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第20話 強さの理由

「基礎を積み重ねなさい」


 いつもの修練場で、師匠であるクロウは弟子である千尋へ告げた。

 革新主義者のレイゼとの一件があった後、千尋が「今よりも強くなりたい!」と懇願した時の反応である。


「基礎ですか? ……ええと、具体的には?」

「魔力操作だ。魔力操作を練習し続けなさい」

「…………それは、今すぐ強くなれますか?」

「ふむ」


 どこか焦燥を感じさせる千尋の瞳に、クロウは数秒ほど思案と共に沈黙。


「弟子よ。何故、急ぐ必要がある?」


 その後、いつもの仏頂面で千尋へと訊ねた。


「アタシが弱いからです」

「弱い? 君は曲がりなりにもフレイヤ・カーライルに勝利したはずだ。一年生の間では、群を抜いた強さになっているだろう?」

「――でも! イオスやマイクっていう先輩や、レイゼっていう革新主義者には、全然敵わなかったんです!」


 吠えるように答える千尋の頬は赤い。

 過去の己の行動を思い出して、その綱渡りに怒りと悔しさを覚えているのだ。


「アタシは【韋駄天】も覚えたし! 【黒】の魔術だって使えるようになりました! でも、それは不完全なんです! まるで、全然! 師匠みたいに出来ないんです! その所為でアタシは誘拐されちゃったし…………あの先輩二人相手だって、あの人たちの懐が広くなければ、アタシはどうにもできなかったです」


 イオスとマイクの魔術師としての凄まじさは、魔術を使う前から理解できた。

 その場のマナを掌握し、他者にまるで譲らない。格上同士の綱引きは、千尋にとってはまるで天上のやり取りに等しかった。

 ましてや、レイゼの場合は文字通りの子ども扱いだ。

 【韋駄天】を発動させる暇も無く、魔力の流れを阻害されて無力化。

 ルーが護衛として千尋の影に潜んでなければ、どのような扱いを受けるのかと、身を震わせる想いだった。


「アタシは、アタシが誘拐されたことで、アタシが無茶をすることで、友達を心配させたくないんです!」

「ふむ」

「アタシは、友達を心配させないぐらい強くなりたい!」


 千尋はさながら、少年漫画の主人公のように、決意と共にクロウに宣言する。

 自らの弱さを省みて、更なる強さを求める。

 それは戦う者の心構えとしては、中々に悪くないものだろう。


「そうか」


 一方、クロウの表情は揺るがない。

 何を考えているかわからない仏頂面のまま、虚空から空間魔術で一本の杖を取り出す。


「ならば、これを使うか?」


 それは黒塗りの杖だった。

 目の前にあるというのに、まるで光を反射しない。

 闇がそのまま杖の形をしているだけのような物体だった。


「……っ! 師匠、これは?」


 千尋は差し出された杖の異様さに一歩後ずさり、クロウを見上げる。


「かつて、世界を闇に閉ざすほどの力を持った魔術師が使っていた杖――『夜の腕』だ。これを持つだけで、どれだけ未熟な魔術師だろうとも、この杖を作り上げた魔術師と同等の力と知識を得られる代物だ」

「あ、明らかに呪われるタイプの杖!?」

「いいや、これには呪詛は一切込められていない。これ自体には、精神を汚染するような罠などは無い。当然、命を縮めるような代償も存在しない」

「……使い手を選ぶタイプの杖ですか?」

「選ばない。この『夜の腕』は誰にでも等しく、魔術師の最高位に近しい力を与える」

「うっわぁ、チートだぁ」

「そうだな。いわゆるチート――世界をハックすることも可能な代物だ」

「…………ん、むむむぅ」


 闇色の杖は、まだ手に取らない。

 物凄く渋い顔をした千尋が、ぐねぐねと体を動かしながら悩んだ後、ぽつりと呟く。


「ずるいです、それは」

「ああ、ずるいな。だが、今すぐ強くなる手段とはこういうことだ」


 言い切るクロウの態度に、むっと千尋が唇を尖らせる。


「ずるしてまで、力を求めるな、ですか?」

「違う。全く違う」


 拗ねた千尋の態度に構わず、クロウは断言した。


「力は力だ。別に、私は安易に手に入る力を否定するつもりはない。道具を利用し、強くなる。それは時間も余裕も才能も無い者にとっては、一発逆転の手段だ。それを否定するほど私は傲慢ではない。必要ならば、チートだろうが何だろうが、力を手に入れようとする姿勢は間違っていない」


 だが、と言葉を次いで、クロウが千尋に再度問いかける。


「弟子よ、君は力を手に入れてどうする?」

「…………それ、は。ええと、周りを心配させないように――」

「弟子よ、君の師匠はこの私だ。曲がりなりにも最強の魔術師だ。君は、最強の魔術師の弟子だ。そして、私は弟子を守るための手段を惜しむほど愚かではない」

「う、にゅう」


 守られていた。

 千尋は両手で顔を潰すように挟み込み、恥ずかしさを押し殺す。

 今まで気を張っていたことが、馬鹿らしく思えるほど、自分がクロウに守られていたという事実に気づいたのだ。


「ただ、命の保証があるという『甘え』は君の成長を阻害する可能性があるから言わなかった。今、明かしたのは『甘え』が生まれること以上に、君の『焦り』が危険だからだ」

「………………危険、ですか?」

「そうだ。我々は魔術師である。魔術に、力に飲み込まれるな」

「――っ!」

「正しく使いこなせ、魔術を」


 千尋の目が見開き、わなわなと唇が震える。


「…………ごめんなさい。アタシ、多分、何も考えてなかったです。強くなって、とにかく強くなって、そうすればもう、友達を心配させることは無いって――」

「強くなることは間違いではない。だが、強くなることだけに囚われるのは『面白くない』ものだぞ、弟子よ」


 そんな千尋の頭に、ぽんと優しくクロウの掌が乗せられた。


「君は私が最高の魔術師に育て上げて見せる。ただ、どんな風に育ちたいのかは、君自身が決めていいんだ」

「どんな風に……」


 頭の上に乗せられた温かさを感じながら、千尋はふと思い出す。

 決闘の後、フレイヤにどんな魔術師になりたいのか? と問われた時のことを。

 その時から、千尋の答えは変わっていない。

 まだまだ暗中模索。

 『天球世界』のことをほとんど知らない魔術師見習いは、自分の進路すら定められない。


「多くを知りなさい。そして、君が『面白い』と思う方へと進みなさい。いつか、君が最高の魔術師となるまでは、私が君の学ぶ時間を保障しよう」

「師匠……」


 けれども、優しく自分の頭を撫でるクロウが師匠ならば、千尋はきっと自分のなりたいものを見つけられる気がした。


「…………ふむ」

「あれ? 師匠? 何故、頭を撫でるのを止めたんですか? もう終わりですか?」

「いや、最近では弟子とはいえ、異性の頭を軽々しく撫でるのはセクハラに値する可能性もあるのだろう? ならば、今後は控えた方がいいかと思い至って――」

「大丈夫! 大丈夫です!」

「いや、しかし――」

「師匠のは大丈夫な頭なでなでです!!」


 ただ、コンプライアンスに厳しすぎるところは、玉に瑕なのだけれども。



●●●



 基礎を積み重ねる。

 面白いと思うことをするべし。

 千尋はこの二つの教えを、素直に受け入れた。

 そして、素直に認めることにした。


 ――――自分は怖かったのだと。


 突然の襲撃が。

 突然の非日常が。

 自分だけではなく、友達まで失われる可能性があったことが。

 だから、焦燥に駆られて強さを求めてしまったのだ。


「大丈夫、アタシは守られている。アタシは師匠の弟子だ。最強の魔術師の弟子なんだ。だから、もっと余裕を持っていい……うん、まずはもっと『天球世界』と向き合おう」


 怖さを認め、焦燥を晴らした千尋はまず、師匠の言いつけに従うことにした。

 即ち、基礎の積み上げ。

 自分の不安を晴らすように、千尋は魔力操作の訓練を何度も繰り返し、こつこつとその練度を上げて。


「そう、つまりは――――もっと『魔法の世界っぽいこと』を体験しようっと!!」


 訓練のご褒美とメンタル調整という名の大義名分を使って、思いっきり『面白いこと』をやることにしたのである。




「お、おおおおっ! すっげぇえええええ!!」

「…………ワタクシたちからすれば、時代遅れもいいところですけれども」

「千尋はこういうのが好きなのですね?」


 千尋は現在、両脇に友達二人を侍らせて、空飛ぶ馬車に乗っていた。

 馬車を引き、空を駆けるのは翼を持つ白馬――ペガサス。

 そのペガサスが引く馬車は、実用性よりも見栄えと座り心地を重視した観光用。

 『天球世界』出身の子供にとっては、時代遅れ――ちょっとダサさを感じてしまうほどに、如何にも魔法の世界という代物なのだが、『地球世界』出身の千尋にとっては新鮮さの塊である。


「わっほぉおおおおううぇえええええあ!?」

「「あ、馬鹿」」


 ついつい、馬車から身を乗り出して、両脇の友達に落ちそうなところを助けられてしまう程度には。


「んもー、はしゃぐのは良いですけど、危ない真似は止めてくださいよ、千尋」

「ごめーん、ヒカリ」


 ヒカリは怒られても笑顔が崩れない千尋に、やれやれと呆れたようにため息を吐いて。


「しかし、こういうところで出身のギャップを感じるわね。今時、空飛ぶ馬車ではしゃぐのは、こっちの世界では幼児ぐらいなのだけれども」


 フレイヤははしゃぎまくる千尋の様子に、珍妙な物を見る目を向けていた。


「私たちの世界だと、最近の流行は地球世界の模倣になりますよね」

「『地球世界』のVR技術を魔術で拡張しているゲーム機とかが有名ね」

「まぁ、最近の流行物だとバグが多いというか、リアルデスゲームになったのも少なくないのですが」

「『地球世界』の創作を、こっちで悪い意味で現実にするのはどうかと思うわね」


 幼児のようにはしゃぐ千尋を眺めながら、ヒカリとフレイヤはしみじみと最近の流行について語っている。

 その様子はさながら、親戚の子供の世話を押し付けられた中学生だった。


「ねぇねぇ、フレイヤ! フレイヤの地元には、こういうのがたくさんあるって本当!?」

「ええ、本当よ? 我ながら時代遅れで保守的な田舎でうんざりするけれども」

「えー!? アタシは良いと思う! 凄く良いと思う! 魔法っぽくて!」

「…………『地球世界』出身向けの観光地にした方が儲かりそうね、ワタクシの地元は」


 そう、千尋のテンションが天元突破している理由は一つ。

 如何にも魔法の世界っぽい町であるフレイヤの地元に遊びに行けるからである。


「でも、フレイヤ。『地球世界』出身の魔術師ってすごく少ないですよ?」

「そうね。言ってみただけの戯言よ…………まったく、カーライル家の影響も少なからずあるっていうのは問題ね。もっとも、うちの長男が当主になったら方針を変えそうだけども」

「え!? 素敵な魔法の世界っぽい感じを変えるの!?」

「いいえ、うちの兄は破天荒だから、単なる近代化ではなく、むしろ近未来化しそうな……まったく、他の兄弟は真面目なのに」

「アタシはなんだか、そのお兄さんと気が合いそうだぜ」


 機嫌の良い千尋に引っ張られる形で、フレイヤとヒカリのテンションもまた上がって行く。

 たとえ、『天球世界』の田舎に慣れた二人であっても、千尋という新鮮なリアクションをする友達が居るのならば、地元での遊びにも楽しみが見いだせるというものだ。


「さぁ、今日は騒動が起きた前回の分まで、しっかり楽しんでリフレッシュするぞぉ!」


 千尋は空飛ぶ馬車に乗りながら、眼下に広がる自然豊かな町の光景に心を躍らせるのだった。




 そして、数時間後。



「姉様を解放しろ、この変態っ!!!」

「んんん????」



 千尋は何故か、フレイヤの面影のある子供に罵倒されていた。

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