第40話 リスタート
「落ち着け」
千尋がまず行ったのは深呼吸だ。
理解不能な状況に陥った時こそ冷静に。
常日頃、師匠であるクロウからの鍛錬を受けている千尋は、異常事態に喚くような無様を晒したりしない。
一呼吸。
オドを整えながらの呼吸で、千尋は意識を切り替えた。
「風の歌よ、小さく響け」
そして、探査魔術を発動。
周囲に戦っていた終焉主義者と、清十郎の気配が無いかを探り――――図書館から少し離れた場所、つまりは神社に清十郎の気配があることを探知する。
「…………」
違和感。
その違和感を逃さないため、千尋は己のポケットから携帯端末を取り出して時間を確認する。
すると、携帯端末に記された時間は確かに、千尋がかつてこの図書館に立ち寄った時と同じものだった。
「ふむ」
次に、千尋は自分の手を握っては開き、体内に貯蔵されているオドの残量を確認した。
増えている。
正確に言うのならば、戻っている。
終焉主義者たちと戦う前の量まで。
「ルーさん」
『はい、なんでしょうか』
最後に、千尋は足元を軽くタップして、影の中に居るルーへと語り掛けた。
「覚えてる?」
『……ええと、何がでしょうか?』
「いや、良いんだ。その反応で分かったから」
『……???』
言葉を介さぬ通信魔術から、ルーの困惑が千尋に伝わってくる。
この反応により、千尋は一つの仮説を立てた。
「時間が巻き戻っている」
荒唐無稽な仮説だった。
だが、今、この状況を説明するのならば、一番可能性がある仮説だった。
「漫画やアニメを沢山履修しておいてよかった……さほど混乱せずに済んでる」
小さくぼそぼそと考察を重ねながら、千尋は図書館内の適当な席へと座る。
時間がループしているのならば、まだ猶予はあると仮定して、考察のための時間を作ったのだ。
「まず、このループの規模を考えよう」
とん、と指先でテーブルを叩き、思考を展開させていく。
「世界全てが巻き戻っている、のは流石にあり得ない。それほどの規模の魔術となると、いくらなんでも現代魔術で発動させるのは不可能だ。仮に可能だったとしても、かなり面倒で大規模な準備が必要となるはず。そうなれば、師匠の目を誤魔化すのは絶対無理」
今までの経験。
授業で習った知識。
クロウに教えられた知恵。
それらを混ぜ合わせて、千尋の思考は不可解な現状を解き明かしていく。
「多分、局所的な時間の巻き戻し。結界みたいに内外を区切って、その内側だけを巻き戻している……うん、それが妥当。というか、師匠も影響を受ける時間の巻き戻しの場合、考えても無駄だから最初から除外した方がいい」
たん、たん、たん、と小さく、微かな音を鳴らし、千尋の指がリズムを刻む。
まるで、音と共に、千尋の思考を加速させるように。
「巻き戻った場合、内外の時間のずれはどうする? 巻き戻っても最終的には結果は変わらない? いや、それなら巻き戻す意味が……そもそも、アタシは『一回目』か? いや、違う。恐らくはこの巻き戻しの――――『固有魔法』の持ち主は」
指が止まる。
がたん、と千尋は席を立ちあがる。
もう、カウンターに行く必要はない。
行くべき場所も、会うべき相手も理解している。
「久慈宮清十郎。あいつが、この巻き戻しの主犯だ」
だからこそ、千尋は神社へと向かった。
奇妙なほどに話が早かった、巫女服姿の美少年と会うために。
「固有魔法ってのは、要するにあれだ。異能とか超能力の類らしいな?」
かしゅ、と炭酸が抜ける音が響く。
「魔術ってのは普通、物理法則みたいに『魔素の法則』に従って発動するものだ。だけど、固有魔法は違う。一人だけ異なる法則を持ち合わせているんだ。目を合わせるだけで相手を燃やすように。踵を鳴らすだけで、嵐を呼べるように。その個人だけが扱える法則。それこそが、固有魔法…………まぁ、全部受け入りだけどな?」
こぽぽぽ、とオレンジソーダが透明なグラスに注がれる。
グラスの中にある氷が動いて、日光が弾ける。
――――石段の上で、清十郎は待ち構えていたようにそこに居た。
手には、千尋の好物の一つであるオレンジソーダを携えて。
「オレの場合、時間に干渉する固有魔法を持ち合わせているらしい。と言っても、この巻き戻しもほどんど無意識で、死にたくないから周囲の時間ごとまき戻しているだけみたいだけどな? というわけで、だ」
にやり、と不敵に微笑み、千尋へ問いかける。
「その顔が答えだと思うが、一応訊いてもいいか? オレたちは『初めまして』なのか、『さっきぶり』なのか」
不敵な笑みの中には、隠し切れない期待と真剣さがあった。
千尋が、清十郎を信じるに足ると思ったものがあった。
「ふんっ」
故に、千尋は乱暴に清十郎からグラスを奪い取り、その場でオレンジソーダを飲み干した。
「げぷっ」
そして、お行儀悪く、げっぷと共に答えを返す。
「また会ったな? クソ兄貴」
「――――ははっ」
その返答に、くしゃりと清十郎の笑みは歪んで。
「また会えるのを、ずっと待ちわびていたぜ、ちくしょう」
迷子の子供がようやく友達と再会した時のように、目元からは透明な雫が零れていた。
●●●
「このループは何回目?」
「記念すべき六十回目だな」
「時間が巻き戻される範囲は?」
「この町の中限定だ。ただ、町の外に向かう人間も居るわけだから、完璧に何もかも巻き戻せているわけじゃない」
「町の中と外側の通行は?」
「可能だ。だが、このループの起点はオレなわけだから、オレだけは『ある条件』を満たさない限り、ループから解放されることはない」
「その『ある条件』って?」
「終炎巨神スルトの復活阻止」
神社の石畳の上で向かい合い、千尋と清十郎は淡々と言葉を交わし合う。
全ては、この不可解な時間の円環に対する情報を得るために、伝えるために。
「このループは、オレの死が起点であり、収束点なんだ。オレが死ぬから、それを防ぐために無意識に固有魔法を発動させて時間を巻き戻す。だけど、一度決まった運命を覆すのは大分しんどいらしくてな? 色々と試しているわけなんだが、結果としてはスルトをどうにかしないと、なんやかんやでオレは死ぬらしい」
「……あー、漫画やアニメで見たことがある。ループもので物凄く苦労する奴。誰かの死の因果を覆すために、何百回もループする感じの」
「そうそう。そういう奴。んでもって、死ぬのはオレ。まぁ、オレが諦めれば、最悪の最悪、被害はオレ一人だけに留まるらしいんだが――」
「清十郎」
冗談めかして言う清十郎に、千尋が強く抗議の視線を向ける。
「アタシの記憶は、前回のループからしか持続していない。だけど、多分、魂が理解しているんだ。お前とアタシは、これでも割と長い付き合いなんだって」
「ん、まぁ、そうだなぁ。ループで言うと、四回目ぐらいからは一緒に巡ってるぜ? 多分、お前の中にある【黒】のおかげで、段々とループに耐性が出来て、ようやく今になって記憶の保持に成功したって感じだと――」
「理屈はどうでもいい」
ぴしゃり、と清十郎の言葉を遮って千尋は言う。
「アタシの魂が言ってる。お前を助けろって。降りかかる理不尽を殴り砕いて、お前と一緒に生きて帰れって」
真っすぐに、清十郎の中にある真剣さよりも真っすぐに、千尋は言う。
お前を助けたい、と。
「……あー」
清十郎はぱちくりと何度か瞬いた後、頬を赤らめて頭を掻いた。
まるで、己の内にある感情を誤魔化すように。
「やめてくれ、千尋。格好良すぎて、惚れちまいそうだ」
「うん? いや、それはごめん。アタシは師匠一筋だから」
「くくっ、知ってる! これで振られたのは七度目だ!」
「えぇ、七度もぉ? というか、そう! 師匠は!? 流石に、師匠は気づくと思うんだけど!? いや、そもそも、内外での時間のズレは!?」
「それはもう、繰り返した時間の分だけで、外では時間が過ぎているが?」
「夏休み!!!」
「そろそろ終わりそうだって話は、お前の師匠からは聞いているな」
「師匠!!?!?」
様々な驚愕を受けて、目を見開く千尋。
そんな千尋の様子を見て、溜飲は下がったと言わんばかりに清十郎は笑みを浮かべた。
「一応、六回目のループから連絡は取り合っている。だからまぁ、安心してくれ。最悪の最悪、お前の師匠がどうにかするからさ。気楽にいこうぜ」
「師匠、アタシとは連絡取ってくれないの!?」
「一度連絡取ると甘やかしそうになるからやらないって」
「ぐぅ! わ、わかりました、師匠! アタシ、師匠の期待に応えて見せます!」
「おー、頑張れ、頑張れ」
笑みを浮かべて、軽口を叩き、清十郎は視線を遠い空へと向けた。
――――青空だ。
清十郎はもうずっと、晴れ渡る青空と真っ赤な空しか目にしていない。
始まりの青と、自らを終焉へと導く、炎に焼かれた空の色しか。
「まぁ、つまりだ。これはお前にとっては試験みたいなものだ。この状況を上手く打破して、スルトの復活を阻止してくれ。もしも、被害が街に及びそうになったとしても、最初に死ぬのはオレだ。誰かが死ぬ前に、オレの死が起点となって巻き戻す。思う存分に試行錯誤をしてくれよな?」
清十郎は再び視線を千尋に戻す。
努めて明るく、まるで何も問題無いかのように。
「いや、試行錯誤なんてしない」
「――は?」
けれども、そんな清十郎の気遣いを、千尋は切って捨てた。
「千尋、お前何を言って――」
「このループの回数は即ち、お前が死んだ回数だ。そうだよな? クソ兄貴」
「…………ああ、そうだよ。それがどうかしたか?」
「どうかしたか? じゃない。どうかしている」
先ほどまでの年相応の少女のような振る舞いが消え、今、千尋の瞳から見えるのは憤怒の炎だ。そう、千尋は怒っている。では、何に?
「漫画やアニメじゃないんだ。巻き戻るとしも、アタシはお前が死ぬことを認めない」
理不尽に、だ。
清十郎という少年が、何度も理不尽に死ぬような事態に怒りを覚えているのだ。
「というか、アタシが失望される程度でお前が死なずに済むなら、アタシは直ぐに師匠にギブアップを申し出るけど?」
「…………いや、それは無理だ。以前、試した。どうにも、オレの死の因果を覆せるのは、最初からオレのループの中に居た人物に限られるらしい。それは、お前の師匠でもどうにもならない事らしくてな? だから、あれだ。お前の師匠は悪くないからな?」
「でも、ちょっと釈然としないから、次に会った時に殴るわ!」
「お前、師匠のこと好きじゃないの?」
「それはそれ! これはこれ!」
「お前って奴は本当に……」
呆れているのか感心しているのか、清十郎は妙に晴れやかな笑みを浮かべた。
何かを隠す必要のない、本当の笑顔だった。
「アタシしかクソ兄貴を助けられない。だったら、これは試験じゃない。師匠に褒めてもらうために動くんじゃない――――友達を助けるために、アタシは全力を尽くしてやる」
「……くくっ。そうか、ああ、そうかよ」
だからこそ、千尋は堂々とした宣言を告げることが出来て。
「いや、笑っている暇なんてないぞ、クソ兄貴。お前が一番の当事者なんだから、お前にも頑張ってもらうからな! 物凄く!」
「は? オレも!?」
「そうだよ! とりあえずはお前の固有魔法を――」
清十郎もまた、その言葉を受け取ることが出来たのだろう。
かくして、少女と少年は再会し――――繰り返す夏を終わらせるための戦いが始まる。




