第3話 ミネルヴァ魔法学校
千尋とクロウが飛竜に乗って辿り着いたのは、険しい山脈の奥深くにある木造建築の一軒家だった。
家のすぐ近くには、薬草や野菜などが植えられている畑。
農作業の器具を置くための、簡易な小屋などもある。
「ええと、ここですか?」
「ああ、ここが私の拠点の一つだ。ついてきなさい」
「あ、はい」
正直、魔術師の家と言うよりは農家の家と言った方がしっくりくる外観だ。
けれども、千尋はクロウが凄腕の魔術師だということは既に確認済み。疑問を抱きつつも、家に入って行くクロウの後へと続く。
「……あれ? なんだか、やたらと家具が少ないような?」
そして、ふと気づく。
クロウの家であるはずの場所に、やたらと配置されている家具が少ないことに。
配置されている家具のほとんどに、使用された痕跡が見えないことに。
「いい観察力だ、千尋。君の推察通り、この地上部分は偽装に過ぎない」
「ぎ、偽装ですか!? いえ、その、そこまで考えていたわけでは!」
「新しい環境であっても、違和感に気づき、疑問に思うこと。その時点で、既に君自身の中で推察しているようなものだ。謙遜はしなくていい」
思わぬクロウからの賞賛に、千尋は「えへへへ」とだらしなく口元を緩める。
「魔術師とは、自らの成果を秘匿するものだ。そのため、私は地上部分を偽装として使っている。本命は地下の工房だ」
「地下、ですか? でも、地下室なんてどこにも……あ、隠し通路!」
「惜しい。地下には転移ゲートを使って進む」
「……ええと、師匠? だとしたら最初からその、うちから転移ゲートで拠点の地下まで直通した方が早かったのでは?」
「ああ、その通りだ」
「その通りなのですか!?」
ヴォン、と前方に転移ゲートである魔法陣を展開させつつ、クロウはさらりと言った。
「だが、私は過去に合理性を重視し過ぎたため、知り合いの魔術師から『つまらない男』という罵倒を貰った経験がある。故に、弟子である君のモチベーションを上げるため、あのような形での移動としたわけだ」
「じゃあ、あの飛竜は!?」
「レンタルだ」
「レンタル!!?」
クロウの衝撃発言に、千尋は目を剥いて言葉を繰り返す。
まさか、ファンタジー世界に墜落して最初に乗った飛竜が、レンタルだとは思わなかったのだ。
「生憎、私の使い魔で空を飛べる者たちは主に、世界を滅ぼす系の奴らしか居ない」
「世界を滅ぼす系の奴ら!?」
「無駄にプライドが高いので、私はともかく弟子の君を乗せたりはしないだろう。故に、すまないがレンタル飛竜で許してくれ」
「い、いえ、その、文句があるわけでは無いですし! むしろ、世界を滅ぼす系の何かの背中に乗るのは怖いですから!」
色々な意味で驚きを隠せない千尋。
だが、師匠であるクロウはマイペースなのか、説明は終えたとばかりに話を先に進める。
「そうか。ならば、地下の工房へと行こう」
「は、はいっ!」
千尋はクロウと共に転移ゲートである魔法陣を潜り抜けて。
「…………は、へ?」
そこで、クロウの魔術工房を見た。
正確に言うならば、その一端――――大量生産に特化した、ポーション工場を。
「あ、あの、師匠。これは?」
千尋の経験から、その光景を例えるので一番適切なのは、『工場のライン』だった。
ほとんどの過程が機械によって自動化。
ごく一部の手作業も、人間ではなく、魔術人形――ロボットのような何かが代行している。
千尋としては、魔術師の工房を見に来たのに、まるで大企業の工場を見学しているような気分だった。
「ああ、ポーションを大量生産している。理由としては、我らが『天球世界』の恥となるので、もう少し時間が経ってから教えよう」
「いえ、そっちではなくて……師匠って魔術師ですよね? 何故、工場みたいに?」
「便利だろう?」
「便利ですけど!」
「別に、魔術師が科学を学んではいけないという規則は無いぞ?」
「そ、それは、その、そうだったら、何も文句は言えないのですが……」
「まぁ、魔術と科学の融合は失敗すると大惨事になるから、君には推奨しないが」
「師匠が怖いこと言ってるぅ!」
千尋は想像と現実とのギャップに混乱しているが、クロウは構わず先に進む。
しっかりと千尋の手を掴んだまま。
「さて、簡単にだが工房内を説明して回るぞ。迷うと危ないので、私の手を離さないように」
「具体的にどう危ないのですか!?」
「怪物が跋扈する異界に落とされる」
「アタシはこの手を絶対に離さない!」
中々に恐ろしい注意事項があったものの、千尋の工房見学は何事も無く進んだ。
クロウの魔術工房のほとんどは、古き良きファンタジーのイメージからはかけ離れていた。
薄暗く、怪しげな素材で満ちた場所ではない。
照明は最新のLED。
素材は全て粉末や液体状など、扱いやすい形で保存。
魔術工房の通路は、塵一つなく清潔。
生活スペースと思わしき一角も、まるで高級ホテルの一室のような様相だった。
「そろそろ頃合いだな」
やがて、一通り魔術工房の説明を終えると、クロウは軽く手を叩く。
「お呼びでしょうか、クロウ様」
「にょわっ!?」
すると、突如としてクロウの眼前――つまりは千尋の目の前でもある場所に、銀髪の美少女メイドが現れた。
しかも、単なる美少女メイドではない。
狼の如き獣の耳を持つ、クールで凛々しい系の美貌を持つ、クラシックスタイルなロングスカートのメイドなのだ。
「ルー、制服の準備は出来たか?」
「はい、ここに」
ルーと呼ばれた銀髪狼耳メイドは、虚空から衣類を取り出す。
「どうぞ、お召し物です」
「へっ?」
そして、それを恭しく千尋へと差し出した。
「し、師匠、これは?」
「今後、使うことになる制服だ。この後、サイズが合っているかどうか確認してくれ。一応、ルーにサイズの目視確認はさせてあるが」
「な、なるほどぉ」
千尋は何度か頷いた後、納得したように顔を明るくした。
「つまり、これは師匠の弟子である証と言うことですね!」
「いや、違う」
「えっ? じゃあ、あの、この工房で修行する時に着る服ですか?」
「違う」
「…………一緒に暮らす上で、こう、ドレスコード的なあれですか?」
「違う。そもそも、私と君は一緒に暮らさない」
「えっ!?」
「コンプライアンス的に考えて、未成年の少女と血縁関係も無い成人男性が同じ家で寝泊まりするわけが無いだろう」
「えぇええ……」
だが、師匠であるクロウのマジレスにより、露骨に肩を落とす。
どうやら、千尋の中では魔術師の弟子と言ったら、住み込みだと勝手に考えていたらしい。
「じゃあ、なんなんですか、これは……」
不貞腐れるように言う千尋に、クロウは淡々と告げる。
「それは制服だ。これから君が通うことになる魔法学校の」
「へぇ、そーですか…………えっ、魔法学校!? 何ですか、その魅力的な響き!」
もっとも、またすぐに機嫌が良くなるあたり、千尋は割と単純な性格をしているようだ。
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「『天球世界』に於ける一般的な魔術師の育成カリキュラムは、午前中が魔法学校。午後が各自の師事している派閥、あるいは家庭教師や塾による個人レッスンだ。魔術の習得だけを目的とするのならば、私が一日中教えていた方が効率的だが、効率的なだけの詰め込み教育では得られないものが、魔法学校での共同生活には存在する。千尋、君には多くの学友と知り合い、切磋琢磨して欲しい」
如何にも悪い魔法使いの如き顔をしているクロウであるが、その教育方針は健全だった。
少なくとも、千尋という十二歳の少女を、閉鎖的な環境に閉じ込めない程度には。
「既に、君が通う先の魔法学校――『ミネルヴァ魔法学校』には話を通してある。だが、私が魔法学校に出向くと、学校全体が厳戒態勢に入ってしまうので、一緒にはついていけない。代わりに、必要な手続きは全てルーがやってくれるだろう」
「わかりました、師匠」
千尋はクロウの言葉に、若干の残念さを感じながらも頷いた。
本当は師匠であるクロウと共に、魔法学校に足を踏み入れたいと思っていたのだが、そういう事情があるのならば仕方がない、と。
「でも、師匠。どうしてまた、魔法学校に警戒されているんですか?」
「…………力というものは、持ちすぎると他者に警戒を強いてしまうこともある」
「良い人なのに、師匠」
「出会って数日程度で、他者の善性を信じすぎてはいけないぞ、弟子」
「はぁい」
かくして、千尋はミネルヴァ魔法学校へと行くことになったのである。
図書館。
国立大学ほどの敷地が、ほとんど書架で埋め尽くされた建物が並べられている。
ミネルヴァ魔法学校とは、千尋に『とても大きな図書館』と抱かせるぐらいには、本だらけの場所だった。
少なくとも、この場は学校か図書館か? という問いかけに対して、ほとんどの百人中九十九人が図書館だと迷わず答える程度には。
「んにゃー、『地球世界』のお嬢さんが、あの方の弟子になるとは、意外も意外だにゃー」
千尋が本だらけの校内に圧倒されていると、書架の間をすり抜けて一人の――否、一匹の案内役が姿を現した。
「初めましてにゃー、お嬢さん。アチシは司書兼女子寮の寮長を担当しているコココミメイ。んまぁ。呼び方は『ココ』でも『ミメイ』 でもなんでもオッケーにゃ」
猫だった。
三毛猫だった。
しかも、妙に大きい――小学校低学年の子供ほどの大きさのある猫が、割烹着姿で二足歩行をしながら、千尋の下にやってきたのである。
「わ、わぁ! 喋る猫さん――じゃなくて、こほん!」
分かり易いファンタジー要素に感動しつつも、千尋は即座に佇まいを直す。
「初めまして、ミメイさん。私は鈴木千尋、【黒】の継承者たる魔術師、クロウの弟子です」
そして、背筋を伸ばした後、礼儀正しく頭を下げた。
間違っても、自分の無礼の所為で、クロウの名前に傷が付かないように。
「おー、今時珍しい礼儀正しい子にゃー。うんうん、あの方も良い子を弟子にしたもんだにゃ」
「えへへへ、それほどでも……」
「覚えておくにゃ、千尋ちゃん。挨拶一つでも、君は今後常に誰かに見られているにゃ」
「へ?」
「クロウ様の弟子という立場は、それだけ注目を集めるものなのにゃー。色々と身の回りには気を付けるんにゃよ? まぁ、不逞の輩は、そこの駄犬が噛みつくからどうとでもなるだろうけどにゃー」
「噛みつきません。最近のトレンドは引き裂きですよ、デブ猫」
「クロウ様の使い魔になったんだから、その暴力性をどうにかするにゃ、駄犬」
割烹着を着た三毛猫――ミメイはルーと少しの間、バチバチと言葉で殴り合った後、ころりと態度を変えて千尋を手招く。
「さて、早速だけど我らがミネルヴァ魔法学校の女子寮へと案内するにゃ! 千尋ちゃんは、『地球世界』出身だから、寮内で使う魔道具の説明とかも必要にゃよね?」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「うにゃ、お願いされましたにゃー。あ、ちなみに君は相部屋とか大丈夫にゃ?」
「大歓迎です! 先輩でも同学年でもどんとこい!」
「ふふふ、それはなによりにゃー」
「…………あ、でも、案内の前に一ついいですか?」
「何にゃー?」
「その、割と普通に日本語話すんですね?」
「だってここ、日本に近い『天球世界』にゃし」
ミメイに案内されて、千尋は女子寮の中へと入って行く。
しゃべる猫というファンタジー要素。
寮内で使われている、生活と密接した魔道具。
これから寮生活を送るという、未知なる活動へのときめき。
千尋の『天球世界』初日は、こうして胸の高鳴りが収まらないような、非日常に溢れたものだった。
「相部屋の人だよね? 初めまして! アタシは鈴木千尋! これから一緒に――」
「ぼげほっ」
「うわぁああああ!? なんかいきなり血を吐いたぁ!!?」
もっとも、今日一番の驚愕は、最後の最後、ルームメイトになる予定の女の子が、いきなり吐血して倒れたことだったのだが。




