第37話 帰還プラスアルファ
妙に耳に残る甲高い電子音。
十代の子供たちが、馬鹿みたいに笑い合う声。
二十代の大人たちが、真剣に戦略を会話する声。
三十代の大人たちが、年齢一桁の子供たちをなだめる声。
店外から聞こえる、自動車が走り去る音。
――――ゲームセンターである。
『地球世界』の某所。主に駅前に存在するゲームセンターである。
子連れも多く訪れ、比較的治安の良いゲームセンターである。
一応、ここから五百メートル離れたところにもゲームセンターはある。
だが、そっちの治安はゴミである。主に、対戦系のゲームを嗜む者たちが、人語を離す猿の如く威嚇と罵倒を繰り返す世紀末の治安である。
流石に、初めて『地球世界』を観光する友達二人に対して、そのような場所を案内するわけも無く、こちらの安全性を重視したゲームセンターを千尋は選んだのだった。
そして、何故『地球世界』――地元の観光でゲームセンターを案内するのか?
その答えは一つ。
「ふんふん……なるほど。これらは全て電力で動いているのね? 科学的だわ」
「ふ、ふふふっ……漫画の通り……UFOキャッチャーってアームがゴミなのですね」
フレイヤ、ヒカリの興味が――否、若い魔術師たちの興味が向くのが、ゲームセンターだからである。
「二人とも。本当にこんな場所で良かったの? いや、地元でよく通ってた場所だけどさ。もうちょっと、こっちを観光したいなら、それなりの場所があったんじゃない?」
何故、ゲームセンター?
そんな千尋の不思議そうな問いかけに、二人は意気揚々と答える。
「まず、科学だけで動く機械を見たかったというのが理由の一つね」
「私たちを含めた魔術師の若い世代は、日本のアニメや漫画をバリバリ見ていますからね。その舞台となった場所に足を運びたいのです。ほら、聖地巡礼という奴ですよ」
「後は、こちらの世界にもゲームセンターはあるけれども、出来がいまいちなの」
「正確に言えば、魔力でごり押しが可能な難易度になっているのです。こんな風に、アームがゴミになっていても、魔力を込めて強化することが可能になっているわけで」
「そう、こちらの世界のゲームセンターは景品が獲りやすいの。代わりに、物凄く景品が微妙なのばかり」
「全体的にパチモンっぽい感じが凄いです」
前のめりになりながら語る二人の姿に、千尋は納得して頷いた。
つまりは、千尋にとってのファンタジーっぽさが、この二人にとっての科学っぽさ、ということになるのだろう。
如何にも科学。
如何にも日本。
漫画やアニメ、ライトノベルで見たシーン。
若い魔術師とは、そういうものに興味を示しやすいのだ。
「それに、『地球世界』の友達と、如何にもそれっぽい服装で一緒にゲームセンターで遊ぶ。この体験こそが、ワタクシたちにとっての何よりの満足に繋がりますの」
「というわけで、しばらく私たちは煩いかもしれませんけど、そこはご了承ください」
目が輝いていた。
二人が勝った内容が嘘ではないことを証明するかのように、二人は今にもゲームセンターの中で様々な筐体に没頭したいのが目に見えた。
「ん、んんー? まぁ、理屈としてはわかる。でも、感情としてはいまいちしっくりこない感じだよ」
「千尋、それがフレイヤの地元で私たちが感じていた感覚」
「えっ? こんな感じだったの???」
「ワタクシたちも付き合ったのだから、千尋もきちんと付き合ってよね?」
友達二人は、がっちりと千尋の両腕に抱き着いてホールド。
今日は逃がさない、と言わんばかりの拘束で、ゲームセンター内を連れまわし始める。
「いや、別にいいけど。むしろ望むところだけど! 目立たたない!? ねぇ!? アタシとヒカリはともかく、フレイヤが物凄く目立たない!?」
「こちらの世界のファッション雑誌を参考にした服装なのよ?」
「服装の問題じゃなくて! 美形問題! というか、派手な髪色の美人は普通に目立つ!」
「そこは安心しなさい。『地球世界』では、認識阻害の魔術は常にかけているわ。仮に、ワタクシたちがこの場で魔術の話題を口にしても、魔術を使ったりしても、周囲の人間たちは道端の石ころを見るようにスルーするでしょう」
「じゃあ、なんでアタシたちは注目を集めているの!?」
その答えは、魔術の会話云々の前に、普通に千尋も含めた三人が騒がしかっただけなのだが、やがてその騒がしさも、周囲の喧騒に包まれて馴染んでいく。
ここは『地球世界』のゲームセンター。
騒がしくて奇行をする人間なんて、大して珍しくも無い場所だ。
なお、地域によって諸説あることにする。
「千尋、千尋! 取って! ねぇ、あのぬいぐるみを取って!」
「えー、あれは無理だって。アタシのお小遣いだと取れない位置にあるって」
「千尋! こういう時のための魔術よ?」
「違うよ?」
「で、でも、千尋……アームを強くしてはいけないというルールは無かったはずです。ふ、ふふふ、今こそ、先ほど吸われた六百円の仇を……」
「こういうのは取れないもんだから!」
ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合って、様々な筐体を見て回る三人の姿は、まるで普通の女子中学生の集まりのように見えただろう。
「大体、こっちの世界で魔術使っていいの!?」
「安心しなさい。犯罪でなければセーフよ!」
「ギリギリアウトじゃないかぁ!?」
結局、千尋も含めた三人は、誰かのお腹が鳴るまで、このゲームセンターを楽しんだようだ。
なお、出費と戦果の釣り合いが獲れているかどうかは、考えないようにすることで意見が一致した。
●●●
鈴木千尋は、自分がタフだという自認がある。
何せ、幼少の頃から冒険家の母親に世界中を連れまわされたのだ。
それはもう、タフにならなければ生きていけない環境だっただろう。
泣いてもどうにもならないし、むしろ、泣いている暇があったのならば、どうにか動いた方が良い。泣くのは故意的に。相手の油断を誘うため。
そのような逞しさを持てるほど、千尋はタフな環境で生きて来た。
事実、そのおかげか、千尋は『天球世界』での生活にも直ぐに適応できた。
平凡、凡庸を地で行く千尋の能力であるが、それでも、精神性だけは普通の領域から踏み出ていたのだ。
――――ただ、それはあくまでも慣れて、適応した結果である。
生まれつきの感性ではない。
生まれつきの頑強さではない。
普通だった精神が叩かれ、鍛え上げられ、タフになっているだけなのだ。
だからそう、鈴木千尋という少女であっても、当然ながら感傷的になることはある。
「…………あー、なんかもう既に懐かしいわ。アタシが小学校まで歩いて行っていた通学路だよ、ここ」
例えば、小学生の頃に通い慣れた道。
「あっは! そうそう、これこれ、この焼き肉の匂い! 下校中はしんどかったなぁ!」
例えば、嗅ぎ慣れた焼き肉屋の匂い。
「この坂! 地味に子供には辛かったぜ! でも、そう、ここを抜ければ……」
例えば、そう――――。
「おかえり、千尋」
勢いよく開いたドアが軋む音。
からんころん、ドアベルが鳴る音。
懐かしいそれらの音すら、今の千尋の耳に入らない。
何故ならば今、千尋は数か月ぶりに、父親からの『当たり前の言葉』を受け取っていたのだから。
「ただいま、お父さん!」
千尋は元気よく『いつも通りの言葉』を返した後、勢いよく後ろを振り返って笑みを浮かべた。
「アタシ、あっちの世界で友達が出来たんだ! 紹介させてよ!」
「ああ……そうか。友達か……千尋、元気でやっているんだな?」
「うん! 当然!!」
いつも恰好付けたように虚勢を張りまくっている千尋が、今、この時だけはありのままの子供に戻っていた。
父親との久しぶりの再会を喜ぶ、ただの子供に。
「ふふっ、いいものね。純粋な親子愛に恵まれた再会というのは」
「いや、フレイヤの家も相当愛に溢れる過程だと思うのですが?」
「そういうヒカリは?」
「私は…………まぁ、今言うことではありませんよ」
そんな千尋の背中を、友達二人は見守るように微笑んでいた。
「あ、私も居ますので、悪しからず」
「「「あっ」」」」
なお、予想以上に感動的な再会になってしまったため、護衛兼メイドのルーが、千尋の影から気まずそうに顔を覗かせていたのはご愛敬だ。
基本的に『地球世界』は『天球世界』に比べて平和だ。
無論、場所にもよる。
『地球世界』でも絶賛紛争中で血と内臓と命が零れている場所もある。
だが、こと日本に限っては平穏極まりない。
少なくとも、魔術師による事件などは滅多に起きない。
何故か?
それは『地球世界』のマナが非常に薄いからである。
魔術師にとって、『地球世界』という場所は、さながら高山の頂上のようなものだ。
『天球世界』よりも遥かに魔術を使うコストが高い。
ほとんどマナではなく、オドで魔術を発動させなければならないほどに。
故に、『地球世界』とは暴れたい魔術師とは相性が悪すぎる場所なのだ。
達人クラス以上の魔術師でなければ、使える魔術は日常の補助程度。
その程度の魔術を使って行えることと言えば、たかが知れている。
更には、『地球世界』には魔術師たちにとって馴染みの無い科学の叡智が溢れているのだ。魔力が制限された状態で、未知の初見殺しに立ち向かえるほど気合の入った犯罪者の魔術師は、『天球世界』でもかなり少ないだろう。
以上の理由により、フレイヤとヒカリと共に過ごす千尋の夏休みは、平穏で楽しいものとなった。
「制限されたマナの環境……精霊のほとんど居ない状態…………だからこそ、ワタクシが覚醒する場所には相応しい! さぁ、千尋の使い魔として、更にランクを上げましょうか!」
「フレイヤぁー、認識阻害は書けているけど、早朝から派手な魔術修行しないでー」
異なる環境で、フレイヤが新たなる力に覚醒したり。
「そうそう。うん、凄いね。その年で既に、料理人としては私より上だよ、ヒカリさん」
「ご謙遜を、千尋のお父様。私にはわかります、この一皿のパスタに込められた技術の粋が」
「ふっ。それを理解できる時点で、謙遜でも何でもないさ」
千尋の父親から、ヒカリが喫茶店のレシピをいくつも学び取ったり。
「「「海だぁー!!!」」」
「こら、準備運動をしなさい」
「「「足があつぅうううい!!?」」」
「サンダル無しで砂浜を走るから……」
父親の引率で三人娘が海にかけて行ったり。
三人の少女たちは、思う存分に『地球世界』の夏休みを堪能したのである。
断言しよう。
千尋がフレイヤとヒカリの二人と過ごした数日の思い出は、何の瑕疵も無いほどに完璧に平和な日常だったと。
フレイヤとヒカリが『天球世界』に帰還するまで、千尋は心身ともにリフレッシュすることが出来たのだと。
●●●
「さぁ、リトライだ。鈴木千尋……悪いが、付き合ってもらうぜ、このループの果てまで」
ただ、千尋は知ることになるだろう。
平和とは次の戦いのための準備期間であり、自身の運命が既に、次なる戦い(イベント)を掴み取っていることを。
――――燃え落ちる滅びを防ぐため、何度も夏を繰り返すことを。




