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第31話 騒動の終わりと暗躍の始まり

 前提として、ミネルヴァ魔法学校の教師たちは強い。

 誰もが一流の魔術師揃い。

 特に、校長のヒルダは超越者クラスと並ぶほどの実力を持っている。

 けれども、それは即ち、全ての問題を片づけられるわけではない。

 どれだけ強かろうとも、悪意はその隙間をすり抜けて忍び寄る。

 校長であるヒルダが避けられぬ用事により、『天球世界』から離れている間に、革新主義者たちが襲撃を仕掛けたように。


「やれやれ、二つのプランは失敗ですか。でもまぁ、仕方ありませんね。魔王の転生体も、最強の弟子も、簡単に手に入ったら苦労しません」


 何の特徴もない平凡な顔立ちのスーツ姿の女性――革新主義者たちの一人、レイゼ・カロンナルファは足元に転がる魔導ドローンの残骸を見下ろしながら苦笑を一つ。


「けれども、最低限のプランは通せたようで何より」


 冒険祭の舞台となったあらゆる場所に、その魔導ドローンの残骸はあった。

 生徒たちに襲い掛かり、撃退された革新主義者たちの身柄と共に。

 ――――置き土産となる情報を、たっぷりと残して。


「さぁ、これからがきっと怖いですよ? 数多の敵を退ける力があろうとも、内側に入り込んだ『毒』は疑心暗鬼を生みます。私たちはその隙を突いて、本懐を遂げてやりますとも」


 くふふ、とレイゼは笑う。

 既に過ぎ去った戦場の跡、誰の気配もない山深い木々の間で笑う。


『んんー、それなんだけどねー? ひょっとすると、隙を突かれるのはシロたちかもしれないよー?』


 そして、誰の気配もないはずの場所で、レイゼ以外の声が響いた。


「おや?」


 見ると、レイゼの方に一匹の蝶が留まっている。

 美しい純白の翅の蝶だ。


「我らが共犯者のシロ様。負けたのは予想通りですが、まさかそこまで消耗されましたか?」

『まぁねー。強烈な一撃をくらってねー? 偏在しているシロたちにも余波が来てさー。もう、全然力が無い感じだよー』


 レイゼが蝶に語り掛けると、蝶は普通に言葉を返す。

 クロウに倒されたはずの超越者、シロナの声で。


『というわけで、しばらくシロはお休み。レイゼちゃんたちだけで頑張ってー』

「はぁ、そうですか。最初から気まぐれな超越者の戦力を当てにしていないので、今更だとしても。ふぅむ、シロ様。先ほどの隙を突かれるとは、どういう意味で?」


 怪訝そうな表情で訊ねるレイゼに、シロナは弾むような声で答える。


『クロの弟子――ううん、鈴木千尋は中々に面白い奴だったんだよ。このシロが手を抜いていたとはいえ、殺し損ねる程度には』

「なんと!」


 レイゼの特徴の無い顔が、驚愕に染まる。

 シロという超越者の理不尽さを知っているが故に、その魔の手から逃れたという事実に、レイゼはこれ以上の無い衝撃を得たのだ。


「――――素晴らしい!」


 そう、歓喜という名の衝撃を。


「素晴らしい! 素晴らしい! 『地球世界』出身の少女が! 『天球世界』最強の魔術師に指示を受けて! 世界の敵たるシロ様に抗って見せた! ああ、なんと素晴らしい! これこそ革新! 我らが望む、世界の夜明け!!」


 レイゼはまるで、恵みの雨でも受け入れるかのように大きく両手を広げて空を仰いだ。


『やー、別に二つの世界云々じゃなくてー、単に千尋ちゃんが頑張っただけだと思うんだけどなー?』


 そのあまりの喜びように、共犯者であるシロさえもドン引きしている。


「いえ、いえいえいえ! それは無論、知っていますとも! ですが! 二つの世界が交じり合わなければ、そもそもあり得なかった縁であることは確かでしょう!? ならば、私が望む革新の一つに他ならない!」

『そっかー。とりあえず、嬉しそうで何よりー。でも、共犯者のよしみとして、ちゃんと警告はしたからねー?』

「ええ、それは無論!」


 くるり、とその場で軽快にターンした後、レイゼは唇を三日月に歪めた。


「全身全霊の悪意を持って挑ませていただきますとも。埋伏の『毒』ともども、最強の弟子を凌駕して見せましょう!」


 特徴の無かったはずの顔に、悪魔の如き笑みが生まれる。

 まるで、その悪意こそが、レイゼ・カロンナルファという存在の個性だと言わんばかりに。




 ただ、レイゼもシロも知らなかった。


「手を出しましたね?」


 深い、深い、山深い森の中。

 獣ですら近寄らぬ闇の中。


「私の友達に手を出しましたね?」


 周囲の植物すらも枯らすほどの殺意を滾らせる存在が――――魔王転生者が。


「超越者だろうが、革新主義者だろうが関係ありません。全て、皆殺しです」


 天原ヒカリが、殺戮の準備を始めたことを。



●●●



 冒険祭のリザルドを簡単に示すのならば、次のような形になる。


 生徒たちの被害はほぼゼロ。

 軽傷者が数人程度。

 教師陣に対する被害は皆無。

 冒険祭に関わる周辺地域に対する物的被害は修復魔術で補える程度。

 革新主義者たちの襲撃に加えて、世界の敵たるシロナが姿を現したにしては、奇跡的と呼んでも差支えが無いほど、今回の被害は皆無だった。

 ――――ミネルヴァ魔法学校内に巻かれた、魔王転生者という『毒』を除けば。


「魔王転生者が私たちの学校に居るって本当?」

「えー、そんなの御伽噺でしょー?」

「でもさ? 御伽噺を信じて、テロリスト集団が襲ってくる? よりにもよって、クソつよ教師陣が守るミネルヴァ魔法学校に」

「それはそうだけどさー」


 襲撃した革新主義者たちの言葉。

 後々、尋問したことによって分かった情報。

 魔導ドローンで喧伝されていた魔王転生者という情報。

 これらは、魔法学校内に疑心暗鬼を生み出す『毒』となって、浸透することになった。

 冒険祭から一週間経った現在でも、その『毒』は消えない。

 むしろ、『まるで内側から何者かが煽っている』かのように、生徒たちの間に、魔王転生者に対する恐怖と嫌悪が蔓延し始めていた。




「世話をかけましたね、兄弟子」

「構わん。自分の弟子を守るついでだ」


 ミネルヴァ魔法学校内にある一室――校長室。

 無駄な装飾は無く、けれども最高級の物ばかりで揃えられた、ヒルダの執務室。

 本来ならば余人を許さぬその場所に、ヒルダは最強の魔術師を迎えていた。


「私の集めた教師たちは優秀です。けれども、流石にあの【創造の白】が相手では、貴方が来なければ壊滅的な被害を受けていたでしょう」

「さて、な。あれはあれで、それなりの配慮……選り好みをする類の人間だ。私の弟子が居なければそもそも、この学校に関わろうともしなかっただろう」

「…………あの怪物を人間と呼びますか、兄弟子」

「言うとも。超越者などと呼ばれていても、所詮、私たちは力があるだけの人間に過ぎないのだから。どこまで行っても」


 ヒルダとクロウ。

 魔術師の中でも上澄みの上澄み、その頂きに近い者たちは淡々と言葉を交わして行く。


「自分自身を複製し過ぎて、不死なる偏在を実現させている存在を、私たちの常識では人間とは呼ばないのですが?」

「生憎、奴の不死はそこまで便利なものではない。魂を複製させるレベルには至っていない。故に、肉体がどれだけあろうとも、魂まで響く打撃を放てば、回復まではしばらく時間がかかるだろう……故に、奴が再び襲撃することはしばらく無い。仮に、襲撃して来ても、直ぐに対応できるように用意はした――――ここまでが、私の出来る保障だ」

「つまり、そこからは保障外だと?」

「ああ。革新主義者たちと魔王転生者の問題に関わるつもりはない」


 無表情に、けれども異論を許さぬようにクロウは断言した。


「その理由は、わかるだろう? ヒルダ」

「……ええ、わかりますとも。兄弟子……いえ、最強の魔術師クロウ。貴方は強すぎる。誰かを救うという行いですら、その余波で誰かを押し潰してしまうほどに」


 目を細めて言うヒルダの言葉の端々には、長い時間によって生まれた感傷があった。

 最強に及ばずとも、超越者に近い魔術師であるヒルダであるが故に、クロウの言葉の意味を理解しているのだろう。

 強ければ何でも解決できるほど、世界は単純ではないと。


「私は弟子を守る。場合によっては、弟子の周りも守るかもしれない。だが――」

「その先は言わずとも結構です」


 だからこそ、ヒルダは冷たい表情で、けれども熱い言葉で断言するのだ。


「この学校も、生徒たちも、私が守ります。私はミネルヴァ魔法学校の校長ですので」


 ヒルダの外見はどこまでも冷たく、冷淡が魔女の如く。

 しかし、その内側から発せられる言葉は、灼熱のような強い意志を持っている。

 ――――矛盾の魔女。

 そう呼ばれる一端が、クロウとのやり取りの中でもあった。


「生徒たち、か」


 ヒルダと浅からぬ関係があるクロウは、その力強い宣言に今更驚かない。


「その生徒たちの中に、魔王転生者が居たとしても、か?」


 ただ、淡々とヒルダの覚悟を問うように言葉を投げかける。


「ええ、もちろん。私たちの生徒であることに変わりはありません」

「…………そうか」


 クロウの問いに、ヒルダはあっさりと覚悟を示した。

 そう、拍子抜けするほどあっさりと。


「薄々察してはいたが、ヒルダ。お前は魔王転生者が誰か知っているな? いや、それどころか、知った上で学校に受け入れている」


 その覚悟に、反応の速さに、クロウは真実を見出した。


「やはりバレますか、兄弟子」

「お前は如何にも深淵熟慮という面をしているが、行動が分かり易すぎる。もっと落ち着きを持て」

「ふっ、この年になってからの説教は堪えますね」

「安心しろ。どれだけ年月を積み重ねても、人間の中身は変わらない。変わらないまま、選択の結果だけが積み重なるだけだ」


 冷たい微笑を浮べるヒルダに、仏頂面で言葉を重ねるクロウ。

 二人の間にある空気は、異性愛とは異なる気安い親しさで彩られている。


「ともあれ、だ。お前がそう決めたのならば、『そうした方が良い』と言うことだろう。ならば、生徒の一保護者として、これ以上余計なことは言わん」

「あら、そうですか。不甲斐ない妹弟子に何か激励を下さってもいいのですよ?」

「…………激励ではないが、最後に一つ」


 だからこそ、最後に発したクロウの警告は余計に、その不穏さが浮き彫りになったのだろう。


「生徒か教師に、革新主義者に通じている者が居る。学校を守るのもいいが、背後から刺されないように、精々用心することだな」

「――――ええ、それもわかっていますとも」


 ミネルヴァ魔法学校の教師陣は強い。

 教師陣に守られている生徒たちも、戦闘特化で並大抵の魔術師では敵わない者も居る。

 だが、それでも。

 既に内側に入り込んだ鼠は既に、ミネルヴァ魔法学校という大樹の根を噛んでいた。


「内通者に関しては、発見次第に厳罰に処します。容赦はしません」


 その行いが、破滅に通じているとも知らないままに。

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