第32話 奮い立つ心、突然の来訪者
「奮い立て、【銀竜の心臓】」
千尋の眼前で、白銀の全身鎧が変化していた。
めきめき、と音を立てて巨大化。
元々は人型だった形状が、見上げるほどの巨大な銀竜へと姿を変えている。
『私は、礼を尽くすのに武威を用いることしか知らない…………鈴木千尋。最強の弟子よ、此度は稽古としてではなく、本気で戦おう』
「はっ! 光栄だぜぇ、ノエル先輩!!」
そう、千尋は現在、魔法学校の地下コロッセオで、巨大な銀竜と化したノエルと相対していた。もちろん、冒険祭のような命がけの戦いではない。
互いに命が保障されている決闘である。
だが、命は保障されていようとも、そこにあるのは本気の戦いだった。
命がけで共に巨大な敵に挑んだからこそ生まれる、絆による本気の戦いだった。
『がぁっ!』
吠えるようにノエルが右爪を一閃。
一瞬後に、コロッセオの地面に巨大な爪痕が刻まれる。
そう、千尋が一瞬前まで立っていた場所に。
「明らかな格上に、正面から挑むわけがないだろ!?」
声が引きずられるほどの速度による移動。
音速移動魔術【韋駄天】。
本来、千尋はその魔術の半分も効果を発揮できていなかった。
けれども、冒険祭でのシロナの襲撃という死地を乗り越えることにより、格段に己の魔術の使い方を向上させたのである。
何せ、一瞬でも気を抜けば、何かを間違えれば即死の戦場だったのだ。
いくら千尋の才能が平凡だったとはいえ、ぐいぐいと魔術の腕が上がるのも当然のことだろう。ましてや、強敵や格上との戦いの生命線である【韋駄天】は、使いこなせなければ最後のシロナに対する一撃も無かったはずだ。
「ダ・ダ・ダ・ダァ!」
従って、千尋は現在、【韋駄天】で直線的な運動だけではなく、変則的な移動も可能となっていた。
ぐるぐると巨大な銀竜の死角に潜り込むことも。
空中で虚空を蹴り、曲線を描きながら方向転換することも。
動きながら魔弾を撃ち込むことも。
『悪くはない。だが、所詮は小細工だ』
しかし、それでもノエルは超人だ。
生徒の枠を超えた魔術師だ。
『そこぉっ!』
「ちぃっ!」
音速を見極め、咆哮を一つ。
それだけのことで、千尋の魔弾はかき消され、【韋駄天】による動きも阻害された。
『来たれ、剣の雨』
音速の動きが阻害され、鈍り、千尋の足が止まる。
その瞬間を狙い撃ち、ノエルは銀竜と化した鎧の内部から、無数の剣を射出した。
鎧の内部に剣を蓄えていたのではない。
銀竜と化した全身鎧が、己の一部を増殖、変化させて、剣として放ったのだ。
一つ一つ、軽く鋼鉄のブロックさえも貫く剣を。
「【黒化武装:籠手】」
回避は不可能。
故に、千尋は迎撃を選んだ。
両手を覆うのは【黒】。
凝縮した【黒】が籠手という形で武装と成り、千尋の両腕に装着される。
「おうぅらあぁあああああああああっ!!」
気合と共に千尋の連打が、降り注ぐ白銀の剣を吹き飛ばす。
その威力、拳の速度たるや、十二歳の少女の限界を軽々と超えている。
だが、それもそのはず。千尋は今、身体強化を使っているのだから。
【黒】を使いながら、魔力を肉体に巡らせ、強化させているのだから。
これが【黒化武装】の利点である。
【黒】を凝縮し、武装化することにより、その効果範囲を狭める。限定的にする。
それにより、千尋は師匠であるクロウのように、【黒】を通常魔術の同時使用が可能となったのだ。
更には、この【黒化武装】には物理的な破壊効果も伴う。
魔術だけではなく、物質そのものを浸食し、砕くことも可能なのだ。
従って、【黒化武装】を纏った今の千尋の戦闘力は大きく飛躍する。
達人級には及ばずとも、戦闘特化の上級生並みの戦闘力を有していると言えるだろう。
【黒】を扱える点も考慮すれば、格上殺しにはうってつけの存在だ。
『――――甘い』
もっとも、それはあくまでも『初見殺し』に限られる。
『鎧よ、砂塵へと変われ』
【黒化武装】を振るう千尋に対して、ノエルが問った手段は銀竜――鎧の解除である。
先ほどまで、銀の竜となっていた白銀の全身鎧は姿を変えた。
堅牢なる竜の肉体から、白銀の砂塵へと姿を変えた。
「うわっ!?」
そして、それは千尋を――否、このコロッセオを飲み込むほどの砂嵐を生み出したのだ。
「風の精霊よ、砂塵を払え!! ……っ!? レジストされた!?」
千尋がとっさに風の精霊術で砂嵐を吹き飛ばそうとするが、練度が足りていない。
千尋の精霊術よりも、ノエルの錬金術による砂塵の方が優位だったのだ。
従って、千尋の視界は狭められる。
【黒化武装】のおかげで、自分の周囲だけは砂塵を遠ざけられるが、それでも視界が効かないのは事実。
そんな中、千尋にありとあらゆる方向から殺意が突き刺さる。
まるで、『いつでも私はお前を殺せるぞ』と主張しているかのように。
「だったら、こうだ! 武装解除!!」
千尋は【黒化武装】を解除。
凝縮させていた【黒】を解放し、振り過ぎた炭酸飲料の如く弾けて周囲に散らばる。
次いで、弾けた【黒】の粒がさらに、どぱんと質量を膨らませ、大波の如く周囲を洗い流した。周囲に満ちる砂塵を全て消し去るために。
「安易だ、千尋」
「――――きゅっ」
それこそ、ノエルの狙いだった。
ノエルは物理的干渉を起こせない【黒】の波に躊躇いなく踏み込み、そのまま死角から千尋へと密着。
そのまま、流れるような綺麗な動作で千尋へチョークスリーパーを極め、一瞬で意識を刈り取ったのだった。
「千尋。お前が有望な一年生であることは認めよう。お前が居なければ、あの恐るべき超越者に殺されていたことも。それでもなお、あえて言おう」
ぐべ、と白目を剥きながら気絶する千尋へ、そっとノエルは優しく頬に手を添える。
「お前はまだまだ、経験不足が過ぎる」
そして、僅かに頬を緩ませ、滅多に見せない微笑みと共に回復魔術を施した。
「押忍。ありがとうございました、ノエル先輩」
「うむ」
コロッセオでの決闘――模擬戦闘を終えた二人は、互いに頭を下げて礼を尽くす。
そこにあるのは、魔術師と言うよりは武人としての礼節だった。
「千尋。先ほども言ったが……いや、気絶してたか。ごほん、ともあれ、お前にはまだ経験が足りていない。様々な戦闘の経験が。だが、逆を言えば、それ以外は足りている方だ、生徒の中では」
「つまり?」
「焦らず、きっちり、コツコツと経験を積み上げて行け。間違っても、戦闘経験が欲しさに、ダンジョンに突っ込んだり、森の魔物と戦おうとするんじゃない」
「うぐっ」
図星を突かれて、思わずうめき声を上げる千尋。
そんな千尋の反応に、ノエルは端麗な美貌に呆れの表情を浮かばせる。
「千尋。お前は確か、最強の魔術師になりたいんだったな?」
「はい! 師匠を倒して、結婚するために!!」
「…………頭の痛くなる理由だが、まぁ、いい。それは人の自由だ。だがな? 一人の先輩として、あえて言わせてもらおう」
すぅ、と目を細め、呆れの表情は消して、戦士としての冷徹さを見せながら言う。
「今、お前が焦って何かを得ようとしても、そんなものはクロウ様からすれば誤差に過ぎない」
「――っ!」
「高リスク低リターンの愚行だ。目標を決めて背伸びをしたくなるのは理解するが、そこはぐっと堪えて基礎を磨け。お前は、最強の弟子なのだろう?」
冷徹に、けれども誠実さが滲んだ言葉だった。
「……はいっ!」
だからこそ、千尋は素直に己の焦りを認め、忠告を受け入れることが出来たのだ。
「…………焦るのは、『壁』にぶつかってからでも遅くない」
もっとも、最後に呟かれたノエルの言葉を拾うには、まだ何もかも足りていなかったのだが。
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強くならなければならない――――ではなく、強くなりたい。
千尋は冒険祭の出来事を経て、強くそう思うようになった。
それはもちろん、クロウへの告白の件もあるのだが、もう一つ。
泣きながら抱き着かれるほど、フレイヤとヒカリ――二人の友達に心配させてしまったことが、心苦しかったのだ。
無論、千尋も理解はしている。
ノエルに指摘された通り、己自身が焦っていたことを。
焦ったところで、今すぐ、クロウやシロナの領域に踏み入ることは不可能だと。
「最速で強くなる方法があるとすれば、師匠が持っている『夜の腕』を使うことなんだけど。あれはなぁ。使ったところで、あの杖が師匠の下にある時点でたかが知れているというか、下手に外付けの力に頼ると、絶対に戦闘経験の部分で苦労するだろうし、うーん……」
千尋は現在、クロウの地下工房の修練場でストレッチしていた。
ぐいぐい、と体を伸ばし、まるで雑技団の演者の如き、恐るべき柔軟性を発揮している。
これも全て、千尋がクロウの指示通りにコツコツとストレッチを続けた成果である。
――――そう、知っているのだ。この通り、基礎は大事なのだと。
「基礎を積み上げる。師匠の通りに修行する。多分、それが最短最高の道。でも、いつか師匠に勝つためには、それだけじゃあ駄目だと思う。アタシ自身の決断と選択で得たもので、アタシ自身の力を蓄えないと」
だが、千尋は若干十二歳ながらも感じ取っていた。
このままでは、師匠を倒すことなどは夢のまた夢なのだと。
そもそも、師匠を倒すために、師匠の言う通りの修行をするばかりではいけないというか、情けないような気がする、と。
「師匠が想定している最短ルートからずれたとしても、これはきっと必要なことだ……でも、だとしたら、何をすればいい? 焦って戦闘経験を積むのは、ノエル先輩から駄目だって警告を受けたし……大体、アタシが知っている、考えていることは師匠の知識にあることだろうし。単に師匠の想定からずれるだけじゃなくて、こう、感心されるような……」
むむむぅ、と唸り声を上げる千尋は、自らの指に嵌めた黒曜石の指輪を見る。
「やっぱり、今のところの方法は一つ、か」
契約の指輪。
『天球世界』出身の千尋だろうとも扱える、竜をも従わせる可能性を持つ魔道具。
冒険祭に於ける、千尋の戦利品だ。
千尋が仲間たちと共に勝ち取ったものだ。
「強い使い魔……違う。アタシの目的に合うような魔物を探し出して、契約を結ぶ。たとえば、アタシの成長率を上げたりする、リャナンシー系の……いやでも、あれは男性限定だし。そもそも、そんな効率の良い方法があったら師匠が――――ええい! 今は考えない! 師匠のことを考えると、絶対途中でアタシの方法が馬鹿みたいに思えてくるから! 自分の行いを馬鹿だと反省するのは、挑戦してみてから! 良し!!」
ぐん、と体を起こして大きく深呼吸。
ばん、と両頬を叩いて気合注入。
「とりあえずは、組手で手加減しまくりの師匠から一本でも取れるように――――」
いざこれから、と言うところで。
――――どぉおおおんっ!!!
修練場の上。
地上の小屋に、何かが墜落してくるような音が響いた。
「…………ルーさん?」
千尋が呼びかけると、足元の影からルーが出現し、恭しく頭を下げる。
「ご安心を、千尋様。あれは襲撃ではなく、単なる来客ですので」
「なるほど……随分と激しいノックだったね?」
「どうやら、未熟な子供が逸ったようです」
「そっかぁ」
ルーの説明に、いまいちよくわからないまま頷く千尋。
「はぁ」
そして、深々とため息を吐いて。
「ままならないなぁ、世の中って」
自分自身のタイミングの悪さに苦笑したのだった。




