第33話 雷を纏う少年
非日常は空から落ちて来る。
これはいわゆる『落ちモノ』系の鉄板である。
ある日突然、自分の知らない要素を持った何者かが、自分の前に現れる。
そんなシチュエーションのことを落ちモノ系と呼ぶ。
ボーイミーツガールの鉄板。
あるいは、ご都合主義の塊。
どちらとも取れる王道の一つである。
かくいう千尋もこの例の一つだ。
クロウという最強の魔術師が現れたからこそ、千尋は『天球世界』で魔法学校に通うことになり、こうして今、最強を目指して鍛錬をしているのだから。
ただ、落ちモノ系は主人公にとって都合の良いものばかり運んでくるわけではない。
空から降る豪雨の如く。
肌身を凍てつかせる豪雪の如く。
あるいは、空気を割く落雷の如く。
厄介な代物も運んでくるのだ。
「……ええと?」
そう、今千尋の眼前に居る――――木の床に頭から突っ込み、無様にばたばたと足を動かしている少年のように。
「ルーさん?」
「はい。なんでしょうか?」
そのじたばたしている少年の足部分を前に、千尋とルーは言葉を交わしていた。
「あの、アタシは『来客の安全が確認できましたので、どうぞ、主の弟子として顔を出してくださいませ』とか言われて、この場に来たんだけど…………確認できている? 安全。何やら、軽く窒息の危機に陥っていない?」
「ご安心を――――あの程度のレベルならば、何が起こっても私が千尋様を守り抜けますので」
「あ、安全で私の安全のことだったんだね! うん、その配慮はありがたいけど、さっさと助けてあげてよ!?」
「ふふふっ。何故、私がノックの代わりにデコイとはいえ、主の家に突っ込んで来る無礼者を助ける必要が?」
「ルーさん、ひょっとして怒ってる!?」
「怒っています。ですがまぁ、放置しても勝手に復帰するでしょう……ほら」
千尋とルーがやいのやいのと言っている間に、ぼこん、と少年の足――もとい、少年の体が勢いよく床から飛び出る。
どうやら、飛行魔術の応用で復帰したらしい。
「げほ、げほげほっ! ××××(聞き取れないスラング)!!」
少年は口の中に入った木くずと共に悪態を吐く。
――――美形だが、目つきの悪い少年だった。
顔立ちはアジア系。
外見年齢は千尋と同世代。
黒髪に金髪メッシュの髪型。
まるで不機嫌な狼のような、鋭い目つき。
服装だけは、古い時代の中華の貴人が着るような漢服なのだが、ファッションセンスの賜物なのか、少年の荒々しい雰囲気から浮いていない。むしろ絶妙に調和していた。
「あー、あー」
少年は頭の上の木くずを払いのけると、まず、ルーへの視線を向けた。
警戒の視線。
ルーが格上だと理解した上で、警戒している視線だった。
「ご安心を。来客を取って食ったりはしません。主への不敬になりますので」
少年の警戒に、ルーは微笑みで答えを返す。
なお、ルーとの付き合いが数か月に及ぶ千尋は理解していた。
ルーという狼耳メイドが素直に相手のフォローをしない場合、結構相手に怒りを抱いていることが多いのだと。
「…………無礼、した、しました。ごめんなさい、悪かった」
ルーの警戒に、少年はたどたどしい日本語と共に頭を下げる。
「ふむ。こちらこそ失礼を。ええ、『一足早く』着いたとはいえ、来客は来客です」
すると、ころりとルーの機嫌は直った。
ルーというメイドは、怒りはするが、素直に謝れば割と許してくれる当たり、クロウの使い魔の中では寛容な部類である。
あるいは、クロウの使い魔の中で、弟子の警護を任せられるレベルで人と触れ合えるのはこのルーだけだとも言えるが。
「いいえ。オレ、ワタシ、の不手際だ、です。不注意? でした。はい。未熟、ごめんなさいです。怒り、当然」
たどたどしくも、粛々と謝罪を重ねた後、少年は次に千尋へと視線を向ける。
「貴方、弟子か?」
「ほへ?」
「弟子、最強の弟子?」
「……ええと、師匠――クロウの弟子はアタシだけども?」
「…………」
少年は千尋と幾つか会話を交わした後、露骨に眉間に皺を寄せた。
何かのもどかしさを感じさせる、そんな苦悩の表情だった。
「失礼。無礼。許してください」
「え、ええと、何が?」
「これから、オレ、翻訳魔術使います。礼儀、なってない。マナー違反。トラブルの元。でも、貴方と、話したい、きちんと」
「ん? ああ! 翻訳魔術か! 良いぜ、大丈夫! 全然構わないぜ!」
千尋は少年の提案に頷き、大きくサムズアップを決める。
少年のたどたどしい日本語は明らかに、『天球世界』でも日本から離れた共同体出身のもの。
そういう言語の壁を取り払うために、魔術師たちは全ての国で使える翻訳魔術を開発したのだ。
けれども、この翻訳魔術は公共の場で使うことはマナー違反とされている。
千尋はそれを授業で習っているのだが、その理由までは覚えていなかった。
完全に試験が終わってから気を抜いていたのである。
「『あー、あー、よし。問題ねぇな』」
だが、千尋は少年の提案を受け入れることで、その理由をしっかりと思い出すことになった。
「『よぉ、最強の弟子。俺はリー・シュエン。【黄金天秤】の弟子をやらせてもらっている』」
「あ、どうも。アタシは鈴木千春。【最強の黒】の弟子を――――」
「『突然で悪いが、殴り合おうぜ? その凡庸な面構え、まるで最強の弟子に相応しくない。つーか、不服だ。俺が勝ったら、お前は大人しくその座を俺に明け渡せ』」
「――――あ?」
そう、翻訳魔術はその原理的に、会話する者の『本心を伝えすぎる』のだと。
●●●
翻訳魔術には重大な欠陥がある。
それは、余りにも使用者の心理を伝えすぎてしまうことだ。
何故ならば、翻訳魔術はその構造上、どうしても『使用者の意図』をくみ取る必要が出て来る。単に、口に出した言語をそのままリアルタイムで、相手の母国語に変換することも可能だが。それではどうしてもタイムラグと誤訳が生じ、あまり会話に適していない。
従って、翻訳魔術とは一種のテレパシーのような形となった。
使用者の心理、意図を汲み取り、言語として言葉に出すと同時に、相手に伝える。
この形式はタイムラグが限りなく少なくなり、また誤訳もほぼ皆無となったわけだが、代わりに『伝える必要も無い本音』を伝えてしまう欠陥が生まれた。
人間、誰しも心に秘めた本音があるものだ。
口では賛成と言いながらも、心の中では反対を叫ぶこともある。
けれども、人には理性がある。損得勘定もある。想いのまま、全ての言葉を口に出していては、人類は社会活動がままならない。
故に、翻訳魔術は人間関係に於ける劇薬だった。
何せ、かなり気を付けて会話しなければ、勝手に相手へ本音が伝わってしまうのだから。
そう、そのあまりの危険性故に、公共の場での使用がマナー違反とされるほどに。
もっとも、翻訳魔術が便利である事実に変わりない。
どれだけ気を付けるように先人が警告しようが、言葉が正しく伝わらないリスクよりも、正しく伝わるリスクを飲もうとする人間も居る。
「『大変申し訳ねぇ』」
そう、たった今、菓子折りを掲げながら土下座している少年――シュエンのように。
「『単に腕試しをしたかっただけなんだが、つい本音が漏れた』」
「は???」
翻訳魔術の欠陥により、重大な失言をしたシュエンの判断は早かった。
師匠である【黄金天秤】の教えに従い、即座に土下座。誠意を示すために、空間魔術で閉まってある菓子折りを掲げたのだ。
「本音? 本音って何? アタシが弱そうに見えるってこと? アタシから弟子の座を奪い取りたいってこと? ねぇ? 喧嘩売ってる!? 謝っている振りして、ひょっとしてアタシに喧嘩売ってんの? ああん!?」
だが、覆水盆に返らず。
既に千尋はブチ切れていた。
凡庸という自身のコンプレックスを踏まれた上に、弟子の座を奪ってやるぜ! みたいな宣戦布告までされたのだ。
むしろ、ここで怒らなければ師匠の弟子足りえない、と言わんばかりに千尋はキレていた。
「『悪い。早口で聞き取れない』」
「!!!」
ただ、キレていたあまり早口で畳みかけるように言葉をぶつけたため、日本語が母国語ではないシュエンには通じてなかった。
そう、翻訳魔術は双方が使っていないと片手落ちなのだ。
今のシュエンはただ、自身の言葉を正しく伝えることが出来るが、千尋の言葉を正しく聞き取ることはできない。
「ははは――わかったよぉ! アタシも翻訳魔術を使えばいいんだろ!? ああ!?」
特に煽りではないシュエンの言葉に、千尋の怒りは更に増した。「止めた方が良いのでは?」と止めてくれたルーを振り切り、苛立ちのままに翻訳魔術を発動。
思いのままに、言葉を叫ぶ。
「『アタシに喧嘩売ってんだよなぁ!?』」
まるで路地裏のチンピラのように、怒りと戦意を滾らせた言葉を。
「『ちげぇよ。いや、腕試しはしてぇし。勝って弟子の座を手に入れられるのならそうするかもしれないが。不服だと思っているのも、上手いこと弟子の座を頂きたいと思っているのも事実だが。そんな野蛮な喧嘩を申し出ようとしているわけじゃないって』」
「『この野郎ぉ!』」
そして、千尋からカウンターのように怒涛の言葉を浴びせかけられると、その苛立ちを燃料として、更に戦意を漲らせた。
「『あんまり舐めんなよ、こらぁ! アタシはなぁ!? あの【創造の白】と戦って生き残ったんだぞ!?』」
「『え、すげぇ嘘っぽい』」
「『嘘じゃないもん!! ねぇ、ルーさん!!』」
「千尋様。戦果は事実ですが、ご自身で言うと情けないです」
「『ほらぁ!!』」
「『お前、都合の悪いことは聞こえない耳なのか?』」
「『そんな耳だったら、お前の挑発もスルーしてるわぁ!』」
「『いや、挑発ではなくて……単に本心が』」
「『ゴォッロオス!!』」
その後、売り言葉に買い言葉。
互いに配慮とデリカシーが書ける言葉の応酬があり。
「『やってやろうじゃないか! 決闘だ、このクソ野郎ぉ!』」
「『おお、願ったり叶ったりだぜ、感謝する』」
最終的に暴力で解決することになった。
こういうことになるからこそ、翻訳魔術は公の場で使うことはマナー違反として注意されているのである。
翻訳魔術の欠陥により、怒りのままに決闘をすることになった千尋だが、その実、冷静な部分はあった。
――――戦闘経験。
ノエルから指摘された部分の弱点を解消するためには、より多くの魔術師と戦うべきだ。
その上、相手は気に入らない男子であるものの、同世代で、推定師匠関係の客人。
それなりの実力はあるのだと推測した。
同時に、千尋は客観的に考えて、自分ならば十分に勝算がある相手だと見た。
フレイヤという、既に一人前以上だった同学年の優等生との決闘。
シロナという、思いも寄らぬ超越者との戦闘。
この二つの戦いを乗り越えたからこそ、千尋はそれなりに自信を付けていたのである。
いくら何でも、床に頭から突き刺さっていた男子が、フレイヤより強いということは無いだろう、と。
そう思っていたのだ。
「『【精霊憑依】――――牙流雷公』」
シュエンが雷の上級精霊をその身に宿すまでは。




