第45話 そういえば、魔法学校でしたね
「魔術祭……そうか。もう、そんな時期か」
修練場に立つクロウは、感慨深く呟く。
「長く生きると駄目だな。少し気を抜くと、あっという間に時が過ぎる。幸い、今は弟子の教育があるからこそ、この時間の流れにしがみつくことが出来るが、それが無ければ数年は瞬く間に過ぎていくから、時の流れとは怖いものだ」
しみじみと。
若々しい外見とは裏腹に、年寄り染みた――否、遥かな時を過ごす者しか持たぬ、悲哀と諦観を感じさせる雰囲気を出していた。
「おぼぼぼぼ……」
もっとも、クロウの眼前ででんぐり返しのような体勢で倒れている千尋の姿で、色々と台無しになっているのだが。
「ぜ、全然差が縮まっている気がしない……わかっていたけど! 師匠が強すぎる! だって、魔術全然使ってないもん!! こっちは【韋駄天】使っているのに!」
「魔術も武術も、ある程度のところまで行けば、似たようなことは出来るようになる……そんなことよりも、だ」
「アタシの全身全霊が敗北したことがそんなこと!?」
「我が弟子よ。魔術祭はどのようなテーマで取り組むつもりだ?」
弟子の苦悩をあっさり流して、クロウは魔術祭に関しての問いを投げかける。
「既存魔術についての研究でもいい。古代の魔術に関する解析でもいい。あるいは、魔獣が扱う魔法の調査でも構わない。そうだな、興味があるのならばオリジナルの魔術を作るのもいいだろう。私は師匠として、可能な限りの助言をするつもりだ」
表情こそ仏頂面だが、妙に生き生きとした口調で。
どうやら、クロウにとって魔術祭とは、それだけの期待を向けるに値するイベントらしい。
「んぐぐぐ……それなんですけどぉ」
対して、千尋の表情は明るくない。
「アタシはついこの間まで、『地球世界』で過ごしていた一般人だったじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
「だから、未だに常識が『地球世界』寄りというか、まだこっちの常識に馴染んでいないというか…………面白そうだな! と思いついたテーマのほとんどが、ほとんどがこっちの世界では常識だったり、解明済みだったりして、どうしたらいいものかと」
「ふぅむ」
千尋の言葉に、クロウは納得したように唸り声を一つ。
「確かに、そこはネックとなるところだ。わかった、私が改善案を――」
「い、いえ! 待ってください、師匠!」
「ふむ?」
そして、クロウがいつも通りに助言を与えようと口を開いたところで、千尋が起き上がってストップをかける。
「今回は! 今回だけは! 師匠の手を借りずにやってみたいと思うのです!」
「……ほう、その心は?」
千尋の意思表示に、表情を変えずに問い続けるクロウ。
だが、顔は変わらずとも、その声色は僅かに興味の感情が彩られている。
「師匠の弟子となってから、早数か月……ここらで一つ、アタシ自身の成長を見せたいと思いまして!」
だからこそ、千尋は意気揚々と宣言した。
弟子でありながらも、師匠の手を借りずに成果を出して見せると。
「うむ、悪くない」
千尋は魔術祭を経験したことが無い。
魔法学校の一年生どころか、『天球世界』の住人としては数か月程度の年季だ。
それでも、ここまでの成長を師匠に示したい、という想いは強い。
恋心もそうだが、それ以上に、尊敬する師匠へと伝えたいという想いが強いのだろう。
「やってみるがいい、千尋」
「はいっ!」
ここまで成長したのだと、誇れる自分になれたのだと。
そんな想いがあるからこそ、千尋は今、クロウの手の内から羽ばたいたのだった。
「二人とも、たしゅけてぇー!」
「「えぇ……」」
師匠であるクロウに堂々と宣言してから三日後。
千尋は現在、談話室でダラダラと過ごす友達二人に泣きついていた。
「アタシ、全然魔術祭のテーマが思いつかないの!」
きちんと相手に時間的な猶予があることを確認してからの泣きつきである。
情けない懇願ではあるが、時間的余裕があるタイミングを狙っての、効果のある懇願だった。
「千尋。貴方、三日前には『凄いのを研究してやるぜ!』とか言っていたじゃない」
「言っていたけれども! でも、そもそもアタシ、研究の発表とか、そういう感じのことを今までまるでやったことが無かったの! だから、そもそも、どういう感じに研究テーマを決めたりとか、テーマを決めた後の段取りとか、そういうのが全部わからないの!」
「その内、課外授業で校長が説明してくれますよ?」
「遅いの! アタシは凡人だから、周りを同じスタートでは遅いの!」
ぷりぷりと、自身の非才に怒りながらの懇願。
友達二人、フレイヤとヒカリはそんな千尋の懇願を受けて、揃って呆れた表情を浮かべた。
「まったく、向上心があるのに妙に卑屈ね、千尋。戦闘の時は、あれほど不敵なのに」
「戦闘と研究は全然違いまぁす!!」
「はいはい、そうね…………ヒカリ、どうする?」
「順当に、過去の生徒が発表した研究内容を調べてみるのは?」
「ふむ。まぁ、そうね。それが一番妥当ね。でも、そうなると……」
フレイヤは涙目で縋りつく千尋を引き剥がした後、真面目な顔で告げる。
「千尋、ダンジョン攻略用の準備をしなさい。図書館地下に潜るわ」
「……ほへ?」
過去の発表資料を手に入れるためにはまず、ダンジョン攻略が必要であると。
●●●
ミネルヴァ魔法学校の地下にはダンジョンがある。
正確に言うのであれば、ダンジョンの上に図書館があり、その図書館が魔法学校になったのだ。更に細かく言うのであれば、矛盾の魔女たるヒルダが溜め込んだ魔導書の書庫が地下ダンジョンであり、その書庫からサルベージしたものを整理整頓し直したものが当初の図書館という扱いなのだ。
ちなみに、書庫がダンジョン化したのは誰かの故意によるものではない。
単にヒルダが魔導書を溜め込み過ぎて、その魔力で魔導書のページや魔導書そのものが仮初の形を得て歩き回るようになったのだ。
さながら、百年の時を経た器物が妖怪へと変じるかのように。
故に、このダンジョンの名前は『ツクモ魔導図書館』である。
有志の生徒たちによって、日夜探索を去れているのだが、開校から今までの間、底を晒したことの無い、果ての無い地下ダンジョンである。
「んじゃあ、点呼開始!」
「一!」
「二!」
「三! というわけで、全員居るな、うん…………行くかぁ」
そして現在、千尋を先頭にした三人の探索パーティーは、司書の許可を得てから、目的の資料を手に入れるために、地下ダンジョンの入り口に立っていた。
とは言っても、構造的には図書館の延長線にあるものなので、いきなり地下洞窟や石造りの塔が現れるわけでもなく、普通に図書館の構造をした場所を地下へと下って行くだけなのだが。
「フレイヤ。目的の代物は?」
「そう遠くないわ。地下四階に収納されているみたい」
「…………あのさ、フレイヤ。どうして、生徒の研究成果をダンジョンに仕舞うんだろうな?」
「そういう伝統らしいわ。何でも、魔術祭の黎明期は研究成果を奪取しようとする輩が多発したから、いっそのこと保管場所をダンジョン内にして思う存分罠を仕掛けようって」
「えっと、罠あるの?」
「二百年前までは普通に新しいけれども、今はあっても鳴子程度よ。安心して」
「うん、安心した」
「でも、鳴子に引っかかると魔物化した魔導書が集まるから気を付けましょう」
「うん、全然安心できなくなったんだけど?」
千尋の怪訝な声に、ヒカリが「あははは」と笑って応える。
「大丈夫ですよ、千尋。地下四階程度なら、近寄ってくる魔物は雑魚です。私たちでも余裕で片づけられる奴らばっかりですよ……まぁ、地下百階よりも下は人外魔境なので、絶対に入ってはいけませんけど」
「はははっ! 流石のアタシも、四階と百回を間違えることはないって!」
「……どうですかね? 千尋は奇妙な運命に好かれていますから。下手な場所を触って、転移系トラップを受けるという可能性も」
「おっと、それは我ながらありそうだ。わかったよ、ヒカリ。十分に気を付けるって」
言葉通り、千尋の足取りは軽快だが、警戒を忘れていない。
時折、本棚の影に隠れた魔物――オコジョに似た白い獣――が襲ってくることもあるが、素早く魔弾で撃ち抜いて対処している。
本棚にも、そこに仕舞われている本にも傷一つ付けずに。
「本当に腕を上げましたね、千尋。無詠唱の魔弾とか、既に一人前クラスですよ」
「んー? いや、この間、フレイヤに負けたばっかりだしなぁ」
「ふふふっ、次やればわからないわよ?」
「いや、もっと鍛錬をしてからリベンジする」
こつこつこつ、と三人の女子は――魔術師たちは足音を響かせながらダンジョンを進む。
足音による反響による、自動探知を繰り返しながら、ダンジョンを確実に攻略していく。
この『ツクモ魔導図書館』の地下十階までは、半人前の魔術師でもパーティーを組めば踏破可能とは言え、その足取りには確かな安定感があった。
「それに、クロス先輩の魔弾はもっと凄かったし」
「……千尋、それは比較対象が悪すぎるわ」
「我が校に数人しか居ない、超人の一人じゃないですか。控えめに言っても、達人クラスとどっこいどころか、性能では軽々と上回る逸材ですよ、あの人」
「あ、やっぱり? 師匠も冒険祭の時の約束で、たまに稽古を付けているらしいんだけど、やっぱり才能が凄いらしくて……アタシよりも才能が数段凄くて……」
「千尋、才能が全てじゃないわ――――最後に立っている人間が勝者なのよ?」
「殺し合いの類の想定でフォローしようとするのは止めてくれる? 気持ちはありがたく貰っておくけどさー」
はぁ、とため息を吐いた後、千尋は無詠唱のまま魔弾を二発。
天井に張り付いた蜘蛛に、不自然に落ちていた紙片。
それらを――擬態していた魔物を一息で屠り、油断なくガンマンの如く構えた。
両の手をまるで、二丁拳銃のように魔弾の射出装置と定めて。
「それでも、『戦う相手の想定』は高く見積もっておきたいんだよね。ほら、ついこの間、世界を賭けた戦いを達人クラスとしたばっかりだし」
「ああ、あの……イケメンに釣られて戦ったという」
「違うよ?」
「そうですよ、フレイヤ。ただのイケメンではありません。女装巫女服美少年という業の深い姿の――」
「違うよ? アタシ、拗らせた性癖の面食いじゃないよ???」
友達二人のからかいに応える千尋は知らない。
いや、想定はしていたとしても、まさかそんな未来が来るとは思ってもみなかった。
そう――――超人クラスとのタイマンでの戦いが待っているなど。
未来を見通す魔眼を持たぬ千尋にとっては、知りえぬことだった。




