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第50話 オリジナル魔術

 契約を交わしたからと言って、麒麟は千尋に対して絶対服従しているわけではない。

 千尋自身も語った通り、麒麟が力を貸す割合は、麒麟が千尋を認めた分だけ。

 今の千尋が扱える麒麟の力は、最低限のものとなる。

 もっとも、その最低限の力であっても、千尋にとって――否、『天球世界』に於ける大多数の魔術師にとって、値千金の代物なのだが。


「――――【運否天賦】」


 修練場に一人立つ千尋は、皮肉に溢れた魔術名を唱え、コインを弾く。

 りぃいいいいん。

 コインは何十回も回転した後、床に落ちて転がった。


「表」


 千尋は小さく呟いた後、転がって行くコインの行く末を見守り…………やがて、コインは千尋が宣言した通り、表面の獅子の模様が描かれた面で止まった。

 これは予言ではない。

 ただの運である。


「表」

「表」

「表」

「表」

「表」


 何度も、何度も、望んだとおりに二分の一を当て続ける。

 その果てに、どれだけの運の負債を重ねようとも。

 それを自分以外の対象に押し付けて、最悪の運勢――【ファンブル】にする。

 それが、千尋が麒麟から現段階で受け取っている使用可能な力……それを利用した魔術である。

 組手の際、シュエンが空瓶を踏んでしまったのも、千尋が【運否天賦】によって不運を押し付けていたからだ。

 …………ここだけ聞けば、破格の能力に思えるかもしれない。


「んー」


 千尋は手に持ったコインを頭上高くに放り投げて、「ばぁん」と魔弾で撃ち抜く。

 わざと、コインの破片が周囲にばら撒かれるように。


「…………やっぱり、数が増えると駄目か。そこまで上手くはいかない、と」


 千尋は降り注ぐ破片が勝手に避けるように【運否天賦】を発動させるが、まるで舞い散る羽毛でも掴んだように手ごたえがない。

 意味を為していない。

 結果、降り注ぐ破片は千尋の下にも到来し、魔力の障壁によって防がれることになった。


「二分の一は普通に。三分の一は魔力消費が大きい。四分の一は無理……んー、まぁ、使えないことも無いけど。どちらかと言えば、運の負債を押し付ける【ファンブル】の方が使い勝手が良いんだよなぁ」


 千尋の【運否天賦】は、運勢を操る類稀なる魔術だ。

 占術や祈祷のように、天地の力を借りるわけでもなく、神格の権能に頼るでもなく、運勢そのものを操る魔術だ。

 しかし、だ。

 千尋の魔術は未完成。

 オリジナルであるが故に、まだまだ改良の余地がある。

 そのため、今すぐ戦闘に利用するのは中々に厳しいものがあった。


「でも、この【ファンブル】もなぁ……早く負債を押し付けないと自分に不運が降りかかるし。負債が大きければ大きいほど、保持できる時間が少なくなるし……うーん、使いどころは見極めないとなぁ」


 加えて、運の負債を押し付ける【ファンブル】にも、様々な制限がある。

 そもそも、作ったばかりのオリジナル魔術など欠陥だらけだ。

 今、確認している分の制限だけではなく、他にも面倒な欠陥があることは確実だろう。

 最低限、魔術祭で発表するためには、もっと試行錯誤を繰り返し、多くの制限や欠陥を削ぎ落して行かなければならない。

 そう、問題は山積みである。


「いや、でも……確か、シュエンのアドバイスによれば……」


 だが、ここで安全マージンを取った研究に留まるような人間が、『天球世界』に飛び込み、最強の魔術師の弟子になるわけが無い。


「そうだ。麒麟の能力一つで完結する必要はなかった! これはあくまで、一つのフック……ううん、組み立てを始めるための最初の一枚にして……」


 千尋は修練場の床に座り込み、ぶつぶつと何やら考え始める。


「できれば、幸運と不運のバランスを……負債を押し付けることも前提とした魔術の組み合わせにして……ああ、確か、このやり方はカードゲームが参考になるなぁ、うん。カードの組み合わせを契約魔術の組み合わせに直して……」


 そこにはもう、他者の評価に悩む新米魔術師の姿は無い。


「ふ、くくくっ……よし、よしっ! 繋がった! そうそう、これこれ! この感覚だよ! きっとビリー先輩もこういうことを言ってたんだ! こういう楽しみを見出せる魔術を研究する! これこそが魔術祭の醍醐味なんだ!」


 あるのは、好奇心のままに魔術の深淵へと足を踏み入れる冒険家のみ。

 そう、今の千尋は奇しくも、冒険に旅立つ日の母親とそっくりの表情をしていた。



●●●



「ふふん」


 数日後。

 千尋は学校地下のコロッセオにて、友達二人を前に誇らしげに胸を張っていた。

 その目の下に、薄く隈を浮かばせて。


「千尋、体調は大丈夫? なんだか寝不足に見えるけれども?」

「ふふっ。ぶっちゃけ、アタシは寝てないよ、フレイヤ」

「うん、寝なさい? 寝不足のままオリジナル魔術を使うとか、控えめに言っても事故の元でしかないわ」


 心配そうに言うフレイヤへ、千尋は『想定済み』とばかりににやりと笑う。


「モーマンタイ。アタシは既に、魔術の失敗に備えて、ヘルメス先生に控えて貰っている!」

「うん? …………あー、なるほど。今、ようやく透明化して気配を消していたヘルメス先生に気づいたわ。でも、なんでわざわざ隠れていたの?」

「アタシの尻は拭いてくれるけど、ギリギリまでは放置するんだってさ」

「相変わらず、顔に似合わずスパルタね、ヘルメス先生は」


 フレイヤは「ふぅ」とため息を吐いた後、隣に居るヒカリへ目配せした。

 すると、ヒカリは『こんなこともあろうかと』と言わんばかりの準備の良さで、懐から薄緑色の液体の入った試験管を取り出す。


「仕方ないですね、千尋。これ、飲んでください。眠気覚ましと体力回復、集中力強化のポーションですので」

「んお? いいの?」

「はい。通信魔術で連絡が来た時、妙にハイテンションな声だったので、薄々『徹夜しているんだろうな、あの馬鹿』と思っていたので」

「馬鹿でごめんね、ヒカリ」


 千尋はヒカリから受け取ったポーションを一息の飲み込み、「ぷふぅ」と気の抜けた吐息を一つ。


「――うん、しゃっきりした」


 その後にはもう、先ほどまでの浮足立った態度など残っていなかった。

 凛々しく表情を引き締め、適度な緊張を保つ千尋の姿がそこにあった。


「……ヒカリ、合法かしら?」

「私が千尋に害のあるものを飲ませるわけありません」

「合法かどうかについては返答されてないのだけれども?」

「フレイヤ、そんなことよりも千尋の魔術実演が始まりますよ」


 釈然としない表情ながらも、フレイヤはヒカリと共に沈黙。

 期待と疑念の視線を千尋に向けて、その時を待つ。


「じゃあ、始めるよ!」


 そして、千尋のオリジナル魔術の実演が開始された。


「【運否天賦】」


 魔術の宣言と共に、千尋は懐から二十五枚のコインを次々と弾く。

 そして、それらのコインは全て『表面』を上にして落下。

 おおよそ、通常では考えられない運の偏りが発生する。


「古き盟約に従い、二十五の硬貨と対価として、学び舎の下に訪れよ――『骸骨博徒』」


 次いで、千尋は召喚術によって、この場に骸骨型の魔物を召喚。

 全てが表面となった効果は、その召喚のコストとして消滅した。


『カカカカッ! お主は何を望む!? 望む物に応じて、遊戯は変わる!』


 骸骨型の魔物は、襤褸切れを纏いながらも、首に黄金のネックレス。指にはスカスカの指輪をいくつも嵌めていた。

 成金の骸骨。

 そう呼ばれてもおかしくない、貧相なんだか豪奢なんだかわからない存在だ。


「アタシが求めるのは『首狩りウサギ』の燻製肉!」

『カカッ! よろしい! ならば、遊戯の内容はポーカー! さぁ、カードはワシが準備してやろう! 泣いても笑って勝負! 勝てばお主の望む物を! 負ければ、お主はワシの部下としてしばらくタダ働きじゃ!』


 骸骨博徒は顎の骨を鳴らして、虚空から二組のトランプを召喚。

 千尋と骸骨博徒は、当然のように二人でトランプの山をシャッフル。

 十分に混ぜ合わせたのならば、互いに既定の枚数のカードを引いて。


「フルハウス」

『ぶ、ブタ(役無し)じゃとぉ!? このワシがぁ!?』


 千尋によって押し付けられた不運により、骸骨博徒の運勢がファンブル。

 完膚なきまでに敗北してしまう。


『ええい! 持ってけ、ドロボー!!』


 そして、骸骨博徒は捨て台詞と共に、千尋に油紙で包まれた燻製肉を進呈。

 魔物の中でも獰猛極まりなく、熟練の魔術師でも気を抜けば、魔力障壁ごと首を掻き切られる危険度の高い存在。

 だからこそ、対価にする価値が出る。


「この肉を生贄として、我は望む。風の中に潜む刃。『不可視の牙』を持つ獣よ。汝の力の一端を、我が眼前に示せ!」


 千尋が掲げた燻製肉は、解けるように風の中に消えた。

 代わりに、千尋の眼前に暴風が吹き荒れ、まるで怪獣が地面を食い荒らしたかのような凄まじい傷跡をコロッセオに残す。

 まさしく暴威。

 その威力たるや、半端なドラゴンならば耐えきれず、肉片へと変わってしまうだろう。


「――――以上、アタシのオリジナル召喚魔術【ソリティア】でした!」


 おおよそ、新米魔術師とは思えないほどの暴威を見せつけた千尋は、恭しく頭を下げた後、ちらりと友達二人の様子を窺う。


「なるほど。麒麟の能力によって起点を作り、そこから相性の良い契約条件を重ねていくことで、一時的にでも強大な力を発揮する……悪くないわ。いいえ、ここは素直に見事だと賞賛しておきましょうか」

「凄いです、千尋! 一年生の内に、独自に【連鎖召喚】に辿り着く人は少ないのですよ!」


 フレイヤは素直な賞賛。

 ヒカリは目を輝かせての拍手。

 思い立ってから数日の内で、突貫で作り上げた千尋のオリジナルだったが、フレイヤとヒカリという、一年生の中でも群を抜いて実力のある二人の賞賛を得られた。


「…………っ!!」


 この事実は、千尋の頬を緩ませるには十分過ぎるもので。


「ふっふーん! 当然だ! だってアタシは、最強の魔術師の弟子で――お前ら二人の親友だからな! これぐらいはしないと!」


 千尋は満を持して、安堵と共に二人の前で胸を張ったのだった。




「うわぁあああん! 思ったよりも強力だった! コロッセオの巻き戻し機能が壊れるぐらいに強力な一撃だったよぉ! 二人ともぉ! コロッセオを元に戻すのを手伝ってぇ!!」

「さっきの格好いい貴方はどこへ行ったのやら」

「でも、これでこそ千尋って感じがします」


 なお、想定以上の破壊をやらかしてしまったため、どや顔で決めた千尋はその後、泣き顔で二人に修繕の手伝いを頼み込むことになったのだとか。

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