第4話 ルームメイト
天原ヒカリは、気弱で陰キャでコミュニケーション能力が欠如した、十二歳の少女である。
少なくとも、ヒカリ自身はそう思っている。
従って、ヒカリは可能な限り、自分が寮生活でやっていけるように工夫した。
寮長であるミメイに頼み込み、よほどのことが無ければ一人部屋――という名の狭い屋根裏部屋――で過ごせるようにしていたのである。
無論、これは特例中の特例。
ヒカリがあらゆる手段を用いて、どうにか叶えられた我儘である。
想定外な事態が一つでも起これば、容易く瓦解してしまう。
そう、例えば、偉大なる魔術師であるクロウの弟子が、突如としてミネルヴァ魔法学校へと入学することが決定した、とか。
そんなイレギュラーな事態が起こってしまったのだから、ヒカリの我儘は崩れ去った。
元々、上級生の中でも『一人部屋が良い』という人間が居たからこそ、ヒカリは『上級生と自分自身の意向が一致する』として、例外を許されたのだ。
ここに、新規で一人――しかも、『天球世界』でもかなり偉い魔術師の弟子が来るとなれば、そのような例外を許すわけにはいかない。というか、クロウはその手の規則違反に厳しいと噂されているので、魔法学校側としては余計な傷を作るような真似をしたくないのだ。
かくして、ヒカリは一人部屋から相部屋へと移動になったのである。
しかも、小細工を弄した罰とばかりに、クロウの弟子のルームメイトとして。
「ひぇえええ……無理だよぅ……私なんかが、最強の黒に選ばれた弟子の人とルームメイトなんて……うう、もっと成績が良くて明るい人と一緒にしてくれればいいのに……」
ヒカリはあまりのプレッシャーに、弟子が来る前に三回ほど吐くことになった。
「げぼっ、げほ……な、嘆いていても現実は変わらない……だったら!」
けれども、ヒカリは現実に打ちのめされるだけの陰キャ少女ではない。
色々試行錯誤し、策を弄する程度には精神が図太いのだ。
これで気弱を自称しているのだから、ヒカリを知る周りの人間からは苦笑が絶えないことだろう。
「目指せ、目指すんですよぉ、私ぃ……違法と脱法の境界を……人格に影響するレベルの魔法薬の製造は禁止されている……でも! 気分をリラックスさせたり、緊張しにくくする魔法薬ぐらいなら……後は、頭の回転を速める成分も入れて……っ!」
ヒカリは気弱で陰キャを自称しているが、同時に魔法薬オタクであるという自認もある。
新入生の中では、ちょっとだけ周りよりも魔法薬に詳しい自覚がある。
ついでに言えば、個人で魔法薬を製造するための資格なんかも取っている。
この時点で、単なるオタクというよりは、魔法薬の分野に於ける天才というのが周囲からの評価なのだが、そもそも周囲とほとんど繋がっていないヒカリにそんな自覚は無い。
肝心なのは、ある程度の魔法薬ならば、ヒカリは自分で製造可能ということだ。
「ふふふっ、出来る! 出来ます、魔法薬で強化された私なら! 一般人と同じく、普通の挨拶という奴が!!」
己の知識と錬金術の知識を総動員し、丸一日がかりでヒカリは特性の魔法薬を作り上げた。
自分自身に合わせて、ギリギリの範囲まで安全性を削った精神高揚の魔法薬である。
これならばきっと、最強魔術師の弟子相手と言えども、無難な挨拶が出来るはず。
「相部屋の人だよね? 初めまして! アタシは鈴木千尋! これから一緒に――」
「ぼげほっ」
「うわぁああああ!? なんかいきなり血を吐いたぁ!!?」
なお、結果は大失敗。
ギリギリの範囲まで安全性を削った結果、通常時と弟子――千尋との遭遇時の緊張の差が、ヒカリに吐血という結果をもたらしてしまったのだった。
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中々に最悪な絵面のルームメイトとのファーストコンタクトであるが、これでも千尋はそれなりの修羅場を潜った少女である。
幼少時に、母親に付き合わされて海外を冒険した所為か、この手の緊急時には悲鳴を上げながらも体が勝手に動き出す。
「脈拍……異常に速い……呼吸はあるけど荒い……回復体位にしてから、急いでミメイさんを呼んで――」
「ごべほっ、あ、大丈夫でしゅ……はひ」
あまりにもガチな対応をされたため、このままでは大事になるとヒカリは気合で起き上がった。
「ごくごくごく……ふ、復活、しましたぁ」
「うそぉ!?」
そして、万が一の時に備えて作っておいた解毒薬にて、薬の作用を無効化。
問題無く吐血状態から回復し、何事も無かったかのように洗浄魔術で、吐き出した血液を掃除したのだった。
「ご、ごめ、ごめんなさ……無様を……すみませ……う、ううっ」
しかし、肉体的には回復していても、精神的にヒカリは限界だった。
普通に挨拶も出来ないほどのコミュニケーション能力なのだ。
そこに、初対面から血を吐いて倒れるというアクシデントも加われば、もはやヒカリのコミュニケーション能力では対応不可能。
「うううう……」
後に残るのは、涙目でうめき声を上げる陰キャ少女が一人だ。
初対面のルームメイトがこんな有様になったのならば、この後の空気は最悪。無難な挨拶すらできず、気まずさを隠すために時間を置くのが、普通の人間の反応だろう。
「ふーむ?」
しかし、この平凡少女である千尋は、コミュニケーション能力が普通ではない。
何せ、幼少の頃から冒険家の母親に引きずり回されて、海外を巡っていたのだ。
コミュニケーション能力が高くなければ、やっていけない環境にあったのだ。
故に、吐血していきなり泣き出したルームメイトに対しても、軽く引きはしつつも、この場から立ち去るような真似はしない。
「んんー」
観察。
コミュニケーションに於いて観察は大切だと、千尋は身をもって学んでいた。
そして、この観察はぱっと見た瞬間に行わないといけない。いつまでもじろじろ見て来る相手に対して、人は好感を抱きにくいからだ。
従って、千尋は即座に観察――プロファイリングを済ませた。
外見:黒髪低身長。猫背。卑屈な笑み。
行動:奇抜。混乱中。何かの症状があった?
推奨:まずは落ち着かせること。
躊躇いは一瞬、けれども妙に慣れた動きで、千尋は呻くヒカリを抱き締めた。
「ほわっ!?」
当然、ヒカリは突然の出来事と、他者のぬくもりという違和感に体を硬直させて。
「大丈夫だよ」
耳元で囁かれた千尋の言葉に、体中が一気に脱力した。
まるで、母親の腕の中にでも包まれたかのように。
「大丈夫だよ、アタシは敵じゃない」
繰り返し、囁かれる言葉。
本来、不愉快なはずの他人の声色。
けれども、告げられたヒカリの顔には嫌悪の色は無い。
戸惑いながらも、段々とヒカリの体温を受け入れ始めている。
「だから、何も慌てなくてもいいんだよ」
「……う、あ」
まるで、孤独な幼子を慰めるような千尋の行動。
それは初対面の常人に対しては、過剰で鬱陶しい行動となっただろう。
だが、精神が混乱状態にあり、並々ならぬコミュ障であったヒカリにとっては、逆にそれが良かったのだ。
自身のパーソナルスペースをぶち抜き、一気に距離を詰める。
体の触れ合いで、言葉で、はっきりと敵ではないとわからせる。
いかにヒカリが他者とのコミュニケーションに難点があったとしても、これだけの触れ合いを受ければ、千尋が自分に敵意を持っていないと理解するには十分だった。
「ねぇ。アタシに貴方の名前を教えて欲しいな?」
「は、はひぃ……」
この場に師匠であるクロウが居たのならば、千尋の手際を『精神干渉魔術より、よほど魔的だ』と褒めたことだろう。
「なるほど。我が主が弟子にするだけはありますね」
ただ、背後に控えるルーが感心してしまう程度には、割と奇行であることは疑いようも無いことだが。
「え、えっと、改めまして……天原ヒカリです……十二歳です……得意分野は魔法薬の調合です。主に、錬金術系統の魔術を使います、はい」
混乱から解放されたヒカリは、たどたどしくありながらも、きちんと自己紹介を終えた。
どうやら、千尋に対する人見知りは一時的に解除された状態らしい。
「んじゃあ、アタシも改めまして! アタシの名前は鈴木千尋、十二歳! 『地球世界』出身で、今まで魔術のことは何も知らなかったから、これから色々と教えてくれると嬉しいな!」
「えっ?」
「んっ?」
「…………あ、あのクロウ様の弟子の人、ですよね?」
「そうだよー?」
そして、互いに自己紹介を終えた後、ヒカリは千尋のプロフィールに首を傾げた。
クロウの弟子と『地球世界』出身の素人、という情報が噛み合わないのだ。
「さ、最後に弟子を取ったのが三百年前で……それ以来、どんな天才が頭を下げても、弟子入りは認めてなかったはずなのに……はっ! まさか、鈴木さんは『地球世界』で見つけた才能の原石!?」
けれども、ヒカリは勝手に何やら納得したらしく、何やら凄いものを見る目で千尋を見ている。
「ふっふーん! まぁね! まだ魔術は習ってないけど! でも、師匠曰く、アタシは『地球世界』で一年間も探し回ってようやく見つけた素質の持ち主らしいから!」
「ふぇ!? あのクロウ様が!? 占術にも長けたお方なのに!? そんな方が一年も!? ほわぁ、凄い! 凄すぎる素質ですよ、鈴木さん!」
「まぁ、まぁまぁ、まだ魔術を習ってない素人がね? 何を言ってもね? そこはね、魔術を習ってから、おいおいね?」
ヒカリからの称賛に、千尋は調子に乗りつつも口では謙遜していた。
なお、本人の自覚では超天才の千尋であるが、それが間違いであることはこの後、割とすぐに発覚することになる。
「す、凄いです、鈴木さん……きっと、私なんかすぐに追い越されて――」
「千尋!」
「うんみゃ!? え、えっと、なんですか!?」
「アタシの名前は千尋! これからルームメイトになるんだから、良ければ名前で呼び合おうよ! アタシ、ヒカリと仲良くしたいな!」
「ふぇ? いや、でも、私は……陰キャの魔法薬オタクですよ!?」
「うん? それがどうしたの? 物静かで魔法薬に詳しい子ってことでしょ?」
段々と人見知りを再発させるヒカリだが、それよりも早く千尋が心の距離を詰めた。
「アタシは『地球世界』では、特に才能とか何もない奴だったから。だから、何か一つでも自分の好きな分野に没頭できる人を尊敬するよ」
「そ、そんな……で、でもでも、私はその、前に薬臭いって言われましたし……」
「くんくん」
「わひゃ!? な、何を――!?」
「ハーブのアロマみたいな匂いで、アタシは結構好きだけど?」
「ほひゃ!?」
ヒカリはまるで釜で茹でられたかのように顔を赤く染める。
初対面の相手にコンプレックスだった体臭を嗅がれ、その上で肯定されてしまったのだ。
もはや、ヒカリの千尋に対するパーソナルスペースはボロボロだった。
「アタシがヒカリを嫌う要素とかゼロだよ、ゼロ! というか、ひょっとして逆に、ヒカリはアタシのことが嫌いだったり? ほら、『地球世界』出身は、実は差別されていたり――」
「そ、そんなことありません! 確かに、魔術師の中には『地球世界』出身の人を成り上がりだとかいう人も居ますけど! 私は全然違いますから! 私は『天球世界』も『地球世界』も関係なく、大体の人が嫌いです!」
「え、ガチでアタシも嫌いなパターン? そ、そうだよね……初対面でアタシ、距離近すぎたよね、ごめん……」
「ちがっ! 違います! この後に、『でも、千尋さんのことは嫌いじゃないです』って言おうと思って!」
「千尋」
「えっ?」
「お互い、呼び捨てにしない? ヒカリ。そっちの方が仲良しっぽい」
「…………そういう、人たらしマックスなところはちょっと苦手です、千尋」
ヒカリの苦笑交じりの言葉に、千尋はぱぁっと表情を明るくする。
「ありがと、ヒカリ! これからよろしくね!」
「は、はい……よろしくです」
「じゃあ、早速! 一緒にこの魔法学校を探検しよう!? 実はここに来てからずっと、魔法学校の内部を知りたくてたまらなくて!」
「わひゃ!? あ、あのっ! まだ魔術を習っていない人だと、校舎内の探検は本当に危ないので! ああ、もう! 引っ張らないで! わかりました! 一緒に行きますから!」
散歩モードに入った大型犬の如く、ヒカリを引っ張って行く千尋。
ヒカリはそれに苦笑しながらも、満更ではない気分で付いていく。
「いや、本当に! 本当に準備しないとこの学校の探検は危ないから!」
こうして、自称気弱で陰キャの魔法薬オタクは、生まれて初めての友達を得たのだった。
「こひゅ、こひゅっ……し、死ぬかと思ったぁ」
「馬鹿ぁ! だから魔術を覚えてからにしようっていいましたよねぇ!?」
なお、三十分後にはその友達を危うく失いそうになったので、生まれて初めの友達にガチ説教する羽目になった。




