第46話 先輩たちに訊いてみよう
昨日の夜に寝落ちしてしまったため、更新を忘れていたことをここに懺悔します。
千尋たちは無事に、『ツクモ魔導図書館』から過去の魔術祭の発表資料を手に入れることが出来た。
途中、特に何かトラブルが起きることも無く。
誰とも遭遇することもなく。
トラブルメーカーの千尋が居るにしては、平穏無事に目的のものを入手することが出来たのである。
そして、地上の談話室に戻った三人は揃って発表資料に目を通すことにした。
「ふむ。玉石混交だけれども、やはりミネルヴァ魔法学校の質は高いわね。ワタクシでも驚愕に値すべき研究成果が幾つもある。
「ふむふむ……正直、興味はあまり無かったのですが、なるほど。実際に目を通してみると、過去の先輩方の研究も中々面白いですね。特に、ポーションをシーシャとして転用しようとする試みとか」
フレイヤとヒカリ。
この二人は一年生の中でも、座学の成績が群を抜いている。
従って、魔術祭の研究資料を正しく読み解くことが出来た。
そう、本来の一年生では到底知るはずの無い魔法の知識がふんだんに利用されている、上級生の研究資料でも問題無く。
従って、この場に於いて問題があるのはただ一人。
「…………んみゅう?」
目の前で飼い主が奇行を始めた猫の如く、首を傾げる千尋だけだ。
「あ、あのさ、二人とも? これ、難しくない? ねぇ、難しくない?」
千尋はそっと、甘える猫のようにフレイヤに体を寄せて訊ねる。
「うん? 貸してみなさい、千尋……あー、これ、五年生の発表資料じゃない。参考にするなら、こっちの一年生の奴にしなさい」
「あ、ありがとう、フレイヤ…………ん、んんんー?」
「今度はどうしたのよ?」
「いや、あの、ざっと目を通しただけでも、今度は内容が薄すぎる気が?」
「当たり前でしょう? ワタクシたちが異常なのだから。本来の学習速度だと、一年生の魔術祭での研究はこんなものよ?」
「そっかぁ」
フレイヤからの身も蓋も無い答えに、千尋は納得して。
「…………駄目だぁ! 例年通りの一年生レベルじゃ、師匠は認めてくれない! だけど、上級生の研究は難しすぎてわからない! 一体、どうすれば!?」
露骨に頭を抱えた。
そのあまりの大仰な嘆きに、他の生徒たちから奇異の目を向けられてしまう。
だが、千尋は今更そんなことは気にしない。
肝心なのは、折角手に入れた研究資料が、あまり役立っていないということだ。
「千尋も一年生の範囲では、大分予習している方なのだけれどね?」
「無難に去年の二年生あたりの研究資料の解読に集中して、後はその研究の骨子を参考にするという方法もありますよ?」
「う、ううう……駄目だ……師匠は多分、そういう『とりあえずこなした』系の奴にはかなり厳しい人……そういうことをするぐらいなら、そもそもやらない方が良いという人……」
「まぁ、話を聞いた限り、師匠のであるクロウ様の助言を断った貴方が悪いわ」
「うぇえええんっ!」
千尋は泣いた。
思っていた以上の袋小路に涙を流し、談話室のテーブルに突っ伏した。
そして、十秒後。
「あ、思いついた」
がばっと体を起こして、勝手に立ち直った。
凡庸極まりなく、勝手に墓穴を掘って挫折する千尋であるが、その分メンタルも雑草の如くしぶといのか、勝手に復活するのだ。
「実際に、魔術祭を経験した先輩たちに訊けばいいんだ!」
起き上がった千尋は名案、とばかりに胸の前で拍手を一つ。
「というわけで、ごめんね、二人とも! アタシ、今からちょっと、片っ端に知り合いの先輩たちに話を聞いてくるから!」
「ん、まぁ、それは良いのだけれども」
「あのですね、千尋?」
「いってきまぁす!」
善は急げ、とばかりに駆け出して行く千尋の背中を、友達二人は「「あー」」と複雑そうな表情で見送って。
「そこまでするぐらいなら、最初からクロウ様の助言を聞けばいいのに」
「多分、私たちにはわからない意地なんでしょうね」
身も蓋も無い正論を言われていた。
●●●
千尋は知っている。
自身の凡庸さを知っている。
フレイヤやヒカリのように賢くないことを知っている。
故に、千尋は行動に移した。
深く考えるよりも先に行動すること。
案ずるよりも産むが易し。
それこそが、自分にとって利益を運んでくるモットーだと信じて。
「ぎゃははははっ! 魔術祭ぃ!? んなもん、あれよ! 適当にぱぱーっとやりゃあいいのよ! それで大体それなりの評価は貰えるからな!」
三年生。
クロス・クエラ・クルル。
戦闘ジャンキーの癖に、天才肌過ぎて参考にならない。
「…………私は戦闘特化だ。その手の発表は適当に流している」
三年生。
ノエル・エインズワース。
戦闘特化の中の戦闘特化であるため、座学の成績はよろしくなく、参考にならない。
「やぁ! 嬉しいなぁ、僕のところに来てくれるなんて! ああ、もちろん、魔術祭に於ける研究発表は僕らも力を入れているよ? 大丈夫、君のように『何から手を付けたらいいかわからない! そもそもテーマって何を選ぼう?』って悩んでいる一年生にも優しく教えてくれる先輩がたくさんいるとも! うん? 大丈夫、大丈夫! 派閥に入らなくても大丈夫だよ? 僕と君の仲じゃないか! ただ、その代わりに、魔術祭の間は――あ、ちょっと?」
五年生。
混沌の王、イオス。
ある意味、最善に近い相手ではあるものの、貸し借りの相手にするには怖すぎると気づいたため、寸前で逃亡。
ここで、千尋は気づいた。
自分の交友関係が、非常に偏ったものであることに。
確かに、有事の際には頼りになるだろう。何せ、千尋の知り合いの先輩たちはほとんどが超人クラスだ。むしろ、戦力過多と言える。
だが、学業の悩みを相談するには、あまりにも適していない相手ばかりだと気づいたのだ。
そして、何度も失敗を重ねたからこそ、千尋はまた気づく。
自身もまた、戦闘力で頼る相手を選んでいたのではないか? と。
魔法学校に入学して以来、有事の戦闘が多すぎるため、頭が自然と『頼りになる=強い』という方程式を作り上げていたのではないか? と。
なんてことはない。
この惨状は全て、千尋自身の価値観が作り上げたものだったのだ。
だからこそ、千尋は最後の望みの綱として、知り合いの中では最も戦闘力が低いであろう先輩の下を訪れることにしたのである。
「うん? 魔術祭の準備? いいよ、一緒にやろうか。君は『地球世界』出身だろ? 色々と勝手がわからないと思うから、僕が去年にやった手順をとりあえず書き出してみるから。それを君用のフォーマットに作り直すところから始めようか」
二年生。
ビリー・ロングスティア。
千尋が知る先輩の中で、最も戦闘力の無い彼はしかし、声をかけた先輩の中で最も千尋の欲しかった反応を返してくれたのだった。
そう、ここで千尋は一つの学びを得た。
戦闘力だけではない。
強さだけではない。
頼りになる人間に必要なのは、知性と共にある、朗らかな優しさなのだと。
ミネルヴァ魔法学校は元々、図書館を改造して作られたものである。
従って、その校舎の至る所には本棚があり、近くには椅子やら机やら置かれている。
そのため、在校生たちは校舎内で座る場所に困ることはない。
基本的に食堂以外は飲食禁止であるが、それ以外のこと――例えば、そこら辺の机や椅子を利用して勉強会をすることは問題にされていない。むしろ、学生の本業が学業だとすると、推奨されるべきことだろう。
「――とまぁ、こんな感じだね。一応、話をまとめたものをプリントアウトして来たから、思い出す時にはこれを使って」
「わぁい! ありがとうございます、ビリー先輩!」
「どういたしまして。後、何かわからないところがあったら、通信魔術をしてくれれば、深夜以外だったら大体対応できるから」
「アフターケアまで!? ビリー先輩、流石に優しすぎませんか!?」
故に、ビリーが千尋に魔術祭のことを教えるため、廊下の一角を借り切っているのは別に責められることではない。逆に、道行く生徒や教師の感心を誘うようなことである。
何せ、先輩が後輩を教え導くという光景は、このミネルヴァ魔法学校の理念に当てはまる行動なのだから。
「いやいや、千尋さんには冒険祭の時にお世話になったからね。これっくらいどうってことは無いよ? むしろ、足りないぐらい」
「えー、そうですか? アタシとしては、あのクソッタレのシロナを曲がりなりにも……手を抜かれていたとしても、師匠が来るまでの時間を稼げたのは、ビリー先輩が頑張ってくれた功績が大きいと思っていますが?」
「あはははー、買いかぶりだって」
千尋の賞賛に、ビリーは苦笑を返す。
「本当だったら、他の先輩二人みたいに戦えればよかったんだけどね。僕はさ、臆病だから。君が戦っているのに、隠れて機会を伺うことしかできなかった……」
「でも、それで有効打を取っているのですから、結果良ければそれで良しでは?」
「う、うーん。僕へ文句を言える立場の人間が、こうもあっさりしていると、それはそれで罪悪感が……」
「あっはっは、面倒な人ですねぇ、ビリー先輩は!」
千尋はビリーの悩みを吹き飛ばすように笑うと、その背中を力強く引っぱたく。
「ごっほ!? もろ背中!? 背中に打撃!?」
「ビリー先輩、いいですか?」
「と、突然の暴力は何一つ良くも――」
「あの時、アタシはビリー先輩を信じて、ビリー先輩はそれに応えてくれた」
「げほっ!?」
せき込むビリーへ、千尋はかつて見せたような力強い笑みを向けた。
「一緒に絶望に抗って、最高のタイミングで援護を決めてくれた戦友を、臆病者だと罵る奴をアタシは許せません。それが例え、貴方自身であっても」
「千尋さん……」
ビリーはしばらくの間、戸惑うように視線を彷徨わせていたが、やがてその視線は定まる。
千尋の視線とぶつかり合うように。
「ありがとう。君にそう言ってもらえたことを、僕は――竜殺しの末裔たるロングスティアの後継者は、誇りに思うよ」
そして、ビリーは騎士の如く胸に手を当て、力強い笑みで千尋の言葉に応えた。
「へへっ、どういたしまして! というか、竜殺しの末裔って?」
「まぁ、その名の通りでね? 僕たちの一族は竜殺しを生業にしている魔術師で……僕はその一族の後継者に……絶対に兄さんの方が相応しいんだけどね……父さんが……」
「あのシロナに一発食らわせた時点で、並大抵の竜なんて怖くないのでは?」
「うっ。そ、それはそうかもだけど……僕は弱いからなぁ」
「あ、じゃあ、一族の使命がある時はアタシを呼んでください! 手伝いますよ、最強の魔術師の弟子が!」
「あはははっ、それは頼もしいなぁ」
自信満々に大口を叩く千尋に、それを冗談半分で受け入れるビリー。
二人の様子はまるで、『地球世界』のどこにでもあるような後輩と先輩のやりとりのように見えた。
「最悪、アタシの伝手を使って、確殺できる面子を揃えますんで!」
「おっと、ビックマウスかと思えば、割と現実的な案を考えているぞう?」
もっとも、その内容は物騒極まりないものだったのだが。




