第44話 暗躍する者たち
「よぉし! それじゃあ、早速鍛錬を再開するぞぉ! フレイヤにリベンジするために!」
「千尋。気持ちは嬉しいのだけれども、それは駄目よ」
「えっ? 何が?」
千尋がフレイヤに敗北してからすぐ後。
即座に立ち直った千尋は、意気揚々と再び魔術修行に精を出そうとして、その前にフレイヤに呼び止められる。
「鍛錬も良いけど、もう少しで『魔術祭』でしょう? そろそろ研究テーマを決めておかないといけないわ」
「…………魔術祭?」
「「えっ」」
千尋が首を傾げると、友達二人は揃って『マジかよ、こいつ』という顔になった。
「千尋。まさかとは思うけれども、聞いてないの?」
「このミネルヴァ魔法学校、最大の目玉なのですが……これを目当てに入学してくる人が居るぐらいにはメインイベントなのですが……」
「そうなの!?」
無論、千尋は全く知らない。
師匠であるクロウからも、何も知らされていない。
何せ、千尋がミネルヴァ魔法学校に通うことになったのは、全てクロウの手続きによるものである。そこにどんな意図があったか、などとは考えたことはない。正確に言うのならば、考える暇も無いほどにイベントに溢れた生活を送っていたのだ。
そして、千尋の周りに居る人間もまさか、魔術祭を知らないとは思わず、現在まで発覚が遅れていた次第である。
「ちなみに、魔術祭ってどんなことをするの? 文化祭みたいな感じ?」
「『地球世界』のスクールに於ける文化祭……まぁ、定義としては間違ってはいないわね。けれども、その規模は段違い。魔術界隈に於ける影響力もね?」
「というと?」
フレイヤは人差し指を立てて、ぼぅっと幻術の炎を灯す。
すると、千尋の目の前には過去の魔術祭の様子が映像のみで流れ始めた。
――――明らかに、学校の文化祭なんて域を超えて、学外の人が集まっている様子が。
「ミネルヴァ魔法学校の魔術祭。それは生徒たちが、自分が決めたテーマに則った魔術研究を発表する場よ。簡単に言ってしまえばそれだけだけど、このミネルヴァ魔法学校には明らかに生徒の領域を超えた天才たちが集まっているの」
「ああ、フレイアとかヒカリとか。超人と呼ばれている先輩方とか?」
「さらりと私たちの名前を入れないで、恥ずかしいわ……こほん。ともかく、若い才能が集まった研究発表会なのよ、魔術祭は。明らかに学生の領域を超えた研究成果や、業界に影響を与えるオリジナル魔術なども発表されるぐらいに、レベルの高いものなの。それこそ、第一線で活躍する魔術師たちが、期待のポープを探しに来るぐらいには」
「へぇ。つまりは、文化祭レベル100みたいな感じかー」
「理解が雑ね、まったく」
ふんふんと頷く千尋に、呆れたように肩を竦めるフレイヤ。
そんな二人を曖昧な笑みで眺めながら、ヒカリが口を開く。
「元々は学校よりも魔術祭の方が先にあったのですけどね? ミネルヴァ魔法学校の前身は図書館でしたから。この図書館で研究して、纏まった成果を魔術師たちが発表していったら、いつの間にか一大イベントになっていたのです」
「え、それじゃあ、学校の方が魔術祭のおまけみたいな感じなの!?」
「おまけ、という呼び方は酷いですけどね? 学外の人たちは学校の部分よりも、魔術祭の部分に期待しているのは確かだと思います」
「ほへー」
千尋は分かっているんだか、分かっていないんだか、曖昧な間抜け面で感心すると、もう一度頷く。
「つまり、魔術祭で物凄い研究を発表すれば、魔術界隈から一目置かれると?」
「そうね、概ね」
「そうですね、物凄いのベクトルが正しい方向ならば」
「ふんふん……よぉし!」
にぃ、と間抜け面から元気溢れる笑みへと表情が変わり、千尋の目に意思の炎が灯る。
「アタシは魔術祭で物凄い研究を発表して、師匠から沢山褒めてもらうぞぉ!」
「「夏休みの宿題で燃え尽きていたのに」」
「あうっ!?」
もっとも、今はまだ、友達二人からの冷静なツッコミで鎮火する程度の熱量でしかなかったのだが。
●●●
悪党が悪事を企む時、漫画やアニメなどでは如何にもなアジトで会話しがちだ。
例えば、魔界の最深部に聳え立つ魔王城。
例えば、豪奢なステンドガラスから光が降り注ぐ教会。
例えば、会員制の怪しげなバー。
その他色々、悪党が悪事を企む場所には、相応の格が求められる。
だが、現実でその法則が当てはまることは少ない。
そもそも、悪党同士がきちんと顔を突き合わせての会議をする機会なんて少ない。
大前提として、悪党とは『そういう真面目な行為』が出来なくて落ちぶれた者が、転じて悪事に手を染めた成ることが多いからだ。
有能な人間が、有能なまま、悪党になることは少ない。
何故ならば、有能であるのならば、下手に悪事を働くよりも、わざわざ悪党などという落伍者になるよりも、表社会で成功して悠々自適に過ごした方が良いからだ。
――――閑話休題。
悪党が有能かどうかはさておき、わざわざ作戦会議をするために映画の舞台みたいな場所と取ることは非効率的だ。
従って、現実の悪党たちは。
「フライドポテト大盛りとドリンクバーをお願いします」
「ティラミスとプリンとストリベリーパフェを一つずつ」
御覧の通り、普通のファミレスで悪事の計画を話し合ったりしているのだ。
「さて、そろそろ本命の作戦を動かしましょう」
平凡な顔立ちで、誰の印象にも残らないようなスーツ姿の女性――レイゼ・カロンナルファは愛想の良い笑みと共に会話を切り出した。
「前回の襲撃で警備が厳重と成っていますからね。狙うべきは魔術祭。否が応でも、学校内部に外部の人間を入れなければならない機会を利用させてもらいましょう」
「さて、どんなに上手く行くかね?」
当然のように魔法学校への襲撃計画を話すレイゼへ、対面の人物――青の短髪で、露出している部分のほとんどに傷跡がある青年は、指摘するように言葉を紡ぐ。
「外部の人間を入れるってことは、学校側も織り込み済みで動くだろ。前回みたいに、革新主義者の雑魚どもを囮として使うのは無理だぞ? 校門を潜った時点で、条件付けされて、いざ暴れ出す時には瞬きの間に制圧される」
かちゃ、かちゃ、からん、とスプーンでお冷やの中氷をかき混ぜながら、青髪の青年は作戦の不備を指摘していた。
「ええ、なので今回は少数精鋭ですとも」
しかし、指摘を受けてもレイゼの笑みは崩れない。
「他の同志は使いません。私が事前に用意したルートで潜り込みます。その際、『毒』と貴方には事前に内部で暴れて、陽動を頼みたいのです」
「金は?」
「もちろん、日本円で一億を用意しています」
「ふぅむ」
「足りませんか?」
「いいや、足りている。だが、条件が幾つか」
青髪の青年は尊大に足を組み、条件に合わせて指を立てていく。
「まず、今回の仕事で殺しはしない。リスクが多いからだ」
「はい。問題ありません」
「次に、俺は直接魔王転生者にも『毒』にも接触しない。何故なら、余計な証拠を残したくないからだ。流石の俺でも、あの矛盾の魔女の膝元で『おいた』をするのは気を張る」
「はい、大丈夫ですよ。元々、魔王転生者の方には私が行く予定でしたので」
「そうか。なら、最後の条件だ」
そして、目を細めてレイゼを睨みつけた。
「お前の本当の目的を言え」
「…………くふっ」
名刀の如き鋭い問いかけに、レイゼは「くふふふ」と含み笑う。
「本当の目的? いやはや、何のことやら。私の目的は魔王転生者確保ですとも。ええ、それは間違いありません」
「馬鹿が」
レイゼの答えに、青髪の青年は吐き捨てるように言う。
「本当に魔王転生者の確保を目指しているなら、襲撃は悪手だ。何せ、相手は魔王転生者。問答無用の『殺戮魔術』を持つ怪物だぞ? 下手に刺激して、こっちに被害が来たらどうする? それとも、最初から【創造の白】によるごり押しで片づけるつもりでも?」
「いえいえ。実のところ、シロ様は【最強の黒】が関わることが無ければ、あんまり協力してくれないのですよね。自由人ですから、あの方は」
「だったら、猶更悪手だろうが。矛盾の魔女が居ない隙を狙ったとしても、あの程度の戦力で魔王転生者を確保しようとするのは愚かが過ぎるだろう?」
「うーん。一度襲撃して、魔王転生者のことを学校側へとばらして、後は疑心暗鬼を育てさせるためとかどうでしょうか?」
「お前のお題目は、魔王転生者から古代の禁忌魔術を引き出すことだろ? 最初から、魔王転生者を挑発するみたいな真似をして、対話の可能性を狭めるのは悪手中の悪手だ」
びき、と青髪の青年が触れていたお冷や――そのガラスコップがひび割れる。
「目星を付けているなら、相手を取り込むための要員を潜入させる。最低限、そこまでやって失敗してから、襲撃みたいな力技に移行するもんだぜ?」
「ほほう。それはそれは、流石は歴戦の傭兵です。私など及ばぬお考えで――」
「あのな? 馬鹿にするのもいい加減にしろ。こんなの、誰だって少し考えればわかる。ましてや、お前は達人クラスの魔術師だ。ここまで到達するのは馬鹿じゃ不可能……いい加減、お前の胎の内を明かしやがれ」
「…………」
笑みは崩れない。
レイゼの笑みは崩れない。
「どちらでもよいのですよ」
だが、僅かな沈黙の後、紡いだ言葉には少なからず何かの『重さ』が含まれていた。
「魔王転生者を確保しようが、私が敗北しようが」
浮かべる笑みには、壮絶なる覚悟が滲んでいた。
「私が望むのは『波紋』です。私自身を石として身を投じて、『天球世界』に少なからず影響を及ぼせればそれでいいのです――――魔法と科学。この二つが調和し、人類が更なる領域に足を踏み入れる一助になれば、それで」
捨て石上等。
その覚悟を示したレイゼに、青髪の青年は「はっ!」と愉快そうに笑みを返した。
「前言撤回。お前は馬鹿だぜ、レイゼ・カロンナルファ」
「ええ、自覚していますとも」
「――だが、依頼を受けるに足る馬鹿だ」
笑みを深める青髪の青年の顔には、幾重にも傷跡が。
けれども今、注目すべきはそこではない。
「いいぜ、この俺――傭兵にしてミネルヴァ魔法学校四年生、ピエール・ノース・クロワッサンがお前の依頼を受けてやろうじゃねーか」
青髪の青年――ピエールが着ている服は、ミネルヴァ魔法学校の制服そのものだった。
●●●
「さて、と」
暗躍は悪党だけの特権ではない。
「千尋とフレイヤも頑張っているのに、私だけ成長しないのも寂しいですし」
悪党が暗躍するように、その悪党を狩る者もまた、暗躍する。
「そろそろ『ガーディアン』の製作を始めましょうか」
己の実力を隠し。
影の中に潜み。
虎視眈々と魔王転生者は、来るべき時に備えて成長を続ける。
「最低でも二体。あの二人を守り切れるような代物を」
世界のため、人類のため、などとのたまう悪党とは正反対に。
己の友だけを守り切るための研鑽を続ける。
「あの二人だけ居れば、私には十分ですから」
魔王転生者は悪党ではない。
悪党を狩る者だ。
けれども、決して――――正義に属する者ではないのだ。




