第26話 異常事態
宝の地図の解読に成功した生徒たちの明暗は分かれた。
手頃の難易度の宝の地図を得ることが出来た生徒たちは、即座に行動。
他の生徒から横取りを受ける前に、手早くお宝を回収。
後は無理することなく、出来る限り安全圏に移動して、三日間という時間が過ぎ去るまで休息を楽しむことに。
一方、達成困難な――馬鹿みたいな難易度の宝の地図を受け取った生徒たちは、宝を探す冒険者から一点、他の生徒を襲う盗賊へと早変わり。
監視である教師たちが許す限りの手段を用いて、他の宝の地図を略奪しようとしていた。
「影絵を使った無尽の兵士……けれども、灯火の如き炎とは相性が悪かったみたいね」
フレイヤが所属する班の場合は、前者のカテゴリに入っていた。
もっとも、宝を得るための難易度はかなりの難易度であり、他の班ならば諦めて略奪モードに入るほどだったが、幸いなことに相性が良かったのだ。
炎を操るフレイヤならば、影を操る魔物の守護者を一方的に倒すことが出来る。
「ほう、やるな。一年生」
「今年の一年生は粒ぞろいのようだ」
「ふん。最強の弟子に敗れたと聞いていたが……中々どうして、侮れぬ実力よ」
加えて、フレイヤの班に所属する先輩たちも優秀な生徒ばかりだった。
純粋な戦闘力ではフレイヤに及ばずとも、魔術師としての総合力では上回る実力の持ち主たちばかりである。
あまりにも優秀なもの揃いであるために、フレイヤはこの配置に作為を感じたが、それが自分にとって有益なものなので、深く追求しようとはしない。
「さて、先輩方。そろそろ戦果の確認と行きましょう。目ぼしいものなければ、手早く他の生徒から略奪しましょう」
「「「おうよ!」」」
頭の片隅で友達二人の心配をしつつも、今は目の前のことに最善を尽くすことが優先。
優遇されたような状況であっても、だからといって手を抜くことをするのはフレイヤの心情に反するのだ。
従って、フレイヤは先輩たち三人と共に、自分の拠点に戻ろうとして。
「――――っ!」
ぞわり、と臓腑に氷を投げ込まれたような悪寒を感じた。
「先輩方!」
「ああ!」
「わかっているとも!」
フレイヤの呼びかけに、他の班員たちも即座に呼応。
探知魔術を発動させ、周囲の様子を探り始める。
『封』
『封人』
『封神』
『封陣』
すると、フレイヤたちは気づいた。
いつの間にか、自らの周囲を囲むように、無数の魔導ドローンが出現していることに。
「陰陽術に魔導ドローン――あの時の革新主義者ね」
革新主義者の襲撃。
フレイヤは過去に千尋を攫った革新主義者であるレイゼの姿を思い出す。
あの時、レイゼは虚を突かれた状態だったとはいえ、最高学年の中でも群を抜いた実力を持つ二人を出し抜いて千尋を攫って見せたのだ。
間違いなく達人クラス。
油断どころか、まともに戦える相手ではない。
「先輩方、相手は手練れだわ! 魔導ドローンに対処しつつ、教師の増援を待つべきよ!」
「だよなぁ! それは同感!」
「だけど生憎、あいつらかなり堅いぞ!?」
魔導ドローンは人工音声による魔術詠唱を行い、自己と周囲の空間に二重の結果を敷いている。
一つは自身を守るため。
一つは対象を結界内に閉じ込めるため。
「後輩、気を付けろ。教師たちの介入が遅い」
「これは多分、かなり大規模な襲撃だろう」
「俺たちの方だけではなく、他のところも襲撃を受けている可能性が高い」
襲撃を受けても、他の班員たちは冷静だった。
各自、一つずつ確実に魔導ドローンを落しながら、戦況を推測している。
即ち、攻撃を受けているのは魔法学校そのものなのだと。
「目的は……千尋? いいえ、あの子には強力な魔獣の守護がある。あれを突破するには、世界でも五指に入る魔術師でなければならないわ…………だとしたら、やはり、そうなの?」
故に、フレイヤは一つの考えに至った。
「革新主義者たちは、このミネルヴァ魔法学校に魔王の転生者が居ると、本気で思い込んでいる? いえ、違うわ――――存在を確信するほどの『何か』を知っている!」
この襲撃こそ、生徒の中に潜む魔王転生者を見つけ出すためのものであり、生徒の中にも革新主義者が潜んでいるのだと。
「…………本当に懲りないですね、愚か者共は」
フレイヤとも千尋とも遠く離れた、『天球世界』の山中。
呆れたように吐き捨てるヒカリの足元には、多くの人が倒れていた。
ヒカリと同じ班員。
襲撃に来た革新主義者の集団。
それらが区別なく、ヒカリの足元で静かに倒れているのだ。
――――死んではいない。
ただ、糸の切れた人形のように、意識と肉体が繋がらない状態にあるのだ。
「達人クラスが三人。兵隊が二百人。随分とまぁ……ああ、けれども」
ヒカリは友達二人の前では見せない、酷薄な表情で呟く。
「最悪ですね。革新主義者どもは、あのクソッタレの【白】を呼び込みましたか。そうなると、流石のクロウでも守り切れるかどうか…………いえ、違いますね。こういう言い方はいけません。ええ、らしくないです」
ぶつぶつと何か独り言をつぶやいた後、ヒカリの頬がぱぁんと勢いよく鳴る。
何故ならば、ヒカリが両手で自らの頬を思い切り叩いたからだ。
「私は天原ヒカリ。千尋とフレイヤの友達……友達が困っているなら、助けに行くべきです! ええ、たとえ――――その結果、私が忌み嫌われることになろうとも」
頬を赤く腫らしたヒカリの目には、揺るぎない覚悟の光が灯っていた。
●●●
「うーん、杖が二本と魔導書が一冊。後は、黒曜石の指輪が一つ、ってところだね」
ミネルヴァ魔法学校へ、革新主義者たちが襲撃を仕掛ける少し前。
千尋たちは、氷竜を出し抜いて手に入れた戦果を確認していた。
「杖の一つは、魔力操作の補助……いや、多重魔術を行使するための教材と言ったところか。この杖を使って魔術を使用していれば、自然と多重魔術が使えるようになる、と。もう一つの方は単純に、魔術の威力を上乗せしてくれるもの……だけど、出力が強すぎてこれ、かなり凶器というか兵器だよ。使用には気を付けないとね。後、魔導書は……あー、なるほど。校長の秘奥の一つが記されてあるね、これ。流し読みでは解読は不可能だけど、二週間ぐらいかければ魔術の習得は可能かな? 最後の指輪は契約魔術の触媒。この指輪を使えば、理論上は魔術の素人……『地球世界』の人間だって竜と契約が可能となる奴だよ」
「はい、ビリー先輩! 物凄く簡単にまとめをお願いします!」
「えぇ……これでもかなり省略したんだけど……まぁ、箇条書きにして書き出すとこんな感じかな?」
【リザルド】
杖A:多重魔術が使えるようになる。教材。
杖B:魔術の威力を上乗せ。危険物。
魔導書:校長の秘奥の魔術。解読しないと中身は判別不可能。
指輪:竜とも強制契約が可能な便利な代物。便利過ぎて危険物。
「はい。それじゃあ、好きなのを選んで」
ビリーは箇条書きにしたメモを、千尋の目の前に差し出した。
他の先輩二人よりも、まず千尋に。
「あの? こういうのって、年功序列では?」
メモを差し出された千尋は、戸惑いながら周囲を窺う。
「……否。成果を持つ者が優先される」
「わ、ワタシたちは……その、鈴木ちゃんの作戦に従ってだけだし……」
すると、ノエルもクルルもあっさりと最初の権利を千尋に渡すことを認めていた。
つまりは、千尋の作戦にはそれだけの功績があると判断されたのである。
「いいんですか!? いや、だって、ほら! 作戦を立案したものの、食材となる野生動物を狩ったのはノエル先輩ですし! その解体をしたのはクルル先輩ですし! 足りない調味料を増やしたのは、ビリー先輩の調合技術でしたし!」
それでも、千尋は喜びながらも遠慮の精神を出した。
作戦立案をしたと言っても、その中身はほとんど先輩たちの力を頼ったもの。
参謀と言えば聞こえはいいが、要するにほとんど口を出しただけ。
従って、千尋からすれば、この待遇は想定外のものだったのだ。
「だけど、千尋さん。君が作戦を立案してくれないと、そもそもこの宝は手に入らなかった可能性が高い。だから、一番目は君が選ぶべきだ」
「ビリー先輩……」
けれども、流石にここまで言われて断れるほど、千尋は無粋ではない。
「……よし!」
浮足立ちそうな精神を抑えて、千尋は真剣にメモを見る。
メモを見た後は、地面に置かれた四つのお宝を見る。
「…………よし!」
そして、何が自分にとって良いものなのかわからないので、フィーリングで決めることにした。
「この指輪をお願いします!」
そして、選んだのは指輪だった。
理屈は単純。
杖二本の方は、そもそも千尋が無手で魔術を使うスタイルなので、あまり合わない。
魔導書の方は、解読するだけの技術が今の千尋に無い。
故に、『地球世界』の人間でも簡単に使えるという触れ込みの指輪を手に取ったのだ。
「うん。これは氷竜を制した君に相応しいね。あ、一応、指輪のサイズは魔道具だから自由に変えられるよ。安心してね」
「はいっ! むふふふ、物凄い魔物と契約して師匠を驚かせようっと!」
「ふふっ。頑張ってね。それじゃあ、残り三人で後の配分を――――っ!」
会話の最中、ビリーは目を見開いて言葉を止めた。
それは、革新主義者たちが襲撃するよりも前。
この場の居る二人の超人よりも、千尋の影に潜むルーよりも先に。
「全員! 僕の近くに集まって!! 急いで!! 転移魔術でこの場から離脱する!!」
彼方より来る、白き絶望の気配に気づいたのだ。
氷竜は心地の良い微睡の中に居た。
久しぶりの美食、久しぶりの酒。
強制的に契約に従わされたのは屈辱極まりないが、それはそれとして、貢物を受け取るのは中々に良い気分だった。
だがしかし、そんな氷竜が微睡の中で『悪寒』を感じた。
絶対零度の吐息を吐く氷竜が、寒い、と感じたのだ。
その魂が、怖気と畏怖を感じてしまったのだ。
『グルル――』
竜種の精神は傲慢と油断に満ちている。
それが許されるだけの種族だ。生物的強者だ。
けれどもこの時、氷竜は一切の油断なく目を見開き、『悪寒』を与えて来た者へと挑みかからんとして。
「これなるは竜殺しの一つ。魂を焼く、灼熱の槍」
次の呼吸をする間も無く、魂すら残さず焼却された。
まるで、これか始まる恐怖劇の前座のように。




