第56話 魔王の力
歴代魔王の一人に、【創造の白】の一端を解析した者が存在した。
後に、【虚構王】と恐れられたその魔王は、数多の英雄、英傑、魔物、魔術師、それらの性能を見ただけで解析し、模倣品としてコピーすることが可能だったと言われている。
【創造の白】を扱うシロナには大きく劣るものの、単独で強力な軍隊すらも作り出せる【虚構王】は、最強の魔術師の力を模倣しようとして自滅するまで、『天球世界』にその名を響かせ続けた。
「うおおおお!? なんかよく知らないけど、フレイヤみたいな感じになってる!?」
今、千尋が纏う力は、その【虚構王】が好んで使っていた能力の一つである。
そう、ヒカリが千尋に持たせたガーディアンとは、緊急時に起動する魔道具。
【虚構王】の力を再現し、千尋の窮地を救うために用意した『幻想顕現』の魔道具だ。
その効果は一つ。
「いや、これはまさか……フレイヤの精霊よりも……なんか黒っぽくなっているけど! 間違いない! これはあの時、あの夏に見た、終炎巨神スルトの火炎!」
千尋の脳裏に焼き付いた、鮮烈なる敵対者の記憶を元に、その力を再現し、顕現させること。
無論、いかに魔王の力とは言えども、千尋が相対したスルトの力の全てを再現するのは流石に不可能だ。
だが、力の総量はともかく、力の性質自体は完全に模倣が可能だった。
「…………おいおい。なんだ、あの炎……空間を焼いてやがる」
ピエールは千尋が纏う黒炎を観察し、その首筋から冷や汗を流していた。
一発即死どころの話ではない。
下手をすれば、並大抵の魔術や武具では、今の千尋に触れることすらできずに焼き尽くされてしまうだろう。
それほどまでの脅威を今、ピエールは千尋から感じていた。
「しかし、どうしてこんな格好に……うん? ヒカリから貰った宝石が、魔道具として起動している? それが原因……となると、起動する条件は……ほうほうほーう」
千尋はしばらくの間、状況把握に努めると、その目をぎゅるんと動かし、ピエールを見る。
怒りと殺意の混じった視線を送る。
「騙し討ちしましたね? 先輩」
「く、くくくっ! ばれちゃあ、仕方がない!」
ピエールは苦笑と共に、虚空から武具を取り出す。
空間魔術により、真っ白な槍を一つ取り出す。
「神殺しのロンギヌス」
今、神威を感じる千尋と相対するに相応しい、伝説の武具を構える。
その姿に隙は無い。
伝説の武具を構える姿は、堂に入っている。決して、武器に使われていない。
英雄――否、超人としての威圧感を確かに持っている。
「悪いが、鈴木後輩。時間稼ぎにもう少し付き合ってもらおうか!」
「時間稼ぎ? ああ、なるほど」
だが、千尋はピエールが超人相当の力を持っていると察しても動じない。
「先輩、貴方はやっぱり革新主義者の一味か」
「正確に言えば、レイゼっていう革新主義者に雇われた傭兵だ。俺自体、主義主張は対して持たない、ただの傭兵だぜ」
「そうですか。じゃあ、遠慮は無用ですね?」
むしろ、身に纏う黒炎が千尋の呼応するように立ち上り、戦闘に向けた態勢を取っていた。
「ルーさん。手伝わないなら、ちょっと遠くに行ってて。アタシの攻撃の巻き添えになりたくなかったら」
「ふふふっ。ええ、そうさせていただきます」
不遜だと知りつつも、千尋は護衛のルーを下がらせる。
そして、ピエールを静かに見据えたまま、高々と右手を掲げて。
「吹き飛べ」
空間を焼く炎を放った――――ダンジョンの天井に向けて。
「――っ!? いや、そうか!」
一瞬の驚愕の後、ピエールは千尋の意図を理解するが、一手遅い。
「だぁれが、足止めが目的の相手とまともに戦うかよ、ばぁーか!!」
捨て台詞を残して、千尋は飛ぶ。
ダンジョンの天井を焼き進み、背中からジェット機のように黒炎を吹き出して。更には飛行魔術まで重ねて、上へ、上へ、ヒカリの居る地上まで飛んで行こうとする。
そう、状況を理解した千尋の判断は適格だった。
怒りも殺意も抱きながらも、友の窮地に駆け付けることを何よりもの優先事項としたのだ。
「待ってろ、ヒカリ!」
そのためならば、千尋は自ら却下したルーの提案通りの方法を選ぶ。
たとえ、この無茶なショートカットの所為で『ツクモ魔導図書館』が活性化し、後々問題が起ころうとも。
その責任を取ることになろうとも。
友の窮地というのは、それらのリスクを凌駕するほどに、千尋にとっては重大なのだ。
「ちぃっ! お人よしだってのに、場慣れしてやがる!」
千尋の後を追うように、ピエールが飛んでいくが、やはり数手遅い。
伝説の武具を収納し、代わりに飛行魔術に補助を与える『銀色の羽』を握りしめる。
これでようやく、千尋の後を終える程度の速度を得らえるのだ。
「殺す気は無いけど! 死んだらごめんの炎!!」
「ぬおっ!?」
更に、先行する千尋が、どんどん容赦なく炎を振り向くことなく放り投げて来る。
一発当たれば、致命傷もあり得る黒い炎を。
「ああもう! 割に合わない仕事だぜ!」
ピエールは悪態を吐きながら、それでも傭兵としての矜持で千尋の後を追った。
「さて、追いますか。私は護衛兼従者。ええ、貴方様の成し遂げる偉業を我が主に伝える。そのための使い魔ですので」
そして、ルーもまた音も無くその場から姿を消し、千尋の元へと転移する。
「ああもう! しつこい! 少しぐらい仕事を手抜きしても大丈夫ですよ、先輩!」
「生憎ぅ! 金を貰ったらきっちり仕事をするのが俺の流儀なんだよ、鈴木後輩!」
超人とタイマンを繰り返しながら、友の下へと急ぐ千尋。
その想いが報われるかどうかは、未来視を持たぬ者ではわからない。
それでも千尋は今、全身全霊を賭して、ヒカリを助けようと飛んでいた。
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崩れ去る。
灰色の光景が崩れ去る。
「道化。貴方は勘違いしているようなので、一つ訂正しておきましょうか」
レイゼが展開していた空間が崩れ去る。
それを維持できるだけの気力と魔力が無くなったが故に。
「魔王の強みは歴代の記憶を持つこと。古代に失われた凶悪な魔術を習得できること。そんな風に思っているのかもしれませんが、それは間違いです。正確に言うのならば、過去の魔王たちの――才能がない魔王転生者たちの場合でしかありません」
「ぐ、ううぅ」
呻き、床に伏せるレイゼへ、ヒカリは淡々と殺意を込めた言葉を紡いでいる。
「魔王転生者の本当の利点は、種族変更。人間という種族から、魔物に近い――本能で魔術を扱えるだけの感覚持つ種族、『魔王』へと変じることが出来ること。普通の魔術師よりも、より深く魔力を理解し、その性質を感じられること。これにより、魔王転生者は他者よりも魔術を扱うセンスに優れ、知識ではなく感覚で過去の記憶にある魔術を習得できるわけです」
そして、そのヒカリの背後には、無数の異形があった。
「ここまでが普通の魔王転生者の話。ですが、才能のある魔王転生者は、ここから優れた感性により、オリジナルの魔術を作り上げるわけです。過去にある【虚構王】のように、【創造の白】を分析して、自己流に貶めた『幻想顕現』などが良い例ですね」
巨体の鬼が居た。
骨だけの竜が居た。
数多の口を持つ、不定形の粘菌が居た。
包帯塗れの人型が居た。
――――その全てが、固有魔法を所持する怪物たちだった。
「そして、とても才能がある魔王の私は、更にそこから踏み込みました。オリジナルの魔術ではなく、オリジナルの魔法、法則そのものを作り上げてしまおうと。ふふふっ、不可能だと思いますか? いえ、これが案外、個体の中で収める分には問題無いのですよ。ほら、固有魔法の使い手って珍しいですが、長い歴史の中には結構居ますよね? 過去の魔王はそんな彼らのことを研究していた記憶もあったので、その知識を流用して、御覧の通り」
異形の怪物を従えるヒカリの姿は、まさしく魔王。
魔なる災害の王。
「『固有魔法を創造する固有魔法』――――【魔王儀典】。これが、私の本当の研究していたものですよ。ふふふっ、なんだか物騒な発表会になってしまいましたね?」
あるいは、魔法を統べる王。
そのように呼称されてもおかしくない、魔術師にとっての到達点に君臨する怪物が今、ここに存在していた。
「なる、ほど……やはり、私の見る目は間違ってはいませんでしたよ、魔王閣下」
けれども、そんな規格外の怪物を前にして、床に伏せながらも、レイゼの態度は変わらない。
怯むことなく、むしろ歓迎するかのようにヒカリを見上げている。
「貴方こそ、二つの世界の新時代を統べるに相応しい存在です」
歓喜と興奮、狂信すら含んだ瞳で。
「…………はぁーあ」
そんなレイゼに対して、ヒカリは思いっきり溜息を吐いた。
「あのですね、道化さん――ええと、あれでしたっけ? レイゼさんでしたっけ? 貴方に訊きますけど、本当にそう思っています? 私が二つの世界を統べるに相応しい存在だって」
「ええ、それは当然――」
「違いますよね? 私に求めている役割は、適役。二つの世界が協調し、討伐すべき魔王としての役割を貴方は求めています。何故ならば、貴方は革新主義者。魔王である私が二つの世界を統べるよりも、二つの世界が互いの技術を提供し合い、その結果生まれる新しい技術によって、私が滅ぼされることを望んでいる……違いますか?」
出来の悪い詐欺師に対するような、呆れを含んだヒカリの言葉。
それに対して、レイゼは更に笑みを深めた。
「ええ、ええ! ご名答でございます! そこまで優れた貴方だからこそ、二つの世界の敵対者に相応しいのです!」
「はぁ。あのですね? それをやって私に何か得することでもあるのですか?」
「貴方が存在することで、結果として人類は新たな時代で、より多くの幸福を――」
「馬鹿らしい」
信仰に寄ったレイゼの語りを、ヒカリの言葉が両断する。
「私は、『私たち』はお前のような人間をいくつも見て来た。何度も、何度も、飽きもせずに馬鹿をやる人間だ。狂信に溺れ、現実から目を背け、大切なものを取りこぼす愚者だ」
「ひどいですねぇ? 魔王閣下、私はこれでも、世界のために動いているつもりですか?」
「どこがだ? 本当に世界に尽くす者なら正道を行くものだ。過去のように、世界を運営する者たちが腐敗に沈んでいるわけでもあるまい。達人クラスであるお前ならば、正道を進むだけで充分、お前たちの言う革新に身を捧げることが出来る。だが、それをせず、テロリストとして活動し、過激な理由を選ぶお前の正体は――――むっ」
そこまでだった。
ヒカリの言葉が、愚かなる革新主義者の根幹を砕く寸前。
それよりも先に、レイゼが展開していた空間が完全に崩れ去り、元の場所へと戻ったのである。そして必然、ヒカリは己の正体を隠すため、ほぼ反射的に自らが作り上げた異形たちを、一時的に消し去って。
「実践経験が足りていないですよ、後輩」
その機会を見計らっていたように、一人の巨漢――マイク・ロングスティアが、ヒカリに向かって血しぶきを浴びせかけた。
シロナが過去に再現した、初代魔王の血液が入った輸血パックを盛大に破き、そのしぶきを浴びせかけたのである。
埋伏の毒として、恐るべき魔王の意識を奪うために。




