第18話 革新を求める者たち
実のところ、魔術師たちのほとんどは科学を認めている。
表面上は『ここ二百年程度に躍進して来た分野なんて』と顔を顰めてはいるものの、その有用性を心の中で認めているのだ。
それもそのはず。
科学という分野は『地球世界』に於いて、余りにも多くの功罪を作り出してしまった。
古くから『七つまでは神の子』などと諦観交じりの語り継がれていた警句が廃れるほど、先進国では『当たり前に子供が成長できる環境』で溢れて。
異名を持つほどの魔術師が、多くの時間をかけて発動できる大魔術を、優に凌ぐほどの破壊力を持つ兵器――――世界を栄光と滅亡に導くに相応しい技術が開発されて。
ここまでされてしまえば、いかに選民思想だらけの魔術師界隈と言えども、科学の力を認めざるを得ないのだ。
ただ、科学の力を認めることは即ち、その分野を直ぐに取り入れることには繋がらない。
科学を認め、それがもたらす利益と災害を認めているからこそ、魔術師たちは慎重になった。
確かに、科学と魔術を組み合わせれば、新たな領域へと踏み入ることも可能だろう。
生成過程が困難極まりないポーションでも、それを機械で自動化し、工場で大量生産することも可能かもしれない。
同じ理由で、生成過程が困難極まりない毒薬も大量生産することが可能かもしれない。
――――否、その程度では終わらないだろう。
科学と魔術が混ざり合えば、多くの人々が救われる。
それは間違いない。
だが、その利益と有用性を認めてなお、魔術師たちは警戒せずにはいられないのだ。
ただの科学、ただの魔術でさえ、単独で世界を滅ぼしうる技術を生み出してしまったのだ。
ならば、科学と魔術が混ざり合ってしまった場合、どのような『結果』を生み出してしまうのだろうか?
魔術師たちは科学を認めている。
認めているが故に、恐れている。
だからこそ、魔術師の中でも科学の取り扱いは慎重になっているのだ。
「何故躊躇う? 何故恐れる? 我々を新世界に導く革新の灯火が見えないのか?」
もっとも、魔術師たちの中には、科学と魔術が交じり合う可能性に思想を焼かれ、革新を求める主義者――革新主義者へと成り果てる者も少なくないのだが。
●●●
まず、イオスとマイクという、この場に於ける最大の実力者二名は動けなかった。
理由は二つ。
一つ。未だ、【黒】の影響から脱せておらず、オドを練ることが難しかったため。
二つ。
「くふふふっ」
「わひゃ!? え、あ!? 店員さん!?」
女性店員を装っていた革新主義者が、千尋を盾にするように抱き着いているため。
魔術を使わずとも大抵の相手に勝つ手段を持っている二人であるが、流石に後輩を盾にされた状態で、躊躇いなくその手段を行使できるほど極まった思考の持ち主ではない。
「千尋っ!」
「こんのぉっ!」
フレイヤとヒカリの場合は、反応が単純に遅れた。
「『影』で『門』を開け」
革新主義者は如何なる手段を用いたのか、空間転移という難易度の高い魔術を、僅か数秒の内に完全確実に発動。
自らの足元に広がる影を転移門として、この場から離脱してしまったのだ。
抱き締めた千尋を離さないままに。
「ああもう! あいつ、革新主義者の中でも『達人』クラスの奴だ! 魔術の詠唱を機械端末で補佐しているタイプ!」
「堅実で確実に科学利益を会得しているタイプですね、厄介な……イオス先輩」
「わかっているよ。一応、千尋ちゃんには僕の髪の毛を忍ばせてある。探知して追うよ?」
「了解です。我らが王にも連絡し、応援を求めましょう」
突如として行われた、革新主義者による千尋の拉致。
混沌、秩序に所属する二人はけれども、この時ばかりは緊急事態として互いに手を取る。
二つの派閥は敵対関係にあるが、流石に目の前で起こった後輩の拉致という異常事態の中、敵対を続けるほど愚かではない。
革新主義者――――テロリスト集団に拉致された後輩を助けるため、イオスとマイクは派閥という垣根を越えて協力し合う。
「イオス先輩、マイク先輩。ワタクシたちにも手伝わせてください」
「わ、私! 私は! 私たちは! 友達を取り返します!!」
だからこそ、友達を奪われた後輩二人が協力を申し出た時も、互いにアイコンタクトで意志疎通が可能だった。
「わかった。君たち二人は、僕と一緒に千尋ちゃんを探しに行こう。マイク君、悪いけど増援の要請は頼んだよ? 教師陣にも連絡を忘れずに」
「ええ、承りました」
話術と心身掌握に長けたイオスが、冷静さを失った後輩二人と共に行動する。
その間、マイクと秩序の精鋭たちが、イオスの探知を元にいち早く千尋の救助へと向かう。
この二人は数年単位で犬猿の仲であったが、だからこそ、この窮地に於いて互いが考えることは思念で通話をせずとも通じ合えていた。
千尋と革新主義者が転移した先は工場だった。
ごうん、ごうん、と何かが動く音が絶えず聞こえていて。
人工的――否、機械的な照明が白く工場内を照らし、稼働するロボットアームと流れるラインの様子が一目でわかる。
そして、流れるラインで製造されている物は、『天球世界』に似合わない機械的なドローンばかりだった。
「安心してください、鈴木千尋さん。私は貴方の味方ですとも」
そんな機械的な臭いで充満した工場内で、革新主義者はにこやかに挨拶をした。
「…………ええと」
当然、千尋は戸惑いと警戒を隠さない。
今は千尋から離れているものの、つい先ほどまでは千尋に抱き着いて、しかもよくわからない場所へと転移させられたのだ。
怪しむな、という方が無理がある。
「おっと、申し遅れました。私はレイゼ。レイゼ・カロンナルファ。二十一歳独身です」
「は、はぁ、そうですか……あー、えっと、レイゼさんは、何故、アタシを――」
「この場所に連れて来たのか? ですよね?」
にぃ、とレイゼは笑みを浮かべて説明を始める。
「まず、第一の理由としては危なかったからです。ええ、貴方も体験しましたよね? あの恐るべき二人の能力を!」
「……ん、んん、まぁ、はい。凄い魔術師だと――」
「しかも! 周囲への被害なんて気にせず、あの場で戦い始めようとしてしました! 私などは貴方が助けてくれなければ、どんな目に遭っていただろうか! その件に関しては、千尋さんには改めてお礼を! どうもありがとうございました!」
「ど、どういたしまして?」
深々と頭を下げるレイゼに、千尋は違和感を抱く。
だが、その違和感の正体に辿り着く前に、レイゼは言葉を続けた。
「あの場に居ては危ない。勝手ながらそう判断させていただき、恩人である貴方だけでも避難させようと思ったわけです。あ、ちなみにここは、私が作った『魔導ドローン』の製造工場でして。興味がおありですか?」
「いや、興味は――」
「失礼! そんな話よりも先に、貴方をこの場に招いた理由でしたね! まず一つは、安全確保のため。そして二つ目は、貴方の立場に関係しているのです、千尋さん」
流れる水の如く、言葉を紡ぎ続けるレイゼ。
その姿を見て、言葉の波に圧倒されて、段々と千尋の思考が鈍り始める。
まるで、頭の中が言葉のノイズで埋め尽くされるように。
「【黒】の継承者にして、最強の魔術師クロウ。私は――いえ、私たち革新主義者は是が非でも、あのお方とコンタクトを取りたいのですよ、ええ」
「…………あの革新主義者って――」
「物凄くざっくりいうと、魔術と科学の組み合わせを皆もっと試してみようぜ! という主義の集まりですね。まぁ、ちょっと規模の大きいサークルみたいなものだと考えてくださいませ。所詮、あの方の足下に及ばぬ木っ端の集まりですが」
「はぁ、そうですか……じゃあ、その、革新主義者という人たちは何で――」
「何故、コンタクトを取りたいのか? それはもちろん! クロウ様の教えを乞いたいからですとも!」
レイゼは両手を広げて、扇動者の如く語り始める。
「温故知新! あの方はまさしく、古きを知りて新しきを作り出す、最古最新にして最強の魔術師です。ええ! 魔術師と名乗る者ならば、誰しも教えを乞いたいと思うのは必然。さらには、あの方は魔術師界隈で最も早く科学と魔術の融合を実現させた傑物なのです!」
「あー、なるほど? 確かに、アタシも師匠の工房でポーションの工場を――」
「ポーションの工場!? なんと素晴らしい!」
「わひゃ!?」
さりげなく呟いた千尋の言葉に、レイゼが食いつく。
それこそ、扇動者の如き身振り手振りを捨てて、千尋の眼前に飛び込んでしまうほどに。
「恐らく、あの方は昨今のポーション事情を嘆いておられるのでしょう! ああ、そのために自らの工房で量産化を計画しているなど! 流石の高潔な魂!」
「あ、あの、近い――」
「おっと、失礼! 一人ではしゃぎ過ぎましたね! 昨今のポーション事情は悲しき低迷にありまして! なんでも、最近の若い魔術師は『簡易治療魔術』ばかりに頼って、全然ポーションの生成を学ぼうとしないのです! 嘆かわしい! あれは万能に見えて、単なる誤魔化しの疫病の先送り! 単に負債を分割しているだけだというのに! 根治にはポーションによる長い投薬治療が最善だと、魔術的に科学的にも立証されているのです! けれども、最近の若い魔術師は『インスタントに格好良く』みたいな流行にのぼせ上り、基礎を疎かにする者ばかり! そのせいでポーションの生産量はぐっと落ち込み、今では医療問題にまで発展している始末! まさか、その問題の解決にあの方が自ら動いてくださっていたとは! うう、私は今、感激で胸が張り裂けそうですとも!」
先ほどまでのレイゼの言葉がノイズの波ならば、今は嵐だった。
雷の如き感情の熱が含まれた、言葉の暴風。
レイゼが半歩ほど千尋の眼前から距離を取っていても関係ない。その言葉の暴風は、千尋を圧倒するには十分な代物だった。
「……ん?」
しかし、だからこそ千尋は見た。
今、ようやく、レイゼの姿を正しく認識した。
――――喫茶店の女性店員。
それ以外の情報を全て削ぎ取ったような、平凡で平均的で、特徴の無い姿の女性だった。
無論、黒髪だったり、身長は千尋よりも大きかったりなど、一つ一つの要素を記憶することは出来るだろう。
だが、全体的にレイゼを見て、その姿を記憶するのが困難なほどには地味な外見だった。
まるで、最初から『人の記憶に残らない容姿』として設計されたのかのように。
「……っ!」
瞬間、白昼夢から覚めたように、千尋は正しく違和感を取り戻した。
味方?
師匠にコンタクトを取りたいだけ?
革新主義者なんてサークルみたいなもの?
――――馬鹿を言え、そんなわけがあるものか。
どれだけ理由を重ねたとしても、古今東西、いきなり人を拉致するような奴の言葉は信じるに足らないのだ。
「だぁっ!」
故に、千尋が選んだのは全力の逃走。
既に慣れ親しんだ【韋駄天】による音速移動により、この場から離脱しようとして。
「――『封・魔』」
ばづんっ、とまるでブレーカーを落としたかのような強引さで、千尋の魔術が中断された。
「んなっ!?」
驚愕と共に千尋は見る。
自らの胸元に張られた、『封魔束縛・急急如律令』の文字が書かれた札を。
「おっと失礼。ついつい、熱意を込めて語り過ぎてしまいました。その所為で、どうやら私の精神干渉が揺らいでしまったようですね?」
「……っ! レイゼ・カロンナルファ!」
「はい、そうです。それが私の名前です――多分、八番目ぐらいの名前ですね」
レイゼは唇の端を釣り上げて、三日月の如く歪んだ口で笑う。
高まる警戒と共に、千尋は胸元の札を取ろうとするが、当然の如く剥がれない。破けすらしない。魔力も上手く流れない。
「だから、どうした!?」
けれども、千尋はまるで諦めず、この場から魔力を使わぬ自力での逃走を試みる。
「いいえ、どうにもしませんとも。単なる自己紹介です」
だが、その逃走は無意味だった。
何故ならば、いつの間にかレイゼの背後には、数十機――否、数百機にも及ぶほどの数の魔導ドローンが滞空していたのだから。
「恨む人間の名前ぐらい、覚えておいても損は無いですよ? ええ」
「――くそ!」
千尋は見た。
魔導ドローンが隊列を組み、無数の魔法陣を空中に描く様を。
無数の魔法陣が強固な結界を発動させ、千尋をこの場に閉じ込めた瞬間を。
そして。
『まぁ、見守るのはここまでが限界でしょうね』
強固な結界を。
無数の魔法陣を。
数百機の魔導ドローンを。
全てを一瞬で食い破った巨大なる銀狼が、自分の足元の影から飛び出た瞬間を。
「え、あ…………あー、ひょっとしてルーさん?」
『はい。貴方の護衛のルーでございますよ、千尋様』
ばりばりと魔導ドローン群を噛み砕く銀狼の姿を見て、千尋はその存在を思い出した。
ここしばらくずっと、姿を現していなかった存在。
師匠であるクロウが付けた、護衛兼メイドのルーを。




