第34話 黄金の継承者
シュエンの師匠である【黄金天秤】は、実に成金趣味の女魔術師だ。
そう、あくまで成金趣味だ。
成金ではない。
むしろ、五百年以上昔から、『地球世界』、『天球世界』を問わず、金融界の裏側に君臨してきた怪物だ。成り上がるどころか、最初からラスボスみたいなポジションの存在である。
しかし、そんな【黄金天秤】であるが、成金趣味の派手な遊びや、ギラギラした装飾が大好きなのだった。
「ええか? ウチの弟子になったからには、お前も相応の恰好っちゅーもんをせなあかん」
シュエンは覚えている。
【黄金天秤】の弟子になった時、まず服を買いに行ったことを。
正確に言うならば、少量の粥とたっぷりのぬるま湯を飲まされた後、肉体に浄化魔術をかけられてから、如何にも高級感が溢れる仕立て屋に連れていかれたのだ。
「人間、辛い時ほど着飾らなあかん。弱っている時ほど、他人ってのは足元を見て来るもんや」
【黄金天秤】はけらけら笑いながら、シビアなことを言っていた。
その横顔は軽薄ながらも、どこか真理に到達した仙人のような超然としたものがあったことをシュエンは覚えている。
「それにな? 人間ってのは阿呆なもんでな? ちょーっと着飾ると、どいつもこいつもすぐに騙されるんや。ええか? 強くなりたいなら、騙されるな。騙す側に回るんや。んでもって、それ以上に強くなりたいなら、そもそも騙す必要のないぐらいの男になりや」
ただ、後々シュエンが気づいたことなのだが、この【黄金天秤】という師匠の言葉は割と適当だ。
「おいおい、シュエン。服なんかどうでもええ。んなもん着なくてもええわ。真の男なら、服なんてなくても、にじみ出る男気っちゅーもんがある」
昨日と今日で言っていることが変わることなど日常茶飯事。
そもそも、口調の方言でさえも、どこの地方の物なのか定かではない。
本場の人間を小馬鹿にするような、適当で胡散臭い、偽物極まりないものなのだ。
「ウチの言っていることが矛盾している? 適当なことばっかり言ってる? そりゃあ、当然やろ。何せ、昨日よりも今日のウチの方が成長しとるからな。そりゃあ、言葉も変わる」
超然としていながら胡散臭く。
飄然としていながら安っぽい。
シュエンにとって、師匠である【黄金天秤】はよくわからない存在だった。
けれども、そんな【黄金天秤】でも唯一、どんな時でも変わらぬ教えがある。
「ええか? シュエン。この世界で一番価値のあるものは、『出会い』や」
金箔を振りかけた高級豚肉の串焼きを食べながら、【黄金天秤】はある日、シュエンに告げた。まるで、コンビニの新商品でも語るように、軽薄に。
「出会いがあるからこそ、その後の物語がある。出会いが無ければ、どんだけ黄金をため込んでいようとも、何にもならんわ……だからな? ぎょうさん人と出会いや。出会って、失敗して、反省して、もうやってられんわ! って悪態を吐いて――――その末に、お前だけの黄金を見つけなさい」
けれども、最後だけは慈愛の籠った微笑みと共に。
シュエンは本人も知らない内に、【黄金天秤】の奥義を授かったのだ。
●●●
上級精霊とは自然の暴威そのものである。
例えるのならば、地震。
例えるのならば、大雨。
例えるのならば、雷。
抗うことすら馬鹿馬鹿しく、時に神として崇められさえする、大いなる者である。
「『【精霊憑依】――――牙流雷公』」
そんな上級精霊を、シュエンは己の身に憑依させた。
血肉が物理法則を越え、雷そのものが肉体として変換される。
更には、その稲光は巨大な狼のような形を取っていた。
さながら、ルーが本来の姿に戻った時と同程度の大きさである。
流石に、世界を終わらせるほどの脅威を秘めたルーと同程度の力を持っているとは思えないが、それでも、千尋は一目見て理解した。
これは完全に自分の手には負えない相手であると。
「『一撃で決めてやる』」
獣の唸り声のように、低い声で宣言された言葉は傲慢ではない。
今のシュエンには、それだけの力がある。
フレイヤを倒し、シロナとの絶望的な戦いを生き延びた千尋を、一撃で倒しうるだけの性能がある。
「――っ! 【韋駄天】」
「『おせぇ』」
音速で逃げる千尋と、雷速で追うシュエン。
音と雷。
比べることが愚かしくなるほど、その速度には違いがある。
「『お――おおお――――おおおっ!!』」
ただし、人間には認知できる限界の速度がある。
いかに魔術師が神経伝達速度の限界を超え、魔力による超速の思考が可能となったとしても、物理法則を超越するにはまた遠い。
従って、シュエンの認知の限界は精々、音速の十倍程度だった。
それだけで、音速で動く千尋を仕留めるには十分過ぎた。
故に、シュエンは慌てず騒がず、じっくりと千尋の姿を見定めて、牙を模した己の雷撃を必殺の攻撃として叩き込もうとして。
――――どばんっ!!!
急速な勢いで【精霊憑依】が強制解除。
空気の壁に叩きつけられ、五体が粉砕しそうなほどの衝撃を受ける。
「――――っ!!!? ×××(混乱を示すスラング)!!?」
翻訳魔術を持続させる余裕すらない。
シュエンはギリギリのタイミングで自己強化を最大にしたおかげで、精々が全身の骨にひびが入る程度の損傷で済んだ。間に合わなければ、そのまま雷の速度で自爆していただろう。
「×××【黒】!!?(口汚く、【黒】の魔術か!? と警戒する)」
上級精霊との【精霊憑依】を強制解除。
この無法な所業に、シュエンは真っ先に【黒】の魔術を警戒した。
溢れる魔力の奔流で、大抵の魔術ならば無意識にレジストする状態だったシュエンが、手痛い反撃を受けたのならば、それしかないだろうと。
けれども、シュエンは疑問に思った。
それしかない。それしか打倒の方法はあの場に無かった。
だからこそ、万が一にでも【黒】に触れないように警戒していたのに、と。
「アタシの友達に【精霊憑依】を使える奴が居るんだけどさ。そいつの協力で、ちょっと色々と試してみたことがあるんだよね」
全身の痛みで動けないシュエンの眼前に、千尋が立つ。
「一体どうすれば、【精霊憑依】中の魔術師に有効打を与えらえるのか? って。色々と試行錯誤してさ。まぁ、そう簡単には抜け道が見つからないからこそ、【精霊憑依】は優秀な魔術なんだろうけど…………それでも一つ、検証出来たことがあるんだよ」
油断なく警戒を重ね、その手に炎の魔弾を留めながら。
「限りなく精霊に近づく【精霊憑依】だからこそ、精霊術に弱い。無論、並大抵の精霊術なら簡単にレジストされるだろうよ。中級精霊との【精霊憑依】でも、アタシの精霊術は全然聞かなかったんだ。多少干渉は出来ても、全然対抗策にはならなかった。ましてや、上級精霊と【精霊憑依】しているお前に対して、精霊術が成功するはずもない」
千尋は必殺の機会を伺いながら、先ほどの攻防のタネを明かす。
「――――この黒曜石の指輪が無ければ」
それは、矛盾の魔女ヒルダが作り上げた、契約の魔道具だからこそできる悪用方法だった。
【精霊憑依】とは限りなく、魔術師が精霊に近づくということ。
即ち、人外との契約に特化した指輪が、その効力を発揮してしまうということだ。
「どうだ? 効くだろ? 人外の領域に踏み込めば踏み込むほど、アタシの指輪はお前を強制的に従わせようとする。契約を結ばせようとする。でも、お前は魔術師だ。人間だ。最後の最後でこっちの指輪がセーフティを発動し、結びかけた契約が強制的に破綻する。その結果、破綻した契約に巻き込まれて、お前の【精霊憑依】も解除されたってわけだ」
ぼ、ぼぼぼ、と千尋の背後に無数の火の玉が浮かぶ。
周囲の空間に魔弾をストックし、油断なく止めの準備を行っている。
「まぁ、ちょっとズルかもしれないが、そっちは上級精霊と契約してんだ。これぐらいは見逃してくれ――――答えは聞いてないけど」
「ぐ、ぐぐぐっ!」
そして、千尋は呻くシュエンへと指先を向け、容赦なく最後の呪文を紡ぐ。
「だぁん!」
まるで子供のごっこ遊びのような詠唱。
銃声を真似た、馬鹿馬鹿しいほどに幼稚で簡単な呪文。
けれどもそれは確かに、十分な威力を持った魔弾をシュエンの下に降り注がせて。
「価値は流動する」
次の瞬間、『シュエンの流暢な日本語』が呟かれたかと思うと、その魔弾は消えた。
迎撃ではない。
無効化でもない。
魔弾がシュエンに直撃するという事実そのものが、消え去ったような干渉があった。
「なるほどなぁ。【黒】に【白】に――【黄金】ってわけか。どうやら、アタシたちが継承しているものは、色に準えた技術らしい」
千尋の知識に存在しない現象。
既存の魔術から超えたような反応。
無論、未だに魔法学校の一年生である千尋の知識などたかが知れているが、それでも、千尋は知っていた。
シュエンという少年が、【黄金天秤】の名を冠する魔術師の弟子だということを。
【黄金天秤】という魔術師は推定、クロウの知り合いだろうということ。
つまりは、シュエンもまた、千尋と同じように原初の魔術の一端を継承している可能性があるのだ。
「ご名答だぜ、最強の弟子」
千尋の推測に、やはりシュエンは流暢な日本語で答えた。
「俺は師匠の【黄金】を継承している。といっても、お前の【黒】ほど使い勝手の良い能力ではないけどな?」
「――っ!」
「ちなみに、今のはブラフだ。【創造の白】と戦って生き延びたなら、最低限、そういうことは出来ると推測していたが、どうやらマジだったようだな?」
流暢だ。
シュエンの言葉は、まるで母国語のように日本語に馴染んでいる。
翻訳魔術ですらない。
もっと別の何か。
魂や因果に干渉する何かが起こっている。
「――――【黒化武装:籠手】」
故に、千尋の判断は迅速だった。
最大戦力による迎撃。
あらゆる魔術を塗り潰す【黒】による、正体不明の破却。
千尋がクロウから継承した【黒】は、相手がたとえ初見殺しの魔術だろうが、問答無用で塗りつぶすだけの優位性があった。
「ああ、やっぱり便利だよな、それ。羨ましいぜ、全く」
千尋が【黒化武装】を展開すると、シュエンは唇の端を釣り上げて笑う。
「お前の立場になりたい、なんて思っちまう。俺がお前の立場になれば、どれだけ強くなれるのか、なんて思っちまう。これは、紛れも無く俺の本音だ――――だけどな?」
笑みと共に立ち上がる。
先ほどまで、全身に響く痛みで動けなかったというのに、平然と。
まるで、無傷のように。
―――否、実際、既にシュエンは無傷になっていた。
傷ついたはずの痕跡が無く、まるでアニメの作画ミスのように、肉体どころか服すらも傷ついていない状態で、シュエンは千尋と向かい合う。
「俺が師匠から学んだことが、お前に負けるとは思えない」
「――――はっ! この天邪鬼!!」
シュエンはひねくれた師匠への敬愛を。
千尋はそんなシュエンへ罵倒を。
互いの想いと言葉は交わり、そして、再び戦いが始まる。
「価値は流動する」
「全てを塗り潰す」
【黄金】と【黒】。
二つの原初魔術を継承する者同士の戦いが始まる。




