第53話 落とし穴の先に
レイゼ・カロンナルファは達人クラスの魔術師だ。
街一つ程度ならば、手玉に取れるほどの熟練の魔術師である。
また、科学と魔術を混ぜ合わせた独自の技術を使うため、初見殺しとして格上を喰らうことも可能な実力の持ち主である。
だが、しかし、だ。
流石のレイゼも、矛盾の魔女たるヒルダを相手にすることなど出来ない。
勝率以前に、戦いにすらならない。だからこそ、以前の襲撃は、わざわざヒルダが居ないタイミングを狙って奇襲したのだ。
そして、そもそもの話、自分と同格以上の魔術師がごろごろ居る魔法学校に踏み込むこと自体、あまり賢い作戦とは言わない。
レイゼがどれだけ慎重を期しても。
前々から仕込んでいた手札を使ったとしても。
科学と魔術を合わせた、新しい隠形の魔術を使ったとしても。
「居たか?」
「ああ、この先だ」
「成り代わられた生徒は?」
「既に保護している。目立った外傷は無い。身柄は保健室に輸送済みだ」
「よろしい……ならば、狐狩りと行こうか」
故に当然、学校側はレイゼの行動を把握していた。
生徒の内の一人に成り代わったことも。
『特定の生徒』の研究発表を見に行っていることも。
学校内部にいくつもの魔導ドローンを忍び込ませて、テロの機会を狙っていることも。
学校側は、レイゼの行動のほとんどを把握済みだった。
伊達に魔法学校ではない。
ヒルダが手配した、学校の警備員たちは誰もがレイゼと同格の達人クラスの魔術師。
それが油断なく、レイゼを捕まえんと行動しているのだ。
潜入がバレてしまっている以上、この窮地を覆す手段はレイゼには存在しない。
「我が命を糧に駆動せよ、『純白の偏在人形』」
レイゼの交友関係に、シロナという超越者が居なければ。
『起動完了―――オーダーは?』
「殺さずに封印。可能な限り目立って、多くを引き付けてください」
『了承。友誼に誓い、汝に勝利を』
それはシロナを模した人形だった。
それはシロナという超越者が全面的に協力し、レイゼと共に作り上げた秘密兵器だった。
稼働時間はおおよそ三分。
性能は本来のシロナの十分の一にも満たない。
だが、その人形を駆動させるだけでも、レイゼは寿命の半分を対価として捧げなければならない。
代償は大きく、使い勝手も非常に悪い。
それが、レイゼの奥の手である、『純白の偏在人形』だ。
ただ、それでも。
『達人クラス四名の封印完了。引き続き、囮としての役目を果たします』
ヒルダが手配した警備員を瞬時に無力化するには十分すぎるほどの実力はある。
「頼みましたよ。ヒルダの目が三十秒でも塞がれば、後はこっちのものです」
『了承』
シロナを模した人形は、瞬く間に姿を消した。
目標はヒルダが居る場所。
奇しくも、千尋が研究発表を終えたばかりの講堂に、怪物魔術師たちが大勢居る場所に、それでも絶対的な優位を携えて向かって行った。
「さて、これでどの道、私はこの後に死にますね。ええ、つまりは――どれだけ命を賭けても損は無いボーナスステージ! いやぁ、テンションが上がって参りました!」
主たるレイゼが、目的を果たす時間を稼ぐために。
その瞬間、千尋は確かに的確な行動を取っていた。
『純白の偏在人形』が、空間転移によって行動に現れた瞬間。
千尋がちょうど講堂から離れようとしていた瞬間。
「我が【黒】よ」
その場に居る誰よりも早く、千尋は反応していたのだ。
これは、決して怪物魔術師たちやヒルダが未熟というわけではない。
単純に慣れの問題である。
『純白の偏在人形』というまがい物ではなく、本物のシロナと命がけの戦いを繰り広げたからこそ、千尋はその気配に敏感になっていたのだ。
例えそれが、本物と比べ物にならないまがい物の劣化品だとしても。
千尋が警戒を怠ることは無い。
形状変化による【黒】で、最速の妨害の一手を打とうと、ほぼ思考よりも先に反射で動いて。
「早く逃げますよ! 相手は格上です!」
「うぉえ!?」
ぐい、と無理やり腕を引っ張られて講堂の外まで駆け出すことになった。
「え、あ、へ――――マイク先輩!?」
混乱は数秒。
千尋の手を引きながら駆ける男子生徒の背中に、身長二メートルを超える筋骨隆々の体に、見覚えがあったのである。
「ど、どうしてここに!?」
「君の発表は、学生の誰もが興味を示すものです! こうして、聞き耳を立てる者が居るぐらいにはね!」
マイク・ロングスティア。
かつて、レイゼが千尋を拉致した際、問題解決に動いてくれた秩序派閥の先輩。
しかも、秩序派閥のボスの右腕とも言われている腕利き。
そんな人物が、千尋の腕を掴み、真っ先に逃走を選んでいた。
「逃げるんですよ、後輩! あれは戦うこと自体が無謀です! 大人しく、校長に任せましょう!」
「いや、マイク先輩! それは――」
マイクの判断は正しかっただろう。
勝てない相手に対して、即座に撤退を選ぶ。
下手に抵抗しない。格上の実力者に任せる。
確かに、正しいものだった。
『ランダム転移ゲート生成――――シャッフル開始』
シロナという超越者の力。
その一片を持つ『純白の偏在人形』相手でなければ。
「んのわぁ!?」
「後輩!?」
講堂の外にまで空間の歪みが発生し、やがてそれは落とし穴のように、千尋の足元まで浸食。
「ま、マイク先輩は! 巻き込まない!」
だが、それよりも前に千尋がマイクを範囲外まで蹴り出して。
「というわけで! マイク先輩が後で助けに来ることで、貸し借りはチャラで!」
再び、千尋は自ら災難に飛び込むことになった。
●●●
煩雑な転移は死に通じる、という考えは魔術師の中では基本中の基本だ。
空間関係の魔術の難易度が高いのも、一つ間違えれば即死もあり得るため、安全に練習を重ねるための環境を作ることが難しいからである。
そして、千尋はまだ、空間系の魔術は使えない。
異なる座標の空間を繋げることは、一年生の魔術師では至難の業だ。
けれども、最低限――『強制的な転移』に対する備えはしている。
何故ならば、千尋の師匠はクロウだからだ。
「強制的な転移はその分、こちらが術式に干渉するだけの隙が生まれる。流石に、即座に転移先を書き換える技術は、今の君には出来ないだろう。従って、『障害物にめり込まない』というにするだけの条件を付け加える。これだけは反射的に出来るようになってもらおう。空間の転移や結界の作成よりも先に、即死を避けるために」
だからこそ、千尋は強制的な転移を受けた場合でも、即死だけは避けるように術式に干渉することが出来た。
即死となる環境にだけは転移しないように、条件を割り込ませたのである。
「…………んんー?」
そして、千尋は無事に転移先の床に着地した。
即座に周囲を見回し、状況を確認。
今まで散々、トラブルに巻き込まれて来た経験からか、千尋は強制的な転移の後でも慌てない。僅かな時間で視線を周囲に巡らせて、情報を取得する。
「んんんー?」
けれども、取得した情報に不可解さを覚えて首を傾げた。
何故ならばそこは、千尋がつい最近踏み入れた、学園の地下ダンジョンと似通っていて。
「構造は似通っているけど、気配が全然違う?」
けれども、地下十階とは比べ物にならないほど、周囲から身が震えるほどの脅威を感じていた。まるで、猛獣の巣の中に放り込まれたかのように。
「まさかここは、地下百階よりも下なの?」
地下ダンジョン――『ツクモ魔導図書館』の地下百階以下。
そこは人外魔境。
達人クラスでも足を踏み入れるのと躊躇う、恐るべき魔物たちが跋扈する危険地帯である。
間違っても、千尋のような魔術師見習いが足を踏み入れる場所ではない。
「ルーさん」
「お呼びですか? 千尋様」
故に、千尋は即座に足元の影に潜む護衛――銀狼メイドのルーを呼び出した。
「ルーさんは空間転移とか使える?」
「お任せください。この程度のダンジョンならば、地上まで直通させることは造作もありませんとも」
「……うん! 変にダンジョン事態に喧嘩売ると後が怖いから、アタシの護衛に専念してください。危険度が下がったら、また影の中へ」
「了承しました」
ルーはクールビューティな外見と異なり、バリバリの脳筋で好戦的な性格だ。
主であるクロウが制約により行動を縛っていなければ、頼まれるまでも無く影から飛び出て、千尋の敵を率先して食い殺そうとするだろう。
だが、それでは千尋の成長にならない。
規格外の護衛に守られているだけでは、千尋の成長にならないのだ。
従って、千尋は『本格的な身の危険』以外はルーに戦闘面で頼ることは禁止されている。
対して危険でもない場合は、ルーに呼びかけても普通にスルーされてしまう。
つまりは――――ルーが普通に呼応したということは、それだけの危機的状況にあるのだ。
「出来るだけ早く地上に戻らないと……ヒカリが危ない」
ただ、千尋が危機感を覚えているのは自らの命ではない。
それよりも先に、友達であるヒカリが革新主義者に襲われる危険性を心配しているのだ。
「恐れながら千尋様。ヒカリ様は、貴方様が思うよりも強いかと」
「うん、多分、そうなのかも? 魔王転生者とか言っていたし……だけど」
そう、心配しているのだ。
大切な友達のことを。
「ヒカリは寂しがり屋だから。あんまり一人にしたくないんだよね」
「…………ふふふっ」
「む、なにさー?」
「いえいえ。不覚にも、この私の胸が温かくなりましたので」
「んもう! 子ども扱いして!」
「私から見れば子供ですので」
「そりゃあ、神話の時代から生きてそうなルーさんから見ればそうだけど!」
千尋とルーは共に駆けていく。
音速ではない。
この地下ダンジョンの構造では、【韋駄天】は十分な効果を発揮しない。単純に狭いのだ。
故に、千尋は身体強化と風の精霊による速度強化を重ねながら、可能な限り早く『ツクモ魔導図書館』のダンジョンを駆けあがって行く。
途中、千尋に襲い掛かる魔物が居ても、ルーによって鎧袖一触。
そもそも、ルーの存在に恐れを為して姿を現さないものが大半。
かくして、千尋とルーは共に、初見のダンジョンを恐るべき速度で逆方向に攻略して行って。
「千尋様、何やら死体一歩手前の者が倒れていますね」
「は???」
その道を塞ぐように。
不運を演出するように。
腹部から致死量に近い血液を流す男子生徒――――ピエール・ノース・クロワッサンの姿があった。




