第41話 夏の終わらせ方を探して
ループの利点は、知識と経験の蓄積だ。
本来は知るはずの無い未来の知識。
あり得ないはずのコンテニューの経験。
これにより、時間を繰り返す者は、そうでない者に対して圧倒的なアドバンテージを得ることが出来るのである。
事実、清十郎はこの利点を活かして、どうにか千尋の勝算を上げ続けていた。
そして今、千尋のループ耐性が極まり、記憶の保持が可能となっている。
それはつまり、どういうことなのか?
「まぁ、相手の手の内が分かっているなら、こんなもんか」
――――こういうことである。
千尋の足元には、五人の終焉主義者たちが倒れていた。
しかも、彼らの負傷は必要最低限。的確なる一撃を持って、過不足なく意識を刈り取り、無力化している。
その上、それだけのことをしながら、千尋の魔力消費はゼロに近い。
今回は【黒】すら使わず、基礎の精霊術と【韋駄天】のみで五人全員を叩き伏している。
「え、えぇ……千尋。なんかお前、いきなり強くなってね?」
清十郎は、そんな千尋の戦いっぷりに感心を通り越してドン引きしていた。
「別に、こんなのは強くもなんともないよ。百聞は一見に如かず、って言うだろ? 記憶を保持できるなら、この程度なら何も難しくはない」
けれども、千尋は謙遜するでもなく、当たり前に言う。
こんなものは前座にもなっていないのだと。
「それよりも、清十郎。準備は良い? アタシも頑張るけど、ぶっちゃけ、事の正否は清十郎にかかっているんだからな?」
「おうよ。期待せずに構えていてくれ」
「駄目。アタシは清十郎に期待する」
「…………まったく、厳しい奴だぜ、本当に」
千尋は静かに拳を構えて。
清十郎は巫女服の懐に手を入れて。
「疾く、この場から離れるがいい。子供たちよ」
その時はやって来た。
「【黒化武装:籠手】」
上空から降り立つように現れるのは、灰色ローブを纏った巨漢。
手足が鱗に覆われ、竜のそれになっている半人半竜。
千尋よりも遥かに上の実力を持つ、達人クラスの終焉主義者だ。
「【形状変化:雷】」
だからこそ、千尋は出し惜しみなどしない。
「黒雷よ、我が拳に纏え――――【黒化武装:黒雷具足】」
【黒化武装】の範囲を広げ、両手だけではなく両足へ。
更には、形状変化させた【黒】の雷を【黒化武装】の上から纏わせる。
これにより、千尋は一時的に音速を越える速度で駆け抜け、雷の如き速度で【黒】を放つことが可能な魔術師として君臨した。
「待たせたなぁ! さぁ、思う存分に戦おうぜ! 終焉主義者ぁ!!」
鼻から止めどなく流れる鮮血と引き換えに。
「脳がダメージを受けるほどの魔術の過剰行使――非礼を詫びよう。貴君は子供では無く、一角の戦士だ」
ヴァリヴァリヴァリ、と黒い雷が千尋の周囲に迸る。
それでもなお、終焉主義者の巨漢は揺るぎない。
平然と構えを――日本の空手に似た構えを取り、千尋を迎え撃たんとする。
「ふっ」
吐息が一つ。
それだけを残して千尋は駆けた。
音よりも速く。
残像を残して。
風をかき分けて。
黒い雷と共に拳を振るう。
その姿はまさしく、一陣の黒い閃光。
五人の終焉主義者たちを倒した際に【黒】を使わなかったおかげか、この一撃は紛れも無く初見殺しとして機能する。
「見事。だが、まだ甘い」
そのはずだった。
「――かはっ!?」
肺の中の息が吐き出され、千尋の【黒化武装】が霧散する。
ゴロゴロと地面を転がり、全身を投げ出すような形で倒れ伏す。
一体、何が起こったのか?
ほんの一瞬の交差でも、千尋は確かに知覚していた。
「…………げほげほっ、達人クラスに、偽りなし、か」
見切ったのだ。
この終焉主義者の巨漢は。
千尋の速度を。
千尋が纏う【黒】の正体を。
「その【黒】が大気中のマナを消し去っているのを視認していた。ならば、正体がどうであれ、触れぬように動くのが当然だろう?」
平然と終焉主義者の巨漢は言う。
それだけのことを為せる技術――否、武術がどれだけ功夫の頂にあるか、それを知りながらも平然と。
「い、雷の、速度は? げほっ」
「大気の動きを見れば、雷の動きなど見極められる」
「……は、ははっ。なぁーるほどぉ!」
千尋は血反吐を吐きながらも、勢いよく立ち上がる。
「やめておけ。骨が折れ、内臓が傷ついているだろう?」
「あははははっ! 全て滅ぼしたい癖に、何を今更!」
「……っ!」
千尋の笑いに、終焉主義者の巨漢は黙り込んだ。
言い訳もせず、けれども、為すべきことを為そうと、封印の祠に向かって腕を振り上げて。
「戻せ、クロノス」
きゅるるるる、とまるで古いビデオテープを巻き戻すような音が響いた。
そして。
「疾く、この場から離れるがいい。子供たちよ」
時間は巻き戻る。
ループの中で、更に短く限定的なループが起こる。
久慈宮清十郎という固有魔法の使い手によって。
「さぁて、リベンジだ!」
当然、千尋の負傷も魔力の消費も巻き戻る。
巻き戻って――――千尋と清十郎しか知らない、再戦が始まる。
●●●
二回目。
「くそっ。当然だけど、戦闘経験が違い過ぎる!」
「…………違和感がある。少女よ、貴君は――」
戦闘経験の違いにより、順当に敗北。
リトライ。
三回目。
「魔力強化無しでも強いとかアリなの?」
「ふむ? 少女、貴君の動きは未来を――」
【黒】を当てたものの、肉体性能の違いにより敗北。
リトライ。
四回目。
「げほっ、げほっ――ああ、これだ。これだなぁ! いっそのこと、【黒】は使わない方がアタシの精神が研ぎ澄まさせる!」
「未来予測か? 随分と珍しい魔術を使う――」
【黒】の使用を停止。身体強化のみで戦闘して善戦――功夫の格差により敗北。
リトライ。
リトライ。リトライ。
リトライ。リトライ。リトライ。リトライリトライリトライリトライ――。
「そういえば、聞いてなかったな」
「む?」
五十六回目。
達人クラスの終焉主義者の巨漢と平然と打ち合えるようになった千尋は、今更のように問いかける。
「終焉主義者のオッサン。アンタ、どうして世界を壊したいわけ?」
「…………」
本当に、今更過ぎる問いかけだった。
ループを繰り返す千尋と清十郎にとっては、本当に今更過ぎる問いかけ。
けれども、常に一度目の終焉主義者の巨漢にとっては、この質問は戦意を削ぐには十分過ぎるほど意外なものだった。
「聞いてどうする?」
「納得する。だけど、戦いは止めない……まぁ、意味は無いかもしれないけど、一度ぐらいは訊いてみても良いと思って」
「……よくわからん子供――否、戦士だ」
終焉主義者の巨漢は、構えを解かないまま語り出す。
「大した理由ではない。妻子が『天球世界』の政争に巻き込まれて死んだ」
「…………だから、絶望して、こんな世界なんて壊れてしまえ?」
「いいや、違う」
硬い声のまま、ローブの奥に隠された闇の中で言葉を紡ぐ。
「私が許せないのは、政争に巻き込まれて妻子が死んだことだけではない。その政争の理由こそ、私は許せなかった」
「理由? 何だ? どこかの国の王位争いでも――」
「『恵まれない子供たちに愛の手を』」
「……は?」
「政争の理由は、『地球世界』の孤児に魔術を使った支援を送るかどうか。その論争が発展し、過激化……結果、異なる派閥での殺し合いが発生したらしい」
「……それ、は」
「嗤えるだろう?」
淡々とした、けれども世界を焼くような憎悪の言葉を。
「私たちだけではないんだ」
当然と言えば当然なのだ。
漫画やアニメではないのだ。気合の入った悪党なんて、早々居るわけが無い。
終焉を望む者など、古今東西、大抵の場合――――絶望に足るだけの理由があるのだ。
「ご立派な志を持って、ご立派な行動をしようとすればするほど、人が死ぬ。そういう風にこの世界は出来ている」
「……でもっ! それだけじゃない!」
「知っている。知っているから、性質が悪い。なんだ? 私たちの悲劇はなんなんだ? 運が悪かっただけか? それだけの理由で奪われるのか? どれだけ警戒を重ねても、準備をしても、ある突然奪われるのか? 幸せな日常が、たった一つの不運だけで奪われるのか? 何故、私たちは奪われたんだ? 何故、お前たちは奪われてないんだ? 何故、何故、何故――――とまぁ、こういうことだ」
千尋は初めて見た。
こういう存在が居ることは知っていた。
『地球世界』にも、どこにでも、こういう存在は居るのだと知っていた。
けれども、実物を見るのは初めてだ。
「どうしようもない。私は、『私たち』はもう、どうしようもない存在なんだ。だから、世界を滅ぼす……どうだ? 納得したか?」
無敵の弾丸。
何もかもがどうでもよくなった絶望の塊。
自害を許せるほど優しく在れない、世界を滅ぼすだけの因子。
それこそが、終焉主義者たちの正体である。
「――――は? 納得? するわけねぇだろ、馬鹿が」
故に、だからこそ、千尋は吠えるように罵倒を返す。
「世界は無常だと!? 自分には絶望しかないと!? おいおい、難しいことばっかり言ってんなよ、アタシはガキだぜ!? 十三歳のクソガキだ! 難しいことなんざ、理解出来ねぇ! だから、馬鹿らしく、的外れに! アタシの感情論で返してやる!!」
びっ! と力強く人差し指と中指で終焉主義者の巨漢を指差し、叫ぶ。
「アンタ、そんなに強いのに! 負けてんじゃねーよ!! 情けない声で絶望してんじゃねぇよ! 強いなら、せめて虚勢を張れ!! 悲しくても! 苦しくても! 何もかもが嫌になっても格好つけろよ!! アタシが強敵と認めたくなるぐらい強いんだから! それぐらいはやってくれよ!!」
暴論だった。
死人に鞭を討つような真似だった。
我儘で、他人に寄り添わず、むしろ蹴り上げるような言葉だった。
「――――は?」
そんな千尋の叫びに、終焉主義者の巨漢は思わずローブの奥で目を丸めて。
「は、はははっ、はははははっ! なんだそれは、酷い! 酷いな! 人の絶望を何だと思っているんだ、まったく!」
笑った。
大声で笑った。
自嘲ではない、久しぶりの笑い声だった。
「は、ははははっ! はぁ、はぁっ――――失礼、笑い過ぎた。ああ、そうだな。その通りだ。格好つけるべきだったな、私は……だが、もう遅い。既に、言葉で止まる段階は過ぎた。私が何を言おうとも貴君が止まらぬように、私も止まらない」
「はっ、いいぜ、それでも。だけど、せめて仕切り直そうぜ? アタシとアンタ、戦士と戦士の戦いなんだ。そこだけは格好つけても良いだろ?」
「はははっ! ああ、そうだな。そうしよう」
千尋は怒りと共に決意を秘めた瞳で。
終焉主義者の巨漢は、吹っ切れたような笑顔で。
「アタシは最強の魔術師の弟子、鈴木千尋!」
「私は終焉主義者のアルゴル!」
「いざ!」
「尋常に!」
「「――――勝負!!」」
繰り返しの無い、最後の相対が始まる。
「……ったく。格好良すぎるぜ、千尋」
終焉主義者の巨漢――アルゴルに退かぬ戦いを繰り広げる千尋の姿を、清十郎はどこか眩しそうに眺めていた。




