第49話 ライバルと相談
ばちん、空気が弾ける音が響く。
ばちばちばち、と弾ける音が連続する。
その音の正体は、修練場を駆ける黄金の稲妻だ。
視認すら不可能。
音すら遅すぎる。
空気を割りながら進む黄金の稲妻はまさしく、自然の暴威に相応しい姿だ。
――――上級精霊と【精霊憑依】を発動させたシュエンは、この姿がデフォルト。
真っ当な魔術師ならば、瞬きの暇も与えずに瞬殺する、先手必殺の戦闘スタイル。
「それはもう見た」
「んなぁ!?」
しかし今、シュエンが相対している相手は――千尋は真っ当な魔術師ではない。
人間の反射速度を遥かに超えて。
魔術師であっても易々と反応出来ない雷の速度。
それを体現しているシュエンの魔術を、ぴっと人差し指を立てるだけで対応して見せたのだから。
「な、何を!?」
「アタシはね、友達が【精霊憑依】の先にある【精霊武装】も会得した所為で、それはもうボロ負けしたんだ。だから当然、その対策ぐらいは取ってある」
【精霊憑依】状態が強制解除されたシュエンは、千尋を見上げながら床にしゃがみ込んでいる。ただ、強制解除されたわけではない。何か、シュエンのオドを乱す何かの所為で、未だに立ち上がれずに居るのだ。
「アタシはオドを無色透明の気体に変化させて、お前の体に吸い込ませた。後は、タイミングを見計らって、お前の体内で【黒】を発生させればいい…………まぁ、かなりの荒行だから、効果が出るのはほんの一瞬で、【黒】もすぐに消えるんだけどな」
「……っ! 怪物め!」
あっけらかんと告げる千尋へ、シュエンは戦慄と賞賛の言葉を返した。
他者の体内に取り込まれたオドを起動させる。
言うは簡単だが、それを実行に移すには、熟練した魔力操作の技術が必要となる。
そう、基礎中の基礎である魔力操作。
千尋はそれを師匠の言いつけ通り、きっちりと修練を重ねたからこそ、【精霊憑依】に対する対抗術を開発することが出来たのだ。
「怪物? 違うね、アタシは怪物じゃない、ただの凡人だ……本当の怪物っていうのは! アタシが夏休みで成長したかと思ったら! あっさりとそれを上回るような奴だよ!!」
「お、おう……なんか大変そうだな?」
「でも友達だから! アタシの親友だから! 心が複雑だけど!」
「…………組手、続けてもいいか?」
「うん!!」
千尋の愚痴が入ってしまったが、シュエンは気を取り直して組手をやり直す。
「ま、俺もそろそろ【精霊憑依】だけで戦うのはダサいと思っていたところだ――新技を見せてやるよ、千尋」
ばちばち、と再び修練場内に雷の音が響く。
けれども、それは目を焼くような雷光を発させない。
ただ、シュエンの肉体に僅かに帯びるような黄金の輝きがあるのみ。
「行くぜ?」
黄金に輝くシュエンが跳ぶ。
けれども、それは雷化ではない。【精霊憑依】ではない。
人間の肉体のまま、シュエンは千尋の懐へと飛び込んで。
「雷「身体「分身「黄金「光」強化」四つ」呪縛」
詠唱が重なった。
いつの間にか、シュエンの姿がぶれて、四つ分の姿が現れたのだ。
重なった詠唱は、四人のシュエンが同時に詠唱したもの。
だが、その中で本物は一人。
残りは中身の無い映像に過ぎない。
つまりは、多重詠唱の処理をするシュエンの脳は一つ。
本来ならば、二つの魔術を同時に行使するだけでもそれなりの負荷がかかる脳はけれども、シュエンが己の身に浴びせた黄金の雷の効果により、神経伝達を越えた高速処理が可能となる。
「「「「縛り上げろ」」」」
四人のシュエンが声を揃えて、四本の黄金の鎖を出現させる。
それは一本一本が独立した生命のように千尋の下へ伸びて行き、その手足をからめ取ろうとする。
「ふん。こんなの、【黒】を使うまでも無い。【韋駄天】で……んお?」
その動きはさほど早くなく、千尋は余裕をもって回避しようとした。
だが、動かない。
千尋の手足はいつの間にか、痺れて動けなくなっていた。
「お返しだぜ、千尋」
「……あー、そっかぁ。そっちが新技じゃなくて――」
「そう、地味な新技だろ? 奇しくもお前と同じコンセプトだ」
千尋は自身の体に目を凝らす。
すると、髪の毛一本分ほどの太さしかない黄金の針が、無数に手足に突き刺さっていることに気づいた。
「【黄金の針】だ。お前の【黒】ほどじゃないが、相手の経穴を突いて、一時的にオドの使用を困難にさせる」
「……ぐっ!」
「わざわざ、こんなに派手にびかびか光って、多重詠唱なんてしたのは、この仕込みが有効になるまで気づかせないためだ」
がくり、と膝を突く千尋。
そんな千尋を見下ろし、四人から一人に戻ったシュエンは悠々と歩み寄る。
「さぁて、まずは一勝。リベンジさせてもらうぜ」
そして、千尋の意識を刈り取るため、雷を振り下ろさんと手を掲げて。
「――――悪いが、既に【運否天賦】は発動している」
『運悪く』足元に転がっていた謎のガラス瓶を踏みつけ、シュエンは盛大に転倒して後頭部を強打。
千尋に勝利する前に、自爆して敗北した。
「…………うわ。本当に組手前に適当に転がしていたガラス瓶の一つが機能してる。こわっ」
なお、その事態を起こした千尋は、自身が開発した『オリジナル魔術』の効果に、ドン引きしているらしい。
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「――――とまぁ、こんな感じの魔術を開発してみたんだけど、どう?」
「…………ずるいの一言に尽きるな」
『クォー?』
「いや、ずる過ぎる。何をどうしたら、麒麟なんて魔物と契約出来るんだか」
シュエンが千尋と会う時の定番になっている組手を終えると、二人は揃って修練場の床に座り込んでいた。
そして、その二人の隣には、千尋が最近契約を交わしたばかりの麒麟が居る。
「ふっ。何を隠そう、アタシは出会いに恵まれている人間! つまり、契約術の適性があるんだぜ! そんなことを学校の先生が言ってた」
「運……運かぁ。俺に足りない物筆頭過ぎて笑えて来る。ここまでくると、いっそのこと清々しいわ。嫉妬も湧かない」
いつも負けん気の塊のようなシュエンであるが、今は千尋の前でがっくりと項垂れていた。
だが、それも仕方が無いだろう。
自分と実力が拮抗しているライバルが突然、麒麟などという幻の魔物と契約を交わしていたのだ。そこに敗北感を覚えてしまうのは仕方のないことだった。
「…………いや、そうか。運、か」
ただ、そこで凹むだけで終わらないのがシュエンである。
「なぁ、千尋?」
「なぁーに? シュエン。言っておくけども、麒麟を触る時はちゃんと相応の礼儀が――」
「麒麟が他者に幸運を授けるという伝承は本当か?」
真剣な声色だった。
先ほどまでの落ち込んでいた時とは異なる、冷たさを感じる真剣な言葉だった。
「んんー」
シュエンの意図は、千尋にはわからない。
夏休み前に出会い、そこから何度も組手を重ねた相手だが、シュエンの事情を千尋は知らない。けれども、単純に麒麟の幸運に目がくらんでいるだけのようには見えなかった。
「アタシと麒麟は契約を交わしたって言っていたけどさ。全ての力をそのまま貸してくれるわけじゃないんだよね」
「……というと?」
「麒麟はアタシが力を貸すに相応しい人間になったら、その分だけの力を貸してくれる感じなの。だから、今、アタシが使えるのはさっき見せたオリジナルの魔術だけ。意図して幸運な結果を引き寄せる、とかはまだ難しい」
「そう、か」
千尋の言葉は真実だ。
故に、シュエンもすぐにその事実を飲み込み――――思いついたように問いを投げかける。
「それは、『今はまだ難しい』ということでいいのか?」
「ん、まぁね。段々と麒麟に認められて、アタシもあの魔術の研究を重ねれば、いつかはそういうことも可能になるかも? でも、今のペースだとどこまでかかることやら」
ははは、と肩を竦める千尋に、シュエンはすっと紙片を差し出した。
「うん?」
見ると、それは小切手と呼ばれるものだった。
「研究に必要な資金を支援する。そこに必要な金額を書いてくれ」
「ごっほ!? は、はぁ!? いきなり何を!?」
「協力させてくれ。俺にはお前が麒麟の契約者として成長してもらった方が都合がいい。頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいことぉ?」
小切手の衝撃が抜けきらない顔で、訝しくシュエンを見つめる千尋。
「ああ」
そんな千尋へ、シュエンはいつになく真面目な顔で答えた。
「俺の一族を滅ぼした仇の居場所を探し出したい」
思わぬ言葉だった。
千尋が思わず顔を顰めてしまうほど、真面目で重苦しい話だった。
「言っておくけど、麒麟は幸運とか吉兆を司る存在だよ? シュエン、お前の復讐がお前自身の幸福に繋がらないと判断した場合、麒麟は協力してくれないかもしれない」
「うぐっ」
「だからまぁ」
千尋は一般人だ。
千尋には復讐者の気持ちはわからない。
千尋は今までで、誰かを殺したいほど憎んだことなど無い。
けれども、だからこそ、千尋は今できる自分の感性で最大限の助言をシュエンに告げる。
「アタシが麒麟に認められるまでに、しっかり考えておいてよね。復讐が終わった後でも、幸せになれる人生プランって奴を」
「…………復讐が、終わった後」
にぃ、と不敵な笑みと共に告げられた言葉に、シュエンは困惑する。
だが、ここで否とは答えられない。
シュエンの目的のためには、幸運が必要だ。それでも、『姿形も覚えていない復讐相手を探し当てる』ほどの幸運が。
「わかった」
シュエンはしっかり頷いて、千尋と目を合わせる。
「約束しよう。俺は復讐を終えても、幸せになって見せる。そのための計画を今から考えて見せる、と」
「よろしい。だったら、アタシも協力するのはやぶさかじゃない」
不敵な笑みが緩み、千尋の表情がいつも友達に向けている柔らかなものへと変わった。
その移り変わりに、シュエンは何度か目を瞬かせて。
「そして、アタシの師匠は最強の魔術師なので、お金とかに全然困ってませーん! アタシがおねだりすれば、鍛錬に必要なものなら買ってくれますぅー! そんなわけで! シュエンにはお金じゃなくて、体で払ってもらおうか!」
「は? 体???」
「イエス! もちろん、肉体労働の方でね! さぁさぁ! 大人しくアタシのオリジナル魔術の実験台となるのだぁー!」
「別にいいが、流石に死ぬようなのは勘弁してくれよ?」
「このアタシが、協力者を死なせるような間抜けだとでも!? つーか、そんな危険な実験とかするわけないし!」
けれども、そのすぐ後に訪れた騒々しいやり取りの所為で、直ぐにいつも通りの姿に戻ったのだった。
この時、シュエンが感じた想いの種が、どのように芽吹くのか? あるいはそもそも、そんなものは無かったりするのか?
その答えがわかるのは、今よりももっとずっと先のことである。




