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第22話 釈然としない気持ちを抱えて

「それで、どうするの? フレイヤ」

「…………どうしようかしら?」


 クヴァルを無事に無力化した後、千尋たち三人は公園で作戦会議を行っていた。


「というか、家族に言ってなかったの? アタシ、てっきり『悪神の首輪』関係で、もう既に連絡が回っているのかと」

「失礼ね、千尋。ワタクシの家族は一部を除いて概ね常識人ばかりよ? だから、『悪神の首輪』は無断で持ち出したに決まっているじゃない」

「何を平然と開き直りを……」


 しらー、とジト目を向ける千尋に対して、フレイヤは観念したように息を吐いた。


「そうね。これも良い機会だし、覚悟を決めましょう」

「……え、言うの? ガチで?」

「言うわ、ガチで」

「…………言って大丈夫?」


 千尋の視線の先には、公園のベンチで横になっているクヴァルの姿があった。

 すぅ、すぅ、と胸を上下させて眠っている姿は、年相応の子供のように見える。

 しかし、忘れてはいけない。このクヴァルは単なる子供ではない。魔術の才能に溢れるカーライル家の一員なのだ。

 ショックを受けた影響で、また暴れ出されてしまえば困るどころの話ではない。


「大丈夫よ。あの時は色々と考えることがあったから行動が遅れたけれども、今度はきちんと覚悟をしているわ――――弟が暴れ出したら、その時はワタクシが対処するから」

「まず暴れ出さない方法を探りたいんだけど駄目かな!? 無理かな!?」


 真剣な口調で告げるフレイヤに、千尋は複雑そうに声を上げる。

 可能であれば、上手く誤魔化したい。どうにかこうにか、全てを無かったことにして……そう、悪い夢とでも思って欲しいと考えていた。

 けれども、それが根本的な解決に繋がらないことも理解している。

 話を先延ばしにすれば、その分だけ反動も大きいだろうことも。


「一応、短時間だけなら記憶を消し飛ばす薬もありますよ?」

「そ、それだ!?」

「待ちなさい、ヒカリ。その薬の副作用は?」

「ちょっとアホになります」

「駄目よ。ワタクシの弟をアホにはさせないわ」


 三人の女子たちは、ああでもない、こうでもない、と言葉を交わし合う。

 傍から見れば微笑ましく、それでも本人たちは真剣に。



「…………あの、大分前から僕、起きているんですけど?」

「「「!!?」」」



 そう、とっくの昔にクヴァルが目を覚ましていることにも気づかずに。


「クヴァル、貴方いつの間に……ふっ、ワタクシも鈍ったものだわ。仕方がない、ヒカリ。あれをお願いするわ」

「了解しました」

「了解しないでくれますか!? 僕に怪しげな薬を飲ませようとしないでくれますか!? アホにはなりたくないのですが!」


 クヴァルは起き上がると、素早く身を翻してヒカリから距離を取る。

 無論、今度は空気の流れを魔術で制御することも忘れない。

 クヴァルは幼いが優秀な魔術師の卵なのだ。

 二度、同じ失敗はしない。


「姉様……フレイヤ姉様。『悪神の首輪』を持ちだした、とはどういうことですか? あれは神代に作られた悪質な隷属魔道具だったはず! 何故、そんなものを持ち出したのですか!?」

「クヴァル、それは……」

「聞かせてください、理由を。僕は逃げずに、姉様の全てを受け止めます」

「クヴァル……」


 覚悟あるクヴァルの視線を受けて、フレイヤは感極まったように瞳を潤ませた。


「わかったわ。語りましょう、ワタクシと千尋の契約関係について」


 そして、フレイヤがことの事情を全て、十分ほどかけて話した後。


「う、ぐぐぁあああああ……あ、頭がおかしくなっちゃうよぅ……」


 クヴァルは絶望に打ちひしがれた表情で、地面に膝を突いた。

 田舎の公園には似合わぬ、子供が苦悩する様子だった。

 だが、それも無理はない。

 クヴァルは常識人だ。カーライル家きっての真面目人間だ。しかも、まだ色々と価値観の定まっていない子供だ。そんな子供が、尊敬する姉の変態行為――しかも、姉が主導して嵌めた壮絶なる変態行為――現在進行形のそれを聞いてしまえば、頭が痛くなってしまうのも無理は無いだろう。


「これ、私の薬を使った方が脳への負担が少なかったまでありますね」

「しっ! 駄目だって、ヒカリ! そんな残酷な真実を言ったら!」


 クヴァルのあまりの苦悩ぶりに、ヒカリと千尋は密かにドン引きしていた。

 ただ、ヒカリは実の弟に変態行為を晒すフレイヤの行動に、千尋は契約関係にそこまでの変態行為を感じる現代の魔術師の価値観に。


「わかったかしら? これが貴方の姉、フレイヤ・カーライルよ」

「う、うううっ! わかりたくない! わかりたくないよぅ! 実の姉が際どい性癖の持ち主だったなんて認めたないよぅ!」

「受け入れなくてもいい。ワタクシに失望してもいい。ただ、これだけは信じて欲しいわ。千尋は悪くないの。ワタクシが全て嵌めたことなのよ」

「それはそう。僕の姉がごめんなさい! だ、だけどっ!」


 クヴァルは涙を流しながら、きっと千尋を睨みつける。


「鈴木千尋さん!」

「ほぇ!?」

「僕と決闘してください!」

「なんで!?」

「今度はちゃんと! 姉を使役するだけの魔術師なのか、貴方を見極めるために!」

「アタシ、嵌められた側なのに!?」

「でも、姉に決闘で勝ったんでしょうが!!」

「うぐっ」


 クヴァルからの決闘の申し込み。

 最近、決闘で痛い目を見た千尋としては、普通にお断りしたいことであったが、フレイヤとの決闘で勝者の義務が生まれてしまったのは事実。

 師匠であるクロウが言ったように、責任は果たされなければいけないのだ。


「わ、わかったよ! 戦えばいいんだろ! 戦えば!!」


 かくして、千尋は再び、カーライル家の人間と戦うことになったのだ。



●●●



「来い、アラクネ」


 フレイヤが精霊術を得意としているように、クヴァルにもまた得意分野がある。


「紡ぎ、囲み、呪え――――【籠糸】」


 契約術。

 精霊術のように、精霊との契約に特化した魔術ではなく、あらゆる魔物全般に有効な契約術こそ、クヴァルが得意とするものだった。

 アラクネ――身の丈ほどの巨大な蜘蛛の魔物もまた、クヴァルが契約した魔物の一つである。


「我が契約の対価として、血を捧げよう!」


 そして、契約術とは単に魔物を使役するための魔術ではない。

 契約を交わした魔物の魔術と、自身の魔術を組み合わせて、新たなる魔術を生み出す。

 それが出来て初めて、契約術の使い手としては新米扱いになるのだ。

 クヴァルにその基準を当てはめるのならば、既に新米を通り越して、半人前程度の技量は持ち合わせている。


「今度は、生半可な魔術では傷つけられない糸の結界です」


 鮮血で染めたような、無数の真っ赤な糸。

 それらは千尋を取り囲むように縦横無尽に張り巡らされ、強固な結界を敷いていた。


「あの高速移動の魔術を使うほどの空間は与えません! 魔力の余裕も与えません! この結界内でじわじわと貴方のオドを奪って、気絶に追い込みます!」


 クヴァルの作戦は子供ながらに真っ当なものだった。

 前回の失敗を反省し、改善したものだった。

 【韋駄天】対策に、結界の内部を狭めて。

 【魔弾】対策に、自らの血を使って糸を強化。

 決闘の時間を長引かせて、余計なことをされる前に、千尋のオドを奪って行動不能に持っていく。

 これが千尋以外の一年生が相手であれば、そのほとんどが苦戦したかもしれない。

 だが、千尋には【黒】の魔術がある。

 魔術に対して、魔法によって発生したあらゆるものを塗り潰す力を持つ、魔術殺しの魔術があるのだ。

 このような結界など、一瞬で破ってしまえるだろう。


「……んー、なんか違うんだよなぁ」


 だが、千尋は【黒】の魔術の使用を躊躇った。

 理由はシンプル。

 子供に対して、いくら何でも【黒】の魔術は大人げないと感じたからだ。

 それは驕りなのか? 油断なのか? あるいは、年長者としての余裕なのか?

 指摘する人間は誰も居ない。

 何故ならば。


「姉を案じる弟に、大丈夫だって示すなら! こういう方法しかないだろ!!」


 千尋は【黒】の魔術を使わず、この事態を打破したからだ。


「アタシたちの契約に従い、応えろ、火の精霊!」


 ごう、と千尋を中心として紅蓮の炎が燃え上がる。


「それは、姉様の!?」


 精霊術。

 しかも、姉が得意とする中級精霊を使役した上での精霊術だと、クヴァルは即座に看破する。


「そん、な!? 姉様以外に、それほどの使い手なんて!?」


 フレイヤ・カーライルを凌ぐ精霊術師が、同世代に居るとは思えない。

 クヴァルの推察は正しい。

 ミネルヴァ魔法学校に於いて、フレイヤほどの力を持った一年生の精霊術師は居ない。

 けれども、クヴァルは忘れている。

 自らが言い出したことだというのに忘れている。

 ――――鈴木千尋は、フレイヤ・カーライルを使い魔とする魔術師であると。


「焼き払え!」

「うわぁ!?」


 主は使い魔の能力を行使できる。

 クヴァルがアラクネを使役するように。

 従って、千尋は今、限定的にフレイヤほどの精霊術を行使可能となっているのだ。


「僕の結界が!?」


 それは即ち、今まで一度も姉に勝てたことの無いクヴァルにとっては、勝敗を決めるに値する一手となる。


「くっ、まだだ! まだ僕は――」

「だぁんっ!」

「あいたぁ!?」


 最後は千尋が放った風の魔弾で、クヴァルの額に猛烈なデコピンほどの衝撃が着弾。


「そこまで! 我が主、鈴木千尋の勝利よ!」


 これが決定打となり、突然始まった公園での決闘は、五分もかからずに決着となった。




「わかりました…………姉様の力を扱えるほどの主従関係…………物凄く不服ですが、認めざるをえません」


 決闘後、額を抑えながらクヴァルは涙目で千尋を認めた。


「ね、ねねね、姉様をよろしくお願いします…………で、でも主従関係だからといって、変態行為はどうかほどほどに……」

「してないけど!? アタシは一度たりとも変態行為はしてないけど!?」


 けれども、やはり忸怩たる思いがあるのか、認める言葉を紡ぎながらも、唇を必死に噛みしめている様子である。


「でも、ワタクシのお腹に顔を埋めるのは変態行為には――」

「猫だったじゃん! その時は猫だったじゃん!」

「う、うううっ……姉様を動物に変えてから辱めるなんて……どうしてここまでレベルの高い変態が姉様の主に……」

「そういう感じになるの!? 『天球世界』では、ほのぼのとした触れ合いが変態行為になっちゃうの!? じゃあ、アタシたちは昼間の公園で変態行為を働いていたの!?」

「その通りよ」

「言ってよ! 普通に言ってよ!」

「だって、千尋はワタクシの体に夢中になって――」

「だから言い方ぁ!」


 友達二人がきゃんきゃんと言い合う姿を見て、ヒカリは一人呆れたように溜息を吐く。


「はぁ、仲いいなぁ、二人は」


 その溜息の中には、千尋の親友を自称するヒカリなりの嫉妬が含まれていた。


「ヒカリ! ヒカリ! お前からも言ってやってくれよ! いい加減、アタシに対して無自覚に変態行為を踏ませるのはやめろって!」

「失礼ね。ワタクシが本気で貴方に変態行為をさせたいなら、もっと別の方法を取るわ」

「こわっ! 何その目、こわっ! ヒカリ、助けて!」

「ああもう……はいはい、怖かったですねー、千尋」


 もっとも、直ぐに自分に千尋がしがみついてきたことで、フレイヤに対する嫉妬はすぐさま消え去ってしまったのだが。

 どうにも、この三人は危ういながらもしっかりと関係性のバランスは取れているらしい。


「…………まあ、うん。姉様が幸せならば、うん……」


 クヴァルはそんな三人の様子を眺めながら、釈然としない想いを抱えながらも、とりあえず納得しておくことにしたのだった。

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