第38話 夏は出会いの季節
千尋は目を輝かせていた。
まるで、推しのVチューバ―の新衣装でも目にしたような輝きだった。
それもそのはず。
「師匠のスーツ姿! 尊い! ありがたい!」
「…………別に珍しくも無い仕事用の服だぞ?」
千尋の目の前には、仕立ての良いダークスーツを身に纏ったクロウの姿があったのだから。
「珍しい! 珍しいですよ!? 師匠のスーツ姿は滅多に見られませんから!」
「こちらの人間と仕事をする時は、私もそれなりの姿をする。逆に言えば、『天球世界』に居る間はする必要のない恰好だからな」
はしゃぐ千尋に、クロウはやれやれと溜息を吐いた。
「仕事!? 師匠の仕事って何ですか!? 内容を聞いても!?」
「興味を持つな。折角の夏休み中なんだ、大人しく遊んでいろ」
「いえ、お手伝いします! させてください! もう友達二人も『天球世界』に帰ってしまったので! 暇なんです!!」
「暇になるな。地元の友達と遊べ」
「遊びに誘ったら……普通に皆、夏期講習があるから無理だって……」
「まったく、『地球世界』の子供たちは勤勉が過ぎるな」
「まぁ、流石にアタシの友達が例外というか、凄い進学校に行っているから、その所為だと思いますけど……」
しょんぼりと肩を落とす千尋。
どうやら、先ほどまでのハイテンションは地元の友達と遊べない空元気の分もあったらしい。
「久しぶりの帰省だろう? 家族とゆっくり過ごせ」
「はい! もう過ごしました!」
「…………君の父親には、週に一度可能な限り家に帰すようにする約束をしているのだがな。その約束がほとんど守られていないという負い目がある」
「いや、でも、師匠! 恥ずかしいですよ、流石に! だって、魔法学校の寮生ってほとんど家に戻らないし! アタシだけ師匠に送迎してもらって家に帰るとか……その、子供っぽいですって!」
「…………」
クロウは無言で千尋から視線を逸らし――喫茶店のカウンターに佇む、千尋の父親と目を合わせる。
そう、何を隠そう、先ほどまでのやり取りは、開店前の喫茶店で……千尋の父親の前で堂々と行われていたのだ。
「寂しくないわけじゃないですけど! アタシはもうちょっと格好つけたいです!」
千尋は父親の前であっても関係無しに――否、父親の前だからこそ、割と明け透けに本音を言うタイプの思春期ガールである。
無論、そんなことは千尋が生まれた時から家族をやっている父親ならば、当然の如く知っていること。
「クロウ様、どうかお気遣いなく。便りが無いのが良い便り、とも言いますので」
「…………そうか。だが、長く生きた身の上から忠告させてもらえば、親が子供と共に居られる時間は、思っているよりも短いらしいぞ?」
「かもしれませんね。ですが、その短さの中に、精一杯の愛を込めて送り出すのが親というものだと愚考していますので」
「そうか」
クロウは千尋の父親から視線を外し、弟子の下へと戻す。
「あ、師匠! その目は『父親の半分でも落ち着きを持ってくれ』という目ですね!? 子供頃から似たような目を向けられ続けていたので、師匠が仏頂面でもわかります!」
「弟子よ。理解を反省に活かせない内は、君はまだ子供だ」
「うぐっ」
痛いところを突かれ、呻く千尋。
「まぁまぁ、クロウ様」
そんな千尋を庇うのは、父親の役割だ。
「この子は母親に似ましてね? 常識人ぶっているところもありますが、実のところ、好奇心の塊なのです」
「酷い!? お父さん、それは酷い侮辱!」
「なので、好奇心がへし折れるまで、どんどん鍛えてあげてください」
「お父さん!?」
抗議する千尋をよそに、父親は話を進める。
「この私に遠慮などは無用。一度、クロウ様にお預けすると決めた時から、心を鬼にする覚悟は決めております故」
「…………そうか」
「――――それに、守ってくださるのでしょう? クロウ様が」
千尋の父親の言葉に、格上の魔術師に向けた不敵な笑みに、クロウもまた小さな微笑みで応じた。
「ああ、その通りだ」
頷き、クロウは言葉を続ける。
「どうやら、私としたことが、随分と温くなっていたらしい」
「あ、あの、師匠?」
「万全を期して、安全確実に成長の道筋を定めることも大切だが……時に、谷底に叩き落すことも必要か」
「何か物騒なことを言ってませんか? 師匠」
「最悪、『地球世界』が滅びる可能性もある仕事ではあるが、千尋も私の弟子なのだ。今の内に、世界破滅案件の一つや二つは経験させておくべきか」
「師匠? 重いですよ? 十三歳の子供の肩に、世界の命運は重すぎますよ?」
ここに来て千尋はようやく、好奇心が猫をも殺す猛毒であることを理解したが、時は既に遅し。
いや、あるいは、クロウと契約を結んだ時から、この路線は確定だったのかもしれないが。
「我が弟子、鈴木千尋よ。君に、世界破滅案件――――『終末主義者』が仕掛けた、終炎の巨神の招来阻止を任せる」
千尋とクロウの視線は交わる。
故に、クロウの言葉が本気であることを、千尋は感じ取っていた。
「…………承りました、師匠」
そして、千尋はクロウの期待から逃げられるほど、恥知らずでは無かったのだ。
「やります……やってやります! アタシが世界を救ってやりますよ!!」
もっとも、些か蛮勇が過ぎているかもしれないが。
●●●
――――がしゃん。
「うん?」
千尋は聞き覚えの無い音に首を傾げた。
まるで、ガラスが割れたような硬質的な破壊音。
けれども、周囲――図書館の内部を見回しても、まるでそれらしいものは見当たらない。そればかりは、千尋以外の利用者は、まるで先ほどの音が聞こえていないかのように振舞っている。
「…………変なの」
何か変なことが起こった。
けれども、千尋は既に『天球世界』で数多の不可思議を体験している魔術師見習いである。
自分に害を成さない程度の不可思議ならば問題ない、と放置して為すべきことに思考を戻す。
そう、世界を救うための仕事に戻る。
「あ、あった、あった。この本だ……っと、図書館ではお静かに、だ」
小声でぼそぼそと呟いて、目当ての本――『郷土資料の一部』を手に取る。
千尋は現在、世界を救うための仕事をしている、これは間違いない。
だが、世界を救うという仕事は必ずしも、アクション映画のような派手な戦闘が行われるわけではない。
むしろ、その逆。
地味で面倒な調査が主になることが多いのだ。
――――ということを、千尋は師匠であるクロウから教えられたばっかりである。
「ほっとしたやら、がっかりしたやら」
ぼそぼそと微妙な気持ちを言葉にしつつも、千尋は作業を続ける。
さながら、ホラー系TRPGのキャラクターになったつもりで、資料から必要な情報を抜き出す。
終炎の巨神。
世界に滅びをもたらす怪物の情報を。
「…………んんー、昔話は見つかったけど、具体性がほとんど無いなぁ」
以下、千尋が見つけた終炎の巨神と思しきものの情報である。
この土地――東北某所の田舎町に記されている昔話に記載があり。
言い伝えの歴史から、室町時代ぐらいから語り継がれていた内容だと言われている。
終炎の巨神はこの土地では、『だいだら法師』の亜種として語られている。
山よりも高い巨人であり、その体は松明のようにめらめらと炎を纏っていた。
ただ歩くだけで山林を焼き、多くの人々を踏み、焼き、殺した。
困り果てた当時の村人たちは、偉い修験者に頼み込み、巨人をどうにか封印してもらった。
めでたし、めでたし、という内容だ。
「普通だったら、この炎の巨人は大火事の暗喩みたいなことになるんだろうけど。師匠が関わっているなら、間違いなく居たんだろうな、山よりも高い巨人」
千尋は資料を漁りつつも、授業で習ったことを思い出す。
巨人。
人間よりも遥かに巨大で強靭な怪物。
その中でも、炎を纏うものはかつて、神話の時代に世界を滅ぼさんとした神格の一つ。
――――スルト。
奇しくも、黒を意味する名前を持った神話の存在こそ、終焉主義者というテロリストが招来しようとしている世界の終焉なのだ。
「でもなんで、日本の東北地方に伝承が…………いや、細かいことは考えない。それよりも詳しい情報をもっと集めよう」
ばたん、と資料の本を閉じると、千尋は図書館のカウンターへと向かう。
「すみません。あの、この昔話について、もっと詳しい資料を見たいんですけど」
図書館のレファレンスサービス。
頼めば、司書が文献の調査などを手伝ってくれるサービス。
千尋は幼少期の冒険で、母親からこの手の手法は一通り習っていたのである。
「少々お待ちください」
なお、司書はこの手のサービスを利用する千尋ぐらいの年代の子供が珍しいのか、一瞬だけ面食らった後、いそいそと手元のパソコンを操作して。
「ここにある資料よりも詳しいものとなると、近所の神社に奉納されている文献などがありますが、アポイントメントを繋ぎましょうか?」
「あ、よろしくお願いします」
無事に更なる情報への道筋を繋げたのだった。
司書にとっては、少し珍しい利用者。
千尋にとっては、手慣れが行動。
けれども、千尋は知らない。
この時、この行動こそが、この世界――否、この田舎町を救う決定打になっていたことを。
何度も繰り返す、夏の始まりになったことを。
見た。
「わひゃ?」
千尋は見た。
中々に長い石段を登った先にある、古ぼけた神社。
その鳥居の前で、堂々と千尋を待っている、一人の巫女を。
「ほわぁ」
思わず、千尋が間抜けな声を漏らしてしまうほど、美人の巫女を。
外見年齢は千尋と同程度。
千尋よりも背丈は高いが、千尋よりも細身。
顔つきは中性的な美形であり、着る服によって性別を勘違いされそうな外見である。
そして、肩まで伸びたその黒髪は、髪質が一目で分かるほどさらりと風になびいていた。
美人。
それも同世代の美人。
周囲の人間に美形が多いので、割と美人は見慣れている千尋であるが、それでも、目の前の巫女は思わず、千尋が惚けてしまうほどの美があった。
「あっ」
そんな戸惑いを見透かしているのか、巫女は声を出す千尋に優しく微笑んで。
「よう。待っていたぜ、鈴木千尋。オレは久慈宮 清十郎。この神社の跡取り息子だ。『短い間』だが、よろしく」
普通に男子の声で、愛想よく挨拶をしてきた。




