第25話 竜に酒、冒険者に宝
竜が居た。
初雪の如き純白な鱗を持つ、四肢一翼のドラゴンが居た。
『グルルルル』
喉を唸らせるだけで、吐き出される息吹は凍てつく純白。
ただ呼吸するだけで、周囲を凍てつかせる超常の生物。
その証拠に、純白の氷竜が鎮座する空間だけ、まるで極寒の冬でも訪れたかの如き有様と成り果てていた。
竜。
ドラゴン。
魔物の中でも、上位に君臨する強固なる幻想。
生半可な魔術など、竜が持つ胸の炉心から生成される魔力によってレジストされてしまう。
生半可な剣では、傷一つ付けるどころか、鱗一枚も貫けない。
数多の幻想生物が住まう『天球世界』に於いて、間違いなく強者の側にある魔物。
当然、この氷竜もそのカテゴライズに当てはまっている。
まともな魔術師では太刀打ちできないほどの戦力を持っている。
だが、その氷竜の背後には宝が存在する。
氷竜が――契約によって縛られた氷竜が守るのは、洞穴に隠された宝。
ミネルヴァ魔法学校の支配者にして管理者、不老不死の魔女ヒルダが手ずから作り上げた特製のアーティファクトが四つ。
破格の中の破格。
後日行われる争奪戦の中で、間違いなく上級生たちが血眼になって争うであろう代物。
「じゃあ、行きますよ、先輩方! 下級生を舐め腐った上級生たちに、目にもの見せてやりましょう!」
そして、千尋たちはそんな困難極まる宝をターゲットとしている。
冒険祭の参加者らしく、馬鹿馬鹿しくも勇ましい『冒険』をするために。
●●●
冒険の始まりは数時間前。
千尋たちが炒飯を食べながら作戦会議をしていた時まで遡る。
「ええと、宝の地図を解読できる人ぉー?」
一足早く自分の炒飯を食べ終わったビリーは、まだ食事中の三人に向かって質問を投げかける。
「…………わふぁらん」
すると、最初にノエルが頬にたっぷりと炒飯を溜め込んだまま、首を横に振った。
「一年生の範囲で習っていない古代言語で書かれているので、解読できません!」
次に、千尋が頬に米粒を付けたまま勢いよく手を挙げて。
「すみません、わかりません。役立たずですみません」
紫髪で高身長の豊満な体型の女子生徒――――『妹』の姿となったクロスが、最後に卑屈極まりない態度で答えた。
「あの、クロス先輩?」
「ぴぃ! ごめんない、ごめんなさい! 兄の馬鹿がごめんなさい! 死にます!」
「死なないで」
死にかけのチワワの如く震えて怯えるクロス。
「…………クロス・クエラ・クルルは二重存在だ」
クロスの卑屈な態度と性転換後の変貌ぶりに千尋が困惑していると、ノエルがさりげなく説明を始めた。
「双子の兄妹で魂が重なっている。戦闘ジャンキーの兄がクエラ。卑屈で根暗な妹がクルルだ。兄は関わると面倒だが、妹はよほど追い詰めなければ無害だから気にしなくていい」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます、ノエル先輩」
「構わない。炒飯の礼だ」
「おおう、意外とヒカリの策が効果的」
ノエルの説明に、クロス――クルルは長い体を縮こまらせて、ぺこぺこと頭を下げている。
二重存在。
魂の重なった双子。
色々と気になる単語を聞いた千尋だが、今は深く追求しない。
そう、今はそれよりも重要なことがあるのだ。
「というわけで、ビリー先輩! アタシたちは無力です! 宝の地図の解読お願いします!」
「……いや、まぁ、うん。できるけどさぁ…………」
釈然としていない表情で、宝の地図とにらめっこし始めるビリー。
そんな先輩の苦労など素知らぬ顔で、千尋は目を輝かせていた。
前途多難ではあったものの、今、ようやく班員の顔合わせが済んだのだ。
ならば、後は始まるだけだ。
冒険を!
宝探しを!
「…………解読を終えたけど、あー、うん。これは多分、かなり意地悪な宝の地図だよ」
しかし、期待に胸を膨らませる千尋とは裏腹に、解読を終えたビリーの表情は暗い。
「まず、この宝の地図が示していたお宝の在処は一か所だけ。というか、渡された宝の地図にはそれぞれ、一か所ずつしか宝の場所が書いていないみたいだね」
「それはつまり、より多くの宝を得たければ、他の参加者を襲えと!?」
「学校側の意図としてはそうだろうね。まぁ、流石に殺し合いにはならないように、教師たちがどこかで見張っていると思うけど」
ビリーはさりげなく周囲に視線を向けた後、ため息を一つ。
「だけど、問題はそこじゃない。この宝の地図によれば一応、一か所に付き、一つの班の人数分のお宝が置いてある。普通に考えれば、まずこの宝の地図にある宝を取りに行くのが定石なんだろうけど…………多分、探すべき宝にはそれぞれ難易度がある」
「難易度、ですか?」
「そう。宝の場所を記してある文章の中に、『番人』とか『試練』とかいう単語があるからね。単に宝の地図を解読してからの遠足じゃない。宝を守る『何か』を乗り越えないと、手に入れられない」
「あー、罠とか? あるいは魔物が守っているとか?」
「そうだね。そして、ここからが肝心なんだけど…………」
興味津々に宝の地図を覗き込む千尋へ、ビリーが気まずい表情で告げる。
「これに記されていることが真実なら、この地図が示す宝を守っているのは――竜の類だよ」
ビリーが告げた『問題』に、千尋は「ドラゴン!」とさらに目を輝かせ、ノエルは「ほう」と関心を抱いたように視線を地図へ向けた。
「ど、どどどど、ドラゴン……あばばばば」
なお、クルルはドラゴンという単語だけで怯えてしまい、がくがくと頭を抱えて震えている。
兄の場合なら、血気盛んに笑みを浮かべるところだが、妹の場合はとことん戦うことに関して消極的らしい。
「恐らく、僕たちが引いたのは最高難易度の宝が記されている地図だったんだと思う。多分、外れだよ、これは。とてもじゃないけど、竜をどうにかして宝を手に入れるなんて無理だ。だから、早い内に他の地図を奪いに行ったり、この地図を交渉材料にして交換を――」
「判断が早い」
「えっ?」
怯えながらのビリーの言葉を、ノエルが短く遮った。
「ロングスティア……いや、ビリー後輩。その判断を下すのは早い。時間はまだ余裕がある。交換するのも、代わりの地図を奪うのも、全てはそこにある宝の状況を確認してからだ」
「……それは、そうだけど」
「地図に記された場所は、ここから遠いのか?」
「ええと、多分、学校の転移ゲートを使って、飛行魔術も計算に入れると……大体一時間ぐらいの移動時間、かな?」
「わかった。ならば、その宝の地図――それを守るドラゴンを確認しに行くぞ。何か、異論はあるか?」
ノエルの言葉に異論は出なかった。
班員の誰もが、急に仕切り出したことに戸惑いつつも、ノエルが下した判断に間違いは無かったので、誰もが頷くことにしたのだ。
そして。
「うわぁ」
千尋は見た。
ノエルも、ビリーも、クルルも見た。
宝の地図に記された場所。
本来ならば、人里離れた森林の奥地にあるはずの場所に、極寒の冬を訪れさせた存在。
――――純白の氷竜の存在を。
「ば、馬鹿だ……これを用意した学校側も、上級生も馬鹿すぎる……っ!」
唖然としながら罵倒を呟くビリー。
観測魔術により、数キロほど離れた場所からの目視確認でなければ、ビリーは罵倒を呟く暇も無く気絶していたに違いない。
それほどの畏怖が籠った罵倒だった。
「あんなの、本物も本物じゃないか!」
「ひぃいいい……死ぬ、死んじゃうよぉ!」
「竜と言っても単なる大きいだけのトカゲの方だと思ってたのに! よしんば、竜を模した人造使い魔の類だと思ってたのに! あれは本物の竜種……しかも、中堅よりも上の奴じゃないか! 何を考えているんだ、本当に!?」
「ううっ、神話とかで国を滅ぼしてる奴だぁー!?」
ビリーとクルルは恐慌状態に陥りながら文句を言っている。
だが、それも無理は無いだろう。
二人の心境を『地球世界』で分かり易く例えるのならば、学校のレクリエーションに最新兵器を操る精鋭の軍隊が現れたようなものだ。
何をやっているんだ、馬鹿野郎!? と罵りたくなるのも仕方がない。
「対処は可能だ、私ならば」
けれども、二人が恐慌状態に陥っている中、ノエルだけは揺るがす氷竜を見据えていた。
「……は? 一体、何を言っているんだよ、ノエル先輩!? あんなの――」
「殺せる。私の本気ならば」
「…………馬鹿げている、ガチで!」
淡々と告げるノエルの瞳にあるのは畏怖でも恐怖でもない。
好奇心と闘志だった。
あの氷竜を殺してみたい、とノエルの瞳が言っていた。
自分ならば、殺すことは可能だとも。
「ノエル先輩、貴方が強いのは知っていたけど、そこまで強いのは知らなかった! だけど、その提案は却下させてもらうよ!」
それでも、ノエルが強いと理解しつつも、ビリーはノエルの意見を否定する。
「僕たちの目的はあくまでも宝探しだ! 仮に、貴方があの氷竜を倒せるとしても、その時に、氷竜が守っている宝が戦いの余波で壊れる可能性がある! そんなの本末転倒だ!」
「む……可能な限り、戦場を宝から離して戦う」
「駄目だ! 教師陣の性格を考えてくれ! 絶対、あの氷竜は『戦いになったら宝の破壊を優先する』契約が結ばされている!」
「それは……そうだろうが。逆に言えば、あの氷竜は一手、余計な行動を取る余地がある。そこを突けば、宝を壊す前に分断することも可能だ」
「だけど、その成功率は低いし、失敗した時は結局戦いになるんでしょうが!」
とにかくこの場から離れたいビリー。
正直、宝よりも氷竜との戦いに意味を見出しているノエル。
二人は宝探しの名目を使いながらも、どうにか自身の主張を通せるように言葉を押し付け合っていた。
「――――思いついた!」
「「えっ?」」
だからこそ、千尋が突然叫んだ言葉に虚を突かれたのかもしれない。
「先輩たち! アタシ、試したい作戦があるんですけど、いいですか!?」
氷竜という脅威を前にしてもなお、目を輝かせる千尋の意見に――後輩の純粋さに、つい首を縦に振ってしまったのかもしれない。
その作戦が成功した理由は三つある。
一つ、この場に契約で縛りつけられている氷竜にやる気が無かったこと。
冒険祭の最高難易度用として連れて来られた氷竜は、教師と上級生によって半ば強制的に契約を結ばされている立場だ。
可能であれば戦いたくない。無理やり従わせた者たちの狙い通りになりたくない。
そもそも、この場に居たくない、というのが氷竜の本音だった。
二つ、氷竜の優先事項はあくまでも『戦闘時に於ける宝の破壊』だったこと。
氷竜は試練ではあるが、宝の守護者ではない。
侵入者を見つければ戦うが、その前に宝を壊すことが優先。
宝を守るようにとは命じられていない。
そして、最後の三つ目。
――――この氷竜もまた、腹が減っていたのである。
『グルルルゥ……』
どすん、と巨体が地面に倒れこむ音が響く。
氷竜が倒れこんだ地面の周囲には、食欲をそそる匂いを漂わせる料理の数々――主に狩猟して来た動物の丸焼き――が並べられている。
その中には、竜が好みやすい度数の高い種類が入った樽もあった。
――――血糖値スパイク。
美味しい物を腹いっぱい食べて、酒を飲んだのならば、例え竜であっても眠くなる。
それは生物として当然の理屈だった。
「古今東西、竜は貢物には弱いって決まってんだよ」
がるぐると眠りにつく氷竜の隣を、千尋が先陣を切って進む。
氷竜は起きない。
殺意や脅威を感じたのならばもちろん、氷竜は攻撃を受けるより前に目を覚ますだろう。
けれども、今の千尋たちは戦わなくていい。
氷竜と戦わず、その先にあるお宝を奪えばいいだけ。
「さぁ、お待ちかねのお宝タイムだ。ま、冒険と言うには、ちょっと物足りなかったかもしれないけど」
思いの外上手くいった作戦に、先輩たちが戸惑っている中、千尋は意気揚々とお宝の物色を始めたのだった。




