表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/58

第52話 魔術祭

 魔術祭とは、魔術の研究発表会である。

 故に、生徒たちの発表会であっても、一定の格式というものがある。

 祭、と付いていたとしても、その実態は賑やかで楽しげなものではない。

 賑やかなのは、多くの人が集まる雑踏によって。

 生徒の発表を楽しむ者も居るだろうが、主に生徒たちは緊張と聴衆からの質問への対処で楽しむどころではない。


 つまるところ、この魔術祭はミネルヴァ魔法学校の大イベントでありながら、特に魔術の研究に精を出していない生徒たちにとっては、ひたすらに面倒なだけのイベントなのだ。


「……ふぃー、発表終わりっと。あー、面倒くさかった」

「ういー、お疲れ。そっちは人居た?」

「はっはー、居るわけなし。だって、A-2だぜ? 『見る価値の無い研究』用の部屋だぜ? 独演会だったわ」

「だよなー。まぁ、その分、早く終われて楽できるってことで」


 御覧の通り、学年を問わずに、やる気のない生徒は存在する。

 適当に研究を終わらせて、適当に発表して。

 後は、仲間内でひっそりと、外部の魔術師たちの目の届かない場所で休憩。

 『地球世界』から仕入れたボードゲームや携帯ゲームで、撤収作業の時間まで時間を潰すのが例年通りの流れだった。


「ところで、あいつは? ニルメは?」

「ん? 発表終わってから見てないな、そういえば」

「あいつはあれじゃね? 一年生の発表見に行ったんじゃね?」

「あー、麒麟の?」

「いやいや、流石にあれは外部のお偉いさん優先で、席は残ってないだろ」

「じゃあ、残りの三英傑の誰かか」

「一年生でも優秀だからな、あいつら」

「適当に冷やかしに行ったつもりが、マジで感心するしかない内容で凹んでいるとか」

「ははは、ありそうだわー。俺たち落第生ギリギリだしー」


 故に気づかない。

 友達同士であっても気づかない。

 いつの間にか一人、元から目立たない素性の生徒が姿を消していることに。



「さて、事を起こす前に、偉大なる魔王様の研究発表を拝見させていただきましょうか」



 いつの間にか、生徒と成り代わった革新主義者が居ることに。

 今はまだ、生徒どころか、教師の誰も気づいていなかった。




「――――以上でワタクシの発表を終えます。ご清聴ありがとうございました」


 一方、魔術祭から早々に離脱している生徒たちとは異なり、フレイヤは多くの魔術師たちが見ている前で、見事に【精霊武装】に関する発表を終えた。

 無論、その後の質疑応答に関しても、一度も淀むことなく、すらすらと一人前の魔術師以上の態度で対応して見せたのである。

 これには、魔術祭の度に顔出す、目の肥えた熟練魔術師たちも唸らざるを得ない。


「ふぅむ。この年齢で、【精霊憑依】の発展形を目指すとは。末恐ろしい」

「流石はカーライル家のご息女。天才とは聞いていましたが、ここまでとは」

「いやぁ、カーライル家はしばらく安泰ですな」


 関心と賞賛、そして僅かな嫉妬が混じった聴衆の言葉を、けれどもフレイヤの耳は捉えない。

 耳に入っても、頭の中に入らずに流されて行く。


「…………ヒカリ」


 発表を終え、会場から出て行くフレイヤが小さく呟いた言葉は、消えぬ悩みの証拠。

 天原ヒカリ。

 千尋の親友であり、また、フレイヤにとっても紛れも無い親友。

 そして、革新主義者たちがこぞって探す、魔王転生者本人。


「…………」


 その事実に。

 その正体に。

 フレイヤは胸の奥に重い鉛でも投げ入れられたような気分になっていた。


 ――――ヒカリは親友だ。例え、魔王であっても変わらない。


 まず、フレイヤの中には確固たる結論がある。

 これに、こう思えるだけの友情に間違いはない。

 ただ、それを口にするのをフレイヤが躊躇ってしまったのは理由がある。


「ワタクシは知らない。貴方の『重さ』を、まるで知らない…………きちんと知らないと、ワタクシの言葉はきっと、とても軽いものになるわ」


 知らないのだ。

 フレイヤが知っているのは、魔法学校の生徒としてのヒカリのみ。

 その内側に広がる、ヒカリの闇をフレイヤは知らない。

 それを知らないまま、自分の気持ちだけを伝えるのは卑怯だと感じたのだ。


「だけど。それでも、軽くても……ワタクシは何か、ヒカリに言うべきだったかもしれない」


 あるいは、卑怯を知りながらも言うべきだったのかもしれない。

 何があっても、友達なのだと。

 卑怯でも、軽くても、言葉に出すべきだったのかもしれない。

 だが、結局のところは考えても仕方がない『もしも』にすぎないだろう。

 フレイヤは既に選んでしまったのだから。

 何がどうなろうとも、ヒカリの闇に踏み込み、その上で言葉を紡がなければならない。


「…………千尋だったら、どうするかしら?」


 フレイヤは思い出す。

 ヒカリが魔王だと告白した後のことを。

 千尋が戸惑い、困惑し、一からヒカリに説明させて、その後に言った言葉を。


 ――――いや、ヒカリが謝る意味がわからないんだけど!?


 ぷんすか、という擬音が似合うほど、千尋はあの時に怒りを見せていた。

 その態度にヒカリが今度は戸惑い……結局、その場は解散。

 後は魔術祭が開催され、互いの発表が終わるまでは集まることも出来ない。

 もう一度、三人で集まるまでに答えを決めておかなければならない。


「いいえ、駄目ね。これはワタクシがどう答えるのかが大切だから……うん、ワタクシの答えは変わらない。まずは知る。それだけよ」


 だからこそ、フレイヤは己の心に深く覚悟を刻み込む。

 敵前逃亡ならばまだしも、友達の前から逃げることなどあってはならないのだから。



●●●



 獅子の頭を持つ、毛皮のコートを羽織った偉丈夫。

 上から下まで、真っ白な包帯で巻かれた細身の女性。

 ぼうぼうと、青白い炎で象られた人型。

 何の変哲もない、ごく普通のスーツに、銀縁眼鏡の男性。

 ――――その他、色々と。

 明らかに、達人クラス以上の怪物魔術師たちが今、ミネルヴァ魔法学校の講堂に集まっていた。


「では、これより、麒麟との契約、それに伴う魔術の利用に関する研究成果を発表します」


 全ては、千尋の――麒麟と契約した、歴史上初めての魔術師の研究発表を聴くために。


「まず、アタシ――ごほん! 『私』が麒麟を研究テーマと定めた理由ですが……」


 師匠であるクロウには一枚劣るものの、一国の軍事力を左右するような怪物揃い。

 そんな魔術師たちの視線を受けながらも、千尋は毅然と発表を続けた。

 矛盾の魔女であるヒルダから、散々威圧を込めた視線をリハーサルで受けていたため、どうにか耐えきることが出来ているのである。


「次に、私が麒麟に遭遇したと考える理由ですが、これは完全な運として扱わせていただきます。ええ、何せ皆さんも心の中では思っているでしょう? 『なんでこんな小娘の前に麒麟が出て来るんだよ!?』と。はい、その通り、私も同じように思っています」


 時折、卑屈過ぎない程度にウィットに富んだ冗談を混ぜつつ、千尋は順調に発表を続ける。


「それではお待ちかね。この私と麒麟が契約してくれた理由ですが――――はい、その通り。私は諸事情により、徳をかなり高めていまして。過去の資料によれば、麒麟は徳の高い人物の前に現れるとされています。これにより、私は麒麟に触れる権利を得たのでしょう。生憎、サンプル数を確保するにも、麒麟は出会うこと自体が稀な魔物です。あくまでも、確固たる条件というよりも、ジンクス程度に参考にしてください」


 発表の流れが、麒麟の契約に関わることになると、更に千尋に集まる視線が熱を帯びる。

 知りたいのだ、誰もが。

 千尋よりも遥かに魔導の知識を持ち、数百年以上の時を生きる者たちでも、知らないからこそ知りたいのだ。

 どうやったら、麒麟なんて規格外の神獣と契約できるのかを。

 下手に手を出せば、災難を越えた災難により、自分の死どころか一族が壊滅する可能性すら ある、運勢を操る魔物を手懐けた方法を。


「そして、もう一つの理由。麒麟が私の契約を受け入れてくれた方法。私を主――いえ、仕えるべき『王』だと認めてくれた理由。それを発表しましょう。どうか、ご清聴ください」


 緊張が高まる。

 千尋の一挙手一投足も見逃さないよう、怪物魔術師たちは凄まじい集中で耳を澄ませて。



「この携帯ゲームで戦国系シミュレーションゲームをクリアしました」

『『『は???』』』



 それでも、怪物魔術師たちは、己の耳を疑うことになった。


「無論、ただの戦国系シミュレーションゲームではありません。私の地元、『地球世界』で販売されている物の中でも名作とされているシリーズ……その中でも傑作級の代物を用意しました。ただ、ゲームの難易度自体はそこまで高くありません。ある程度、シミュレーションゲームに通じている方ならば、問題無くクリアできるかと。しかし、ただ黙々と麒麟の隣でゲームをすればいいというわけではありません。クリアの目標は、カルマを極限に抑えたエンディングを迎えること。その際、麒麟を退屈させないように実況しながらプレイすること。必要かどうかの検証は残念ながら、他の麒麟の個体を知りませんのでわかりませんでしたが、少なくとも、私は契約する時にそうしました」


 だが、その後に続けられた千尋の説明が、明らかに本気でそう信じている者の言葉だったので、怪物魔術師たちは認めざるを得なかった。

 この鈴木千尋という発表者は、魔術師見習いは、伝説の神獣の隣で、携帯ゲームをプレイするという暴挙をやらかし、その上で契約を結んだのだと。


「では、次に。契約した麒麟による恩恵と、その恩恵を使った魔術ですが――」


 怪物魔術師たちは、千尋の発表を耳で覚えつつも、頭の中では別のことを考えていた。

 即ち、千尋を介して、どのように麒麟と接触するか、である。

 何せ、麒麟が持つ魔術――否、固有魔法は、誰もが喉から手が出るほど欲するもの。

 運勢という、未だ人類には扱い難いものを、容易く扱えるようにしてしまうもの。

 仮に、人間の魔術師が麒麟と同じように運勢を曲げるとしたら、千尋が【運否天賦】に使う魔力の――――五千倍以上の消費が必須となるだろう。

 とてもではないが、実用的ではない。

 だからこそ、怪物魔術師たちは虎視眈々と千尋という少女を観察する。

 体型。年齢。行動の所作。その所作からにじみ出る性格。その他、魔力の性質から、可能な限り多くの情報を読み取ろうとする。

 全ては、麒麟という利点をその手に掴むために。


「ご清聴ありがとうございました。以上で私の研究発表を終えたいと思いますが、ここで一つ。皆様に注意がありますので、よく聞いてください」


 だが、怪物魔術師たちの欲望に満ちた視線を受けても、千尋は冷や汗一つ流さない。

 それどころか、不敵な笑みを浮かべたまま、堂々と宣言する。



「『アタシ』は、いつでもどこでも、誰の挑戦も受ける。ただし、絶対にタダでは返さない。麒麟の恩恵が欲しかったら――――死力を賭して、挑んで来い」



 己よりも遥かに格下からの、滑稽なほどの挑発染みた宣言。

 その言葉を受けた怪物魔術師は一瞬、毒気を抜かれたように目を丸めて。


『『『(ふん、可愛らしいほどに無謀な奴め。だが、その無謀さは嫌いじゃない)』』』


 年下魔術師からの不遜な挑戦が大好物な彼らは、いっそ滑稽なほどに容易く、千尋に対する好感度を上げた。

 どうやら、千尋の思惑とは全く異なる方向で、千尋に対して無体な真似をする輩は居なくなりそうである。




「ではでは、今後の『天球世界』の行く末を占う博打を始めましょう」



 そして、千尋の発表が終わるとほぼ同時に、異なる場所で発表していたヒカリの発表も終わり…………革新主義者による一世一代の即興劇が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ