第36話 夏休み
夏休みである。
超越者の弟子仲間兼ライバルが増えた千尋は、日夜殴り合いの稽古に勤しんでいたら、いつの間に魔法学校は夏休みへと突入していた。
「皆さん、夏休みの間に犯罪に手を染めないように。二学期に全員揃って顔を出すように。死なないように。最後にもう一度、くれぐれも犯罪には手を染めないように気を付けてください。以上――――解散!!」
体育館の終業式で、校長であるヒルダが冷たい無表情で何度も警告を繰り返していたものの、夏休みに突入する生徒たちには、ほとんど届かない。
夏休み。
一か月を超える長期休みに、生徒たちの心は夢中になっていた。
こんな有様だからこそ、夏休み中に何か問題をやらかして、二学期始めには牢屋の中に居る馬鹿が毎年数人程度は発生してしまうのである。
「ひゃっはー! 夏休みはバイト漬けだぜぇ!」
「金! 魔術師見習い向けの短期バイトで金を貯める!」
「稼ぎ過ぎて扶養から外れないように気を付けろよー?」
「ふっ、馬鹿どもめ。一度しかない十三の夏休み……僕は海に行くぞ、海に!」
「え? 海? 最近、クラーケンが出て、近場の海は封鎖されているけど?」
「マジかよ!?」
ざわざわ、ぎゃあぎゃあ。
体育館からの帰り道、魔法学校の生徒たちは今後の予定を思い思いに語り合っている。
「ヒカリー、ヒカリは夏休みどうするんだ? まぁ、寮生は普通に実家に戻るだろうけど」
「いえ、私は実家に戻らず、学校付近で宿を取って、そこで引きこもって暮らします。夏休み中は寮が利用できなくなりますからね」
「え? それは大丈夫? その、金の問題とか」
「千尋、良いことを教えてあげます…………ポーションってね? 儲かるのですよ」
「合法だよね? ねぇ、ヒカリ? 売っているのは合法のポーションだよね?」
そして、それは千尋と愉快な仲間たちも変わらない。
「あははは……それはともかく、フレイヤは休みどうするのですか?」
「ねぇ!? 答えを濁したの!? ねぇってば!」
「千尋。ヒカリにからかわれているのに気づきなさい…………そうね。ワタクシの休みね」
三人寄れば姦しく。
体育館から校舎へと続く廊下を、言葉で騒がしくしながら歩いていく。
「ワタクシの予定を立てるためにはまず、千尋の予定を訊ねなければいけないわ」
「うん? あ、いや、そっか! 夏休みに一緒に遊ぶからだよな!」
「それもあるけれど、ほら。最近のワタクシって、使い魔としての自覚に欠けている感じがしないかしら?」
「使い魔としての自覚」
千尋はフレイヤの言葉を、目を丸くしてオウム返しにした。
「ほら、冒険祭の時、ワタクシは使い魔だというのに、貴方の危機に馳せ参じることが出来なかったわ」
「いや、それは相手が相手だから仕方ないって。というか、超越者クラスの相手だと、フレイヤが救援に来ても、犠牲者が一人増えるだけだし」
「それでも、死ぬならば主と共に死ぬのが使い魔の矜持でしょう?」
「ねぇ、ヒカリ。いつの間にかフレイヤからの気持ちが重くなっていたんだけど?」
「フレイヤは割と最初から重い人でしたよ、千尋」
ずももも、と重苦しい湿気が溢れる視線を向けるフレイヤ。
使い魔からの想いに、若干引いている千尋。
そんな二人のやり取りを、もはや慣れたように眺めているヒカリ。
入学してから数か月。
三人が結んだ友情は確かに、気安いながらも固い繋がりを感じさせるものだった。
「そんなわけで、千尋」
「うん?」
「夏休みの間、可能な限り寝食を共にしたいわ。許可をちょうだい」
「許可しないよ??? 何、アタシの生活に浸食しようとしてんの?」
「それが正しいマスターと使い魔の関係だと思うわ。ねぇ? ヒカリ」
「使い魔だったら、マスターの嫌がることをしたら駄目ですよ、フレイヤ」
「ふむ。一理あるわね。千尋、そこら辺どうなの? ワタクシのこと、嫌い?」
「あー、卑怯。フレイヤの言い方が卑怯!」
千尋は唇を尖らせて文句を言った後、やがて、どこか恥ずかしそうに呟く。
「別に嫌いじゃないし、ある程度なら一緒に居ても良いけど……ほら、ね? 学校が無いということはつまり、アタシは一日中、師匠と一緒に居るわけで! ほら、ね? この機会に、長期休みじゃないと出来ない修行とかするかもだし!」
「なるほど。つまり、師匠であるクロウ様とイチャイチャする時間が欲しいのですね?」
「えへへへー!」
ヒカリの指摘に、千尋はだらしなく頬を緩めた。
なんだかんだ、死線を越えたり鉄火場を経験しているが、千尋はまだ十三歳の少女。
思春期真っ盛り。
恋に恋するお年頃である。
夏休みで寮に入れないとなったのならば、自然と残された選択肢は一つ。
そう、つまりは師匠の拠点での共同生活!
――などと、都合の良い妄想で頭の中を浸しているのだ。
「まぁ、流石に四六時中一緒に居れるとは思っていないけどね! でもね、期待しているんだよ! 折角の夏休みだし!」
「…………ヒカリ」
「…………うん。多分」
だらしない顔で妄想を吐く千尋の姿に、友達二人は微妙な顔でひそひそ話をして。
「とりあえず、夏休み初日にそちらに遊びに行くわ」
「もちろん、クロウ様からの許可を貰えたら、ですけど」
「はいはーい。任せて! アタシが師匠から許可を貰うから! 初日は皆で一緒に修行して、その後は……むふふー!」
なんとなく、この後に千尋が凹みそうな予感がしたので、フォローのための予定を組むことにした。
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「夏休み? もちろん、実家に帰すに決まっているだろう? というか、私はそんなに鬼に見えたのか? 普段、親元から離れて頑張っている子供を労わらない師匠だとも? それは流石に凹むぞ、我が弟子」
友達二人を引き連れて工房へとやって来た千尋は、クロウの言葉に膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな……っ! アタシの夢が! 希望が! 師匠とのひと夏のアバンチュールが!」
「露骨に凹むのを止めなさい。君の帰りを待ち望むお父さんが可哀そうだろうが」
「うぐっ! それはそうですけど! ああ! 二律背反!!」
千尋は工房の床に転がり、ぐねぐねと体を捻って苦悩を表現する。
そんな弟子の姿を見て、クロウは大きくため息を吐いた。
「はぁ。これでも君の精神を気遣っての提案だったのだが、まったく、意外と図太いのはいいことなのか、どうなのか」
そして、ちらりと千尋の背後で呆れている二人へと視線を向け、口を開く。
「君たちは我が弟子の学友だな? いつも世話になっている」
「あー、いえいえ、そんな! むしろ、いつも私の方が千尋にはお世話になっているので! 具体的には日常生活の対人関係!」
「千尋はワタクシのマスターですもの。ワタクシがお世話するのは当然のことですわ」
ヒカリは恐縮そうに、フレイヤは優雅な令嬢のように。
どちらも、千尋との友情隠さぬ答えに、クロウは無表情ながらにどこか満足そうに頷いた。
「そうか。そう言ってもらえる友が出来たか、千尋」
「…………はっ! そうか! アタシの家に師匠が泊まれば万事解決! 万事解決ですよ、師匠!!」
「そろそろ正気に戻りなさい、千尋」
「あいたぁ!?」
ずびし、と千尋の額が弾かれる。
地味に高度な技術を用いた、クロウによるデコピン遠当てだ。
なお、魔術ではない。単なる武術の極みの延長線である。
この最強の魔術師、武術家としても達人以上なのだ。
「す、すみません、師匠……夏休みだというのにはしゃぎ過ぎました。そう、冷静になれば、モラルが高い師匠がアタシの妄想通りに動くはずがないと気づけたはずなのに……もっと早く気づければ策を練れたのに……」
「どうやらもう一発必要なようだな?」
「アタシは! 正気に戻った!!」
千尋は元気よく宣言し、深々と頭を下げた。
師匠と友達二人に、迷惑をかけてごめんなさいの謝罪である。
「えー、そんなわけで…………アタシは夏休みの間、『地球世界』に里帰りするみたいだから、皆とはしばらく会えなくなるかもしれない……ごめんね……」
「いや、我が弟子よ。早合点するな」
「へ?」
「君はもう魔術師見習いとして立場を得ているのだから、別に『地球世界』と『天球世界』の行き来に制限は無い」
「そうなのですか!?」
「ああ。頻繁に帰られてもそれはそれで問題だから言っていなかったが、世界間を繋ぐ転移魔術を覚えれば、自力での移動も可能だ」
「わぁい! …………いや、でも師匠? その、世界間を繋ぐ転移の難易度は? アタシに習得できます?」
「発動だけなら誰にでも可能だが、座標を安定させるために半年は必要だ」
「あ、これは下手に使うと『いしのなかにいる!』状態になる奴だ」
千尋はぶるりと肩を震わせた。
魔術関係だったら大体【黒】で防げる千尋だが、物理的に動けなくなると本当にどうしようもない。物理破壊に秀でた魔術は、まだ習得していないのだ。
「安心して、千尋。ワタクシが使えるから、便利な馬車代わりにするといいわ」
「嫌だよ、友達を便利な場所代わりにするの……というか、師匠? こっちの世界の住人って、普通に『地球世界』に行っても大丈夫なのですか?」
ぐいぐいと近づいてくるフレイヤを押し返しつつ、千尋がクロウに訊ねる。
「結論から言えば、大丈夫だ。ただし、手続きが面倒な場合が多い。『地球世界』に行く目的が単なる観光でも、揃えなければならない書類が七つ以上はある」
「うわぁ」
「だが、それらの面倒な手続きは立場によって免除されることもある。例えば、交友関係に『地球世界』出身の魔術師が居る場合。例えば、魔術師として一人前の技量を持った者が保護者として付いていく場合――――つまり、日常的に行き来するわけではないのならば、簡単な申請一つで、君は学友と引き連れて里帰りぐらいは出来るだろう」
魔法学校で出来た友達と里帰りが可能。
その提案に千尋の目が輝き、けれども、『いや、友達が乗り気じゃないかもしれないしなぁ』と不安を思い出したような態度で、そっと友達二人の様子を窺った。
「なるほど。つまりはこういうことね、千尋――――今年の夏は『地球世界』で本場の魔法少女アニメの鑑賞会が出来ると!」
「あ、フレイヤは乗り気だ。良かった」
「わ、私も! 私も乗り気ですが!? 『地球世界』の薬物に興味あります!」
「ごめん、ヒカリ。その動機はちょっと心配――」
「嘘です! 単に友達と一緒に遊びに行きたいだけですぅ!」
すると、友達二人は思いの外好意的な態度で応じてくれて。
「そっか。今年の夏休みは、なんだか楽しくなりそうだなぁ!」
千尋は直ぐに、これから来る楽しいイベントへの期待で夢中になった。
どうやら、クロウと共に夏休みを過ごせないことに対する不満など、もうすっかり忘れてしまったらしい。




