第19話 魔王の噂
「精鋭の用意は?」
「五年生の戦闘特化を六人。四年生から三年生の支援特化を十七人揃えました」
「うん。悪くない布陣だね。とはいえ、達人クラスを相手取るには不安が残る。僕も尾の一本分ぐらいは手札を晒そう」
「珍しく気風が良いですね、イオス先輩」
「千尋ちゃんが攫われたのは、僕の不手際でもあるからね。相応に対価は支払うさ。もっとも、あくまで優先は千尋ちゃんの救出。後の処理は教師陣に任せよう」
「流石に、達人クラスを相手取るとなると、私たちも命を賭ける必要がありますからね」
イオスとマイクの二人は、千尋が攫われてから五分も経たない内に、既に救出の準備を整えつつあった。
イオスの探知により、攫われた場所は特定済み。
マイクによる救援の要請により、三年生から五年生の混合精鋭部隊が到着済み。
「先輩方、ワタクシも出ますわ」
「わ、私も! 私も! 親友の危機に黙ってなんかいられません!」
加えて、フレイヤとヒカリも千尋救出に加わる気が満々だ。
「んー、フレイヤちゃんに関してはまぁ、五年生の精鋭には及ばずとも、戦力になって邪魔にはならない実力だからいいけど。ええと、ヒカリちゃん? 君の座学とポーションに関する実績は認めるけど――」
「解毒魔術をすり抜ける睡眠ガスの準備を整えています!」
「あれ? ひょっとして君が一番、この中で危険人物だったりする?」
ヒカリは敵意と怒りに目を輝かせながら、明らかに非合法的な毒物の類をどんどんとイオスの前に並べていく。
この場が緊急事態でなければ、危うく生徒指導室へと直行するレベルの代物である。
「ふぅ、おかしいですね? 眼鏡が……眼鏡の調子が悪いですね! 少なくとも、この作戦が終わるまではずっと調子が悪い気がします!」
なお、普段ならば即座に指導するマイクも、今は必死に目を逸らして誤魔化している。
欺瞞ではない。
ただ、マイクが時と場合を選んで己のポリシーを発動させるだけの良識を持っていただけの話なのだ。
「う、うん……その認可されていない毒物セットは確かに達人クラスにも有効だ……だけど、油断しないようにね? 革新主義者は絶対に、機械と魔術を組み合わせた技術を使ってくる。魔術師の場合、術者本人を封殺すれば大体の戦力を封じ込めることは出来るけど、あいつらの場合は術者の意識の有無なんて関係ない、機械的な使い魔――ドローンとかを使ってくる可能性もあるから」
「ええ、しかし、その手の魔導機械はグレムリンや雷属性の魔術が天敵です。私たちの舞台には、革新主義者を多く捉えた専門家も居るので、彼を中心に魔導機械を処理しましょう」
「その間に、僕や一年生たちが千尋ちゃんを救助する。後は、不測の事態が起きたら、高度に柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応しようか」
かくして準備は整えられた。
戦力は十分。
士気も十分。
たとえ、達人クラスの魔術師――一つの都市を滅ぼしうるほどの力を秘めた強敵であろうとも、これほどの準備を重ねた戦力の前では、千尋という人質をろくに活用する暇も無く倒されることだろう。
仮に、何かのイレギュラーがあったとしても、これだけの戦力ならば対応可能。
最低限、千尋の救出には成功できる。
その腹づもりで、この場に於ける暫定的なリーダー二人は突入を決意した。
「転移ゲート設置完了! さぁ、行くよ!」
「騎士たちよ、前へ! 仲間の盾になって突入せよ!」
イオスとマイク。
混沌と秩序。
異なる派閥の二人はけれども、今は息を合わせて後輩の救出へと挑む。
「「…………は?」」
そして、声を揃えて、唖然とすることになった。
何故ならば。
『グルルゥウウウウオォッ!!』
空間を揺らすほどの咆哮を轟かせる、巨大なる銀狼が工場内に君臨していたのだから。
「――っ! 推定ワールドエンド級の幻獣が出現!! 僕が足止めする、全員逃げろ!!」
「ぐっ、イオス先輩……っ! 仕方ありません! 私が一年生を抱えて撤退します! 総員! 死ぬ気で撤退しろ!!」
長い年月を生きた妖怪であるイオスは、即座にその銀狼の紹介を看破。
都市一つどころか、世界一つを終わらせるに足る怪物だと即座に判断。
故に、この場に於ける最善として、自身を足止めとして使い捨てることにした。
そうしなければどの道全滅であり、これはイオス一人だけが死ぬか、その他全員も合わせて死ぬか選ぶことしかできない、そういう理不尽な二択だったが故に。
マイクもまた、襲い掛かる理不尽の脅威を正しく感じているからこそ、宿敵であるイオスに助けられるという屈辱を許容したのだ。
秩序の仲間を、何よりこの場に於ける一番の弱者である一年生たちを守り抜くために。
「…………ねぇ、ヒカリ? あれってひょっとして?」
「ああ、うん。そうですね。フレイヤの予想通りだと思います」
一方、フレイヤとヒカリの反応は、切羽詰まっている先輩たちとは異なっていた。
恐るべき銀狼の姿に、一瞬絶望しかけたものの、その姿をよく観察した結果、ほっと安堵と戸惑いの息を吐いたのである。
そう、具体的に言うのならば。
「うぉおおおおっ! すげぇぜ、ルーさん! このまま、襲ってくる革新主義者たちを皆殺しにしてやろーぜ!!」
銀狼の首筋にしがみつき、野蛮な歓声を上げる千尋の姿を見て、最初から窮地など訪れていないのだと知ったのだ。
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当然ながら、クロウが弟子を放置するわけが無い。
千尋の父親と約束した通り、クロウは最悪の場合、命というコストを支払ってまで弟子を助ける覚悟がある。
故に、クロウを魔法学校に預けている間でも、安全保障は完璧である。
最悪の最悪、何をどうしても、千尋の身の安全だけは守れるように備えをしている。
そして、その備えの一つがルーである。
ワールドエンド級。
クロウが無数に保有している使い魔の一人。
単独で世界を滅ぼしうる脅威を持つ、銀の毛並みを持つ終焉の獣。
それこそがルーという銀髪狼耳メイドの正体である。
だが、人間というのは例え保護のためとは言えども、四六時中誰かの監視下に置かれるとストレスを感じてしまうものだ。
ましてや、ルーは恐るべき力を持つ幻獣である。
メイドに変身して、周囲に対する威圧感や力の気配などを抑えていなければ、真っ当な人間ならば精神をやられてしまうほどの存在感の持ち主である。
こんな存在が、いつもすぐ傍で見守っていることは伝えない方が吉。
そもそも、『強者に守られている』という意識は堕落を招く可能性がある。
堕落に行かずとも、常に油断を晒す人間になってしまうかもしれない。
師匠であるクロウはそれを良しとはしなかった。
故に、ルーに命じたのだ。
ギリギリの瀬戸際まで、千尋が本当の窮地に陥るまで、可能な限りは手助けしないようにと。
だからこそ、ルーは普段、千尋の影の中に隠れて日々をやり過ごしていたのだ。
――――レイゼ・カロンナルファという達人級のテロリストが千尋を拉致するまでは。
「あー、というわけで、だ。アタシはこの通り、偶然、アタシの影の中に潜んでいた師匠の使い魔――ルーさんが助けてくれたおかげで、この通り無事だよ。でも、無事になった瞬間に気が緩んで、連絡もせずに、精神を回復させるためにルーさんの毛並みを堪能していたのは本当にごめん」
「「まったくもう!!」」
ルーの登場により、無事に危機を脱した千尋であるが、現在は友達二人に心配をかけた罪でボコボコにされていた。
グーではない。
友情のパーによるビンタが、主に千尋の太ももに集中していた。
「心配したわ」
びたーん。
「いった!? あの、フレイヤ? 太ももに手形が付くレベルのビンタは――」
「んんんっ!!」
びたーん。
「いったぁ!!? ヒカリ!? え、ヒカリも怒ってる!?」
「心配しました!!」
「ごめーん!!」
そんな感動の再会をしている三人を傍目に、イオスとマイクは状況の確認を行っていた。
即ち、千尋を窮地から救ったクロウの使い魔、ルーへの事情聴取である。
「ええと、ルーさんだったかな?」
「ええ、そうですよ? 傾国の血族。私は遥か過去に、我が主によって牙を折られた『世界喰らい』の一体でございます」
「うわぁ、流石は最強の魔術師。使い魔のランクが最上を越えて災厄クラス……ともあれ、僕らの後輩を助けてもらってありがとうございます」
「いえいえ、これが私の仕事ですので」
自分よりも遥かに上の格の人外が恭しく接する態度に、イオスは居心地の悪い気分になりながらも、本題を訊ねる。
「それで、ルーさん。あの革新主義者の身柄は?」
「申し訳ございません。奴はどうやら、最初から傀儡であったようです。私の牙を突き立てても、術札の塊へと姿を変えて、痕跡すら残らず消え去りました」
「用意周到だね。流石は達人クラスと言ったところか……マイク君」
「推察通りです、イオス先輩。やはり、あの喫茶店の周囲には、何人かの革新主義者たちが姿を隠していたようです。我らの王が、既にその身柄を確保しています」
「そうかい。やっぱり流石だね、アーサー君は。これで…………いや、今はいいか」
マイクの報告に何やら思案するような表情を見せた後、イオスは言葉を続ける。
「とりあえず、警告だよ、マイク君。これで理解しただろ? 革新主義者たちが、ここら辺を嗅ぎ回っている。狙いは恐らく、魔王の転生体だ」
「…………革新主義者たちに動きがあるのは理解しています。ですが、本当に私たちの学校に居るのですか? 六百六十六の悪魔を従え、『天球世界』を七人の魔術師を残して滅ぼしかけた、恐るべき魔王の転生体なんて」
「居るよ、多分ね。そもそも、今の魔王は大体、七十五代目ぐらいだよ。所持している固有魔法も魂の流浪で大分剥がれてきているだろうし。実質的な脅威は少ない。だけど、魔王の転生体は歴代の魔王の記憶を所持している。多分、革新主義者たちの狙いはそれだね。太古に失われた禁止魔術の復活を狙っているのさ」
「いや、だとしても、ですよ? そもそも、その噂の出どころは?」
「ああ、それはね―――」
イオスとマイクは互いに言葉を交わす。
異なる陣営なれども、革新主義者という外敵を排除するために。
――――何より、魔王転生者などという不安要素を警戒するために。
「あれ?」
五年生の先輩たちが真面目な会話をしている中、ふと千尋は気づく。
先ほどまで太ももを重点的に叩いていたヒカリが、何やら自分のわき腹に顔を埋めて抱き着いていることに。
「ヒカリ? おーい、ヒカリ?」
「察しなさい、千尋。強がっていても……ヒカリは友達を失うのが本当に怖かったのだから」
「…………そっかぁ。うん、そうだよね、フレイヤ」
千尋はヒカリの頭をそっと撫でて、己の行動を省みる。
後悔があるわけではない。
上級生二人の喧嘩を止めたことも、【黒】の魔術を使ったことも、後悔なんてない。
ただ一つ、悔いることがあるとするのならば。
「ごめん、ヒカリ。アタシ、もっと強くなるね」
友達を心配させてしまうほど、今の自分が弱いことだった。




