる」
「……っ! 避雷針か!」
「その通り」
千尋は自らも知らなかった形状変化の弱点に歯噛みしつつ、それでも、止まることなく動き出す。
「だったら! そのままデフォルトの【黒】で!」
形状変化はキャンセル。
千尋は再び、流体の如く【黒】を扱い、津波の如くヒカリを飲み込もうとする。
「遅いですよ」
だが、その対処はあまりにも遅い。
【黒】の速度も。
千尋の反応速度も。
「んなっ!?」
【黒】の津波が飲み込んだのは、ヒカリの姿をしたデコイ。
ただの土塊にそれらしい幻術を張り付けただけの代物。
「二番」
「――っ!」
千尋の驚愕は更に重なる。
ヒカリの呟きが、自らの耳元から囁かれたからだ。
「【黒化武装】――」
「おやすみなさい」
とっさの判断。
千尋は【黒】の武装によって防御を展開するが、ヒカリの拳はそれを貫く。
当然だ。
ヒカリが放ったのは、一切の魔術が込められていない武術。
過去に存在していた武術の極致を体現した【泰山王】の記憶による、再現の絶技。
「か、はっ」
それにより、千尋は一撃によって膝から崩れ落ちて。
「っづ!? あ、あぁあああああ!! わ、私の! 友達に! 手を出すな! 過去の亡霊風情がっ!!!」
けれども、一瞬であろうとも【黒】に触れたことにより、ヒカリの正気が戻る。
「か、回復、回復しないと!?」
「う、ごぼっ」
血反吐を撒き散らす千尋に、ヒカリは慌てて魔王の力で最高の治療を施す。
それは、死人一歩手前の人間すら呼び戻す、回復魔術の極致。
故に、千尋は即座に全快の状態となり、思わず叫んだ。
「自分で傷つけて自分で治すとか! なにこれ、高度なプレイなの!?」
「ちが、違います!!? というか! 私の正気が戻っている内に、早く――」
千尋もヒカリも、思わず口から出た本音の言葉だった。
だが、だからこそ、その僅かな猶予を使い果たしてしまう。
「…………ああ、やはり厄介だ。【黒】も、人の情も」
ゆらり、とヒカリの気配が変わる。
その魂から湧き上がる呪いが、再びヒカリの意識を押しのける。
「今度こそ、何一つ残らずに消し去らなければ。約束を、果たさなければ」
「……はんっ!」
怨嗟の声で睨みつけて来るヒカリ――否、魔王を、千尋は鼻で笑う。
「理解したぜ。つまり、ヒカリの中になんか悪い奴が居る。そいつをぶちのめせば、完全無欠のハッピーエンドだ」
鼻で笑って、本当に今更過ぎることを把握している。
「貴様、まさか今までわからずに戦っていたのか?」
「悪いか!? こちとら、ついさっき参戦したばかりで、戦意の大体が勢いだぜ!」
「最新の記憶にはあったが、まさかここまでの馬鹿だとはな」
「なにおう!?」
千尋との会話に、魔王はその口元を僅かに緩め――即座に、口元を手で覆い隠した。
「ああ、これだから本当に厄介なのだ」
そして、改めて己の怨嗟を確認するように魔力を滾らせて。
「人の情というものは」
再び、最新最悪の魔王の完成を止めようとする千尋と相対した。
「何故、あいつ一人だけに任せてんだよ、校長! 殺す殺さないの判断は、あいつと一緒に戦った後に考えればいいだろ!?」
千尋と魔王の戦いに、教師陣と怪物魔術師は手を出さない。
「いいえ、それは悪手です」
否、手を出せない。
「歴代魔王の中には、『戦う相手の数が多ければ多いほど強くなる』という固有魔法を持つ者も居ます。私たちならば、その固有魔法で強化された魔王に抗えるほどの地力はありますが、今のあの子では真っ先に足切りの対象になってしまうでしょう」
救援として手を出すこと自体が、逆に、千尋を最悪の結末に向かわせることになってしまうが故に。
「加えて、今の魔王の攻勢は手ぬるい。それは偏に、あの子が単独で相対しているからです。だからこそ、ヒカリの心身を持つ魔王は手心を加えざるを得ない。そうでなければ、いかに【黒】の継承者が相手と言えども、覚醒した魔王ならば一瞬で勝負を決めていたでしょう」
「……つまり、俺たちは何も出来ないと?」
「はい、そうです――――今は」
だが、千尋と魔王の戦いを見つめるヒルダの目は諦めを含んでいない。
むしろ、冷徹な表情と相反するような、熱い意志の炎がその目には灯っている。
「機会を伺うのです。必ず勝機は来ます。その時に備えて、各自集中を切らさないように」
「機会を伺う、ね? その前に、あの子が倒れたらどうするんだ?」
保険医の問いかけに、ヒルダは冷徹な表情のまま答えた。
「倒れませんよ。あの子は、最強の弟子なのですから」
信用と呼ぶにはあまりにも、重すぎる期待を込めて。




