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第58話 初代魔王

 ありきたりな話をしよう。

 その時代では、どこにでもあるような悲劇の話をしよう。

 ――――規格外の才能を持っていた少年の話をしよう。


「うん? 魔術? これが? いや、火付けに便利だなぁ、とは思っていたけれども」


 少年はとある村の狩人の家の出身だった。

 家は村から外れた、山の入り口の近く。

 父親と共に、朝から日が沈む前まで魔物を狩り、解体小屋で素材にする毎日。

 魔術のまの字もろくに知らず。

 魔導書どころか、まともな本すら読んだことも無い。

 当時の時代では、大して珍しくも無い境遇が、少年の出自だった。

 だが、そんな少年には一つの才能があった。

 誰に教わらずとも、ある程度の魔術の行使が可能なほど、規格外の――魔術師としての才能があった。


「そうだ。貴様のそれは魔術だ。魔物のように、自らのオドで無意識に使っている代物だろうが、魔法に沿っているのならば、それは紛れも無い魔術だ…………故に、貴様には資格がある。我らが『緑翁会』の門下に入る資格が」


 ある時、少年の下には、その才能に目を付けた魔術師がやって来た。

 当時、魔術師とは領主と同等の権限を与えられるほどの特権階級。

 狩人の息子程度では、本来はまともに言葉を交わすことも出来ない存在。


「どうだ? 我らと共に魔導の果てを目指さないか?」


 従って、問いかけの形を取っていたとしても、それは命令に等しい提案だった。


「…………は、はい。よろしくおねげぇします」


 少年は魔術師に対して、伏して了承の言葉を返した。

 たとえ、狩人の父親を一人残すことが心配だったとしても。

 たとえ、村に幾人もの友達が居たとしても。

 立場が上の人間からの命令は断れない。

 そういう時代で、そういう場所だったのだ。

 少年が育った環境というのは。



「へぇ、アンタが魔術師様の門下にねぇ? 随分と出世したもんだねぇ」


 少年は故郷を出る前に、幼馴染の少女に挨拶をすることにした。

 村の友達の中でも一番親しく、一番地位の高い。

 村長の娘。

 それが、少年の幼馴染だった。


「どうやら、僕に魔術師としての才能があったみてぇで……ま、なんかの勘違いだと思うんだけどな」

「えー、魔術師様の慧眼を疑っちゃうのー? アンタ風情がー?」

「う、うぐっ。それは、その……」


 気性が強く。

 村の誰よりも傲慢で。

 黒曜石のように美しい瞳を持つ少女だった。

 そして、狩人の息子では到底、手の届かない地位に居る初恋の相手だった。


「折角、才能があるって言うんだからさ、信じればいいじゃない」

「え、えぇ……でも、僕はろくに字も読めないし……」

「勉強すれば?」

「み、身も蓋も無い」

「というか、絶対に勉強させられるに決まっているわ。魔導書を読むのに、字も読めない、書けないなんて馬鹿すぎる」

「うぅ……」

「でもさ、ちょっと羨ましいよ、アタシは。だって、アンタはこれからずっと勉強出来るんでしょ? その『緑翁会』の補助を受けて。いやぁ、羨ましいこと限りないわー。アタシにも魔術師の才能ないかなー?」

「も、もうしわけ――」

「あ、そうだ!」


 そう、少年が魔術師の才能を見出されるまでは。


「アンタさ、アタシのことが好きでしょ? だったら、物凄く勉強してさ。お偉い魔術師になって、アタシを迎えに来てよ」

「うえぇああ!?」

「なにその奇声?」

「や、だ、だって!」

「そうすれば、アタシは魔術師のお嫁さん。村長の父さんも、魔術師と縁を結べるのなら文句は言わないでしょ。ね? どう? 良い考えだと思わない?」


 この時、少年は必死に首を縦に振った。

 自分の人生に於いて、初めて訪れた幸運だと感じていたが故に。

 何が何でも、この好機を逃したくなかったのである。


「んじゃあ、決まりね! アタシが行き遅れになる前に、さっさと偉くなってきてよね!」


 そして、少年にとっての苦難の日々が始まった。

 当時、魔術師となるべく勉強に励むのは、ほとんどが魔術師の一族の人間だ。

 少年のように、狩人の家系から出てくるのはほぼ皆無。

 従って、必然とお偉い立場の人間に囲まれ、一人だけ仲間外れ。

 その上、少年には才能があった。魔術師の子供として生まれた者たちが、嫉妬に駆られて嫌がらせや、いじめ行為に及ぶほどの。

 その程度のことで溜飲を下げなければ、まともに向き合ってしまえば、同期の子供たちのほとんどが心折れてしまうほどの才能があったのである。


「負けない……こんな逆境に負けるか! 僕は成り上がって、あの子を迎えに行くんだ!」


 しかし、少年はその程度の嫌がらせに負けるような人間ではなかった。

 狩人の息子として、獣との命がけのやり取りを重ねたことによる精神的なタフさ。

 加えて、幼馴染と将来の約束を交わしたおかげで、周囲から孤立しようとも、その尋常ならざる才能を持って、全てをなぎ倒していったのである。


「うむ。素晴らしい。お前は『緑翁会』切っての天才だ」


 やがて、少年は三年と時間をかけて、一人前の魔術師となった。

 学の無い状態からのスタートとすれば、間違いなく規格外の速度での成長だった。

 既に実力は、同期の魔術師見習いたちよりも遥か上。

 更には、三年の間に、『緑翁会』という魔術師の互助組織での地位を確固たるものにするほど、政治的な駆け引きも頑張っていたのである。

 これにより少年は、逆境から解放された。

 少年に手を出そうとする有象無象は既に駆逐していた。

 後は、『緑翁会』の名に恥じぬ魔術師として、どんどん研究を重ねて成果を出すだけ。


「待っていてくれ。今、迎えに行くよ」


 地位は盤石。

 環境も整った。

 だからこそ、少年は今こそ幼馴染の少女を迎えに行こうと、故郷の村に急いだ。


「…………は?」


 燃えていた。

 故郷の村が燃えていた。

 ちょうど、少年が故郷の村を訪ねるタイミングで、村が煌々と燃え上がっていた。


「な、なんだ、これ!?」


 少年はお得意の魔術を使い、瞬く間に村を蝕む炎を鎮火。

 その後、急いで生存者を探そうとした。

 けれども、少年が見つけるのは、炭。黒焦げの塊。その他、とてもではないが生きてはいないものばかり。


「なんなんだ!? なんなんだ!? 誰が、一体!!」


 少年は知らない。

 自らがなぎ倒して来た者たちが、秘密裏に復讐の機会を狙っていたことを。

 そのために、山賊の一団を雇い、少年の故郷を焼き払わせたことを。

 そう、少年は知らな過ぎたのである。

 逆恨みで村を滅ぼすほどの力を持った愚か者たちが、この世界には居ることを。


「…………誰か! 誰か生きている人はいないのか!? 誰か――あっ!」


 焼け焦げた村の中で少年は叫びまわり、そして、見つけた。

 村長の家の床下に隠れていた、幼馴染の少女の姿を。


「……う、あ」


 熱と煙で既に、脳に致命的なダメージを受けていた幼馴染の少女の姿を。


「き、来て、くれた、んだ……」

「喋らなくていい! 今、僕が治すから……くそっ! くそっ! なんで!」


 あと一年、少年が魔術の鍛錬をしていたのならば、この場の幼馴染を救えただろう。

 けれども、その時の少年には、死の寸前にある者を癒すことなどは不可能で。


「り、立派に、なって……」

「もういい! もういいから!」

「お、ねがい……こんなの……だめ……でも……」

「頼む。頼むから……」

「………………こ、ろして。ぜんぶ。わるいもの、ぜんぶ」


 少年は幼馴染の少女の遺言を受け取り、看取った。


「ああ、わかった。殺すよ。全部、全部、殺してやる!」


 その殺意を、確かに胸に抱いて。



 それが、少年の始まり。

 憎悪を抱いて復讐を完遂し、結果、魔術師界隈のほとんどを敵に回して。

 ――――『天球世界』のほとんどの人間を殺し尽くした、初代魔王の始まりだった。



●●●



 天原ヒカリの肉体を媒体とした、初代魔王の顕現。

 それは、凶報として学校中に知れ渡っていた。

 否、違う。

 思い知らされていたのだ。


「三十四番目の秘奥を用いる。来たれ、『死骸の王』」


 ミネルヴァ魔法学校の校舎を、押しつぶすようにして召喚された、巨大なる骸骨――アンデッド系列の魔物の最高位の君臨によって。


「生徒の強制転移を行え!」

「外部客は条件付けで、戦力にならない奴は弾いて逃がすよ」

「あー、かったるい。魔術祭は休めると思ったんだがなぁ」


 初代魔王からの攻勢に対応したのは、ヒルダが雇った警備員たちと教師陣だ。

 彼らは、一部の例外を除き、誰もが一流以上の実力を持つ魔術師。

 いかにアンデッドの最高位魔物『死骸の王』が召喚されたとはいえ、ここで苦戦するような無様は晒さない。壊れた校舎の中から飛び出し、巨大なるアンデットに立ち向かう。


「『死骸の王』の領域破壊を確認!」

「対アンデッドの浄化を始めます」

「ったく。俺は直接戦闘とか無理なんだって」


 警備員と教師陣は、すぐさま『死骸の王』が持つ即死の魔法を解析、対策。

 その巨大な質量と、触れれば死に至る死の霧を発生させる前に、強力な浄化術を打ち込み、対処する。

 その時間はおおよそ、三十秒。

 最高位の魔物を討伐するには、あまりにも早すぎる。


「最新最悪の感染呪詛を用いる。発動せよ、【四番目の騎士】」


 ただし、魔王の魔術発動を止めるには、あまりにも遅すぎる。


「天原ヒカリの記憶にある。お前たち教師は強い――――だが、強すぎるほどではない」


 淡々とした魔王の言葉の後、警備員と教師たちは揃って脱力を感じた。

 ある者は膝を床について。

 ある者は口から血を吐き出して。

 ある者はとっさに呪詛を弾いて。


「嘘だろ、おい」


 結果、たった一人の教師――白衣を羽織った中年男性の保険医のみが、魔王の前で立っている状況になっていた。


「ふむ? ああ、そうか。天原ヒカリの呪詛理論は、お前が発表した論文を参考にしていた。ならば、こうなる可能性もあるか」

「…………あー。ヒカリ? 天原ヒカリ? 今なら先生も一緒に謝ってやるから――」

「生憎、我は初代魔王である」


 だが生憎、その保険医は治療と浄化は超一流であるものの、直接戦闘力は皆無。

 故に、純粋なる魔力強化による魔王の手刀が迫った時、保険医は引きつった顔で己の死を目の当たりにして。



「待たせましたね、皆さん」



 物体を凍らせる炎、という矛盾した現象が、保険医を守るように、魔王の前に立ち塞がった。


「校長!」

「申し訳ありません。テロリストの人形兵器を破壊するのに時間がかかりました」


 歓喜の声を上げる保険医は見た。

 ミネルヴァ魔法学校の校長であるヒルダが、背後に怪物魔術師を幾人も引き連れて、戦場へやって来た姿を。


「おうおう、今代魔王のお披露目とは!」

「まったく、ミネルヴァの魔術祭は飽きさせぬなぁ!」

「おう、ジジイども、油断するな。ありゃあ、初代の意識が顕現した覚醒個体だぞ?」


 権威を持ちながらも、卓越した魔術師としての技量を持つ者たち。

 怪物染みた力を持った者たち。

 そんな怪物魔術師たちはけれども、ヒカリの姿形で油断したりはしない。

 魔王という、世界を滅ぼすに相応しい力を持った敵として相対している。


「こんな形で貴方との約束を果たすことになるとは思いませんでしたよ、天原ヒカリさん」


 ヒルダは無表情ながらに目を細めると、氷で出来た杖を一振り。


「う、ううっ……助かりました、校長」

「死んだかと思った」

「流石は魔王か」


 呪詛という概念を氷結停止させる、ヒルダの魔術。

 それは倒れていた警備員と教師陣を復帰させるには十分過ぎた。


「ふん、矛盾の魔女め。いつまで生き恥を晒している?」


 だが、それでも魔王は全く怯まない。

 世界を殺し尽くそうとする存在は、たかが十数人の魔術師程度では揺るがない。

 当然のように殺し尽くし、その殺戮を外に広げるつもりだ。


「生憎、私は残響と語る趣味はありません」


 そんな魔王の言葉をヒルダは冷たく切り捨て、静かに構えた。

 警備員と教師陣、そして怪物魔術師たちもまた、戦闘態勢へと移行。


「はっ! それもそうだ」


 そして、魔王が世界全てを嘲笑うように笑みを浮かべて。



「だらっしゃぁあああああああああああ!!!」

「ごっはぁあああああああああああああ!!?」



 この場の全員の戦意に水を差すように、学園の地下から千尋が現れた。

 ただでさえ壊れた校舎を、床から蹴り壊して。

 ピエールも蹴り飛ばして。


「待たせたなぁ、ヒカリ!」


 友の窮地に参上したのである。

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