第55話 傭兵と最強の弟子
千尋は息も絶え絶えなピエールを見つけると、即座に行動した。
「あっ、千尋様。それは恐らく――」
何やら呼び止めるルーの言葉も耳に入らず、即座に懐から緊急用として携帯している上級回復ポーションを取り出す。
「えい!」
そしてそのまま、中身を惜しむことなくピエールの傷口にぶちまけた。
「――っ!!?」
あまりに強引な治療に、思わずピエールの口から声なき悲鳴が上がる。
「我慢して! 緊急を要するから!」
けれども、千尋は手を止めない。
クロウの鍛錬と授業で習った治療魔術を必死に思い出し、ポーションによって塞がった傷口を細かく修復していく。
「……ああ、もう! もっと治療魔術の練習をしておけばよかった!」
後悔と弱音を吐きながらも、千尋の治療魔術は正確だ。
雑菌を排除。
ポージョンによって補填された血肉をピエールの肉体に馴染ませる。
血管と神経の接続。
専門家ですらない千尋はそれでも、額からダラダラと汗を流しながらも全身全霊を込めて治療を続けていく。
「はふー、出来たぁ!」
そして、十分二十七秒の試行錯誤の末、千尋はピエールの傷を命に別状はない程度まで持ち直させることが出来たのである。
「お見事ですね。『こんな状況』なのが惜しいぐらいに」
その手際の良さは、数えきれないほどの怪我人を加害者側として見て来たルーをして、素直に賞賛の言葉を吐かせるほど。
「いやぁ、この治療で魔力の大半を使っちゃったけどねー? はぁ、魔力の回復を促進させるポーションを飲まないと」
「ちなみに、オドが極端に少ない状況で無理に戦えば、マナの中毒になって死ぬのでお気を付けください」
「こわっ。え、なにその、これから戦いが待ち受けている、みたいなフラグ溢れる発言は?」
「従者としての当たり前の忠言でございます」
だらだら汗を流しながら、青色のポーションを飲み始める千尋に、恭しく頭を下げるルー。
「……うっ」
そんな二人のやり取りの中、治療を受けたピエールがうめき声をあげて目を開く。
「ここは……?」
「あ、目覚めましたか、見知らぬ先輩」
目を開けたピエールの姿を見て、千尋はほっと安堵の息を吐いた。
「……あー、ひょっとして、あれか? 俺を助けてくれたのか?」
「ういうい。先輩が死ぬ五秒手前ぐらいの状態で倒れているのを、虎の子のポーションを使って癒してあげましたとも!」
「それは、マジで助かった。感謝する」
「ああっと! あんまり無理して動かないでください!」
佇まいを直して頭を下げようとするピエールを、千尋が慌てて制止する。
「治したばっかりなんですから! 傷口が開いたらどうするんですか!?」
「む、すまん。だが、どの道、この場からは動かなければならないだろう? 何やら、外部からの侵入者の仕業で、転移事故が起こったようだし」
「ええ、その通りかと。多分、ここは『ツクモ魔導図書館』の地下百階よりも下です」
「通りで。やたらと魔物が強いわけだ。おかげで死にかけた」
「はい。正直、アタシも師匠が付けてくれた護衛が居なかったら危なかったと思います」
ピエールは「あいてて」と小さく呟きながら、ゆっくりと体を動かし始めた。
胴体に開けられた穴は既に塞がっているが、大穴の空いた制服は戻らない。従って、千尋はその胴体から覗く、ピエールの良く鍛えられた腹筋と、わき腹から上に流れる傷口を見て。
「……うん?」
何か、小さな違和感を抱いた。
それははっきりとした証拠も根拠もない、単なる千尋の勘だ。
だが、その勘は夏場の羽虫の如く、千尋の精神をささくれさせて、何やら警告している。
早く気づけ、と。
「ああ、確かにクソ強そうな護衛が居るな……なんで、メイド?」
「師匠曰く、本人の趣味だとか」
「なるほど……なるほど? まぁ、強い奴の我がどこか吹っ飛んでいるのは、ある意味ではテンプレ通りではあるか」
「あ、でも、あれですよ? ちゃんと仕事はしてくれますので。ちゃんとアタシを守ってくれますので」
「だろうな。あれほどの強い魔力の持ち主でありながら、格下のお前をきちんと従っているってことは、護衛の雇い主によほど忠誠を誓っているんだろうな」
「ですよ。ぶっちゃけ、アタシのことは守ってくれると思いますけど、それ以外の人間は守ってくれないと思いますし……ねぇ、ルーさん!」
千尋の呼びかけに、ルーは微笑んで「その通りでございます」と答えた。
「ほら! しかも、護衛と言っても、アタシの心身に重大なダメージが与えられる時以外は、基本的に放置というか、自分でどうにかしろ、というスパルタ方針だし……いや、こうしないとアタシが慢心と油断で腐るってのはわかるんだけど! こういう時ぐらいは融通を聞かせて欲しいよ! ルーさん、地上に戻るまで護衛対象を一人追加できない!?」
「拒否します」
「ほらぁ!」
それ見たことか、と言わんばかりの千尋の叫びに、ピエールは「くくくっ」と愉快そうに笑い声を響かせた。
「いやはや、そちらの護衛は随分とわかっているようだな。だが、まぁ、話は事前に訊いた通りで安心したぜ、本当に」
「うん? 先輩?」
「そうそう、『鈴木後輩』。一つだけ忠告だぜ? お人好しなのは間違いなくお前の美点だろうが」
――――とん。
いっそ軽やかなほどの衝撃音が千尋の側頭部を打ち抜いて。
「助ける相手は選ぶべきだ」
まるでテレビの電源でも落ちたかのようにあっさりと、意識が暗転した。
●●●
ピエールがレイゼから請け負った仕事は、千尋の足止めである。
魔王転生者であるヒカリと接触するにあたり、シロナから警告された不確定要素の塊である千尋を排除しようとしていたのだ。
ただ、下手に手を出せば、護衛のルーが――世界崩壊クラスの怪物が解き放たれる。
仮に、そのルーをどうにかしたとしても、その次は【最強の黒】が姿を現すのだ。
これは必然、千尋を殺すことも、心身共に酷く傷つけるような真似は出来ない。
むしろ、そのような真似は自殺行為と言っても過言ではない、とピエールは判断していた。
――――とはいえ、だ。
ピエールは元々、魔法学校の生徒で居る間は極力、殺しの仕事は請け負っていない。
たとえ、『天球世界』で【単独軍隊】などと異名を受けて、各国から恐れられる傭兵であったとしても、だ。
ピエールは今、魔法学校で青春をやり直そうと通っている最中なのだ。
あまり、校長であるヒルダから睨まれるような真似は避けたい。
ただ、レイゼに対しては戦場での借りがいくつかあるので、それを使って依頼をされたのならば、断るのも傭兵として不義理。
従って、その妥協案としてピエールが出した答えが、この状況だった。
「……ふぃー」
ピエールは己の腕の中に納まった千尋を、まるで赤ん坊でも扱うかのように優しく抱きかかえた。
「一応言っておくぜ、護衛さん。外傷は皆無。俺のオドを打ち込んで、意識だけを綺麗に刈り取った。起きるのは最低でも五分後ぐらい。その間は、俺が死力を持って周囲の魔物から守り抜く…………これで、どうだ?」
そして、冷や汗を流しながら、じぃっとこちらを見るルーへと問いかけた。
「ふむ」
ルーはしばらくピエールを眺めた後、ため息交じりに言葉を吐き出す。
「仕方ありませんね。これは千尋様の迂闊でしたから。今後の教訓のため、私は手を出しません。たとえその結果、千尋様のご友人がどうなろうとも」
「そう言ってもらえるとありがたいね。何せ、俺とアンタじゃあ、勝負にならない」
「ええ、貴方では私には勝てないでしょうね……もっとも、傭兵の貴方にとっては、私を対処できないという意味には繋がらないでしょうが」
世界を喰らう銀狼であるルーは基本的に、大体の人間を見下している。
例外は主であるクロウぐらいだ。
礼儀正しく振舞おうとも、その内に秘められた獣性は微塵も衰えていない。
クロウの弟子である千尋ぐらいならば、見下しつつも、長く生きた獣にあるように『可愛い我が子』として異種の子供を自分の庇護すべき対象として見たりしているが。
それでも、ルーにとって大半の人間は、ひと噛みすれば砕ける塵芥である。
――――だが、このピエールという青年は違う。
「貴方は神代の英雄と似た臭いがします。たとえ、自分では敵わない怪物が相手でも、どうにかして対処する手段を見出すでしょう」
「それは、褒めているのか?」
「割と」
ルーに守られた千尋の意識を奪うため、常軌を逸した作戦を立て、それを完遂して見せるだけの素質があった。
「いくらタイミングを図っていたとはいえ、魔物が跋扈するダンジョン内で『自ら腹をぶち抜いて、致命傷を演出する』なんて真似は、誰にでも出来ることではありません」
「は、はははっ……一応、保険はかけてたんだぜ?」
「それでも、千尋様が治療魔術をうっかり間違えて死ぬ可能性もあったでしょう?」
「そこは、まぁ…………依頼主の警戒っぷりから、優秀な生徒だと思って賭けたんだよ」
「なるほど。相手の善性と優秀さを利用するとは……中々の悪ですね?」
「くくっ。ああ、傭兵だからな、俺は」
誇るように。
自嘲するように。
ピエールは笑みを作ると、言葉を続けた。
「そして、今はこのミネルヴァ魔法学校の生徒でもある。つーわけで、下手な真似をして退学なんてなりたくないんだよ。だから、これ以上俺は鈴木後輩に何かしようとはしない。そもそも、依頼だろうが在学中は殺しの仕事は請け負わない……これで、見逃してくれるか?」
ルーに対する命乞いの言葉を。
「おや、手は出さないと先ほど言ったつもりでしたが?」
「興味の混じった殺意がビンビンに飛んで来てんだよ」
「く、ふふふ、失礼。ついつい、英雄を噛み殺していた時の癖が」
「おお、こわ」
ピエールは油断しない。
ルーから言質を貰ったとしても、警戒を解かない。
知っているからだ。絶対的な強者の立場にある存在と言うのは、気まぐれであると。
何か一つ気が向けば、次の瞬間には戦場になるのだと。
「では、はしたない真似をしてしまったお詫びに、一つ良いことを教えて差し上げましょう」
「良いこと? アンタから安全に逃げ切るための方法か?」
「くふふ、ええ、それでも構いませんが。今はそれよりも大切なことを」
しかし、だからこそピエールは気づかなかった。
「あまり、我が主の弟子を――――鈴木千尋という特異点を舐めない方がいいですよ?」
「――っ!!?」
意識を失ったはずの千尋の手が動き、がっとピエールの首を掴むその瞬間まで。
鈴木千尋という人間が持つ、底知れぬしぶとさに。
「ぐっ!」
ピエールは慌てて首を掴む千尋の手を弾き、慌てて飛びずさる。
『《所有者の意図に沿わぬ意識断絶を確認。これより、緊急事態と判断し、ガーディアンシステムを起動します》』
混乱と警戒の混ざる視線で、ピエールは見た。
千尋が、『意識の無いまま』立ち上がる姿を。
千尋の懐から、ばきん、と何かが割れて、黒い結晶が零れ落ちる様子を。
『《所有者の記憶から再現可能な幻想を顕現します――――【巨神武装】》』
そして、次の瞬間。
『ツクモ魔導図書館』の一部が吹き飛び、黒炎を纏う千尋が目を覚ました。
「え、は、え!? なにこれ???」
まったく状況を理解できない、寝起きの状態で。




