第35話 ライバル
種明かしをすれば、【黄金】の魔術の正体は『価値の流動』にある。
価値とはその言葉の通り、【黄金】を扱う者の価値観に影響される。
金を尊いと思っているのならば、金に重く比重が。
健康こそが全てだと思っているのならば、健康に重く比重が。
友達との関係性こそが大事だと思っているのならば、その友情に重く比重が。
そして、【黄金】の魔術はそれらの価値を消費し、失うことにより、対価として『結果』を先取りすることが可能となる。
例えば、シュエンが日本語を習い、母国語と遜色なくなるほどまで極めた結果を。
例えば、シュエンが自身の肉体を回復魔術で治した結果を。
例えば、シュエンが【精霊憑依】という精霊魔術の奥義を会得した結果を。
自身の価値を支払い続ける限り、シュエンは過程を省略し、望む結果を得られる。
そう、【黄金】の魔術はさながら、自分の未来を買うための魔術とも言えるだろう。
――――ただし、その対価は軽くない。
「ちっ! 流石に、あの指輪の影響を越えるほどの結果を先取りすると、破産は確実か!」
シュエンは【黒化武装】を纏った千尋に対して、自身の身体強化と電気操作で無理やり動き回ることで対応していた。
何故か?
シュエンは【黄金】の魔術の一端を継承してはいるものの、師匠である【黄金天秤】のように使いこなせているわけではない。詐欺まがいのことで価値を誤魔化し、結果だけを手に入れるような荒行は出来ない。
シュエンに出来るのは、今までの生活で蓄えた預金を切り崩し、可能な限り自分を強化することぐらいである。
だが、それも当然ながら限界はある。
より困難なことを為そうとすれば、その分だけ重く価値を消費しなければならない。
そして、達成不可能なことはどれだけ価値を費やしても、結果を得ることはできない。
「吹き飛べ」
今、千尋の拳から放たれる黒の奔流を受け止めることなどは、当然できない。
シュエンの【黄金】では、千尋の【黒】は凌駕できない。
「っづぅうっ――――価値は流動する! その魔術、買わせてもらう!」
だからこそ、シュエンが選んだのは、千尋が使用する音速移動魔術【韋駄天】の習得と習熟である。
雷の速度からすれば、止まって見えるほどに音速は遅いが、それでも、無理やり精霊の雷で体を動かし続けるよりは遥かにマシだ。
「なぁ、【黄金天秤】の弟子。アタシは最近、今更になって、バトル漫画にはまり始めたんだよ。つーか、師匠の勧めで漫画以外にも、アニメとか小説とかも読み始めたんだよ……びっくりしたぜ、この『天球世界』にやって来てから、師匠にタブレット端末を渡されるとか」
音速と音速。
互いに【韋駄天】で動いている状態だと、まともに会話は出来ない。
それでも、千尋は自己満足に言葉を紡ぐ。
「だけど、師匠の指導はやっぱり間違ってなかった」
言葉と共に、千尋は【黒化武装】の一部を解き、小さな弾丸へと変える。
「たとえ『地球世界』のフィクションでも、ファンタジー系のバトル作品は、魔術師同士の戦いの参考になる――こんな風に!」
「っだぁ!?」
ばちぃ、と雷の音がしたかと思うと、千尋が持っていた弾丸がシュエンの腹部に食い込んでいた。
「武器にも出来るんだ。だったら、【形状変化:雷】――こんな風に、現象を模倣することも出来るだろ」
【黒】の武器化から、更に発想を飛躍させての【形状変化】。
千尋はシロナとの戦いを経て成長し、そしてまた、シュエンとの戦いを経て、飛躍的に魔術師としての能力を向上させていた。
千尋の才能は凡庸なれども、それでも最強の弟子であり、魔術師なのだ。
魂が震えるほどの戦いを経れば、嫌でも成長する。
「んでもって、シュエン。お前の魔術の正体が何だろうとも、【創造の白】みたいな超越者でもなければ、【黒】の弾丸が体内に残った状態で魔術は使えないだろ?」
「……っ!」
シュエンが痛みとは別の理由で苦悶の表情を浮かべる。
左わき腹。
【黒】の弾丸は幸いなことに、内臓に届かずに筋肉の箇所で止まってはいるものの、動き回って取れるような浅い入り方ではない。
ましてや、現状、オドを操作できないシュエンでは魔術の使用も不可能だ。
「終わりだ。今度は、逆転させる暇も与えない」
千尋の体がぶれる。
音速での移動。
当然、振り抜かれる【黒化武装】も音速の攻撃。
魔術を使えないシュエンでは、この危機を回避することなんて出来ない。
「――――価値は、流動する……っ!」
そう、魔術を使えないシュエンならば。
「…………予め魔術を込めた術札を消費した、か。なるほど。確かにそれなら、魔力を封じられていても使うことができるか」
千尋の拳を回避したタネは簡単。
シュエンが懐に隠した切り札を使っただけ。
自身の魔力が枯渇した時に備えて仕込んでいた、いくつかの魔力を込めた術札の一つを使っただけの話だ。
そして、シュエンが【黄金】の魔術で先取りした結果は、風を操る魔術。
これにより、シュエンの肉体は暴風を放ち、緊急回避を行うことが出来たのだ。
「負け、るかよぉ! こんなところで!!」
次いで、シュエンは豪風のナイフで自らの左わき腹を抉り、【黒】の弾丸を排出。
内臓が零れ落ちるよりも前に、更に【黄金】の魔術を重ねて、全快状態まで戻した。
――――無論、この対価は決して安くない。
「は、ははははっ! 笑えるぜ! ただの力試しでデッドラインだ! これ以上は師匠に借金もあり得るかもな!? だけどよぉっ!」
シュエンの財政状態は既に赤字を通り越して破産半歩手前。
それでもなお、戦うことを止めようとしない。
負けることを認められないのではない。
「ここで引いたら男が廃る、ってお前のところでは言うんだろ!?」
今、戦いを止められないほどに、楽しくて仕方がないのだ。
千尋という拮抗した戦力の相手と戦うことが。
「…………ふん。お前の不遜は気に食わないけど、その根性だけは認めてやる」
その戦意に、千尋は【黒化武装】を構えて応じた。
だが、その鼻からはどばどばと少なくない量の出血が流れている。
いかに成長したとはいえ、土壇場で練習無しでの【形状変化】は無理があったらしい。
「いいぜ、とことんやろうぜ、黄金の弟子」
「おうとも。俺もそのつもりだったぜ、最強の弟子」
されど、止まらない。
二人の弟子は止まらない。
シュエンは破産と借金が前提の【黄金】の魔術を覚悟して。
千尋は自身の肉体が反動で壊れることを前提の【黒】の魔術を準備して。
「「そこまで」」
今までこっそりと様子を窺っていた師匠二人により、ストップがかかったのだった。
●●●
「「もごごごごー」」
千尋とシュエンの弟子ーズは揃って、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で、医務室に放り込まれていた。
クロウと【黄金天秤】、二人の超越者クラスならば即座に二人の損傷を癒すことも可能だが、模擬戦闘で殺し合いになりかけていた弟子たちに、そのような慈悲は与えない。
「しばらくその状態で頭を冷やすといい」
「あっはっは! 阿呆をやらかしたんや、大人しくそのツケを支払っとき」
クロウと【黄金天秤】は、揃ってベッドの上に転がる弟子たちにお叱りの言葉を告げる。
「「もごごごー」」
二人の弟子は『しゅん』と一瞬だけ反省したようにしょぼくれると、その後、『お前の所為だ』と言わんばかりに、隣り合うベッドの上で互いを蹴り合い始めた。
「…………まったく」
「「ぼぎょ!?」」
ごん!
打撃音は一つだというのに、クロウの振り下ろした拳は、二人の頭部を揺らして強制的に意識をシャットアウトする。
無論、手加減は完璧だ。
傷も痛みも与えず、一瞬で意識だけ刈り取るクロウの妙技である。
「ひゃひゃひゃっ。クロウ、アンタ随分と『らしく』なったんやないの?」
その様子を見て、【黄金天秤】はけらけら笑う。
宝石を散らした、豪奢なマントを纏う、金髪銀眼の超越者は笑う。
なんて愉快な茶番だ、と言わんばかりに。
「そういうお前は、随分と弟子を甘やかすようになったんだな? リブラ」
【黄金天秤】――リブラは、クロウの指摘に、にやりと不敵な笑みを作った。
「そう見える?」
「少なくとも、以前のお前だったのならば、とっくの昔に弟子を破産させて自分の借金奴隷にしていただろう?」
「ひゃひゃひゃっ! 人聞きが悪い! あれは保護やって! 【黄金】の使い過ぎで死なないように、ウチが管理してたんやって!」
「ものは良いようだな……それで、答えは?」
問いかけながらも、クロウの顔に表情は浮かばない。
その仏頂面の下にあるのは、興味なのか、心配なのか、常人では易々と判別できない。
「答え? んなもん、決まっとるやろ」
けれども、リブラは何でもお見通しだと言わんばかりの顔で言葉を紡ぐ。
「単にあの阿呆弟子――シュエンが優秀なだけや」
つまりは、ドヤ顔での弟子自慢だった。
「…………そうか」
クロウは仏頂面のまま、一度だけ目を伏せて。
「随分と師匠馬鹿になったな、リブラ」
「あんな『保険』をかけとるアンタに言われたくないわ、クロウ」
気の置けない関係だと証明するかのように、リブラと軽口を叩き合う。
千尋に意識があったのならば、その仏頂面の内心の軽さに気づいただろう。
ここまでクロウが気安くなるのは珍しい、と驚いたことだろう。
「まぁ、優秀な弟子が可愛いと思えるんは確かやけどな?」
「ああ、そうだな。弟子が自分の想定を超えた時こそ、師匠冥利が尽きるものだ」
二人の師匠は互いに、虚空からコーヒーカップを取り出し、その中に琥珀色の液体を注ぎ込む。最良の瞬間を留めて、保存してあるコーヒーを、当然のように注ぎ込む。
「…………あの馬鹿に襲われて、よくもまぁ、生き延びたもんやな? アンタの弟子」
「凡庸だが、恐らくは私よりも運命を引きずり回す素質があるからな」
「うへぇ、アンタ以上に? それ、因果変転の大嵐みたいなもんやないか」
「安心しろ。私のものよりも良性だ。恐らく、周囲を巻き込むとしても、与えるのは理不尽ではなく希望の類だろう」
「へぇ。だからこそ、アンタはあの子を弟子にしたん?」
「いいや? 最初はただ、素晴らしく平凡な素質に惚れ込んだだけだ」
「平凡て……アンタ。まだ、あの計画を考えてたん?」
「当然だ。それこそが、私の生きる意味だからな」
淡々と言い切るクロウに、リブラは額に手を当てて「はぁー!」とわざとらしくため息を吐いた。
「言っとくけどな? あの子、千尋ちゃんは大分おかしい部類やで? あれや。平凡でありながら、異常の中でも平然としとる奴。狼の群れの中で、普通に生き残っとる羊や」
「無論、理解している。だが、千尋の成長記録は今後、私の計画に欠かせないものになるのも事実だろう?」
「そりゃあ、そうやけどぉ? 結局のところ、どれだけ上手くやったところでな? 生きるも死ぬも、当人の器量次第やで?」
「それでも、優れた教育は『死ぬ人間』の数を減らず事が可能だ」
「はぁ。はいはい、ご立派、ご立派。まったく、その気になれば、世界の覇者にもなれる男が、何が悲しくて世界に奉仕しとるんだか」
「ふん。世界の覇者など、世界の奴隷と何が違う?」
「まぁ、それもそうやな。だからウチも、裏方に居るわけだし」
二人は世界に関わる重大なことを、まるで日常的な世間話のように語り合う。
だが、それも当然だろう。
この二人の日常とはつまり、己の行動時代で世界が変わりゆく、超越者の視座と言うことなのだから。
「なんにせよ。今度はきっちりと弟子を育て上げることやな、クロウ」
「ああ。今度こそ、最高の魔術師まで育ててみせる……問題は」
「うん?」
「リブラ。弟子が、私を伴侶にするために最強になると言っている場合、どのような気持ちで受け止めればいいだろうか?」
「素直に受け止めればええんとちゃう? とりあえず、復讐のために命を削ろうとするよりはマシやと思うわ」
「…………お互い、大変だな?」
「まぁ、それが師匠っちゅーもんやからなぁ」
けれども、その超越者たちの悩みは目下、弟子の育て方という、割とあり触れていたものだった。




