第48話 友達と相談
とぽん、とみそ汁の入った鍋に、湯剥きされたトマトが丸々一つ投入される。
その効果のほどは、程よい酸味と旨味を追加。
一見、みそ汁とトマトは合わないように思えるが、隠し味程度に留めるのであれば、意外と組み合わせは悪くない。
特に、ヒカリという料理上手による味の調整が為されているのならば。
「んー、こんなものですね。後は、豆腐ハンバーグとヒジキの炒め物に、キンキンに冷やした緑茶と」
割烹着姿のヒカリは、手際よく料理を盛った皿を友達の前に並べていく。
しかし、この場は食堂ではない。
それもそのはず。食堂ではこのように凝った料理は出されない。精々がインスタントの味噌汁と総菜の卵焼き程度だ。食事に力を入れていないミネルヴァ魔法学校の朝食は、特にクオリティが酷い。
従って、ヒカリは毎朝、調理室を借り切って友達二人に――千尋とフレイヤに朝食を振舞っているのだ。
「ふっふーん! 今日もヒカリの作るご飯が美味しい! 幸せ!」
「うん、今日も美味しいわ。いつもありがとうね、ヒカリ」
ヒカリが作る料理のクオリティは高い。
しかも、三食きっちりとバランスを考えられた献立の上、飽きが来ないように和洋中華様々な料理を用意してくれるのだ。
ヒカリとフレイヤの二人は、一年生の中でも間違いなく、群を抜いてクオリティの高い食生活を送っていた。
「ふふふっ。そう言ってもらえて何よりです……というか、毎朝律儀に言わなくてもいいのですよ? 料理の材料も二人のお金から出ていますし」
「いいえ。こういうのはきちんと感謝を言葉にすることが肝心よ」
「そうそう! 料理の材料代程度では、全然、この料理のクオリティに対する感謝が釣り合わないからね! アタシはどんどん、毎日でも心を込めてお礼を言う所存だよ!」
「んもう……二人とも律儀過ぎて困りますね」
口では呆れつつも、ヒカリの表情は緩んでいる。
どうやら、二人の感謝の気持ちはきっちりと料理人へと伝わっているらしい。
「こほん。そんなことよりも、二人とも。魔術祭の準備は大丈夫ですか? そろそろ研究概要の提出締め切りが迫ってきていますが」
そんな照れくささを誤魔化すために、ヒカリは真面目ぶって話題を振る。
「愚問ね。ワタクシはとっくの昔に、【精霊憑依】と【精霊武装】に関する研究で提出済みよ」
「フレイヤはそうですよね。普通に優等生という感じです……問題は」
ちらり、とヒカリが問題児の顔を窺う。
「ふっふーん!」
けれども、その問題児――千尋は自信満々に笑みを浮かべていた。
つい最近まで、魔術祭の話題が出たら露骨に肩を落としていた千尋が、だ。
「心配は無用だぜ、二人とも! アタシは昨日、ヘルメス先生の助言により、自分が契約術に向いている人間だと自覚したからね!」
「「え、今更??」」
「そう、今更!」
「コミュ力が極まっていて、私を初日で誑し込んだのですから、そこはもっと早く自覚してほしかったです」
「ワタクシのマスターなのだから、契約術に適性があるのは当然でしょう?」
「いや、アタシとしては友達が増えただけの感覚だったから」
「「…………はぁ」」
「やめて。呆れたように溜息を吐かないで? そ、それよりも、ほら!」
千尋は思いの外友達の反応がシビアだったので、慌てて話を先に進める。
「アタシの研究内容を聞いて!? ねぇ、聞いてよ!」
「……ええと、どんな研究内容なのですか?」
「ふっふーん! それはね!?」
明らかに気遣ったヒカリの問いかけに、千尋は自信満々に答えた。
「物凄く珍しい魔物と遭遇して、その魔物との契約方法を模索する研究だよ!」
「…………うん」
自信満々な千尋の発言に、ヒカリは即座に言いたいことを十個ぐらい飲み込んで、たっぷりとオブラートに包んで問いかける。
「ええと、具体的にはどんな魔物と遭遇する予定なのですか?」
「未定」
「未定!? 一番大切なところなのに!?」
「いや、そこは一番大切なところだからこそ、二人に相談して決めたいと思って」
あっけらかんと告げる千尋に、友達二人は揃って『マジかこいつ』という目を向けていた。
「ほ、ほら! アタシは『地球世界』出身だし! 未だ、あっちの世界の感覚が抜けないところがあるから! 本当に危ない魔物とかの生息地に突っ込んでいきそうになるかもだし! そうなったら駄目でしょ!? だからね、早めに二人に相談しようって!」
「……まったくもう。仕方ないわね、千尋は」
「そうですねー。私たちがついてないと駄目ですね」
慌てて弁解する千尋に、そんな千尋を呆れ交じりに、けれどもどこか嬉しそうに受け入れる友達二人。
なんだかんだ、千尋、フレイヤ、ヒカリの三人は良いトリオなのである。
少なくとも、互いが互いに愛想が尽きない程度には。
「とりあえず、物凄く珍しい魔物で危険度が少ないといえば……麒麟ね」
「そうですね。一生に一度でも目にすることが出来たら、その後の幸運が約束されると言われているほど希少な魔物ですけれども」
「まず見つからないけれども、言い伝えではかなり温厚な魔物という話だから、危険性は無いんじゃない?」
「毎日は無理ですけど、一応、私たちも暇な時は一緒に探してあげますよ」
フレイヤとヒカリは苦笑交じりではあるものの、確かに協力を約束する。
もっとも、最初に麒麟を選んだのは、明らかに遭遇するわけがない魔物を指定することで、一旦、無駄足を踏ませて千尋の冷静さを取り戻すための策略なわけだが。
「本当!? ありがとう、二人とも! やっぱり、持つべき者は親友だぜ!」
そんな思惑があるとはつゆ知らず、千尋は満面の笑みで二人の申し出を歓迎するのだった。
そして、翌日。
『クォーン』
「あ、居た」
「「!!???」」
千尋は物凄く普通に、伝説上の魔物である麒麟を発見した。
●●●
『地球世界』の伝承では、麒麟という存在は類まれなる神獣である。
非常に縁起の良い存在であり、徳のある統治者や、歴史に影響を及ぼすような偉人の前にしか現れない。もしもその姿を見ることが出来たのならば、それは類まれなる幸運であることが証明されるような、幻想上の存在だ。
そして、『天球世界』に於いても、麒麟はとてつもなく珍しい魔物である。
魔術師が一生に一度、姿を見かけることが出来れば幸運極まりない。
ほとんどの人間が、その姿を見ることなく死んでいく。
また、『地球世界』の伝承と同じように、人徳のある偉人、または歴史に名前を残すような魔術師の前にしか姿を現さない。
魔術で無理に探そうとしても、麒麟は運勢や確率に関わる魔法を持っており、見つかることは皆無。人生を賭けて見つけようとした魔術師は何人も居るが、その大半が一度も目にすることも無く人生を終えることが多々ある存在だ。
「わー、伝承通りだー。鱗のある胴体と、顔がなんかいかつい。角かあるし、竜とか鬼っぽい。後、全体的に黄金で派手だなー。あははは、こんなに派手なのに発見難易度が一番高い魔物とかー」
『クルルルルゥ』
そんな存在が、麒麟が今、千尋の眼前でのんびりと座り込んでいた。
「「…………???」」
その光景を目にして、『天球世界』出身のフレイヤとヒカリは混乱していた。
そう、何せ麒麟である。
正直、絶対に見つかることは無いだろうな、と思っていた魔物である。
しかも、発見した場所は魔法学校から少し離れた山の中だ。徒歩十五分ほどの距離にある場所だ。とても近所だ。
野生の鹿や妖精探すようなノリで、『こういうのは意外と近くに居たりするもの!』と探し回っていた千尋を、二人は微笑ましくも生暖かい目で見守っていたはずだ。
それがまさか、こんな戦慄するような光景に出くわしてしまうとは思いもしなかっただろう。
「おーい、お前、何か食うかー? あ、人参、人参食べるかー?」
『ブルルルルッ。バクッ』
「あ、食べた」
『ムシャムシャムシャ』
「割と勢いよく咀嚼するね、お前」
まさか、千尋が牧場のふれあいコーナーのノリで餌付けすることがあるとは夢にも思わなかっただろう。
「「……はっ!?」」
しばしの間、放心していた二人だったが、あまりの光景に逆に正気を取り戻した。
酷過ぎるショック療法である。
「ち、ちちち、千尋! あ、あれ、あれあれ! あれを使いなさい、今すぐ!」
「んー? フレイヤ、あれってなーにー?」
「あれはあれよ!?」
「落ち着けってばー」
「契約の指輪! 契約の指輪ですよ、千尋! あの指輪なら確実に契約を結べます! 今こそ使う時ですよ!?」
「ああ、あれって契約の指輪だったんだ。ありがとう、ヒカリ。そして、フレイヤ慌てすぎ」
けらけら笑っている千尋だったが、フレイヤとヒカリはそれどころではない。
まさしく千載一遇を越えた千載一遇。
輪廻が七度廻っても、到来しないような幸運が今、千尋の眼前に訪れているのだ。
千尋のあり得ない遭遇運が、麒麟を引き寄せたのだ。
二度目があるかはわからない。
否、二度目なんてあるはずがない。
今すぐに契約して麒麟を確保すれば、千尋は魔術祭の名誉どころか、『天球世界』の歴史に残る魔術師になれるだろう。
「でも、駄目だぜ、二人とも。今は魔術祭に向けての研究中なんだからさ。契約の指輪なんて使ったら、発表の時に困るだろー? そんな便利アイテムを使って珍しい魔物を捕まえました、なんて適当な発表したら師匠に怒られちゃう」
「怒られない! 怒られない!」
「むしろ、絶対に褒めてくれるから!」
「またまたー」
「「こ、こいつ……」」
「まぁまぁ、落ち着いてくれ、二人とも。一応、アタシにも考えはあるんだよ」
出身世界の違いの所為か、明らかに千尋は事の重大さを理解していない。
その意識の違いに二人は思わず、『いいからやれ!』と叫びたくなるがぐっと我慢する。
何せ、麒麟という魔物は運を操る規格外中の規格外の魔物だ。
どんなきっかけで、その場から消え去るか判断がつかない。
余計な刺激となる行動など、出来るわけが無いのだ。
「これでもちゃんと調べて来たんだ……『地球世界』の伝承では、麒麟は徳の高い王の下に現れる。つまり、徳の高さと王の器が肝心ってわけ。そして、アタシはついこの間、世界を救ったばかり。徳の高さは十分。後は王の器が必要ってこと……でも、アタシは知っている。アタシは凡人。アタシに王の器なんてない。だから!」
一方、千尋は気持ちよく持論を展開しながら、そっと懐から一つの携帯ゲーム機を取り出す。
「今から戦国系シミュレーションゲームで、カルマ値を極限まで抑えて天下統一する!」
「「何故に!!?」」
「王の器を示すため!」
「「それで!!?」」
「どうせ、麒麟と契約できた魔術師の情報なんて皆無なんだ! なんでも試してみる価値はあるぜ!」
「「そうかなぁ!!?」」
かくして、ツッコミに回る友達二人と麒麟一匹に見守られながら、師匠経由で一旦『地球世界』に戻って調達して来たゲームの攻略が始まった。
「うぉおおおっ! 王は攻略本など読まない! それは何か卑怯だから! ノーミス初見プレイで! アタシはクリアを――あ、駄目だ。普通に人材がクソ。リセットしまーす」
「千尋! 良いの!? それって徳のある行動なの!?」
「そうですよ!? 攻略開始即リセットとか、麒麟的にはアウトの可能性も!」
『クォーン』
「大丈夫。『実況プレイに於ける最初の厳選作業は定番』って言ってる気がする」
「「そうかなぁ!!?」」
「でも、退屈させるのも駄目だよね。ということで、雑談挟みながら厳選作業しまーす」
「「実況配信のつもり!!?」」
それは長い戦いだった。
具体的に言えば五時間ほどかかった戦いだった。
千尋は幾度も敗北を繰り返しながらも学習し、ついには『賢王』の称号を得て、ゲームクリアをするまでに至ったのである。
「っしゃあ!!」
「あ、終わったの?」
「おー、おめでとうごさいまず」
『クォー』
「アタシ以外、全員が飽きている!?」
もっとも、流石に日が暮れるほどの時間が過ぎれば、他の面子は完全にだれてしまっているのだが。
麒麟などは、完全に寝っ転がって雑草を食んでいるような有様である。
とても神聖な魔物には見えない。
「と、ともあれ! ともあれだ! これでアタシに王者の資質があると示せたはず!」
「そうかしら?」
「千尋、ボケが長いですよ?」
「ボケじゃないやい! 見てろ! 今から、アタシがやってやる! 無事に契約を交わして、麒麟の背中に乗って、魔法学校へ凱旋だぁ!!」
千尋は五時間ゲームに集中していたためか、血走った目で麒麟に躍りかかる。
その姿は実にフラグが溢れていて、フレイヤとヒカリは静かに、この作戦の失敗を悟ったのだった。
そして、三十分後。
『クォーク』
「…………アタシもマジで契約できるとは思わなかったなぁ」
「「????」」」
困惑する友達二人を引き連れ、麒麟に乗りながら魔法学校に凱旋する千尋の姿があった。




