第47話 遠回りの後に
「あ、そうそう。千尋さん。色々と話したけどね。結局のところ、僕は自分のやりたいようにやるのが一番だと思うよ?」
「やりたいように、やる?」
「うん。僕も一年生の時から竜殺しについての研究を発表しているからね。でも、その結果は割とお粗末で……兄さんに比べたら月とすっぽんというか……あはは、でも、僕はこの研究を止めるつもりはない。だって、僕はこれが好きだからね」
「竜を殺すことが?」
「あははは、そうじゃなくてさ。過去に竜を殺そうとした人たちが、どんな想いと覚悟で準備したのか。そういうのを知るのが、僕は好きなんだよ」
「ほむ。歴史の浪漫という奴ですか?」
「あははは、そうそう、そんな感じ……だから、君もやりたいことをやるのが良いと思う。もちろん、『誰かに認めてもらいたい』という気持ちも大事だけどね?」
「むーん……ご助言、感謝します」
頼りになる先輩からのアドバイスを、千尋は自室に帰っても反芻していた。
「アタシのやりたいこと、か」
今は同室のヒカリも居ない。
最近は自分の研究室に籠って、何やら色々と研究しているからだ。
恐らく、魔術祭に向けての準備であり、意欲的に動いているヒカリへ、千尋は素直に感心していた。
その実、研究内容は魔術祭に向けてのものではないのだが、それを千尋が知る手段は無い。
従って、千尋は『寝る間も惜しんで研究室に向かう勤勉な優等生』であるヒカリの行動に、若干の焦りを感じていた。
ただでさえ賢いヒカリがあそこまでしているのだから、自分も早くテーマを決めて研究に取り掛からなければ、と。
「強くなりたい……のは、うん。今更過ぎるし。今、考えてもどうにもならないことだし。何度も考えたことだし。今は一旦、そういうのは無しにして、と」
ごろり、と自室のベッドの上で寝転がりながら、千尋は考える。
自分のやりたいことは何だろう? と。
「アタシのやりたいことかぁ」
千尋は頭の中にやりたいことを思い浮かべる。
友達と遊びたい。
色んな『天球世界』の観光地を巡りたい。
美味しいものを食べたい。
ヒカリから美味しい料理を教わりたい。
『天球世界』ならではの料理も知りたい。
久しぶりにゲームもやりたい。難易度の高いアクションゲームで遊びたい。いや、風景を眺める感じののんびりとしたゲームも良い。
――――正直、やりたいことは無数にある。
そう、千尋は凡庸な人間らしく、それなりの欲望をそれなりに持っている。
けれども、それがどう研究に繋がるのかがわからないのだ。
「むーん。ビリー先輩みたいに、『これ』っていうのがあればなぁ」
千尋の中には好奇心がある。
冒険心がある。
母親譲りの、凡庸から外れた精神性がある。
けれども、千尋の自覚は薄い。
これは、過去に千尋が母親によって散々冒険に連れまわされたことによる、一種の防衛反応だ。この防衛反応さえなければ、千尋は特に悩むこともなく、研究内容を決めることが出来ただろう。
もっともその場合、研究内容は『天球世界』の未知を探求する、危険極まりないものになっただろうが。
「ビリー先輩は竜殺し。フレイヤは精霊術。ヒカリは錬金術。アタシは……アタシは」
んむむむ、と唸り声を上げる千尋だったが、そこでふと思いついたように体を起こした。
「そうだ! こういう時こそ、先生を頼るべき時!」
千尋は他者を頼ることに躊躇いは無い。
何故ならば、元々が凡庸だからだ。一人で何でもできる人間ではないからだ。
その上、幼少期の冒険で『凡人が下手に意地を張ると本当に死ぬ』ということを骨身に染みて理解している。
故に、千尋はこの悩みを解消するため、他者を頼ることにしたのである。
ミネルヴァ魔法学校に勤務する、優秀な教職者たちを。
「アタシ自身が良く理解できていなくても、先生たちなら! 今まで色んな生徒を教えていた先生たちなら、アタシの適性がわかるかもしれない! うん、そうだよ! アタシ自身の適性がわかれば、自ずとアタシに出来ることもわかるだろうし、やりたいことを考えるための指針になる! そうと決まれば!」
しゅば、と千尋は機敏な動きでベッドから飛び降りて、そのまま自室を出て行く。
目指すのは職員室。
ミネルヴァ魔法学校の教員たちが集まる場所だ。
「……うん? ああ、基本的に放課後は自分の魔術の研究をしているから、基本的には職員室に居ないから、あの人たち」
「そーなんですか!?」
ただ、実際に職員室へ訊ねてみても、居たのは職員室を掃除する事務員が一人。
さりとて、今更千尋がこの湧き上がったやる気を止めることなどできず、教職員を探すため、校舎の探索を始めることにしたのだった。
そう、割と危険が多い……下手をしたら、地下のダンジョンよりも危険度が高い、ミネルヴァ魔法学校の校舎を。
●●●
千尋も魔法学校で数か月を過ごした生徒である。
流石に、入学初日のように、明らかに危険な場所へ突っ込んで、死にそうな目に遭うような真似はしない。
そして何より、千尋は今まで授業を真面目に受けて来たおかげで、なんとなくではあるが、教師陣がどの場所に居るのか、推測することぐらいは出来るようになったのだ。
「ガスマスクよし! 解呪解毒の魔術よし! さぁ、行くぞ!」
だからこそ、千尋が最初に選んだ先は、錬金術の教科を担当する、猫背で豊満な胸部を持つ黒ローブの魔女――ルル・フォーナインが良く実験の場所として利用している理科室だった。
『失礼します!』
千尋が術札を張り付けたガスマスクを装備で理科室へと入ると、案の定、ルルは実験を行っていた。
「ぶつぶつぶつ……」
しかも、何やら一目で危険物だとわかる、極彩色の魔法薬の生成をしている最中だ。
「…………うん!」
千尋はルルの現状を確認すると、静かに回れ右。
「失礼しました!」
慌てて理科室から飛び出すと、次の瞬間、『ぼふっ!』と如何にもな爆発の音が響いて。
「ふぃー。ルル先生は駄目だな。理科室で実験している間は、危険すぎて近寄れない」
千尋は静かに、ルルに訊ねる予定をキャンセルした。
そう、ミネルヴァ魔法学校の教員たちは優秀なのだがこの通り、一癖二癖どころか、下手に関わると命が危ない面子もちらほら居るのだった。
「おや、一年生の鈴木千尋君ではありませんか。どうしましたか? 何か、授業でわからないところでもありましたか?」
ルルが危険すぎて無理だった一方、今回の相手――仙術担当の教師、ウィリディスは安全な場所で日向ぼっこしていた。
「いいえ、授業ではなく、魔術祭のことに関して少々質問をしたくて」
「ほう。一年生の内から魔術祭に力を入れているのですね? 鈴木君は感心ですね」
とはいっても、安全な場所は、校舎の屋根の上。
そして、ウィリディスという男性教師は、凡そ『地球世界』の人間からはかけ離れた姿をしていた。
「実は、研究に入る前の段階で躓いていまして……こう、まずは自分自身の適性を知ろうと思いまして」
「ふむ、そうですか」
体つきは細身。服装は紳士の如くスーツをバリっと着こなしている。
だが、その顔は、千尋が冒険祭で見たような氷竜と似通ったもの――そう、このウィリディスという男性教師は、顔だけが緑の鱗を持つ竜となっている、『竜人』なのだ。
「若い内に身の程を知り過ぎるというのは、あまりお勧めしませんよ? 人間、才能が無くとも、熱い情熱によって無理を砕いて先に進む者も居ますから」
「ええと、それはつまり、アタシに仙術の適性は無いと?」
「鈴木君に、というよりは生徒の中には仙術の適性を持つ者など皆無です」
人間とは異なる竜の顔。
けれども、ウィリディスの表情はとても分かり易い。
「そして、仙術の適性――仙骨など持たない方が良い。仙人などもう時代では無いのですよ。永遠を目指すよりも、人間、限りある生を謳歌した方が賢いのです」
今、ウィリディスは千尋へ、分かり易く諭す表情をしていた。
どうやら、千尋が仙人になりたがっていると勘違いしているらしい。
「あー、いえ、すみません。紛らわしくて。その、アタシは別に仙人になりたいわけでは無くてですね?」
「ふむ?」
慌てて千尋が弁解すると、ウィリディスはその瞳を覗き込むように見つめて。
「ああ、なるほど。別に仙術ではなくとも、単に自分の得意を知りたいだけでしたか」
「あ、はい。そうなります……紛らわしくてごめんなさい」
「ははは、構いませんよ。一安心しただけです。ですが、そうですね」
何かを悩む素振りで、己の顎を――人のそれよりも大きな顎を撫でた。
「たまには遠回りも吉。存分に苦労して回って御覧なさい」
「うげ。ウィリディス先生の占いはかなりしんどい方向に当たるから嫌なんですよね……」
「でも、最終的には良い感じになるでしょう?」
「過程がきついんですよ、結構」
そして、苦々しい表情を浮かべる千尋の前で、好々爺の如く「かかか」と笑う。
ウィリディスは教員の中でもかなりの穏健派で、近くに居ても安全な相手ではあるが、御覧の通り、若者をからかう癖があるのだった。
ウィリディスの占い通り、千尋の教師巡りの結果は芳しくはならなかった。
「うーん。おじさん、君に祈祷術の才能は無いとは言わないけど……こう、普通?」
「おめーは今も精霊術上手く使ってんだろ? それでいいんだ。あん? フレイヤみてぇな才能? んなもんあるはずねーだろ」
「才能? 適性? そんなもの無くとも、陰陽術は出来るっての。でも、お前はこういうちまちました作業は嫌いだろ?」
祈祷術。
精霊術。
陰陽術。
各教科の教師に訊ねた結果、無事に千尋は『適性? まぁ、普通』という評価を得た。
その中でも、陰陽術に関しては、教師からのお墨付きで性格が不向きだと言われてしまったので、流石に魔術祭の研究に手を出す気が完全に失せたのである。
というより、千尋は度重なる教師からの『お前の才能は普通』という評価に凹みつつあった。
「……はぁ。そうだよな、だってアタシだもんな? 師匠お墨付きの平凡ガールだもんなぁ」
教師巡りも残すところあと一人となったが、既に千尋のやる気は底をついていた。
校内の廊下に置かれている椅子に座り込み、軟体動物の如くぐったりと休んでいる有様である。
「今日は……今日はもういいかな……明日頑張ろう……」
千尋は色々と冒険や死線を越えているものの、根底の精神性は割と平凡だ。
即ち、オリハルコンの如きメンタルなど存在しない。
凹むような出来事があれば、普通に何もかもが嫌になって帰りたくなるのだ。
「お、鈴木」
「うげ、ヘルメス先生」
しかし、そんな時に限って人は、会いたくない人に会うものである。
具体的に言うなら、教師巡り最後の一人の予定だった、契約術担当のヘルメス・アースガルドという教師である。
「おいおい、『うげ』とはなんだよ、『うげ』とは」
ヘルメスは二十代のイケメン教師だ。
少なくとも、外見だけはそう見える。
そう、外見だけならば生徒から人気が出そうな教師なのだが、その実、ヘルメスを苦手とする生徒が多かった。
何故ならば。
「折角、人が夏休みの課題を添削して、追加の課題を出そうとしてやっているのに」
御覧の通り、ヘルメスという教師は良くも悪くも容赦がないのだ、生徒に。
生徒のためになると思えば、生徒が嫌がってもどんどん課題を出すし、どんどん厳しく指導するタイプの教師である。
「うう、殺生な……ヘルメス先生、アタシの課題、そんなに駄目でしたか?」
「いいや? むしろ、出来がいいから追加で課題を出している」
「何故に!?」
「うん? 教師として当たり前だろ? 出来の良い生徒の長所を伸ばそうとするのは」
「いや、それで課題の追加は――――へ?」
「なんだ? どうした?」
だが、本来は千尋に苦痛しか与えぬはずの追加課題が、今だけは千尋の精神を救う一手となった。
「あ、アタシ……契約術が長所なんですか!?」
「契約術が長所というか、適性がある」
「マジですか!?」
「ああ、マジだぞ。お前は、遭遇運がある」
「遭遇運!? というか、適性が運!?」
「おい、ショックを受けた顔をするな。契約術では大切なんだぞ、運は」
やれやれ、とヘルメスは何も分かっていないような顔の千尋へ、説明を始める。
「いいか? どれだけの魔力、技術を持っていたとしても、契約術はまず対象に会わなければ意味を為さない。その点、鈴木はこの数か月の間に、デュラハン、氷竜、スルトなど、普通に過ごしていても滅多に会わないものに出会っている。この遭遇運は間違いなく、君が誇れる長所だ。少なくとも、契約術に携わる者ならば、君を羨まない者が居ないほどに」
「…………っ!!」
そして、千尋はようやく気付いた。
ヘルメスに指摘を受けて、ようやく己自身の適性――否、天運に気づいたのである。
「じゃ、じゃあ、ヘルメス先生! アタシの遭遇運ならもしかして、魔術祭で注目を集めるよう研究だって可能ですか!?」
「それは鈴木次第だ。いくら遭遇運が良くとも……追加の課題をしっかりやらないような生徒には無理かもな?」
「――――やりまぁす! もう、即座に終わらせまぁす!」
「即座に終わらせるな、きちんと熟考してからやれ」
かくして、長い遠回りの後、千尋はようやく、己の得意分野になりそうなものを見つけることが出来たのだった。




