第21話 使い魔の弟
事の始まりは、千尋がゴリラになって、公園の遊具で縦横無尽に遊んでいた時まで遡る。
『ウホッ! ウホホホホウッ!!』
ゴリラ。
紛れも無いゴリラ。
滑り台、ブランコ、その他、『地球世界』ならば危険だからと撤去されている危険遊具の数々を乗り回し、ゴリラは元気よくドラミングしている。
なお、これは比喩的な意味ではない。
千尋は今、本当にゴリラとなっているのだ。
――――フレイヤの地元の魔法薬局で売っている、『なりきり変身薬』を服用して。
『ウホホホーウ!!』
千尋は思う存分ゴリラパワーを体験して、薬の効果が自足する十分間、そのパワフルさを堪能した。
「ぷっはー! やっぱり魔法っておもしろ!! ほら、フレイヤ! ヒカリ! 二人も何か、動物に変身してみてよ!」
「「えぇ……」」
ただ、楽しむ千尋とは裏腹に、友達二人の反応は鈍い。
「ワタクシたちの世界の常識では、こう……魔法薬で変身してはしゃぐのは、幼児の特権なのよね」
「ええと、千尋に分かり易く『地球世界』で例えると、幼児が乗る三輪車で中学生が爆走して楽しむみたいなノリになってしまうのですよ……」
「そうなの!?」
『地球世界』と『天球世界』の常識は違う。
千尋も頭では理解しているものの、こうして友達との間にギャップを感じると、何やら寂しい気持ちになるらしい。
「そっかぁ。んじゃあ、仕方ないよな……アタシだけ楽しくても仕方ないもんな……」
「「うぐっ」」
ここで無理強いしてくる相手ならともかく、千尋はしょんぼりと肩を落とすだけ。
そんな姿を見せられてしまえば、千尋の友達である二人は『なんかノリが違う』だけで断るのも悪い気がしてくるようだ。
「…………ぞ、象……いえ、でも……」
ヒカリはせめて、変身する動物の中でも、本能的にはしゃぎにくいものを考えて、けれどもやっぱり恥ずかしいと思い悩む。
「…………あっ」
そして、フレイヤはしばらく悩んだ後、何かを思いついたように声を上げて。
『にゃあ』
何一つ躊躇うことなく、変身薬を飲んで、黒猫へと変身した。
「え、あ、いいの!? わぁ、可愛い! フレイヤにゃんこ可愛い!!」
『にゃあ』
黒猫に変身したフレイヤが、千尋の足にぐいぐいと体を擦りつけ、その仕草に千尋が目を輝かせる。
「ね、ねぇ!? 抱っこ! 抱っこしていい!?」
『にゃあ』
「あ、駄目だ! 鳴き声だとわからない! 意思確認ができない!」
『いいわよ。ただし、優しくね?』
「喋った!!?」
『別に、変身したからと言って魔術が使えなくなるわけではあるまいし。風の精霊に空気振動を操作してもらっているだけよ』
「そうなんだ! ……そ、それで、その」
『だから、いいわよ? 現実の猫相手だと拒否されることも、今のワタクシ相手ならば大丈夫よ?』
「わぁい!」
フレイヤの許可を貰い、千尋は心行くまでもふった。
元がフレイヤだということも忘れ、黒猫のお腹に顔を埋めて深呼吸したり、ムニムニと肉球を堪能した。
そのあまりの猫フィーバーぶりに、ついついヒカリも興味が引かれて、何度か黒猫の背中を撫でるほどに。
『さて、堪能したわね? 千尋……いえ、マイマスター』
「ふへ?」
黒猫に変身してから五分後。
フレイヤは自らの腹部に顔を埋める千尋へ、満を持して言う。
『物事には対価というものが必要よ? 特に、使い魔の扱いに関しては』
「え? あの、アタシは普通に友達の厚意に乗っかったつもりだけど!?」
『じゃあ、友達として。たっぷり猫を堪能させたお礼が欲しいわ』
「…………具体的には?」
にゃあ、と黒猫状態のフレイヤは一回鳴いた後、魔術で要望を伝える。
『魔法少女のマスコットごっこがしたいわ』
「薄々予想はしていたけど、ええと、猫のマスコットってこと?」
『そう。残りは三分も無いけど、それでもやりたいの』
「まぁ、うん。いいけど…………アタシが魔法少女っぽく何か言えばいいの?」
『こんなこともあろうかと、ワタクシは常日頃台本を持ち歩いているわ』
「こんなこともあろうかと!?」
『ついでにヒカリ。貴方が怪人役として演じてくれる?』
「え、私も!?」
『ワタクシ、常日頃から貴方の人見知りをフォローし続けたわよね? 同学年の生徒や上級生に話しかけられた時、さりげなく代わりに受け答えをしていたわよね?』
「こ、この人、コツコツと貸しを溜めていましたね!? いや、それぐらいなら別にいいですけども!」
かくして、変身薬の効果が切れるまで、残り少ない時間を三人は拙いごっこ遊びをすることになった。
『にゃあ! 気を付けて千尋! 相手は特級怪人毒殺ガールよ! 得意技はガス攻撃』
「そんな物騒過ぎる!? いや、じゃなくて! 大丈夫だよ、フレイヤ! アタシたちには新しい魔法がある!」
「ど、ドークドク! こ、この私のぉ! 毒ガス攻撃を受けるドク!!」
それは、傍から見れば馬鹿馬鹿しいやり取りだっただろう。
何せ、練度が低い。
いや、フレイヤ一人だけ異様に演技が上手いのだが、他二人が突然の出来事で知ろうと過ぎるのだ。
けれども、そんな拙いごっこ遊びだったとしても、フレイヤの声は弾んでいた。
何故ならば、ずっと昔から、フレイヤはこんな拙くも馬鹿馬鹿しい遊びをしたくて仕方が無かったのだから。
ただ、問題を一つ上げるとすれば。
「姉様を解放しろ、この変態っ!!!」
「んんん????」
その行為を問題視する第三者が、こっそりと様子を窺っていたことだろう。
●●●
クヴァル・カーライルはカーライル家の末っ子である。
年齢は十歳。
魔法学校へと通う適齢期にはなっておらず、今は地元の学習塾へと通っている。
ただ、クヴァルは最近、その学習塾に通うことに意味を見出せなくなっていた。
何故ならば、全て理解してしまったからだ。
本来、十二歳になるまでに覚えるべき魔法の基礎を、全て理解してしまったからだ。
そう、クヴァル・カーライルという少年は、姉のフレイヤには一歩劣るものの、『天球世界』一般の基準では十分天才なのだ。
飛び級という制度が適当され、魔法学校に入学することも可能なほどに。
けれども、カーライル家はクヴァルを飛び級させたりなどしない。
そもそも、クヴァルを飛び級させるのならば、その姉であるフレイヤを八歳の時点で魔法学校に入学させているだろう。
こと魔術に関してならば、フレイヤはクヴァルよりもよほど卓越しているのだから。
では、何故フレイヤもクヴァルも飛び級させないのか?
その理由は、フレイヤもクヴァルすらも余裕で超越する才能の持ち主である、長男の人間性にある。
長男は魔術の腕は怪物級。
才能で言うならば、同世代に並ぶ者は無し。それどころか、『天球世界』では十番以内に数えられるほどのものだ。
故に、両親は長男をどんどんと飛び級を重ねさせたのだが。
「じゃあ、学業は収めたから、後は俺の自由にやるわ」
齢十五にも満たない内に魔法学校の卒業資格を得た長男は、笑顔でそう言い残して放浪を開始した。
カーライル家の義務や責任など、知ったことかと言わんばかりの奔放さだった。
加えて、既に長男の魔術の腕はカーライル家の誰よりも卓越していたので、結局止めることなど叶わず、放置するしかないといった有様だった。
長男をこのように育ててしまった反省から、カーライル家は魔術の腕よりも人格面を重点的に教育することにした。
飛び級などはさせない。
きっちりと同世代の中で、衝突を繰り返しながらも丸くなって、まともな魔術師として育って欲しい。
その願いの下に育っているのが、フレイヤとクヴァルである。
特に、クヴァルは姉のフレイヤもよく構っていたので、天才ながらも驕らない精神の持ち主となった。
真っ当に他者を慈しみ。
真っ当に謙虚な心を持ち。
真っ当に悪を憎む。
やや早熟な面も目立つが、現在のカーライル家の中では、子供ながらも一番の常識人として、真っ当なモラルを持った一人の魔術師と言えるだろう。
では、そんな真っ当なモラルを持ったクヴァルが、家族の中で一番懐いている姉が使い魔扱いされている場面に遭遇したら?
ましてや、魔術師としての才能があるばかりに、姉と姉を使い魔扱いする者の間に、確かな主従契約が結ばれていると理解してしまったのならば?
「姉様、今すぐ僕が助け出します! この変態女をぶち殺して!!!」
御覧の通り、殺意を滾らせても仕方がないことなのである。
「我が血と契約に従い、来たれ、アラクネ!」
クヴァルの行動は迅速だった。
即座に蜘蛛の魔物を召喚。
魔力で編んだ糸を周囲に展開し、公園を隔離と閉鎖。
「契約の糸を持って、我が結界とする!」
自分に有利な結界を敷き、結界内のマナを掌握して有利を取ろうとする。
「――――甘いんだよぉ!」
だが、その手法は既に千尋が経験していたことだった。
クヴァルよりもよほど巧みに、結界も敷かずに空間のマナを掌握した怪物の所業を見ていた。
そして、警戒し、訓練を重ねていた。
同じようなことがあったとしても、マナ掌握の綱引きに負けないように。
魔力操作の訓練を重ねてきたのだ。
「ダ・ダ・ダ・ダァ!!」
マナ掌握の綱引きをしながら、千尋は風属性の魔弾を放つ。
目標はクヴァルではない。
クヴァルが展開した魔力の糸――形成した結界そのものだ。
「ちぃ! 変態の癖に戦い慣れている! アラクネ!」
クヴァルは舌打ちをしながらも、蜘蛛の魔物――アラクネへと指示を出す。
血の契約によって縛られたアラクネは、クヴァルの命令ならばおおよそ従う。
ただ、カーライル家の教育方針により、他者を害する命令は絶対に受諾的内容に契約を交わされているのだ。
故に、クヴァルが命ずることは一つ。
「あいつを糸で捕らえろ!」
捕縛。
口ではぶち殺すと言いながらも、クヴァルはギリギリのところで冷静だった。
流石に、即座には殺さない。
まずはしかるべき司法機関へと渡して、その後に裁判で争う構えだ。
「ああもう! あれって殺していい魔物なの!? 他人のペット問題!!」
一方、千尋はアラクネが襲ってきて大変困っていた。
何せ、千尋はまだ決闘の結界内部でしか全力を出せていない。
下手に全力を出せば、手加減が出来ずに人や魔物を殺してしまう。
今の千尋には十分、それだけの能力があった。
そして、アラクネという魔物は明らかにクヴァルが契約した相手。襲ってきているからといって、即座に殺す判断が出来るほど千尋の精神は極まっていない。手加減して倒せるほど、千尋の実力があるわけではない。
「むぅ!」
故に、千尋が出来ることと言ったら【韋駄天】で逃げ回って時間を稼ぐことぐらい。
「は、はははっ! よし、今だ! やってしまえ、アラクネ――かひゅ?」
だが、勝利するにはそれだけで十分だった。
何故ならば。
「ドークドクドク! 透明無臭の睡眠ガス攻撃ドクー! あ、ちなみに健康に問題はありませんから」
千尋に気を取られていた時点で――魔法薬の扱いに長けたヒカリを意識外に置いた時点で、クヴァルの敗北は決まっていたのだから。




