第39話 夏は冒険の季節
「外は暑かっただろ? 資料は中に用意してあるから、とりあえず涼んでくれ。ああ、飲み物はオレンジソーダで良かったか? 堅くてしょっぱい煎餅も用意してある」
「え、えあ? んんん???」
千尋は巫女服の美少年――清十郎に案内されて、神社の隣にある居住スペースに足を踏み入れた。
古めかしい神社の造りとは裏腹に、居住スペースはごく普通の一軒家である。
普通にエアコンがあるし、居間には大きな薄型テレビもある。
そして、大きな冷蔵庫の中から、キンキンに冷えたオレンジソーダが、喫茶店にあるようなおしゃれなグラスに注がれてテーブルの上に置かれた。付け合わせは、千尋の好物である塩辛い煎餅である。
何故か、千尋が好むおやつの組み合わせが、平然と千尋の前に置かれていた。
「なん、え? いや、あの…………あのぉ! 何故、巫女服!?」
色々と困惑している千尋だったが、とりあえず、頭の中の大部分を圧迫している疑問を吐き出した。
そう、何故に美少年が巫女服を着ているのか?
千尋は普通に神社にアポイントメントを取って、資料を見せてもらおうとしただけである。
美少年が巫女服を着て、自分の好きなお菓子とジュースで歓待してくれるサービスを受け取るような真似をした覚えはない。
「ん、ああ。それはお前の趣味」
「アタシの!? なんで!? そこは貴方の趣味じゃないの!?」
「間違いなくお前の趣味だぞ。まぁ、それは置いといて、だ」
「物凄く気になる話を置いておくなんて――」
「千尋、お前が読みたい文献がこれだ」
うぐ、と千尋は文句を噛み砕いて飲み込む。
そうなのだ。巫女服姿の美少年が登場した衝撃で頭から飛んでいたが、千尋の目的は世界を救うこと。そのために、神社にある文献を読むのが必要なのだ。
終炎の巨神の招来を防ぐために。
「…………んぐぐぐ」
しかし、だ。
読めない。
清十郎が持ってきた文献は、古めかしい巻物に文字が記されたもの。
当然、相応の知識を持ち合わせていない千尋には解読不可能なものだ。
「………………んんんんぅ」
オレンジソーダを飲み、煎餅を食べて、巻物を睨みつける。
このやり取りを三回ほど繰り返した末、千尋は「わっかんない!」と音を上げた。
「だろうな。だから、予め要約してあるものを、この用紙に書いておいた」
「ありがとう! でも、久慈宮さん!」
「清十郎で良い。親しみを込めて、兄さんと呼んでも良いぞ?」
「クソ兄貴、アタシが苦しむ姿をわざと見てた!?」
「いいね、悪くない呼び方だ。らしくなってきたな……と言うわけで、さっさと説明させてもらおうか」
たっぷりと感情を込めた罵倒に、清十郎はけらけらと悪魔のように美しく笑う。
どうにも、この清十郎という美少年は、千尋に対して気安い感情を抱いているらしい。
まるで、同じクラスの友達とじゃれ合っているかのように。
「まず、簡潔に言わせてもらおう。この町には、お前が探している巨神は居る。正確に言うならば、六つに切り分けられた巨神の死体が封印されている。終焉主義者の目的は、この封印を解くことによって、再び巨神――終炎の巨神スルトを蘇らせることだ。ここまでは良いな?」
「ちょっと待って?」
「待たない」
だが、そんな気安い口調のまま、あっさりと一般人が知っているはずの無い情報を言われてしまったので、千尋は混乱していた。
だが、清十郎はそんな時間は無い、とばかりに千尋が混乱しているまま説明を続ける。
「スルトの復活を防ぐためには、六つの封印の内の一つでも守り切ればいい。ただし、終焉主義者たちの動きは早い……というよりも多い。もう既に、六つの内の半分以上は封印が解かれているだろう」
「え、誰!? 誰の差し金!? ひょっとして、師匠が助っ人を頼んでいたの!?」
「従って、オレたちがやるべきことは、封印の解かれていない場所――祠が置いてある場所まで行って、封印の一つを死守すること。封印の場所なら、オレが知っているから、オレを掴んだまま飛行魔術で直行してくれ。なお、現着次第に終焉主義者たちの攻撃が考えられるから、戦闘準備をしていった方が良い」
「もう、何が何やら!?」
清十郎の説明に、千尋は理解を放棄した。
仮に、師匠であるクロウが手配した人材だとしても、手際が良すぎる。
そう、まるで――――『予め千尋の来訪を知っていた』かのように。
「お前が混乱する気持ちはわかる。だが、信じてくれ。これは必要なことなんだ」
「……えぇ」
「――――世界を救うために必要なことなんだ」
「むぅ」
まるで何もかも見透かしている清十郎の言葉。
けれども、その瞳には紛れも無い必死さがあった。
巫女服を着ているとは到底思えないほど、真面目な必死さである。
「…………あー、もう」
千尋はこういう真面目な人間が嫌いではない。
実のところ、コンプライアンスやモラルに厳しい師匠の一面も、それはそれで好感を持っているのだ。
たとえ、意味深な言動をしていようとも、本当に必死な人間の手を振り払ったりなどはしない。少なくとも、こちらに害を為さない限りは。
「わかった、わかったよ! とりあえずはお前を信じる! だけど、ちゃんと後で説明するように!」
「ああ、もちろんだぜ! …………やっぱり、この恰好だと説得の可能性が八割ぐらいまで高まるなぁ」
「ぼそっと失礼な謎の統計を呟くな!」
後、これは千尋も自覚していないことなのだが。
鈴木千尋という少女は、男女を問わずに、割と美形の人間に甘いのだ。
●●●
清十郎の指示は的確だった。
「終焉主義者たちの人数は合計六人。この内、五人までは不意打ちで片づけられる雑魚だ。準備運動がてらに処理していこう」
スルトの死体を封印した場所――山深くにある祠の前で、清十郎は千尋へ的確に指示を出していた。
「最初の一人は、逸り過ぎて警戒が疎かだ。魔弾の一つで十分に片付く」
そう、的確だったのだ、異常なほどに。
「二人目は一人目を追って直ぐにやってくる。倒れている姿を見せれば、慌てて駆けつけるから、そこを身体強化と精霊術で倒せ。そう、スタンガンみたいに電撃を食らわせれば気絶する」
まるで、攻略本でも見ているかのように。
「三人目は少し面倒だ。魔力防御が堅いタイプらしい。だから、二発で倒せ。奇襲の一発で脳を揺らして、相手が魔道具のナイフで反撃してくるから、それをバックステップで避けて。距離を取った後に魔弾で頭部を弾け。ちょっと死ぬかも? というぐらいの威力がちょうどいい」
まるで、未来でも見て来たかのように。
「四人目と五人目は警戒しながら、コンビを組んでやってくる。連携が強い。下手な奇襲も通じない。故に、ここでもう、一度目の【黒】を使っとけ。何? 使用回数? 気づいてないと思うけど、今のお前だったら、一日に五回ぐらいは使えるようになっているぞ? まぁ、【黒化武装】を使うなら、回数は減ると思うが」
千尋自身の知らないことでさえ、言い当ててしまうのだ。
さながら、千里眼を持った占い師のように。
これには流石の千尋も、『まぁ、便利だからいいか』と流しては置けない。
「あのさ、クソ兄貴」
「なんだ? 可愛い妹」
「…………その言い方、反吐が出るんだけど?」
「くくっ、悪い。実はオレ、お前みたいな妹がずっと欲しかったからさ。感慨深くて」
「きもいんだけど?」
「ははっ、その物言い。本物の妹っぽい」
「無敵か???」
「くくくっ…………それで、『なんでオレがこんなに色々と知っているのか?』とか訊きたいってことで良いんだよな?」
「むぅ」
見透かされている。
千尋の質問すらも、清十郎は見透かしていた。
祠の隣に転がっている。意識を失った状態で拘束されている五人の終焉主義者たちのように。千尋のことも掌の上で転がしている。
その態度に、決して気が長くない千尋は軽く苛立っていた。
「おっと、その説明をしたいところだが、最後の六人目がそろそろ来そうだ。準備をしてくれ」
「……あのさぁ――」
「千尋」
苛立ちをそのまま口にしようとした千尋はけれども、清十郎の言葉で止まる。
「六人目は強い。お前よりも確実に。だから、最初から全力でやってくれ」
先ほどまでの気安い態度から一転、真剣そのものという言葉で。
「…………アタシさぁ、お前のことが分からないよ、久慈宮清十郎」
「わからなくていいぞ、オレのことなんて。お前は、世界を救って、師匠に褒められればそれで十分だろ? こんな、よくわからない巫女服美少年のことなんて気にするな」
「いや、普通に巫女服美少年の正体は気になる――――っと」
言葉の途中、千尋は即座に戦闘態勢を取った。
何故ならば、来たからだ。
今まさに会話の話題にしていた六人目が。
「疾く、この場から離れるがいい。子供たちよ」
ずん、と耳にした瞬間、肩に重しが乗せられるような重低音の声。
「我は世界の滅びを望む者なれども、子供を殺す趣味は無い」
相手を圧することを目的とせず、けれども、ただ普通に言葉を語るのみで威圧を与えてしまう貫禄。
一定以上の力量を持った者特有の気配。
千尋はそれを、今さっき、眼前に現れた灰色のローブを纏う巨漢から感じ取っていた。
「……達人クラスか」
ほぼ勘での推測だが、千尋の言葉は相手の強さを正しく測っていた。
そう、この灰色ローブの巨漢――――手足が鱗を持つ怪物のそれへと変化している者は、達人クラスの終焉主義者だ。
先ほどまでに処理していた五人とは格が違う。
下手な覚悟で奇襲を仕掛ければ、その時点で敗北が決まってしまうような相手。
故に、千尋は理解した。
だからこそ、最後の六人目に対してだけは不意打ちを仕掛けなかったのだと。
清十郎を疑っているままでは、達人クラスへの不意打ちは不可能なのだと、清十郎は既に知っていたのだ。
そうとしか思えない――だが、今はその思考を切り捨てる。
「相手にとって不足は無しだぜ」
虚勢を言葉にして、千尋は拳法の構えを取った。
警戒は最大に。
最初から全力。
そうでなければ、勝てる勝てない以前に、相手に圧倒されて負ける。
千尋はそう確信していた。
「生憎、不足なのはそちらの方だ」
それでもなお、千尋の認識は足りていなかった。
「【黒化武装】――」
遅い。
音速で動き出せる千尋だが、この場においては明らかに遅かった。
速度が? 否、違う。
動き出し、だ。
終焉主義者の巨漢は、その大きな体に似合わぬほどの俊敏かつ繊細な動きを為した。
まるで、武術に於ける歩法のように。
千尋の意識の間隙をすり抜け、歩き、平然のように懐まで潜り込んだのである。
「っづぅ!?」
そして振るわれる拳を、千尋は辛うじて右腕を犠牲に弾く。
とっさに動けたのは、千尋自身も不思議なことに『妙に勘が働いた』ことだった。
けれども、そこまで。
【黒化武装】を完成させる間もなく、更に終焉主義者は二撃目の拳を放って。
『がぶっ!!!』
「がぁ!?」
その拳が千尋に届く前に、銀狼化したルーが終焉主義者の巨漢に噛みついた。
「……っ! ルーさん!」
それは護衛のルーによる、紛れも無いレフェリーストップ。
千尋の敗北を意味する行動。
この終焉主義者の巨漢に、千尋は勝てない。だからこそ、千尋の影からルーが飛び出て来たのだ。
『がぢんっ!』
そして、抗議する千尋の声を無視し、ルーは終焉主義者の肉体を噛み千切った。
当然のことだった。
達人クラスが相手でも、ルーならば苦戦することはなく、このようになる。
千尋が敗北したのならば、ルーが手を出さない理由も無くなる。
従って。
「――――我が魂を糧に再起せよ、終炎の巨神」
この結末は、千尋が敗北した瞬間から決まっていたのだ。
『いけません』
ルーは素早く千尋を押し倒して、千尋だけを守る体勢へと移行。
その次の瞬間、終焉主義者の死体から、煌々と真紅の炎が立ち上って。
「次だ。次はもっと上手くやる」
がしゃん、という聞き覚えのある音が、千尋の耳に届いた。
●●●
「…………は?」
そして、千尋は『数時間前に居たはずの図書館』に立ち尽くす。
――――前周のループの記憶を保ったまま。




