第23話 冒険祭
その動きは太極拳に似ていた。
ゆったりとしていながら、全体の流れが滞らない動き。
けれども、いわゆる健康法の太極拳と違うのは、その動きをしている千尋の全身から止めどなく汗が流れていることだった。
「こぉおおおおっ」
深い呼吸は、より多くのマナを取り込むために。
「ふぅううううううっ」
流れ出る汗は、体内の循環を速めるために。
「こぉおおおお、ふぅうううううう」
ゆっくりと、確実に、多くのマナを取り込み、千尋はオドを混ぜ合わせて魔力を練り上げる。
少しずつ、少しずつ、小指の先ほどの進捗を重ねながら、魔力操作の効率と精度を上げていく。
それは地味で、退屈で、誰もが知っている――しかし、確実に強くなる方法だった。
確実に強くなるが、心身に強い疲労感を与える苦行でもあった。
今、凡才である千尋がこうして、この鍛錬を続けられているのは偏に、師匠であるクロウが施した肉体改造の基礎があるからだろう。
厳しい鍛錬を行うための鍛錬。
クロウは千尋に対して、それを細かく刻み、分けて、可能な限り無理をさせないように達成させてきたのだ
そして今、その鍛錬の成果が如実に表れている。
「太極を巡り、我が力を結べ――――【金剛力】」
たっぷりと練られた魔力による身体強化。
頭のてっぺんから、指先まで巡る魔力による肉体の底上げ。
今の千尋の身体強化は、一年生のレベルを優に超えて、戦闘特化の二年生の域まで踏み込んでいる。
未だ、夏が訪れない期間の中では、千尋の成長は劇的と言えるだろう。
もっとも、それは千尋の努力と言うよりも、師であるクロウの功績が大きいのだが。
「見事ね、千尋」
ただ、それでも千尋が成し遂げた事実には何も変わらない。
友達であり、使い魔でありフレイヤは、千尋の鍛錬の成果を素直に称賛する。
「もう身体強化に限れば、ワタクシよりも完全に上よ」
「そりゃどうも。つっても、フレイヤの本領は精霊術だろ? 【黒】の奇襲が通じなくなった今、身体強化で上回った程度で勝てないって」
「そうね。練習試合なら、百回やってもワタクシが勝つでしょう。でも、本番なら貴方が勝つ。そういう『運命力』を貴方は持っていそうだわ」
「そうかな? まぁ、師匠と出会ったことを考えると確かに、運だけはいいかも」
フレイヤからの称賛を微笑と共に受け取り、千尋は「ぷはー」という気の抜けた声と共に脱力した。
千尋の足元には、鍛錬によって生まれた汗の跡で湿った黒い地面がある。
途中、水分補給をしていなければ、そのまま倒れそうなほどの汗が染み込んでいる。
「…………あのですね、千尋。鍛錬をするのは良いのですけど」
そんな千尋の姿に、呆れながらヒカリは告げた。
「時と場所は考えた方がいいのでは?」
現在は昼休みの自由時間。
場所は学園地下の運動場。
この場に集まる生徒たちのほとんどが、軽い運動か魔術の練習をしている中、千尋だけはガチの鍛錬――魂が削られるような練磨を重ねていたのだ。
「やべぇ……明らかに鬼気迫ってやがる」
「最強の弟子っていう肩書きに見合うほどの鍛錬……」
「こえーよ、あいつ。なんで魔術師なのに武術をやってんだよ?」
そして、同学年の生徒たちのほとんどはドン引きしていた。
千尋がクロウから習った鍛錬の方法は、一般的な魔術師からすれば、かなり頭のおかしい部類に入るらしい。
「時と場所…………はっ!」
一方、千尋の方はようやく周囲の反応に気づいたのか、顔を赤らめて自身の体を隠す。
そう、千尋は今、動きやすいようにジャージ姿であるが、全身汗だく状態だったのだ。
「…………えっち!」
思春期を迎えている千尋は、周囲の生徒たち――特に男子に対して、きっと睨みつけるように言う。
そのシーンだけを見れば、ラブコメ漫画のワンシーンになってもおかしくない可愛らしさだ。
『『『いやいやいやいやいや』』』
しかし、睨みつけられた男子たちの反応は更なるドン引きだった。
「やめてくれる!? そういう目的で見てねぇから!」
「つーか、お前に色気を感じるかよ!」
「名誉棄損で訴えるぞ!?」
「ゴリラを越えたゴリラに興奮しないです」
「冒険祭に向けて、そこまで仕上げて来る人なんて戦闘特化の上級生ぐらいだし……」
「己の力量を考えて口を開いてくれ、バーバリアン」
ドン引きしながらも、一年生の男子たちは真顔で釈明した。
流石の思春期男子でも、自分たちを一ひねりで潰せるような怪物を相手に、エロいことを考えるほどの蛮勇は無いのだと。
「…………そっかぁ」
そして、その答えを聞いて千尋は微笑んだ。
「――――そんなに死にたいんだなぁ、お前らぁ!」
誰かに優しさを向ける微笑みではなく、他者を蹂躙する鬼の微笑みだった。
『『『うわぁあああああああ!!? バーバリアンが音速で殺しに来るぅ!?』』』
「アタシの乙女心を傷つけた罪、万死に値するぅ!!」
その後、顔を真っ赤にした千尋が、脱兎の如く駆け出した男子たちを蹂躙し始めた。
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「そういえば、冒険祭ってなんぞ?」
千尋は不埒で失礼な男子たちを蹂躙した後、友達二人に気になっていたことを訊ねた。
「簡単に言えば、全校生徒強制参加の宝探しゲームね」
千尋の質問に答えたのは、自己鍛錬として火炎で幾何学模様を描くフレイヤだ。
「学校側が『お宝』を隠して、生徒たちがそれを探し当てるの。ただし、隠した場所は最初に渡される『宝の地図』から解読しないといけないわ。基本的に『お宝』を得られる権利は早い者勝ち。『お宝』を手に入れた者同士で後々トレードは可能だけれども、どんな『お宝』なのかは実際に手に入れた後、自分たちで鑑定しなければわからない……らしいわ」
「へぇ、なんかバラエティー番組の企画みたいで楽しそう」
「ただし、この『お宝』は各教科を担当する教師が製作した超級のアーティファクトだったり、禁書庫に封印されている魔導書だったり、後は強力な魔法がかけられた魔剣とかもあるらしいわ」
「おっと、話が変わって来たぞ?」
隠される予定のお宝のラインナップに、千尋が引きつった笑顔を見せる。
そんな千尋へ、ヒカリが苦笑しながら説明を横から付け加える。
「魔導の学徒なら誰しも欲しい『お宝』ばっかりですからね。しかも、ある程度なら直接妨害も認められているのだとか」
「…………上級生無双にならない?」
イオスとマイク。
卓越した実力を持つ二人の上級生の姿を思い出しながら呟く千尋。
「大丈夫よ。そこら辺は流石に対策されているらしいわ。四年生と五年生は、『お宝』を探す側では無くて、その発見を邪魔する妨害者として活動することになっているの。無論、直接攻撃が可能だと三年生以下はほとんど壊滅するから、ハンディを埋めるだけの制限はかけられているようだけれども」
「四年生と五年生の場合は、三年生以下が制限時間――三日間の間に回収しきれなかった『お宝』を巡って、また後日に争奪戦をするらしいです」
「例年通りだと、その後日の争奪戦が『宝探し本番』とされることが多いらしいわね」
「制限を受けても、上級生はクソ強い人ばかりですからねぇ」
フレイヤとヒカリの会話に、千尋は思わず口をへの字に曲げた。
確かに『お宝』は欲しい。
正直なことを言えば、『お宝』自体にはあまり興味ない。
師匠であるクロウが保有する倉庫には、『夜の腕』を筆頭として、『お宝』よりも遥かにやばいアーティファクトがごろごろと存在するからだ。
だが、千尋は欲しい。
自ら勝ち取ったものが。
師匠から与えられるものばかりではなく、闘争の結果に手に入れられるものが。
――とはいえ、流石の千尋も分は弁えている。
今の実力では、色々ハンディを背負ったままの上級生相手でも、負ける可能性は高いと。
「……いいや、妨害役が上級生でも、きっと大丈夫」
しかし、それはあくまでも千尋が単独の場合である。
「アタシたち三人だったら! きっと、どんな困難も乗り越えて、『お宝』に辿り着くことが出来るよ!」
「「千尋……」」
仲間が居るのならば、どんな冒険も怖くない。
そんな思いのこもった言葉に、フレイヤとヒカリは感極まったように目を潤ませて。
「でも、自由参加ではなくて、ランダムで決められた班で動くのよ?」
「一つの班で大体、三年生から一年生までで四人。良い感じにばらけるように組まされるらしいです」
「そーなの!!?」
千尋の覚悟も勇気も台無しにするような、無慈悲な事実を告げた。
冒険祭には、上級生たちによる策謀が渦巻いている。
後日の争奪戦を待たずに、下級生たちに様々な支援をすることによって、間接的に『お宝』を手に入れようと目論む者が後を絶たない。
従って、学校側も対策を講じた。
冒険祭に参加する生徒たちを、班単位で区切ること。
班は三年生から一年生までの間で、ばらけるようにランダムで決めること。
そして、決まった班を発表するのは、冒険祭前日の放課後にすること。
これにより、学校側は上級生たちによる戦火の拡大を可能な限り最小に抑えているのである。
ただ、ギリギリまで班を発表しないということは即ち、偶然、以前からの知り合いと組まされていない限りは、チームワークを発揮しづらいということ。
場合によっては――否、ほとんどの生徒の場合、ろくにかかわったことの無い相手と班を組んで冒険祭に参加することになるのだ。
ここで重要となるのは今まで積み上げた魔術の研鑽ではない。
他者と上手くやるためのコミュニケーション能力だ。
コミュニケーション能力。
それは、過去に母親に連れられて世界を巡った経験のある千尋にとっては得意分野である。
幼少時から、知らない言語を話す人間とパッションのみで仲良くなってきた千尋のコミュニケーション能力は、控えめに言っても今現在の魔術の力量よりも遥かに鍛え上げられていた。
千尋自身もまた、今更初対面の相手に緊張することなんてなく、どんな相手が来ようとも、それなりに対処ができる。そんな確固たる自信が存在していたのである。
「ぎゃははははっ! 行くぜ行くぜ行くぜぇ!! オレの一撃を受けて見ろよ、三年最強ォ!」
「…………面倒極まりない」
顔合わせをした班の人員、その半分がいきなり結界も敷かずに戦い始めるまでは。




