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第16話 試験が終わって

「お、終わった……なんとかやり遂げたよ、アタシは……」


 ミネルヴァ魔法学校の定期試験が終わり、全ての成績が明らかになった後。

 千尋は談話室で、精魂尽き果てた状態で倒れこんでいた。

 公共の場だというのに、ソファーを一つ大胆に使って寝転んでいる。


「千尋、お行儀が悪いわ」

「おぎゅん!?」


 そんな千尋の腹部に、フレイヤは躊躇いなく座って、にこやかに言葉を続ける。


「貴方が一年生の間で群を抜いた強者と言えども、振る舞いが粗雑になれば『力だけの荒くれ者』扱いになるわ。そうなると、貴方の師匠が侮られるのよ?」

「おぎゅぐごご……は、反省するから退いて……というか使い魔を自称しているのに、アタシに座ることを躊躇わなさすぎる……」

「良い使い魔の条件を一つ教えてあげるわ。主の堕落を許さないことよ」


 ぐいぐい、と地味に重力を操作する魔術を使って千尋を苦しめるフレイヤ。


「まぁまぁ、フレイヤ。千尋は今回、凄く頑張ったのですから。そこら辺で」


 そんなフレイヤへ、ヒカリは割と気安く声をかけて宥めている。

 どうやら、決闘騒動やその後の試験対策を経て、千尋の親友であるという自負が戻ったらしい。少し前までは自分のポジションをフレイヤに取られるのではないかと戦々恐々していたが、今では余裕溢れる表情である。


「ヒカリ、貴方がそれを言うの?」

「ほへ? 何か問題でも?」

「千尋に対する精神的な拷問をつい最近までやっていたのに?」

「失礼な! あれはきちんとした試験対策です! その証拠に、千尋は今、全部の教科で『優』の結果を残したのですよ!? ねぇ、千尋!?」

「…………な、なんで、ヒカリもさりげなくアタシに乗っかってくるの……?」


 自分の上で言い争う友達二人分の重みに耐えるため、身体強化を発動させる千尋。

 これが公共の場でマナー違反をした罰なのだろうか?

 そのようなことを考えつつも、千尋の心は安堵に包まれていた。

 何故ならば、先ほどヒカリが語った通り、千尋の成績は全ての教科で『優』。無論、つい最近魔術を覚え始めた千尋が、フレイヤやヒカリの得意分野を上回る成績を残せたわけではないが、それでも一年生全体としては上澄みも上澄み。

 決闘騒動で頭角を現した千尋は、突貫工事の試験対策ながらも、どうにか株を落さないまま、『最強の弟子』に相応しい格を保っていたのだった。


「と、とりあえず、ヒカリには感謝しているけど、うん。アタシを追い詰めるために、自分に毒を盛るのは今後禁止にしてくれない?」

「はい! 千尋の成績が危なくない限りは!」

「暗に成績が悪くなったら、あの精神的地獄を再開すると言っている……わ、わかったよ。成績は落とさない! というか、もうしばらくは決闘なんてやるか! フレイヤで懲り懲りなんだよ!」

「でも、千尋はワタクシに勝利したことで、嫌でも名前が売れたわ」

「……えっ? 何? ひょっとして、先輩たちから声を掛けられる感じ?」

「ワタクシみたいに、お行儀よく決闘を仕掛ける人ばかりでないわよ?」

「なんで魔法学校なのに蛮族みたいな価値観の先輩が居るんだよ……」


 ただ、千尋は知らない。

 二人の友達の尻に敷かれながら普通に会話しているという状況。

 しかも、談話室という公共の場で――他から見えれば『見せつけている』ようにも見える状況は、『悪神の首輪』が外れて、ようやく払拭し始めた変態の称号が戻ってくる危険性が伴っていることに。


「わ、わぁ、凄いね、鈴木さん」

「ああ、俺たちとはレベルが違う」

「やっぱり、凄い人間って性癖も凄いんだなぁ」

「ひょっとして、『天球世界』の人間って変態ばかり?」

「いや、流石にそれは……日本人限定でしょ?」


 談話室を利用としていた他の一年生が、そっと視線を逸らして、こそこそとドン引きしながら立ち去る程度には、既に千尋たちの風評は手遅れだということに。


「ううっ、嫌だ……試験を乗り越えたのに辛い話は聞きたくない……今はアタシの心を楽しくさせる話題が欲しいよぅ……」


 人間、衝撃的な出来事に直面し続ければ、些細なことは気にならなくなるものである。

 千尋は今、悪い意味でそれを体現していた。


「じゃあ、気分転換でもする?」

「ほぇ? というと?」

「学校の外。転移門を使って数分程度の場所だけれども、こちらの世界の都市があるから。そこで気分転換のショッピングでもどうかしら?」

「えっ? あ、その、外出オッケーなの!? ヒカリ!!?」

「くっ、わかりません! 私は、在学中は学校から出ずに過ごすつもりでしたので!」

「長期休暇中はどうするつもりだったのよ?」


 フレイヤはため息を一つ吐くと、視線を下ろして尻に敷いている千尋に視線を向ける。


「それなりの信用があれば、学校側に申請書を提出すれば、割とすぐに許可を貰えるわ。そして、ワタクシはカーライルの家の娘。相応の信用は持っています」

「え!? いたいけな同学年の女の子を騙して嵌めたのに!?」

「両者納得済みの決闘なら問題ならないわ」

「つまり、アタシが馬鹿だったと!? うん、馬鹿だったわ、おのれぇ!」

「定期的に悔いるのをやめなさいな……ともあれ、千尋。貴方が行きたいのならば、手筈を整えるけどどうする?」


 フレイヤの問いかけに、千尋は「よいしょ!」と勢いよく立ち上がり、体勢を崩す二人をそのまま両脇に抱えて見せる。


「もちろん、行くよ! アタシも、ヒカリも! 三人で遊びに行こう!」

「私も!? あの、千尋? 私、外が苦手で――」

「ヒカリ! 一緒に私服を選びに行こうぜ!」

「強引! 初対面の時から薄々理解していたけど、千尋は強引ですよ!?」


 フレイヤは「仕方がないわね」と言いつつも微笑んで、ヒカリも渋々ながらに「長時間は無理ですから」と誘いに乗る。

 千尋は知らない。

 自分の悪評なんて知らない。

 けれども、知らなくとも問題は無いのだ。

 ふとした瞬間、耳にすれば多少は凹むかもしれないが、それでも問題は無い。

 何故ならば、紆余曲折あって得た交友関係だろうとも、今、千尋は結構満足しているのだから。



●●●



 フレイヤが千尋たちを連れて来たのは、『天球世界』に於ける一般的な都市だった。

 都市の名前はミザルネ。

 日本で例えるのならば、特に観光地も無い地方都市のようなポジションである。


「わぁ…………わぁああ? う、ううーん?」


 千尋はそんな地方都市ミザルネへと足を踏み入れ、周囲を見渡し、しばらくして首を傾げた。


「あ、あの、フレイヤ? ここ、本当に『天球世界』なの?」

「そうよ? 何か問題でも?」

「いや、だって……」


 そして、戸惑うようにフレイヤに言う。


「この町の造り、どう見ても日本で見たことがある、既視感たっぷりの地方都市なんだけど!?」


 ミザルネの様相はまるで、『地球世界』にある普通の地方都市のようだと。


「千尋、逆に訊くけど、『天球世界』の街並みってどんな感じだと思ったの?」

「え? そりゃあ、こう、映画にもなっているみたいに? イギリスっぽいというか、いや、あるいは中世ヨーロッパ風…………いっそのことファンタジーとサイバーパンクが混じった繁華街も捨てがたい……」


 妄想溢れる千尋の発言に、フレイヤは「やれやれ」と肩を竦めて答えた。


「千尋、イギリスっぽい街並みの都市は、『天球世界』でも立地的にイギリスに近づかないと出てこないわ」

「そうなの!?」

「それと、今は令和の時代よ? 戦前ならともかく、『天球世界』も『地球世界』みたいに近代化しているわ」

「そうなんだ!?」

「貴方の言う映画に出て来る街並みは、『天球世界』に於ける観光地とか、『特級閉鎖指定異界』ぐらいにしか存在しないわ」

「そうなんだ……なんか、凄い物騒な単語が!?」

「まぁ、こっちの世界の自動車は錬金術のゴーレムだし、LEDライトっぽいあれにはグレムリンが時給換算で雇われて動かしているのだけれども」

「変なところでファンタジー!?」


 自身の中にある魔法の世界に対する幻想を打ち砕かれ、がっくりと項垂れる千尋。


「う、嘘だ……師匠がこっちの世界に連れて来てくれた時は、ザ・ファンタジー! みたいな場所だったのに!」

「それは貴方、クロウ様が気を遣ったのよ」

「そ、そういえば、師匠は飛竜をレンタルして素敵体験を提供してくれたけど……え? もしかして、この世界に落ちて来た場所も、全部が演出だったの!?」

「優しい方ね、クロウ様は」

「優しいけれど! 優しいけれど、世界の真実って世知辛いよ!?」


 『天球世界』の都市に対するがっかり感と、師匠であるクロウに対する感謝が入り混じって、千尋は複雑な感情を持て余していた。


「う、うぷ……二人とも……そろそろどこか店の中に……とっておき穴場を教えますので……」


 一方、そろそろ人見知りが限界に達したのか、先ほどまで黙り込んでいたヒカリは、青い顔で友達二人の袖を引っ張り始める。


「そうね。いつまでも道端で話しているわけにはいかないわ。それに、街並みは『地球世界』と似ていても、店の中はきちんと……そう、千尋の言葉で言うところのファンタジーはしているから、安心して良いわよ?」

「本当!? ねぇ、本当!? 大手ドラッグストアチェーン店みたいな内装になってない!?」

「おぶぶ……あ、安心して欲しいです、千尋……私が紹介するのは、秘密の合言葉を言わないと入ることすらできない、秘密の魔道具雑貨店です……」

「ねぇ、それはそれで合法なのか心配なんだけど、アタシ」


 戸惑いながらも、千尋はヒカリに引っ張られ、フレイヤに背中を押されながら、おすすめの店へと連れていかれるのだった。




 結論から言えば、千尋は大満足した。

 満足を越えた満足。

 大満足である。

 確かに、ヒカリおすすめの魔道具雑貨店は外連味に溢れていた。

 勝手に動き出し、音速を越えようとする箒。

 ネズミやカエルそのままの動きで、人の口に突入しようとするチョコレート菓子。

 その他、明らかにギリギリ脱法ラインにある『天才薬』や『奇運因果の薬』など、まともな魔術師ならば思わず目を逸らすような一品ばかりの場所だった。


「おおー、これだよ、これ! アタシが求めていたファンタジーは!」


 しかし、そういう外連味こそ、千尋が求めていたのである。

 非合理と程よい危険。

 ぱっと見では何が何だかわからない不可解さ。

 そういうものに対して、千尋は浪漫を求めていた。


「えへへへ、千尋が喜んでくれて何よりです!」

「ふん。今度はワタクシが行きつけの喫茶店に行きましょう。あそこは子供にもノンアルコールの魔法カクテルを出してくれるから」

「魔法カクテル!? 何それ、素敵な響き!」


 ミザルネという都市は、一見すると『地球世界』の地方都市と変わりない。

 けれども、それは外側だけ。

 様々な店の中へと踏み込んでしまえば、そこには意外と千尋が求めていた魔法や浪漫が詰め込まれていた。


「魔法カクテルですか……フレイヤ、度胸ありますね?」

「ふふふっ。互いに醜態を晒し合っても大丈夫な関係でしょう?」

「ねぇ、なんかアタシが思い描く素敵とはかけ離れた気配がしてくるんだけど?」


 あるいは、この『天球世界』で出来た友達二人との外出だからこそ、ミザルネという都市が輝いて見えたのかもしれない。


「最近は性別変更ブレンドが流行らしいですよ?」

「性別変更……んー、あれって最近になるとこう、性欲の変化が如実に……」

「ねぇ、今更だけど、アルコールが入ってなくても性別変える類の魔法薬は危険物じゃない?」


 千尋は『天球世界』に於ける、初めての町遊びを友達二人と大いに楽しんでいた。



「やぁやぁ、こんにちは! 一年生の三英傑たち! ちょっとお話いいかな!?」



 九つの尾を持つ人外の五年生、混沌の派閥を統べるイオスという先輩と遭遇するまでは。

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