第42話 さよならは言わない
久慈宮清十郎は美少年だ。
美形の中学二年生の男子だ。
自他共に認める美しさを持つ存在だ。
――――だが、逆を言えば、『美しさしかない』とも言える存在だ。
ただ、清十郎は何もできないというわけではない。
勉強は苦手だが、運動は得意な方だ。
歴史を調べるのが好きで、同級生が漫画を読む傍ら、歴史の教科書を読んでにやにやと笑っていることも度々ある。
美しさ以外の個性が無い、というわけではない。
そういう話ではない。
美しさがあまりにも際立ち過ぎて、相対的にそれ以外の要素が薄まっているという話だ。
「清十郎? ああ、そうそう、美少年の」
「久慈宮君? ああ、格好いいよね、彼」
「綺麗」
「かっこいい」
「美形」
「良いよな、容姿ガチャ大成功」
清十郎を語る時、誰もが最初に容姿を上げる。
綺麗な存在だと、清十郎に対してどんな感情を抱いていようとも、その美しさだけは否定できないとばかりに。
その態度が、周囲の反応が、清十郎にとっては少しうんざりしていた。
無論、褒められれば嬉しい。認められれば誇らしい。
けれども、外見を褒められるというのは逆に、中身は評価されていない、と感じてしまうのも確かなことだ。
外見と中身が釣り合うほど、清十郎は奇抜な性格をしていない。
破天荒ではない。
千尋の前に出る時、わざわざ巫女服を選んだのも、自身の性格の薄さを埋めるためのことだ。
格好つけて。
格好だけを美しく決めて。
どうにかこうにか、『不敵な協力者』としての面子を保とうとしているのが今の清十郎だ。
蓋を開けてしまえば、この程度でしかない。
久慈宮清十郎は、美しいだけの普通の少年に過ぎない――――そのはずだったのだ。
時を巻き戻す固有魔法に覚醒するまでは。
「死にたくない。こんな死に方は嫌だ!」
繰り返しの最初。
スルトの復活により、周囲の光景と共に燃え尽きる時、清十郎が願ったのは至ってシンプル。
死にたくない、という全ての生命体にあるだろう根源的な願望だ。
その美形に釣り合わないほど、ありきたりで普通の願いだ。
しかし、清十郎の魂に宿っていた固有魔法は、死に際に覚醒。さながら、最初からそういう動物だったのように。巣から旅立つ幼い鳥のように。
清十郎は当たり前のように繰り返しを始めたのだ。
そして。
「初めまして! アタシは鈴木千尋! ちょっとこの神社へ調べものに来たんだ!」
清十郎は千尋に出会ったのだった。
●●●
衝撃。
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。
「しぃあ!」
空を割くような千尋の拳は、中国拳法の術理に則った一撃。
一撃必殺の打撃を繋げて、相手の動きを絡め取り、相手を殺すまで途絶えない連打を打ち込む流れだ。
「ごぉあ!」
大地を割るようなアルゴルの拳は、空手に於ける攻防一体の代物。
空間を制圧するように拳を放ち、相手の動きを制限し、そのまま押し潰す重戦車の如き代物。
「「おぉおおおおっ!!」」
連打。
衝撃。
重なる咆哮。
二人の戦士は今、一進一退の攻防を繰り広げていた。
無論、達人クラスのアルゴルに対して、千尋が急激に成長して技量が追い付いた、なんて都合の良い展開ではない。天才ならばまだしも、千尋の才能は凡庸だ。いかに生死のかかった戦いだからとはいえ、そうそう簡単に達人まで技量が至ることはない。
では、何故か?
「ここぉ!」
「ごぉあ!?」
当然、チートによるものだ。
清十郎による短期ループというチートにより、千尋は清十郎の攻略法を見つけ出しているのだ。
今、千尋がアルゴルの隙を縫って、肘鉄を鳩尾に叩き込んだのと同じように。
動きの癖。
魔力の質。
思考の特徴。
その他、アルゴルの戦いに於けるあらゆる情報を、千尋は短期ループによって獲得している。
それは即ち、相手からすれば、初見同士の戦いだというのに、ガチガチに対策された状態で戦わされているようなものである。
不利極まりない状況だ。
――――だが、逆に言えば、ここまで不利極まりない状況でも、アルゴルは負けていない。
「竜牙装着!」
「ちぃっ!」
むしろ、千尋の動きに対応し始め、段々と押し返している。
それほどまでに、千尋とアルゴルの差は大きい。
達人クラスとは、それほどまでの存在なのである。
「戦士よ! 鈴木千尋よ! 貴様の心臓を穿つことこそ、我が生涯最後の誉れとしよう!」
アルゴルは魔力で構成された爪を振るい、千尋の魔力防御を切り裂く。
「じゃあ、アタシはアンタを叩きのめしたことを、二学期始まりの土産話にしてやる!」
とっさに防御した千尋の腕には、三つの赤い線が刻まれるが、それでも怯まない。
幾度も死線を越えた所為か、千尋は格上のアルゴルに対して全く怯まない。
実力で敵わない相手に、怯まずに挑みかかる。
それは蛮勇か?
否、違う。
千尋のこれは蛮勇などではなく。
「我が【黒】よ」
相手を詰ませるために必要な行程だ。
「ぬぅっ!」
今まで千尋が温存していた【黒】の魔術。
その発動に、流石の達人クラスであるアルゴルも一瞬、警戒に身を震わせる。
最大限、千尋が放とうとする原初魔術へ神経を尖らせて。
「――――悪いな。オレも居るんだな、これが」
背後から叩きつけられた、紫電の衝撃に視界が真っ白に染まった。
「が、あ!?」
何度も繰り返した中、千尋が掴んだアルゴルの弱点。
それは、甘いことである。
世界を滅ぼそうとしているというのに、子供に対しては退避の呼びかけ。
明らかに非戦闘員の清十郎を狙わず、千尋とだけ戦い続ける。
その甘さこそが、千尋が【黒】という最大限に警戒すべき魔術を放とうとした瞬間、清十郎の存在を意識から消させたのである。
後の答え合わせは簡単だ。
清十郎が、予め千尋から預かっていた術札を起動させて、背後から不意打っただけ。
相手の動きを痺れさせる紫電を放って、最高の隙を作らせただけ。
「【黒化武装:黒雷具足】」
そして、千尋はその待ち望んだ隙を逃がさない。
自らが持てる最大威力の一撃を、アルゴルの胸元に叩き込む。
「おっらぁあああああああ!!」
アルゴルの巨体は千尋の一撃に耐えきれず、何度も地面を転がるように吹き飛ばされる。
「……ぐ、う」
「はっはぁ! 見たか!? アタシたちの勝ちだぁ!!」
呻き、立ち上がれない。
そんなアルゴルの様子を確認して、千尋は大きく勝鬨を上げた。
無理もない。
何せ、数十回繰り返しての勝利である。
何度も、何度も敗北した分、その喜びはひとしおだろう。
「…………見事だ、鈴木千尋。私の敗北を認めよう――だが!」
しかし、ここで終わりではない。
「我が魂を糧に再起せよ、終炎の巨神」
倒れ伏すアルゴルは、最後の手段を取る。
己の魂を犠牲にした、強制的なスルトの復活だ。
――――ごうっ!!
アルゴルの肉体から、煌々と真紅の炎が立ち上がる。
その炎はこの場だけではない。この町の至るところから立ち上がり、やがて一つの巨大な人型を作り出した。
真紅の巨人。
肉体は炎。
手に携えるは、滅びをもたらす魔剣。
世界一つを終わらせるに足るだけの神格が今、この『地球世界』に蘇ったのだ。
こうなってしまえば、もはや周囲の環境など関係無い。
真紅の巨人――スルトを中心として、周囲にマナが発生する。とても『地球世界』のものとは思えぬ、濃厚なマナに溢れた環境。
それは即ち、この場が一時的に神代にも等しい空間になったことの証明である。
「……ここからが長そうだな、千尋」
滅びの象徴。
自らを殺す死の具現化を前に、清十郎は冷や汗を誤魔化すように口元に笑みを浮かべて。
「いいや、もう仕込みは済んでる」
「――――え?」
千尋が何でもないように言った勝利宣言により、その笑みは固まった。
「スルトに関しては最初から対策はあったんだよ、清十郎。だから、アタシにとっての鬼門は、どうやってアタシ自身がアルゴルを倒すかが問題だったんだ」
「え、ええと、つまり、どういうことだ?」
困惑する清十郎へ、千尋は得意げに指を鳴らして見せた。
「こういうことさ!」
ぱちん、と指の音が響いた後、ぱぁん、と快音が一つ。
見上げれば、先ほどまで空を焼き尽くさんばかりに真紅の炎を立ち上らせていたスルトは、まるで膨れ過ぎた風船のように弾けて消えてしまっていた。
「【形状変化:魂魄】」
そして、真紅の中から一筋の黒い閃光が、焼け焦げた松明と成り果てたアルゴルの肉体へと突き刺さって。
「ごはぁ!? げほっ!? げほっ! な、なんだ!? わ、私は死んだはず……」
まるで、清十郎が使う巻き戻しの如く、アルゴルの肉体は健康体へと回復した。
「何をどうしても、アルゴルが魂を糧にスルトを復活させる。だったら、対抗策は一つ」
地に伏せながら、戸惑い、混乱するアルゴルを横目に、千尋は誇らしげに言う。
「アルゴルの魂に【黒】を打ち込んで、復活そのものを阻害してやればいい! まぁ、その副作用で、アルゴルも生き返ったみたいだけど!」
「…………は、ははっ」
神格をバラバラに吹き飛ばした千尋を前に、自らを苛む悲劇を、宣言通りに終わらせた千尋に、清十郎はもはや笑うしかない。
「はははっ! やっぱりお前は最高だぜ、千尋」
そう、笑うしかないのだ。
スルトの攻略が終わるまで、もう少しだけ共に居られるなんて思ってしまった。そんな自身の弱さを、胸の中に訪れた寂しさを、清十郎は笑うことでしか誤魔化す方法を知らなかった。
●●●
スルトの復活を阻止したことにより、清十郎たちは繰り返しを終えることが出来た。
そうなれば当然、次に起こるのは街の外との『すり合わせ』である。
何せ、町のほとんどの住人は魔術に関して何も知らない人間ばかりだ。『地球世界』の方針の都合上、魔術の存在を明かすことは出来ない。
従って、繰り返しの結界が解かれた後、『天球世界』の魔術師たちが派遣され、大規模な記憶改変を行うことになったのだった。
そう、ひと夏の冒険を終えた千尋と清十郎だったが、こういう派手な戦いの後にはいつも、地味だが大変な後片付けが待っているものなのである。
そして大概の場合、子供の冒険の後片付けをするのは大人の役目だ。
「久慈宮清十郎。君には『天球世界』の研究機関で、その固有魔法の制御方法を見つけ出してもらう。時を巻き戻す固有魔法は、放置するにはあまりにも脅威だ」
また、子供が危険な力を手にした時、保護をするのもまた、大人の役目である。
今回の場合、大人はクロウが。
子供は清十郎が当てはまる。
「――師匠!」
そして、子供でありながら当事者から微妙に外れている千尋は、必死な声でクロウへと呼びかける。
「あ、あの! そいつは――」
「わかっている。弟子よ、私は弟子の友達を無下に扱うような大人ではない」
何か清十郎に対して有利な言葉を探そうとする千尋へ、クロウはぽんと頭に掌を置いた。
「研究機関と言っても、その実態は固有魔法を扱える人間の教育機関みたいなものだ。自分の力で傷つかないために教育を施し、その過程でいくらかデータを取らせてもらう程度だ。安心しろ、私が定期的に監査をしている場所だから不正は無い」
「本当!? 本当に本当の本当ですか!? こいつ、辛い思いをしませんか!?」
「ああ、極力、親元にも定期的に返すように努力しよう」
「でも師匠! アタシの時もそんな約束をしていたけど、あんまり守られていな――」
「今後は君を強制的に定期的な帰還をさせることにした」
「しまった、藪蛇だ!」
千尋とクロウの会話は、まるで――否、その外見通り、子供と大人のやり取りだった。
何も気負っていない子供と、慈しむ目で子供を見下ろす大人の会話だった。
「…………そっかぁ」
そんな二人のやり取りを眺めて、清十郎は深々とため息を吐いた。
「わかっていたけど、実際に目にするとしんどいわー……ははっ」
そして、空々しい言葉を小さく、二人に聞こえないように吐き捨てて。
「――――千尋!」
「おわっ!?」
八つ当たりのように、餞別のように、清十郎は千尋の胸元へと何かを投げ入れた。
「ちょっ、え? 何!? お守り!?」
千尋が確認するとそれは、『災厄退散』と書かれたお守りの袋だった。
「神社の跡取り息子から、精一杯のご利益を込めたお守りだ! お前は絶対に、今後も災難に遭うから、少しでも験担ぎとして持っとけ!」
務めた明るく、憎まれ口を叩きながら、悪友のように清十郎は言う。
「はぁーん!? 余計なお世話ですぅ! まぁ、でも! ありがとうね!!」
その憎まれ口に対して舌を出した後、千尋は悪友に向ける笑みを返した。
友達。
悪友。
あるいは、戦友。
ひと夏の冒険を越えた二人には、確かな絆があった。
例えそれば、一人の少年の片思いが叶わない証明であったとしても。
「ははっ、どういたしまして」
けれども、清十郎は涙なんて流さない。
そんなのは柄ではない。
そんなのは格好良くない。
よく『泣きたい時に泣ける人間の方が良い』なんて言葉があるが、少なくとも清十郎はそれを正しいと思えなかった。
何故ならば。
「精々、また会う時までくたばるなよ、千尋」
「おうともさ!」
一人の男として、好きな女の子相手には、格好良く別れを告げたいものだから。
いつか、また会う時に、胸を張って友達だと言えるように。




