第43話 二学期
短期ループというチートを使ったとはいえ、達人クラスに勝利したという戦闘経験の恩恵は凄まじい。
それは、師匠であるクロウも認めるところだった。
「恐らく、順当に私の下で鍛錬をしていても、ここまでの高みには到達しなかっただろう。ふむ、やはり可愛い子には旅をさせよ、というのは真理の一つか」
感慨深く呟くクロウの姿に、千尋は湧き上がる喜びを噛みしめた。
世界崩壊級の事件の解決。
達人クラスの尊敬すべき武人、アルゴルに対する勝利。
旅先で出会った協力者、清十郎との友情。
これら三つの要素が絡み合い、千尋の自意識に強い達成感と自信を抱かせるには十分な経験になっていたのである。
しかも、それは決して驕りではない。
勘違いではない。
自分よりも格上が存在すると知ってなお、それでも自分は強いと言えるだけの精神的強度を得られたのだ。
これは魔術関係無く、戦う者、競う者にとっては値千金の要素だろう。
そう、千尋は夏休みを経て、達人クラスには及ばずとも、それを目指すに値する戦士までに成長したのだった。
「ええと、千尋?」
「はい」
「夏休みの課題は?」
「すみません、やっていません」
「どうして?」
「世界を救ってました」
「そっかぁ。うーん、そう言われたら仕方ないな。校長の方からも便宜を図るように伝えられているし」
「はい! じゃあ、ヘルメス先生、そういうことで――」
「ああ。そう言うことで、君の宿題提出の期限は一週間後まで待つ」
「えっ?」
「間に合わなかったら放課後の時間を削って補習だから、頑張れよな?」
「…………はぁい」
夏休みの課題を犠牲にして。
「うぼぁー」
精霊術。錬金術。陰陽道。契約術。祈祷術。仙術。
主に、千尋が魔法学校で習う六つの教科の担当教師に謝罪行脚をしてから一週間後、千尋は精神的に真っ白な灰となって食堂の椅子にもたれかかっていた。
「アタシ世界を救ったのに……頑張ったのに……」
全ての課題を必死に終わらせた千尋は、盛大に燃え尽きていた。
燃え尽きながら拗ねていた。
世界を救うようなひと夏の冒険が終わった後に、こんな日常的な苦行が待ち受けているとは思ってもいなかったからだ。
この場に師匠であるクロウが居たのならば、『こういうものだ、世界を救うなんて』と仏頂面で宥めるだろうが、今、この場に居るのは千尋の様子を遠巻きに見守る他の生徒たちと。
「はいはい。頑張ったわね、千尋」
「あはは、私たちが帰った後に、とんでもないことに巻き込まれていたんですね?」
千尋を労うように、たっぷりのスイーツが乗った皿を携えてやってきた、フレイヤとヒカリだった。
友達二人は、千尋が必死に課題をこなしている姿を見ているので、労いのためにスイーツを準備していたのである。
無論、食堂の美味しくないものではなく、二人の手作りスイーツだ。
「わぁい、スイーツだ! アタシの好きなレアチーズケーキもある!?」
「私とフレイヤで、千尋の家のメニューを再現してみました。どうぞ、召し上がれ」
「ふ、二人ともぉ! 好き! 好き好き大好き! 愛してるぅ!」
スイーツとは疲れた体に染み渡るものである。
しかし、それ以上に千尋の心身に染み渡るのは、友達二人の気遣いだ。
「本当に助かるよ! やっぱり持つべきものは友達だね!」
千尋は感極まった様子で二人に抱き着き、感謝の言葉を繰り返す。
「ふふふっ。お礼なんて要らないわ、友達だもの」
「フレイヤ……」
「そう、友達だもの。これぐらい当然……つまり、ワタクシのお願いを聞いてくれるのも、友達なら当然。そう言うことになるわね?」
「えっ?」
慈母の如き表情で頭を撫でてくれるフレイヤを、千尋は不安そうな顔で見上げた。
「な、内容による……内容によるぜ? ぎ、ギリギリで魔法少女のコスプレだったら頑張れます、はい」
「ふふふっ、コスプレは無理にさせるものではないわ。いつか、ワタクシと一緒に魔法少女アニメを徹夜で完走する機会があったら、自ずとコスプレしたくなるでしょう」
「魔法少女アニメも多分、無理に視させるものではないからね? 忘れないでね?」
「……ワタクシのお願いしたいことは一つ」
「あ、流した。都合の悪いことは流したぞ、この使い魔」
しらー、とジト目で見上げられていることにも構わず、フレイヤは美しい微笑みで告げる。
「千尋、戦いましょう。もう一度、ワタクシと」
「うん? 決闘?」
「そう、決闘。あの時と同じルールで」
「……ふぅん」
美しい微笑みと共に向けられた宣戦布告。
それを受けて、千尋の燃え尽きていた精神が不死鳥の如く蘇る。燃え上がる。
「言っておくけど、フレイヤ。アタシをあの時の実力のままだと思っていると――」
「戯言ね、千尋」
好戦的な笑みを浮かべる千尋へ、フレイヤもまた戦意に溢れた笑みを浮かべて応じた。
「ワタクシが負けたのよ? だったら、挑戦者のつもりで挑むのが礼儀でしょう?」
「へぇ、だったら、アタシが謝らないとだ……ほんの僅かでも、フレイヤがアタシを侮っていると思っていた己の愚かさを!」
互いに抱き合ったまま、フレイヤと千尋はバチバチと戦意を眼前で弾けさせて。
「おおーい、二人とも? 決闘はいいのですが、その前にスイーツを片づけてくださいね?」
「「あ、はい」」
ヒカリからの『さっさと食べろや』という視線に、二人揃って居住まいを直したのだった。
●●●
千尋は強い。
ひと夏の冒険を越えて、確固たる自信と戦闘経験を手に入れたのだ。
以前は百回に一度勝てるかどうか、というか程度の勝率だったフレイヤ相手にも、今では確実に勝利することが出来るだろう。
それだけの修羅場を乗り越え、死線を踏み越え、生きて帰って来たのだ。
才能が凡庸だったとしても、ここまで鍛え上げれば、数か月前とは別人のように強くなるのは当然のことである。
千尋は強い。
既に、【韋駄天】の性能の八割以上を引き出し済み。
【黒】の魔術に関しては、ひと夏の冒険で壁を越えたのか、節約すれば一日に十回以上の使用も可能となっている。
体術もまた、アルゴルとの戦闘により、足りなかった戦闘経験が補完。素手での勝負ならば、一年生の中では男子も含めて並ぶ者無しの強さだ。
また、アルゴルの戦いをよく見ていたためか、身体強化の魔術が飛躍的に向上。
今の千尋は【韋駄天】による音速移動をしながらも、その速度に引きずられず、適切にタイミングを合わせて攻撃できるほどの肉体を手に入れていた。
まさしく強者。
同学年の中では、並ぶ者の無い実力者だと言えるだろう。
「……がはっ。こ、こんな、馬鹿な……っ!」
そんな千尋が現在、地下コロッセオの床へと無様に這いつくばっていた。
「ふむ。試運転は済ませておいたけれども、やはり、貴方相手にこれは効くようね」
そんな千尋の眼前に立つのは、赤い髪を靡かせる勝利者――フレイヤだ。
フレイヤは達成感と共に千尋を見下ろしながら、その右手には真っ赤な刀身のロングソードが握られている。
「【精霊武装:幻燈残火】」
否、それだけではない。
真っ赤な刀身を持つフレイヤは一人だけではない。
一、二、三――――合計十六体。
本物同様の熱源と魔力の反応がある幻想の肉体が、勝ち誇るように千尋を見下ろしていた。
「千尋。貴方には明確な弱点があるわ――――それは、魔術以外の技術を用いる存在に対する戦闘経験!」
「また経験不足ぅ!?」
「経験不足よ! ちょっと熱を操って蜃気楼や虚像を作っただけなのに、こうも手玉に取れてしまったんだもの!」
「でも、魔力反応を偽装する魔術も使ってたじゃん!?」
「逆に言えば、それしか魔術を使っていないのに、相手に翻弄されるのは観察力が弱い」
「うぐっ」
千尋の敗因は明確だった。
フレイヤが出した虚像に対して【黒】を使い、それでも全く効果が得られないことで、混乱と焦燥を感じてしまったからだ。
「【黒】の魔術は強くて便利。どんな魔術に対しても、とりあえず使っておけば問題ない。だけど、だからこそ、その力を知る者は対策する。今みたいに、魔術は使っても、幻像を出すための手段としては明確な物理現象に則ったものを使う。ワタクシが幻像を作るのに、蜃気楼などの現象を利用したのと同じように」
フレイヤはその隙を逃さなかった。
即座に真っ赤な剣を振るい、確実に千尋が立ち上がれないダメージを最初の一撃で与えたのだ。半端に手加減すると、頑丈な千尋は即座に復帰してしまうが故に。
「多分、【黒】の魔術にやられたことがある人間は大体、こういう対策をしてくるわ。今は大丈夫でも将来、貴方相手にガチガチのメタ構築を携えて戦いを挑む者も居る」
だから、と言葉を繋いで、フレイヤは倒れ伏す千尋へ言葉を降らせる。
「対策の対策はすべきだわ、千尋。そうでなければ、このように無様を晒すわよ?」
「ぐぬぬ……その通り過ぎて、何も言えない……」
歯を食いしばり、己の不甲斐なさを嘆く千尋。
だが、それも仕方が無いだろう。
達人クラスを倒したとしても、それはチートありきの話。
チートが無ければ、他の達人クラスと戦っても、千尋は一撃で倒されてしまう。
まだまだ、一対一の勝負で達人クラスとまともにやり合えるほど、強くなっているわけではない。
少なくとも、フレイヤの使った『小細工』へ即座に対応できない時点で、達人クラスにはまだまだ及ばないのだ。
「で、でも、アタシは【黒】を使わなくても頑丈さには自身があったのに、一撃で……」
「ワタクシの【幻燈残火】は精霊を武具へと変換し、その力の一端を特化させる魔術」
「…………熱の操作?」
「そう。熱で蜃気楼の幻を作った後は、この刀身を通して千尋の熱を奪った。今、ろくに動けないのは千尋の体に熱が足りていないからよ」
「な、なるほど?」
「ちなみに、これも科学知識を利用した攻撃になっているわ」
「また科学ぅ!?」
千尋は露骨に嫌そうな顔を作った。
何故、ファンタジーな世界に来てまで、科学のことを考えなければならないのかと。
そう、千尋は地味に科学やら数学などが苦手な文系だったのである。
「科学の理解は大切よ、千尋。魔法とは異なる法則だけれども、紛れも無く世界を構成する法則の一つだもの。魔法を知り、物理法則を知る。どちらか一方に偏り過ぎても、先ほどの千尋みたいに不意を突かれて倒されるわ」
「うぐっ……確かに、最近は魔術戦闘ばかりで、こう、発想に何でもかんでも魔術に繋げる癖があったかも……」
「ちなみに、科学知識を使った魔術攻撃が得意なのは、ワタクシよりもヒカリだから」
「えっ!?」
千尋が、少し離れた場所で見守っているヒカリへ視線を向けると、「あはははっ」という曖昧な笑みが帰って来た。
否定でも肯定でもない、適当に流す感じの解答だった。
「そして、多分、ワタクシたち三人の中で一番強い癖に、戦うのが嫌いなのよ」
「えっ!? そうなの、ヒカリ!?」
「違いますよー? フレイヤの勘違いですよー? 真に受けないでくださーい」
「千尋、ワタクシを信じて」
「千尋、信じるのは私ですよ?」
「やめて!? どっちかを選ばないといけない類の論争は止めて!? アタシ、そういうのが一番苦手!」
友達二人から詰められて、軽く涙目になる千尋。
そんな千尋をしばらく眺めていた二人は、やがて『ふふふっ』と笑みを漏らし始める。
「安心していいわ、千尋。ワタクシたちはそういうことしないから。さっきのは冗談」
「そうそう。二人の内のどっちかを選ばせるなんて真似はしないのです」
「んもう、二人ともぉー!」
「選ばせるとしたら、二人同時にって感じよ」
「そうそう。やっぱり三人仲良くが一番なのです」
「……あれ? 和やかな会話なのに寒気がするような?」
這いつくばる千尋の周りに二人は集まり、きゃいきゃいと騒がしく会話を続ける。
先ほどまでの決闘と、今のような年相応のやり取りが普通に繋がるところが、魔法学校の日常だった。
「…………まぁ、戦うのが嫌いでも、その時のために準備は必要ですが」
もっとも、小さく呟かれたヒカリの言葉からは、次なる非日常の気配が漂って来ていたのだが。
7/19 ちょっと教師の口調を修正。




